もうすぐ私の誕生日だ。
毎年私の誕生日には裏表、両方の仕事を休みにして、家族…兄弟水入らずで過ごしている。
へたすれば取引先主催のクリスマスパーティと重なるときもあり、経済的な影響は避けられないが、
親を早くに亡くし、なんだかんだ言いつつも、兄弟仲の良い私達には大切な日となっている。
今年は一人息子も加わったことだし、にぎやかな誕生日会になりそうだ。
「そういやもうじきアンタの誕生日だろ? どうするんだ?」
夕食も食べ終わり、今夜ベッドに入る前に説明しようか、それともそれは後回しにして…と考えていると、
シンちゃんのほうから聞いてきてくれた。私の誕生日会を気にかけてくれていたのだろうか。
でもさ、そのくらいなら、
「シンちゃん…いい加減パパとかお父さんって呼んでくれても良いんじゃないかな…
「ふん…で、どうするんだよ
どうせあんたの事だからお偉いさん大量に呼んでごーかにやるんだろ?」
「シンちゃん私を誤解していないかい?」
私は無意味に権力を開かしたりするような真似は…嫌いじゃないけど、
たまには兄弟水入らずで楽しみたい時もあるんだよ。
「大体そんなことをしたらまた連中にシンタローを見せなくちゃいけないじゃないか。
ただでさえあの後うちの娘とどうだなんて話が来たっていうのに!」
確かに知力、器量、血筋、その他諸々そろったお嬢さん達は、すばらしいと思うけれど、
この件に関しては下町の娘でも英国王室の御令嬢でもごめんだよ!
「俺もいやだ…っつか無理だろ。」
それは確かにそのとおり。
「でね、いつも…毎年毎回、私達の誕生日には、家族全員集まって食事会開いているんだよ。
ちなみに料理の担当はその日の主役以外の兄弟。
ハーレムとサービスの料理はちょっと不安だけど、
ルーザーは意外にも何でもできるから、安心できるね。」
「じゃぁ兄弟水入らずってことはオレは邪魔者だな。」
「……なんでそうなるのかな?」
やれやれ、シンちゃんは本当に手間がかかるなぁ。
そんなの実際はどうなるか、分かっているくせにワザと言うんだから。
「シンちゃんも私達の家族だろう? 心配しなくてもシンちゃんの席はちゃんとあるよ」
本当はこんなセリフ待っていたくせに。
どうして自虐傾向に走るんだろう。
押してだめなら引いてみろって言うけれど、シンちゃんは引きっぱなしなんだからね。
もっとも私が押しっぱなしなのがいけないのかもしれない。
でも、シンちゃんを見てると、引くなんてコト! 出来るわけがない。
「パーティの用意は、原則として主役はしないことになっているんだよ。
ルーザーたちどんな風にしてくれるのか、楽しみだね。」
「…ふん。」
そう言ってそっぽを向いたシンちゃんだったけれど、少しだけ声が安堵しているように聞こえた。
今度の日曜はいよいよマジックの誕生日だ。
今年は運悪く日曜と重なってしまったため、
取引先が開くパーティをことごとく断る羽目になったらしいが
その分豪華にしてやるとハーレムたちは張り切っていた。
さて、今夜はちょっとした用事があって、
不本意ながらマジック同伴でロンドンの町並みを散歩している。
蝙蝠のような羽と羊のような角があるオレが
何故外に出られたかと言うと冬の寒い気候のおかげだ。
マジックが編んだ編んだニット帽で角を隠し、
羽対策は、まず背中に穴を開けたコート
それから、背負うタイプの大きな鞄にも背中にあたる部分に穴を開ける。
これらの穴から羽を鞄の中に隠す。尻尾はコートに隠れて見える心配なし!
耳は長髪で十分隠れる。
空気は寒いし、下手すれば穴から冷たい空気が流れ込んでくるだろうが、
今までの息苦しい環境に比べたら天と地の差!
11月に入ってから増え始めてきたイルミネーションは、ここ12月に入ってさらに数を増し、
25日を過ぎたら一気に撤去するだろうに、
必死で飾り付けをして近所と競っている姿は悪魔にとって滑稽でもある。
「…見とれている人のセリフじゃないよね」
「うるせぇ!」
ほっといてくれ。
外に出られるようになってもアンタが中々出してくれなかったもんだから、
窓の外から見えていたのが気になってたんだ。
「で、どこか行きたいところは?」
「...アンタ一押しのイルミネーション。それと本屋」
「妙な組み合わせだね。」
確かに自分でもそう思う。
「嫌なら帰っていいぜ」
軽く睨みながら突き放すように言うと、マジックは肩をすくめ「ご冗談。」と言った。
了承と言うことだろう。
「私の一押しのイルミネーションねぇ...」
ふむ、と唇に指を当て考えるしぐさをとる。
「どこかって言われたらうちの本社前のクリスマスツリーかな...」
「でかいのか?」
「大きさはもちろん。
本社入り口のステップの中央に噴水があって、
こっちは時期を問わずにライトアップされているね。
ただクリスマスシーズン中、12月に入ってから25日までクリスマスツリーを飾るんだ。
噴水の奥にもみの木を運んできて、飾り付けするんだよ。」
この辺のクリスマスツリーでは一番立派だと豪語する。
どうやらずいぶんと気に入っているようだ。
まぁ...派手好きなコイツのコトだ。さぞかし立派なツリーなんだろう。
「見に行くかい?」
「行く。どこにあるんだ?」
「えーと...もちろん歩いていける距離だけど、少し遠いかな。
一度家に戻って車を取ってこようか?」
パパ運転するよ? と聞かれたが、色々寄り道したい。せっかく外に出られたんだ。
なら小回りの利く歩きだろう。
「いや、いい。
だったら地図とか買ってこうぜ。ついでにペン。」
「...メモするの?」
「悪いか?」
「いや、悪くないけどさ、そんなに外に出られたのがうれしいのかなって」
ふーんへーぇほおぉおおう?
「だれのせいで7ヶ月近く外に出られなかったんだ?オレは。」
「シンちゃんが可愛い所為です。」
「明らかにあんたの所為だろうがぁ!!
いいからいくぞ!!」
本屋でこの辺の地図とイルミネーションの特集を組んでいた雑誌、記入用の赤いペンを買い、
面白そうな本を適当に見つけ、何冊か出版社と題名、筆者名を控えておく。
後々オヤジに買ってきてもらおう。
「シンちゃん、クリスマス・イルミネーションにそんなに興味があったのか...」
「まぁな。」
「悪魔なのに?」
「悪魔でも芸術は分るぜ。たとえそれがイコンでもな」
地図を見てマジックの屋敷と会社の位置をチェック。
なるほど意外と近い。
それと雑誌を適当に見て、
その近場で目に付いたイルミネーションをチェックし、ここにも案内してくれと頼む。
「クリスマス本番はもっとキレイなんだけどね?」
そう前置きしてつれてこられたマジックの会社前。
「いや...なんつーか...見事だな......」
「ふふ...シンちゃんにそう言ってもらえると嬉しいよ」
そういってオヤジは柔らかく微笑む。
しかし実際見事だった。
会社入り口のステップは扇状に広がっていて、その両端に電飾が飾られている。
その中央の噴水はタロットカードの[節制]を思わせるような、
丸い噴水の中央で、立てひざの女性が、水瓶から水を下の泉部分に注ぎ、
その泉部分は複雑な軌跡を描いて水の柱が噴出すようになっている。
マジックによれば、こっちはクリスマスに関係なくライトアップされているとのコトだ。
噴水の光は暖かい薄いオレンジ色...まぁいわゆる普通のスポットライトの色だな。
時間ごとに曲が流れる仕組みらしい。
少しだけ水しぶきでぬれるのを覚悟して、泉を除くと、案の定コインが落ちていた。
「まぁ基本だよな」
「あ、このコインは定期的にさらって、
会社でやっている慈善事業で使わせてもらっているんだよ」
...この会社って犯罪組織の隠れ蓑だよな。
さて、肝心のクリスマスツリーはというと、
近くで見たらまずてっぺんの星が見えないほどの大きさで、
刈り残しなくきれいな二等辺三角形に刈り込んである。
ポイントなのは、ステップ端の電飾とともに、光が青と白で統一されているところだった。
よくある電飾では、白といったらオレンジがかった電灯の色だよな。
ところがこっちは蛍光灯よりも発色が良い、マグネシウムを燃やしたときの白に、
色のはっきりした青。
その2つの光が、ホワイトクリスマスを演出しているようでキレイだった。
本番までまだ数日あるのに、すでにこの状態ってコトは、
クリスマス当日はどうなるのだろう。
「アンタの誕生日もこのままなのか?」
せっかくクリスマスに近いのだから、
会長の誕生日くらいクリスマス並に飾り付ければ良いのに、というと
マジックは相当嬉しかったのか、
「シンちゃんが言うのなら、ちょっと人を雇ってやってみようか」といった。
単純なヤツだ。助かるけど。
この後も雑誌で目をつけたイルミネーションを見て回ったが、
やはり会社の前で見たものと比べるとどうも見劣りしてしまう。
先にこっちを見るべきだったな。
何はともあれ。もうすぐコイツの誕生日だ。オレも色々と準備が...必要ないのか?
クリスマスカラーの飾り付けがなされた部屋の中。
ケーキにさしたロウソクの光が揺らめいている。
明るい部屋の中、4人の歌声が響く。
『Happy birthday to you♪ Happy birthday to you♪
Happy birthday dear My brother![Magic]
Happy birthday to you!!』
ふぅーっと私がロウソクの火を消すと、同時にぱんっぱんッ!!とクラッカーの音が響いた。
「誕生日おめでとうございます兄さん。」
「案外もうめでたくねーかもな。」
「ま、今年も運良く生きながらえたってコトで」
「おじさんソレ素直に喜べる内容じゃありません。」
「うん。素直にお祝いの言葉言ったのルーザーだけだね」
私の誕生日だろうと何だろうと容赦なく普段と変わらない弟達に苦笑しながら
ケーキを切り分けようとナイフを手にする。
「って兄さんなにやっているんですか」
ハーレムに全員のグラスにシャンパンを注ぐよう指示していたルーザーがこちらを見て顔をしかめる。
「へ? ケーキ分けないと。」
「そうではなく、兄さんは今日の主役なんですから座っているだけでいいんです。
会長室にいるときみたいに。」
「人を飾り物みたいに言わないでくれ」
本当に容赦がないなと笑いながらルーザーにナイフを渡す。
ソレを受け取り、ロンドン1のケーキ屋に通いつめて味を覚えたという弟達の手作りケーキを切ろうとして、
ルーザーの動きが止まった。
? どうしたんだと顔を盗み見ると、彼はつぶやくようにぽつりと言った。
「...5等分?」
............なるほど。
確かに丸いケーキを5等分するのは至難の業だな。
果断即決の次男が珍しく思案にふけっているのが珍しいのか、ハーレムがからかうような口調で
「いままでは四等分だったから楽だったんだ.......よな...あ...」
ばかぁぁああああああ!!!
反射的にシンタローを見ると、ソレこそシンタローにしては珍しく、ぎこちない様子で
「あ...なんだったら俺いらねぇ...」
はぁああれむぅうううう!!!
あわや気まずい雰囲気に陥りそうになったかもしれない所を(マジックもちょっぴし混乱中)救ったのは、
ポツリとサービスが言った言葉。
「6等分して兄さんが2つ食べれば良いんじゃないかな...」
「あ、そうか。」
サービスナイスフォロー!!
...紆余曲折あったが、とにかくルーザー監督の下、サービスとハーレムが作ったチョコレートケーキは
甘さ控えめ、ほんのりコーヒー風味の大人の味vで美味しかった。
食事が進めばお酒も進む。
お酒が入ればタガも外れてくる。
最初に外れたのはハーレムだった。
「はーれむ、一升瓶一気飲み行きまーす!!」
相変わらず化け物だな...
「あれって酔う酔わないの前にむせるよな」
ハーレムのこの芸を見たコトがないシンタローは、あきれたような、いっそ感心したような表情で
どんどん中身が減って行く一升瓶を見つめている。
「シンタローもやってみたら?」
万が一倒れても開放してあげよう。
「味が分らなくなるような飲み方はしねぇ」
「じゃぁ二人っきりになった後、ゆっくり楽しむかい?」
「却下」
つれないなぁ...
懲りない私も私だけど。
そうこうしているうちに、料理も減り、話題もなくなった所でお開きとなった。
時間はすでに夜の12時を回っている。
こんな時間までメイドたちを働かせるのは私達の本意ではないので、
後片付けは自分たちでやる。これも毎年恒例だ。
使用人たちは自分たちの仕事だといってくれるけれど、
誕生日だからこそ、普段人任せにしているコトを自分たちでやりたい。
もっとも、当の主役は部屋に送り出されるのだが。
「シンタローは片付けは良いよ。兄さんの面倒を見ててくれ」
「あ、わかりました」
サービスに言われてシンタローは私の元に近づいてくる。
...珍しいな。いつものシンタローなら、サービスと一緒に片付けるほうをとると思うのだが...
「ほら。あんたの部屋行くぞ」
これはひょっとして...
「ねぇシンちゃん」
「あん?」
「今晩オッケーってコトかい?」
ごすっ。
......聞いてみただけなのに...
どこからか出したワインボトルと放り投げると、シンタローはさっさと部屋に戻っていってしまった。
「ソレ着ろ」
一足先に部屋に戻ったシンタローがそういって差し出したのは、黒のロングコートだった。
私のものだ。
「外に出るの?」
「まぁな」
「ふーん?」
...この前チェックしていたイルミネーションでも見に行くのだろうか?
何も考えずにとりあえず袖を通す。
ちらりとシンタローを見ると、彼は部屋着のまま、つまり私が用意した黒の上下以外なにも着ていない。
コートとかなくちゃ寒いだろう。
「シンタローのコートは?」
「いらねぇ。」
「でも...」
「いいから。
そんなことよりオヤジ」
ちょいちょいと呼ばれ、近づく。
「どうしたんだい?」
「この首輪はずせ。」
..............................え?
「そ...れはちょっと...」
困った...困ったぞ。
まさかこうストレートに来るとは思わなかったから...。
本気で困っていると、シンタローはなぜか苦笑いして
「逃げねーよ。こんな方法で封印といたってうれしくとも何ともねぇ」
そうは言われても...
じっとシンタローの目を見つめると、なんだか私に挑むような、けれど柔らかい表情をしている。
...信じてみるか。
「わかった。おいで」
そういうと、シンタローの表情が目に見えてほっとしたようだった。
私に近づいてきて、
「じゃぁこれはサービスだな」
と、明るい声で言うと、
...ぎゅっと抱きついてきた。
「え...えぇ!?」
混乱して思わずシンタローの腰に手を回してこちらもぎゅっと抱きしめる。
「違うだろ。」
即行飛んできたのはいくばくか冷めた声。
しまったついうっかり。
「あ...あぁ。じゃぁ...本当に逃げないでね。」
我ながら情けない声が出てしまった。
チャリ...
小さな音がして金具が外れる。
そっと首輪を取ると、シンタローは確かめるように首を回し、手を当てて、確かめるように首に触れた。
シンタローが私の腰から手を離すと同時に、今度はこっちがシンタローの体にしがみつく。
その手をやんわりとはずすと、シンタローは私の後ろに回った。
「...シンタロー?」
姿が見えないと不安だ。
「んー...ちょっと少しで良いから手を上に上げろ」
...え? ひょっとして拳銃とか持ってる?
「...分った」
言われたとおりにすると、シンタローの腕が私の脇の下を通ってお腹のあたりでがしっと組まれた。
バサッ!
空を切る音に顔を向ければ、シンタローの羽が立ち上がった音だった。
この羽がこうも派手に動いているのを見るのは初めてじゃないだろうか。
シンタローは、しばらく目を閉じて、神経を研ぎ澄ませているようだったが、
やがて目を開くと、再びばさりと羽を動かして...
ふわりと二人の体が浮いた。
「いっくぜ!?」
楽しそうなシンタローの声。
勢いをつけてそのまま窓に向かって...
ぶつかる!?
あわてて目を閉じるが、ガラスに激突する様子は無し。
冷たい空気が肌をなでているのに気づき、恐る恐る目を開けると、そこはもう外...むしろ上空だった。
空に広がる星の海よりも、眼下に広がる光の海のほうが強い。
流石クリスマスシーズンだ。
「...すごいな...」
思わずポツリとつぶやくと、背後から得意そうな声が聞こえた。
「んじゃ、あんたお勧めの場所に行ってみるぜ?」
...あぁ...だからこの前あんなにこだわっていたのか。
「あの辺りは明るいから、あんまり近づくと姿が見えちまうな。」
そういってシンタローはさらに高度を上げる。
見覚えのあるイルミネーションがどんどん過ぎて行く。
シンタローが言う「私のお勧めの場所」にはすぐに着いた。
...見方が違うとこうも代わるものか。
普段決して全体像を見るコトのできない頂点の星を見る。
シンタローの言うとおり、うちのイルミネーションは、星だけでもずいぶん明るく、
近づいたらまず間違いなく地上から上を見ている人に気づかれるだろうとシンタローが心配したため、
ある程度は離れているが、それでもやはり見事だと思う。
人として生きている以上、決して臨むコトのできなかったであろう光景と、
背中に感じる想い人の熱に年甲斐もなく心ときめかせていると、
シンタローが後ろから楽しそうに
「なぁなぁ。ココからコイン落として、あの噴水の中入ると思うか?」
と言った。
「あぁ。よくある、後ろ向きにコインを投げて、運良く入れば恋人と幸せになれるって言う...」
───てそれは...
「シンちゃん...?」
ちょっと期待してシンタローを見ると、彼はしばらく考えていたようだが、すぐにあわてて否定した。
「ち、ちがうぅ! 俺はただ単に難易度と、下にいる奴らが驚くだろうって思ってだな!」
「はいはい。そういうコトにしておいてあげるね。」
「そういうコトに、じゃなくてそうなんだよ!」
「別に照れることないのにねぇ?」
「るっせぇ! それ以上言うと手ぇはなすぞ!」
「うわぁぁああ!!? そ、ソレはご勘弁~~~!!」
いきなり暴れ始めたシンタローをなだめつつ、私達は帰路についた。
歯を磨いてパジャマに着替えて、もう寝る準備万端の私達だが、
さっきの光景を思い出して寝付けそうにもない。
「楽しかったねぇ。ありがとね、シンタロー」
「ふん。誕生日だって言うから特別だぜ」
髪をとかして適当にゴムでまとめながら返事をするシンタロー。
口調は乱暴だが、顔をこちらに向けないところを見るとどうやら本当に照れているらしい。
「ん。本当に楽しかったよ。私も何かお礼しないと」
「あん? 別にいらないぜ? 一応誕生日プレゼントなんだからな」
こちらをふりむき、怪訝そうな顔を向ける。
「いいんだよ。どうせ貰いものなんだから」
はい。と手渡したのは、赤い首輪。
「...おい。これ...」
今渡されたのが信じられないのか、私の顔と、手に無理やり握らされたものを交互に見つつ呆然とした口調で言った。
「骨董品店でおまけで貰ったんだ。
悪魔の力を封じる首輪なんだって。
シンちゃん悪魔なんだから、誰かと喧嘩するときに使えるんじゃないかな?」
さっさと言い、「それじゃぁおやすみ」と先にベッドに入る。
手の中の首輪をじっと目詰めるシンタローを残して。
もちろんベッドの中に入っても眠れなかったが、
しばらく後にシンタローが入ってくるのは分った。
そのまま狸寝入りを続けると、シンタローの声が聞こえた。
「偽りの眠りをさまたげよ。
深き真の眠りにて」
その言葉が終わると同時に、私の意識は沈んでいった。
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「シンタロー。準備はできたかい?」
ドアをノックする音。
「とっくに。そっちは?」
それに返事を返すと、「やっと終わったところだよ」という声と同時にドアが開いた。
開かれたドアの向こうには、『ドラキュラ』の姿。
...もちろん本物ではない。
今夜の仮装ハロウィンパーティーのために、ドラキュラの格好をしたオヤジだ。
裏が深紅で表が漆黒のマント、人間界からすれば時代のかかった格好に胸元には真っ赤なバラ。
この男にしては珍しく、俺以外のことでやや興奮した口調で、
「どうだいこの衣装!
デザイナーにも頼んだんだけどねー。どうも私のイメージと違っててねぇ。
仕方ないから自分で作ってみたんだよ!
マントもお手製さ!」
言ってマントの両端をつまんでくるりと一回転。
ばさりと音がして光沢を持った布がはためく。
そのご自慢のマントは、襟元に複雑な銀細工のとめ具がついている。
つくりからすると、ただの飾りで、実用性は薄そうだ。
確かに、人間のイメージのまんまの『ドラキュラ』だろう。
「どうだいシンちゃん! これなら本物のドラキュラと比べても勝てるだろう!!」
どんな勝負する気だアンタは。
いつもの俺ならそう突っ込んだ所だ。
こいつの性格からしてドラキュラあたりやるんじゃないかなとは予想してたさ。
けどな、こいつが完璧主義者ってのを忘れていた。
だがな、本物を見たことがある俺から言わせれば...
.........やべぇ...似合ってやがる...。
「シンちゃん? どうしたのかな?」
「え?あ───あぁ。
ドラキュラの傲慢でタカビーな所がよく出てるぜ」
うそじゃねぇ。
「つまり、高貴な雰囲気を醸し出してるってことだね!
ありがとうううぅう!!」
あぁやっぱり自分に都合の良いよう勝手に変換しやがったな。
───けどまぁ。わざわざ訂正するようなことでもねーし。
軽くハイハイと流しておいてオヤジのそばによる。
「時間ギリギリだよな。行くぜ。」
「うん。じゃぁ早速。ちょっとシンちゃん背中向けて下向いて?」
「? あぁ。」
服のチェックか?
くんっと軽く首輪が引っ張られたような気がして、続いてチャリ...という小さな金属音。
「よし。じゃぁ行こう。」
そういうオヤジの手には鎖が握られて...
くぉうら。
「なんだこれは。」
「え? 鎖。鎖の先は君の首輪~♪」
「喜ぶな!」
無理やり引っ張って奪おうとするが、思いの他強く握っているらしく、勢いでは抜けなかった。
「タイトルは、『ドラキュラに捕獲された生意気悪魔』で」
「まんまじゃねーかよ!」
思いっきり引っ張っているはずだが、どうもこの男の握力は俺より上らしい...。
「さ、会場にれっつごぅ~~♪」
「ぐぇっ! ちょっと待て!! 首がぁああ...絞まるぅうう...」
「んじゃ、シンちゃん準備はおっけい?」
「一応な。」
痛む首を軽く押さえ、目の前の扉を見る。
しっかし...改装前のは知っていたが、ずいぶんと派手に飾り付けたもんだ。
豪奢と言う意味ではなく、カボチャだの蔓だの蝙蝠だの骨だの...
そんなおどろおどろしい飾りつけは入り口からドアまで続いていた。
きっと中も似たようなものだろう。
「マジック様」
呼ばれた声に俺も振り向いてみたら、つい最近オヤジの専属秘書になった2人だった。
名前は確か...ティラミスと、チョコレートロマンス。
ティラミスは魔法使い、チョコレートロマンスは包帯男の格好をしている。
「準備は整いました。後は時間にあわせてお入りになるだけです。」
「あぁ。」
オヤジは軽く答え、時計───懐中時計を見た。
古めかしいデザインで、どうせ今日1日のためだけに買った、あるいは作らせたのだろうが、
こいつのことだ。きっとソーラー電池とか、電波時計とか、無意味ではないがやたら金のかかるつくりにしたに違いない。
その代わり時には忠実だろう。
あと1分もない。
「いいかいシンちゃん?
絶対に私のそばを離れないこと。そうすれば彼らもプライベートなところまでは立ち入ってこないよ。
一応紳士だからね。
あとは、私が渡した料理以外には口をつけないこと。いいね。」
「分った。」
胸元に懐中時計をしまい、マントも元通りにして体全体にくるむ。
「みのむし」
「失礼な」
なんとなく連想したものを口に出したら、笑われた。
観音開きの扉の取っ手を秘書二人がそれぞれ握る。
うう...さすがに緊張するな。
「お時間です」
ティラミスが言い、チョコレートロマンスと同時に扉を引いた。
「...っ。」
開いたとたん襲ってきた光に顔を思わずしかめる。
すぐにそれがスポットライトだと分ったけど。
周りを見れば、中にいたモンスターたち...客や使用人たちまでもがこちらを見ていた。
バサッ!!
すぐ隣で空を切る音。
見ればオヤジが勢いをつけてマントを翻した音だった。
真紅の裏地がスポットライトに照らされる。
ピンと張った背筋に2メートル近い長身。
認めたくはないが、思わず俺も見とれていた...ような気がする。
部屋のすべての視線がこちらに注がれる。
さすがの俺も気圧される中、いつの間にか後ろにいたティラミスがオヤジにマイクを渡す。
「魔女は空を飛び、墓からは死者がよみがえり、カボチャは踊りだし、吸血鬼は彷徨う。
ようこそ皆さん。今宵の宴、何を待っていたかは人それぞれ。
いかなる要望にもお答えしましょう。
血の滴るような肉に、真っ赤なワイン。
美しい貴婦人に──」
ぐいっと体が引き寄せられる、ぽすっとオヤジの肩に頭が押し付けられた。
「話題の提供。
彼が私の息子、シンタローです。」
話題の提供...ゴシップネタか?
オヤジからこちらに視線が移り、内心どうしようと冷や汗を流しつつ、
ハイとオヤジから渡されたマイクを握り締め、俺は途方にくれた。
「その...」
と言ったきり後が続かない。
「シンタロー...です。よろしくお願いします。」
言ってから激しく後悔。
何でもうちょっと気のきいた台詞が出ないんだ...。
うぅ...どこかで笑い声が聞こえたような気がする...
オヤジにマイクを返すと、奴は落ち着いた様子で
「どうやら御婦人たちの美しさに心奪われているようです。
失礼いたしました。」
うあクサイ台詞を...
「それでは皆様、パーティーの途中で失礼いたしました。
食事にお戻りください」
言い忘れていたが、パーティーは立食形式で、
何列かに分かれたテーブルの上に、所狭しと料理が並んでいる。
包帯男や被り物をしている奴らは食いにくそうだ。
「彼が噂のご子息ですか」
テーブルに近づく途中、いきなり声がかけられた。
もちろんオヤジ宛だ。
「おや。これはこれは。」
そちらを振り向くと、そこにも吸血鬼が立っていた。
ただ、その吸血鬼は...デブ...もとい、太っていた。
後退しまくった髪の毛を、後ろのほうから無理やり前に撫で付け、
染めてあるように不自然な黒髪は油でてかてか光っている。
典型的洋ナシ型と言っても良い腹は、ズボンの上でたぷんたぷんと揺れていた。
オレは面食いではないが、...基本は同じ服装でも、
着る人間が代わればこうも変わるものかと思ってしまった。
「お忙しい中、ようこそおいでくださいました。歓迎いたしますよ」
マジックはにこやかな笑みを浮かべ、握手した。
...こいつ一応まともな会話できるんだな。
「こちらこそご招待ありがとうございます。
お言葉に甘えて楽しんでまいります
ところで彼が?」
「えぇ。最愛の息子、シンタローですよ」
最愛言うな。
周りをこっそり伺うと、近くにいる連中全員がこちらの会話に聞き耳を立てられているのが分る。
気分はよくないが...耐えるしかねぇ。
「はじめまして。シンタローです。」
少し頭を下げて挨拶をする。
「はじめまして。シンタロー君。私は...」
デブな吸血鬼は言って懐に手を突っ込み名刺をとしだし、
「ストップ」
受け取ろうとした手を止められる。
「なんだ?」と視線で問うと、
オヤジはにっこりと笑って、
「ハロウィンでは悪魔に魅入られないために変装するんですよ。
自分から正体をばらしてしまっては意味がありません。」
おいおいおい...
「オレの紹介はアン...父さんがしただろ?」
『アンタ』と言いかけてあわてて言い直す。
オレは、ここではコイツの息子なんだ。
「ほら、君は一応パーティのメインだから。」
「あん?」
...ちょっと言葉遣いが悪すぎるだろうか。
目の前のオッサンは俺のほうを少し驚いたように見ている。
「そうでしょう?」
これはオヤジが、オッサンに言った言葉だ。
「そ───うですね。
ところで...」
「はい?」
オッサンはオレとオヤジ、それと鎖を眺めつつ。
「見たところ貴方のほうが悪魔を捕まえてるようですが...
実際に捕まったのはあなたの方なのでは?」
───うわ来たし。
ホントウはどんな関係か、ずばり言い当てられたらどうしようかと悩んでいたんだ。
別にコイツの立場が悪くなろうと俺には関係ないし、
その可能性も低いが、オレが悪魔だと広まったらヤバイ。
パパラッチどころの騒ぎじゃなくなるからな。
まぁ実際このオッサンだって本気で言ったわけではなく、
ちょーっと軽い話題転換のつもりなんだろう。
第一男同士なんて普通に考えてあるわけないんだから。
オヤジだってさらりと流すだろ。
「あぁ。捕まったのは私なんですけど。
どうもそのまま逃げられそうだったので、
逆に捕まえなおして、逃げられないようつないであるんです。
ねぇ?」
何が『ねぇ』かぁあああ!!
あわてて周りを見渡すと、目の前のオッサンはおろか、
周りで聞き耳を立てていた連中も固まっていた。
「は...はは...
相変わらずご冗談が好きですねぇ」
おぉ。(どこの誰か知らないけど)オッサンナイスフォロー!
「いやいや。こういう場所だとつい開放的になるんですよ。」
開放しすぎだ!
その後、オッサンとオヤジは簡単な挨拶をして、別れたんだが...。
にしても一人目の挨拶でえらく疲れた...
本気でばらすとは思えんが...
俺の慌てる様が見たいとか言う理由でギリギリなことは言い出しそうだ...
「おーい兄貴ーっ」
最近になって聞きなれた声に振り向けば、そこにはハーレムとサービスおじさんの姿。
ハーレムは耳と尻尾をつけただけの狼男。
サービスおじさんは長いローブに黒の三角帽子とほうき...
一応魔法使いのつもりなんだけど魔女っぽい。
「シンタローの挨拶回りはどうだ?」
「これからどんどん回って行くつもりだ。
挨拶しなくちゃいけない人はいくらでもいるからな」
「...何人くらいいるんだ?」
「最低30人」
「無理だ───!!」
全員挨拶しきるのに何時間かかるんだよ!
そのたびにさっきみてーなハラハラ気分を味わうのかッ!!?
「まぁうち何人かは一緒にいるだろうから、そんなに時間はかからないよ。多分」
多分じゃいやだああ!
「そんなことより二人とも、ルーザーはどこいったんだ?」
「受付に行ってます。」
「何かあったのか?」
「さぁ...」
「何かあったにしてもルーザー兄貴に任せておけば大丈夫だろ?
そんなことより兄貴、シンタロー紹介するなら早くしたほうが良いんじゃねーか?」
「そうだな。じゃぁ行こう。シンタロー」
い...いきたくねぇ...
「な...なぁオヤジ...」
「うん?」
「オレ...おや...じゃなくて、父さん以外の人に色々見られたり聞かれたりするのヤダナァ...」
顔が引きつりそうになるのをこらえ、クィッとマントを引っ張り、目をじっと見て『お願い』する。
必殺『父さん』攻撃。後々サービスおじさんが命名した。
この攻撃はてきめんだったようで...
「ふぅ...」
新しく渡されたワインを一口飲んでほっと一息。
「今回の主役がウォールフラワーっつのも問題だと思うんだが」
「ほっといてくれ。一人目の挨拶で死ぬほど慌てたんだ。」
「兄さん少しでも君を拘束したくてたまらないんじゃないか?」
「こっちのほうがたまらないって...」
結局あの後、オヤジは「どうしても挨拶しなくちゃいけないのが何人かいるから...」といって名残惜しそうに会場の真ん中に向かっていった。
おかげでオレはサービスおじさんとハーレムとで平和に料理が楽しめる。
「でも兄さんお目付け役がいないと好きなこと言いそうだけどね」
..........
いやな予感がして会場を見渡す。
───いた。
真っ黒なイブニングドレスを着た女性となにやら親しそうに話している。
大きな三角帽子をかぶっているところを見ると、この人も魔女だろう。
でも誰だ?
「新規参入して来た企業の社長だよ」
「───?」
声のしたほうを見れば、なにやら妙に楽しそうなサービスおじさんの姿。
「きれいな人だろ。あれで30後半だからな」
───なんですと!?
改めて視線をやる。
肩の出たイヴニングドレスには胸元に大きなコサージュがついている。
足元のスリットは大きくはないが、それでもそこから除く足はすらりと長くて、白い。
顔よりまず先に体に目が行くのは、男として当然だと思う。
でもって顔は...
「...ホントウに三十過ぎですか?」
「女性は怖いな。」
足と同じように白い肌...しかも首と顔の色も同じだ。
唇は色の薄い口紅が塗られている。
髪の毛はアクセサリーもつけずに下ろしているだけだが、
ゆったりとした黒髪は周りの男の注目を浴びていた。
遠目だから分らないが、それでも本当の年を当てられる人はいないだろう。
で、その人がマジックとなにやら談笑していた。
女性のほうがヒールの高い靴を履いているからだろうが、背の高い親父とはちょうど良い距離だ。
「兄さん黒髪に弱いからなぁ…」
「え?」
「兄さんのかつての奥さん...つまり養姉さん日本人だったんだよ。」
「あの人よりはるかにキレーな髪の毛だったな。もちろん顔もだいぶ差があるけどよ。」
「若くして亡くなったのが惜しまれる...
むしろ若くしてなくなったからこそ良かったとか言われてるくらいだし。」
そういや、オレマジックから奥さんのことあんまり聞いたことねーな。
オレと同じ黒髪...ね。
「あの女も東洋系だな。」
「日本ではないけれど...まぁ見ての通り。」
「ふーん?」
ワインを一口。
少し暖房が効きすぎてるんじゃないか?
なんか暑いぞ。
「気になる?」
「はぁっ?」
なんでそうなるんだ!?
「別にオレは? あの女がマジックと付き合おうが全然気にならねーし。」
「ふ~~~ん???」
「あんだよ」
ニヤニヤしたハーレムの面が妙に憎い。
「いやいやいや。
オレは『兄貴の奥さんのことが気になるのか』って聞いたのにずいぶん飛躍してるからな。」
「───なっ?
ふ、普通そう考えるだろ! 直前の話題があの女のことだったんだから!」
「私もシンタローと同意見だな。」
「おじさんv」
あぁ...やっぱりこの人だけは俺のみかt
「だから、シンタロー、安心して良いぞ」
なにがですかぁあああ!!?
な...なんか良く分らんが、からかい倒されたような気がする。
精神的にぐったりしていると、またマジックの姿が視界に入ってきた。
さっきの女とは別れ、今度は別の人...ミイラ男と話している。
ほ...包帯だらけでどんなヤツかわかりゃしねぇ。
身長はマジックよりも下。...中肉中背だな。
いったいどんな話をしているのか、俺のことか仕事のことか。
ボーっと見ていると今度は別のヤツが加わってきた。
多分中国人だろうキョンシーの格好をしている。
さらに今度はフランケンシュタインがやってきて...
「よく会話が続くもんだな」
ハーレムがあきれたようにつぶやいた。
俺もそれは思う。
「兄さん兄弟の中では一番こういう場所があっているかもね。」
「俺はどう考えても現場向きだしな。」
「意外と自分のこと良く分ってるんだな。」
「どういう意味だガキ。」
「自分で言ったんだろ。」
「ハーレム、シンタローを子供だというなら少しは落ち着け。
シンタローも、すねてないで兄さんのところに行ったらどうだ?」
「だからどうしてそこまで飛躍するんですか!!」
結局この後、半分意地もあってマジックの傍にはよらなかったのだが、
人と話している間...むしろパーティの間、
ずっと笑顔を絶やさなかったマジックを少しだけ見直したのは事実。
「あ、シンちゃんの身元については、ちゃんと創り上げた経歴に沿って話しておいたから、
ばれることはまずないよ?」
......創り上げた経歴というのが気になるんですけど。
ま、まぁそれは後でゆっくり聞こう。
とりあえずは、何もなく終わって一安心だ。
10月21日
パーティ10日前
「で、屋敷の改装はいつごろ終わるんだ?」
「んー・・・パーティ1週間前ってところかな。
結構ギリギリだけど・・・ま、何とかなるでしょ。」
「よゆーだな・・・」
「まぁね」
シンタローがマジックにつかまってからもう少しで5ヶ月になる。
初めは逃げようとか、誰にかに封印をはずしてもらおうとか色々考えていたシンタローだったが、
失敗するたびに「お仕置き」と称して色々な事をされたため、
懲りたのか、それとも諦めたのか、あるいはその両方か。
今ではすっかりおとなしく、憎まれ口をたたいたり無意味やたらに暴れる程度になっていた。(おとなしく?)
二人が今いる場所はマジックの部屋。
そこに散乱する裁縫道具と布。
マジックはシンタローにメジャーを当て、寸法を測っている。
今度この屋敷で開かれるハロウィンパーティの衣装を作っているのだ。
シンタローの衣装は例外なくマジックが作っている。
背中に羽が生えているため、それを出す穴が必要なのだが、
どこのブランドでもそれ専用の穴が開いている服を作っているところなどないし、
仕立て屋を呼んで、この悪魔を見せるわけにもいかない。
結局、器用で事情を一番良く知っている当事者、
つまりマジックがシンタローの衣服を作っているのだ。
部屋は今改装中の大広間。
今は機械や職人たちが自らの腕と誇りにかけて作業しているが、
今月の末には自らの権力と美貌を誇りにかけた男女が部屋を彩るだろう。
マジックがシンタローという名前の青年と養子縁組したというのは裏や表でも話題となっていた。
というのも、マジックは超強大企業ガンマコンツェルンと犯罪組織ガンマ団のトップ。
しかし、彼のみならず、彼ら兄弟には子供がいない、結婚や再婚をする気もない。
では、いったい誰が継ぐのかと皆注目していたのだ。
そこに振って沸いた養子縁組である。
シンタローとは何者か?
今までマジックの周りにそんな名前の者はいなかった。
マジックとの関係は?
彼は会長になってからも、まめに会社に通い責務を果たしていた。
すくなくとも、他企業、他組織が雇ったスパイの報告によれば、
仕事中マジックと深く関係を持つようなものなどいやしなかった。
器量はいかほどのものか?
そう。もしもシンタローがマジックの跡を継ぐとしたら、
人を支配する度量はあるのか、社員をまとめる実力はあるのか。
焦燥、疑問、恐怖、好奇心。さまざまな感情がロンドンを駆け巡る。
そろそろ頃合かと見計らったマジックは、表の顔でパーティーを開催することにした。
『10月31日、ハロウィンパーティー。参加者は全員仮装する事』
「仮装パーティーねぇ…」
関係者に贈られた招待状を見て、シンタローが半ば呆れたように口を開く。
「よく考えたでしょ」
メジャーをシンタローに巻きつつ、得意げに微笑むマジック。
どさくさにまぎれて腰に触れているが、シンタローは軽くため息をつくにとどめた。
「これなら『私の息子』に角や羽、尻尾が生えいても不思議はないでしょう?」
「まぁ・・・まさか「本物の悪魔がいる!」なんて誰も考えねーだろうし。
多少動かしたところでも「なんてリアルなんだ」とか思われる程度だろうな」
「さすがに触られたら体温とかでわかっちゃうと思うけど、
ま、触る人なんていない────というか近づけさせないから安心してねw」
「で、どんな衣装にするんだ?」
「んー。基本的に黒一色かな。
とりあえず露出度はそんなに高くしないよ。」
「へぇ?」
「シンちゃんの素肌はできるだけ見られたくないんだよ。」
「……あんたはどんなの着るんだ?」
ここで絡むとまたくだらない言い争いになると今までの経験で学習したシンタロー。
深くは突っ込まず、話をそらしてみた。
「ん~~???秘密?」
「語尾を上げるな。可愛くもねぇぞ」
「失礼な。」
むぅと口を尖らせ軽く反論。
「どうでも良いけど年考えてそれなりの格好しろよな。」
「ますます失礼な。
サービスに比べたらマシな方だよ。」
「・・・おじさん?
何の格好するって?」
「魔女」
────魔女?
言われてシンタローは考える。
三角帽子をかぶってスカートを翻してほうきで飛び回るサービスの姿を。
「似合うからよし!」
「ずるぃいいいい~~~!!
大体前々から気になってはいたけれど、シンちゃんヤケにサービスと親しくないかいッ!!?
そりゃ確かにサービスは美人だけれども!
ちゃんと男なんだからね!!」
「自分に言え自分に!」
至極正論を吐くシンタロー。
なおもブツブツ言うマジックを見下ろし──足の長さを測っているのだ──ポツリとつぶやく。
「とりあえず、あんたの格好も一応楽しみにしておいてやる。
せいぜい笑わせてもらうからな。」
悪態にしか聞こえないセリフ。
マジックはシンタローのコミュニケーションの一環だと微笑ましく思った。
が、シンタローの股下を測っていた彼には気付かなかった。
シンタローの頬がわずかに染まっていたと言うことに。
「俺は…何にもしなくていいのか?」
「何かしてくれるのかい?」
「…………」
バタバタと慌しい屋敷の中の一室。
自分ひとりがジッとしているのも居たたまれなくなり、
何か手伝えることはないのかと尋ねたのだが、
返ってきた答にシンタローは沈黙するしかなかった。
今この屋敷に出入りしているのは、マジックが信用していた家 政婦や執事だけではなく、
それに加えて、パーティー会場の飾り付けを依頼された職人た ち。
もちろんその個人個人に対して念入りな調査はしているが、
それはあくまで身の回りの調査。
間違っても『羽と角と尻尾を生やした奴を怪しむか』という調査ではない。
第一怪しむに決まっているのだから。
つまるところ。 シンタローは職人たちがいる間はマジックの部屋から出られない。
かといって暇なわけでもない。
マジックが延々とかまってくるからだ。
それでも、外でばたばたと騒がしい音がしている中、
自分(とマジック)だけが部屋でごろごろしているのは
活動的なシンタローには耐えられないのだろう。
「出来ることはないだろうけどな。
でも、ほら。招待された客の顔や名前を覚えろとか…」
「無理だと思うよ?
人数が2桁簡単に越したし、
何より中途半端な知識はかえって邪魔になる。」
「あん?」
自分が今どんな立場にいるのか分かっているのだろうが、
危機感の薄いシンタローにマジックは少々丁寧に、ゆっくりと 説明しだした。
マジックが頂点に立つ表の組織、裏の組織のこと。
シンタローが将来そのトップに立つのではないかと噂されてい ること。
今回のパーティーも皆シンタローの器量を測りに来ているようなものなのだ。
「だから、もしも君が私の後を継ぐのだと思われたら、
みんなつぶしに来るか、あるいは取り入ろうとするだろう?」
「取り入るのはともかく、つぶしに来られても問題ねーと思うぜ?
俺は…あんたには負けたけど、それなりの武術は使えるし
、 何よりここに侵入できる奴がいるとも思えねーけど」
「念には念を入れるのが私だよ。
それに、殺すにしてもみんな情報を集めようとするだろう?
ひょっとしたら誰かが君が普段でも角と羽を生やしているなーんてことに気づくかもしれないよ。」
「あのなぁ…」
「もちろんそれが、」
シンタローの台詞をさえぎって無理矢理続ける。
「いきなり悪魔にまで発展するとは思えないけど、みんな変だ と思うじゃない?
ひょっとしたら私も君もコスプレ(しかも悪魔系)が好きな んだって思われたら…
あんまり良い気しないだろう?
それに身の回りを探られるのだって気分悪いし。」
「うーん…」
考えこんだのを見計らい、マジックは畳み込むようにいった。
「だから、君は何も知らないほうが良い。
『君は私の後を継がない』
参加者にそう思わせておくんだ。いいね?」
「つまり馬鹿な不利でもしとけって事か?」
「そこまでは言っていないけれど…」
「けど?」
「むしろシンちゃんには私だけ見ていてほしいなぁって。」
「言ってろ。」 マジックの結論はたいていこのあたりに集約できる。
いつものオチに、シンタローはあきれながらも少しだけほっと していた。
───こいつが真面目なこと言ってるとなんだか気持ち悪いか らな。
パーティ10日前
「で、屋敷の改装はいつごろ終わるんだ?」
「んー・・・パーティ1週間前ってところかな。
結構ギリギリだけど・・・ま、何とかなるでしょ。」
「よゆーだな・・・」
「まぁね」
シンタローがマジックにつかまってからもう少しで5ヶ月になる。
初めは逃げようとか、誰にかに封印をはずしてもらおうとか色々考えていたシンタローだったが、
失敗するたびに「お仕置き」と称して色々な事をされたため、
懲りたのか、それとも諦めたのか、あるいはその両方か。
今ではすっかりおとなしく、憎まれ口をたたいたり無意味やたらに暴れる程度になっていた。(おとなしく?)
二人が今いる場所はマジックの部屋。
そこに散乱する裁縫道具と布。
マジックはシンタローにメジャーを当て、寸法を測っている。
今度この屋敷で開かれるハロウィンパーティの衣装を作っているのだ。
シンタローの衣装は例外なくマジックが作っている。
背中に羽が生えているため、それを出す穴が必要なのだが、
どこのブランドでもそれ専用の穴が開いている服を作っているところなどないし、
仕立て屋を呼んで、この悪魔を見せるわけにもいかない。
結局、器用で事情を一番良く知っている当事者、
つまりマジックがシンタローの衣服を作っているのだ。
部屋は今改装中の大広間。
今は機械や職人たちが自らの腕と誇りにかけて作業しているが、
今月の末には自らの権力と美貌を誇りにかけた男女が部屋を彩るだろう。
マジックがシンタローという名前の青年と養子縁組したというのは裏や表でも話題となっていた。
というのも、マジックは超強大企業ガンマコンツェルンと犯罪組織ガンマ団のトップ。
しかし、彼のみならず、彼ら兄弟には子供がいない、結婚や再婚をする気もない。
では、いったい誰が継ぐのかと皆注目していたのだ。
そこに振って沸いた養子縁組である。
シンタローとは何者か?
今までマジックの周りにそんな名前の者はいなかった。
マジックとの関係は?
彼は会長になってからも、まめに会社に通い責務を果たしていた。
すくなくとも、他企業、他組織が雇ったスパイの報告によれば、
仕事中マジックと深く関係を持つようなものなどいやしなかった。
器量はいかほどのものか?
そう。もしもシンタローがマジックの跡を継ぐとしたら、
人を支配する度量はあるのか、社員をまとめる実力はあるのか。
焦燥、疑問、恐怖、好奇心。さまざまな感情がロンドンを駆け巡る。
そろそろ頃合かと見計らったマジックは、表の顔でパーティーを開催することにした。
『10月31日、ハロウィンパーティー。参加者は全員仮装する事』
「仮装パーティーねぇ…」
関係者に贈られた招待状を見て、シンタローが半ば呆れたように口を開く。
「よく考えたでしょ」
メジャーをシンタローに巻きつつ、得意げに微笑むマジック。
どさくさにまぎれて腰に触れているが、シンタローは軽くため息をつくにとどめた。
「これなら『私の息子』に角や羽、尻尾が生えいても不思議はないでしょう?」
「まぁ・・・まさか「本物の悪魔がいる!」なんて誰も考えねーだろうし。
多少動かしたところでも「なんてリアルなんだ」とか思われる程度だろうな」
「さすがに触られたら体温とかでわかっちゃうと思うけど、
ま、触る人なんていない────というか近づけさせないから安心してねw」
「で、どんな衣装にするんだ?」
「んー。基本的に黒一色かな。
とりあえず露出度はそんなに高くしないよ。」
「へぇ?」
「シンちゃんの素肌はできるだけ見られたくないんだよ。」
「……あんたはどんなの着るんだ?」
ここで絡むとまたくだらない言い争いになると今までの経験で学習したシンタロー。
深くは突っ込まず、話をそらしてみた。
「ん~~???秘密?」
「語尾を上げるな。可愛くもねぇぞ」
「失礼な。」
むぅと口を尖らせ軽く反論。
「どうでも良いけど年考えてそれなりの格好しろよな。」
「ますます失礼な。
サービスに比べたらマシな方だよ。」
「・・・おじさん?
何の格好するって?」
「魔女」
────魔女?
言われてシンタローは考える。
三角帽子をかぶってスカートを翻してほうきで飛び回るサービスの姿を。
「似合うからよし!」
「ずるぃいいいい~~~!!
大体前々から気になってはいたけれど、シンちゃんヤケにサービスと親しくないかいッ!!?
そりゃ確かにサービスは美人だけれども!
ちゃんと男なんだからね!!」
「自分に言え自分に!」
至極正論を吐くシンタロー。
なおもブツブツ言うマジックを見下ろし──足の長さを測っているのだ──ポツリとつぶやく。
「とりあえず、あんたの格好も一応楽しみにしておいてやる。
せいぜい笑わせてもらうからな。」
悪態にしか聞こえないセリフ。
マジックはシンタローのコミュニケーションの一環だと微笑ましく思った。
が、シンタローの股下を測っていた彼には気付かなかった。
シンタローの頬がわずかに染まっていたと言うことに。
「俺は…何にもしなくていいのか?」
「何かしてくれるのかい?」
「…………」
バタバタと慌しい屋敷の中の一室。
自分ひとりがジッとしているのも居たたまれなくなり、
何か手伝えることはないのかと尋ねたのだが、
返ってきた答にシンタローは沈黙するしかなかった。
今この屋敷に出入りしているのは、マジックが信用していた家 政婦や執事だけではなく、
それに加えて、パーティー会場の飾り付けを依頼された職人た ち。
もちろんその個人個人に対して念入りな調査はしているが、
それはあくまで身の回りの調査。
間違っても『羽と角と尻尾を生やした奴を怪しむか』という調査ではない。
第一怪しむに決まっているのだから。
つまるところ。 シンタローは職人たちがいる間はマジックの部屋から出られない。
かといって暇なわけでもない。
マジックが延々とかまってくるからだ。
それでも、外でばたばたと騒がしい音がしている中、
自分(とマジック)だけが部屋でごろごろしているのは
活動的なシンタローには耐えられないのだろう。
「出来ることはないだろうけどな。
でも、ほら。招待された客の顔や名前を覚えろとか…」
「無理だと思うよ?
人数が2桁簡単に越したし、
何より中途半端な知識はかえって邪魔になる。」
「あん?」
自分が今どんな立場にいるのか分かっているのだろうが、
危機感の薄いシンタローにマジックは少々丁寧に、ゆっくりと 説明しだした。
マジックが頂点に立つ表の組織、裏の組織のこと。
シンタローが将来そのトップに立つのではないかと噂されてい ること。
今回のパーティーも皆シンタローの器量を測りに来ているようなものなのだ。
「だから、もしも君が私の後を継ぐのだと思われたら、
みんなつぶしに来るか、あるいは取り入ろうとするだろう?」
「取り入るのはともかく、つぶしに来られても問題ねーと思うぜ?
俺は…あんたには負けたけど、それなりの武術は使えるし
、 何よりここに侵入できる奴がいるとも思えねーけど」
「念には念を入れるのが私だよ。
それに、殺すにしてもみんな情報を集めようとするだろう?
ひょっとしたら誰かが君が普段でも角と羽を生やしているなーんてことに気づくかもしれないよ。」
「あのなぁ…」
「もちろんそれが、」
シンタローの台詞をさえぎって無理矢理続ける。
「いきなり悪魔にまで発展するとは思えないけど、みんな変だ と思うじゃない?
ひょっとしたら私も君もコスプレ(しかも悪魔系)が好きな んだって思われたら…
あんまり良い気しないだろう?
それに身の回りを探られるのだって気分悪いし。」
「うーん…」
考えこんだのを見計らい、マジックは畳み込むようにいった。
「だから、君は何も知らないほうが良い。
『君は私の後を継がない』
参加者にそう思わせておくんだ。いいね?」
「つまり馬鹿な不利でもしとけって事か?」
「そこまでは言っていないけれど…」
「けど?」
「むしろシンちゃんには私だけ見ていてほしいなぁって。」
「言ってろ。」 マジックの結論はたいていこのあたりに集約できる。
いつものオチに、シンタローはあきれながらも少しだけほっと していた。
───こいつが真面目なこと言ってるとなんだか気持ち悪いか らな。
「リン……」
首を軽く振るたびに後頭部から高い音が響く。
オヤジから渡されたヘアゴムだ。
確かにこの長髪は邪魔だ。
魔界にいたときも何度切ろうと思ったか分からない。
が、いかんせん手の掛かるヤツと口うるさいヤツと一緒に住んでいる上に、
見習い悪魔の俺にはそんな時間的、精神的余裕はなく、
なによりその2人にも好評だったため、数年放置していたのだ。
そして現在に至る。
今ならヒマだし。あいつらに合える希望もないし(涙)
短くするのも良いかも知れない。
そう思ってオヤジに「髪を切りたい」と言ったところ、
帰ってきた返事は
「誰が切るんだい?」
……失念していた。
考えてみれば俺の存在は、そのうちお披露目パーティーとやらを開くらしいが、一部の人間しか知らない。
そのお披露目パーティではコイツのことだから俺の羽とか角とか誤魔化す算段を立てているだろう。
が、パーティ以外で、理容師にこの髪の毛を聞かれたらどうしろというのだ。
「あ、まてよ。アンタが切ればいいじゃ「却下w」
即行で返された。
「私は君の艶やかな黒髪も気に入っているんだよ?
しっとりしているのにサラサラで……
良いねぇ……」
トリップしかけたところを見ると、どうやら本気で切ってくれる気はないらしい。
仕方ない。
俺は諦めてベッドにごろりと横になった。
怠けているわけではない。
腰が痛くて実は動くのも億劫なのだ。
次の日。
マジックからハイとヘアゴムが渡された。
「本当はもっと立派なのあげたいんだけど、とりあえず暫定的にね。」
「イヤ、コレで十分だよ」
コイツに本気で選ばせたら、なんつーか煌びやかと言うか豪奢な作りのバレッタでも仕入れてきそうだ。
渡されたヘアゴムは、長い一本の物で、必要なときに必要な分だけ切って使うという物だった。
「とりあえず一本有ればいいのかな。」
貸して。とハサミを持ったオヤジが言ってきた。
「ほらよ」
「どうも。」
渡されたゴムを短く切って、デカイ鈴をつけて、端と端を硬く結ぶ。
…………デカイ鈴?
「はい。できあがり」
ごす!
「何だその鈴は!!?」
軽くげんこつで殴っておく。
俺が想像したのは、猫の首輪に付いている鈴だった。
牛のカウベルでも良いが。
「他意はないんだよ?
ただシンちゃんの居場所がよく分かるってだけで」
「俺がいる場所はここしかないわぁ!!」
「……シンちゃん……今のセリフ」
「?……!!
ち……違う! 今のは『俺の居場所はここしかない』ってんじゃなくて、
今現在俺がいる場所はいつもここだけっていう……
って人の話を聞けぇええ!!」
「シンちゃぁああんっv何て可愛いことを言ってくれるんだぃ!!?」
「ちっがーうぅうううう~~~ッツ!!
結局、俺の後半のセリフは耳に入っていなかったらしいオヤジに、
その日はそのままベッドの上で……
ちなみにその鈴付きゴムは、そりゃ有れば便利だから使っているのだが、
音が鳴るたびにオヤジのうっれしそーな顔と、その版……のことを思い出してしまい、
集中できなくなってしまった。
そもそもゴム使うのは、集中力が必要な作業をしているときだっつーのに……
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首を軽く振るたびに後頭部から高い音が響く。
オヤジから渡されたヘアゴムだ。
確かにこの長髪は邪魔だ。
魔界にいたときも何度切ろうと思ったか分からない。
が、いかんせん手の掛かるヤツと口うるさいヤツと一緒に住んでいる上に、
見習い悪魔の俺にはそんな時間的、精神的余裕はなく、
なによりその2人にも好評だったため、数年放置していたのだ。
そして現在に至る。
今ならヒマだし。あいつらに合える希望もないし(涙)
短くするのも良いかも知れない。
そう思ってオヤジに「髪を切りたい」と言ったところ、
帰ってきた返事は
「誰が切るんだい?」
……失念していた。
考えてみれば俺の存在は、そのうちお披露目パーティーとやらを開くらしいが、一部の人間しか知らない。
そのお披露目パーティではコイツのことだから俺の羽とか角とか誤魔化す算段を立てているだろう。
が、パーティ以外で、理容師にこの髪の毛を聞かれたらどうしろというのだ。
「あ、まてよ。アンタが切ればいいじゃ「却下w」
即行で返された。
「私は君の艶やかな黒髪も気に入っているんだよ?
しっとりしているのにサラサラで……
良いねぇ……」
トリップしかけたところを見ると、どうやら本気で切ってくれる気はないらしい。
仕方ない。
俺は諦めてベッドにごろりと横になった。
怠けているわけではない。
腰が痛くて実は動くのも億劫なのだ。
次の日。
マジックからハイとヘアゴムが渡された。
「本当はもっと立派なのあげたいんだけど、とりあえず暫定的にね。」
「イヤ、コレで十分だよ」
コイツに本気で選ばせたら、なんつーか煌びやかと言うか豪奢な作りのバレッタでも仕入れてきそうだ。
渡されたヘアゴムは、長い一本の物で、必要なときに必要な分だけ切って使うという物だった。
「とりあえず一本有ればいいのかな。」
貸して。とハサミを持ったオヤジが言ってきた。
「ほらよ」
「どうも。」
渡されたゴムを短く切って、デカイ鈴をつけて、端と端を硬く結ぶ。
…………デカイ鈴?
「はい。できあがり」
ごす!
「何だその鈴は!!?」
軽くげんこつで殴っておく。
俺が想像したのは、猫の首輪に付いている鈴だった。
牛のカウベルでも良いが。
「他意はないんだよ?
ただシンちゃんの居場所がよく分かるってだけで」
「俺がいる場所はここしかないわぁ!!」
「……シンちゃん……今のセリフ」
「?……!!
ち……違う! 今のは『俺の居場所はここしかない』ってんじゃなくて、
今現在俺がいる場所はいつもここだけっていう……
って人の話を聞けぇええ!!」
「シンちゃぁああんっv何て可愛いことを言ってくれるんだぃ!!?」
「ちっがーうぅうううう~~~ッツ!!
結局、俺の後半のセリフは耳に入っていなかったらしいオヤジに、
その日はそのままベッドの上で……
ちなみにその鈴付きゴムは、そりゃ有れば便利だから使っているのだが、
音が鳴るたびにオヤジのうっれしそーな顔と、その版……のことを思い出してしまい、
集中できなくなってしまった。
そもそもゴム使うのは、集中力が必要な作業をしているときだっつーのに……
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「で、なんでいきなり『父さん』なんだ?」
岩場で出来た日陰だったとはいえ、
カンカンと太陽の照りつける中長い事ヤっていたので、流石にのどが渇いた。
マジックが持ってきたクーラーボックスには、ビールをはじめ各種飲み物があったので、
俺はさっぱりとしたお茶を飲み、砂浜に敷いたビニールシートに横になって水分補給をしていた。
横ではマジックが座って、俺の髪をなでている。
とりあえず、最中にマジックが言った『父さんと呼ぶように』発言の理由を聞いてみた。
「ん? あぁ。ひょっとしたら兄弟から聞いたかもしれないんだけど、
君と養子縁組を組もうと思って。」
「……どうやってだよ。」
「色々な届出とかは問題ないよ。
そのための組織なんだし。」
そのためなのか?
「で、養子縁組したら私と君は親子になるわけだから、人前に出たときぼろが出ちゃ大変だろ?
だから、とりあえず『父さん』って呼び方に慣れてもらおうと思って。
それに私も子供はほしかったし。」
ずいぶん飛躍するな……。
「あんた息子にこういうことするのか?」
いつの間につけられたのか、首もとの赤い後を指差して俺はそんな事を聞いた。
「さぁ? 息子持った事ないから。
でも、シンちゃんが実の息子でもきっと同じコトしたと思うよ?
だってシンちゃん可愛いし。親子関係だけなんて満足できないよ」
あんた嫁さんに心底惚れてたんじゃなかったのか。
俺はマジックのわけのわからない理論展開にあきれて、海に視線を戻した。
さっきまであんなコトをしていたせいでカラダがダルイ。
ここにいる間に回復して、海で泳げるかどうか不安だ。
はぁ……と俺は何回目になるか判らないため息をついて、ぐいっと背筋を伸ばしたのだった。
「父さん……ねェ?」
「いやかい? いやならまた体に直接交渉するだけだけど?」
「……………………せめて『親父』で我慢してくれ」
コレが精一杯の譲歩だ。
「……まぁそれはそれで温かみがあっていいから……良いか。」
マジックはそれでも不満そうだったが、しぶしぶ承諾した。
こんな経緯で、俺とマジックの生活はますます複雑になっていくのだった。
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