「シンタロー。準備はできたかい?」
ドアをノックする音。
「とっくに。そっちは?」
それに返事を返すと、「やっと終わったところだよ」という声と同時にドアが開いた。
開かれたドアの向こうには、『ドラキュラ』の姿。
...もちろん本物ではない。
今夜の仮装ハロウィンパーティーのために、ドラキュラの格好をしたオヤジだ。
裏が深紅で表が漆黒のマント、人間界からすれば時代のかかった格好に胸元には真っ赤なバラ。
この男にしては珍しく、俺以外のことでやや興奮した口調で、
「どうだいこの衣装!
デザイナーにも頼んだんだけどねー。どうも私のイメージと違っててねぇ。
仕方ないから自分で作ってみたんだよ!
マントもお手製さ!」
言ってマントの両端をつまんでくるりと一回転。
ばさりと音がして光沢を持った布がはためく。
そのご自慢のマントは、襟元に複雑な銀細工のとめ具がついている。
つくりからすると、ただの飾りで、実用性は薄そうだ。
確かに、人間のイメージのまんまの『ドラキュラ』だろう。
「どうだいシンちゃん! これなら本物のドラキュラと比べても勝てるだろう!!」
どんな勝負する気だアンタは。
いつもの俺ならそう突っ込んだ所だ。
こいつの性格からしてドラキュラあたりやるんじゃないかなとは予想してたさ。
けどな、こいつが完璧主義者ってのを忘れていた。
だがな、本物を見たことがある俺から言わせれば...
.........やべぇ...似合ってやがる...。
「シンちゃん? どうしたのかな?」
「え?あ───あぁ。
ドラキュラの傲慢でタカビーな所がよく出てるぜ」
うそじゃねぇ。
「つまり、高貴な雰囲気を醸し出してるってことだね!
ありがとうううぅう!!」
あぁやっぱり自分に都合の良いよう勝手に変換しやがったな。
───けどまぁ。わざわざ訂正するようなことでもねーし。
軽くハイハイと流しておいてオヤジのそばによる。
「時間ギリギリだよな。行くぜ。」
「うん。じゃぁ早速。ちょっとシンちゃん背中向けて下向いて?」
「? あぁ。」
服のチェックか?
くんっと軽く首輪が引っ張られたような気がして、続いてチャリ...という小さな金属音。
「よし。じゃぁ行こう。」
そういうオヤジの手には鎖が握られて...
くぉうら。
「なんだこれは。」
「え? 鎖。鎖の先は君の首輪~♪」
「喜ぶな!」
無理やり引っ張って奪おうとするが、思いの他強く握っているらしく、勢いでは抜けなかった。
「タイトルは、『ドラキュラに捕獲された生意気悪魔』で」
「まんまじゃねーかよ!」
思いっきり引っ張っているはずだが、どうもこの男の握力は俺より上らしい...。
「さ、会場にれっつごぅ~~♪」
「ぐぇっ! ちょっと待て!! 首がぁああ...絞まるぅうう...」
「んじゃ、シンちゃん準備はおっけい?」
「一応な。」
痛む首を軽く押さえ、目の前の扉を見る。
しっかし...改装前のは知っていたが、ずいぶんと派手に飾り付けたもんだ。
豪奢と言う意味ではなく、カボチャだの蔓だの蝙蝠だの骨だの...
そんなおどろおどろしい飾りつけは入り口からドアまで続いていた。
きっと中も似たようなものだろう。
「マジック様」
呼ばれた声に俺も振り向いてみたら、つい最近オヤジの専属秘書になった2人だった。
名前は確か...ティラミスと、チョコレートロマンス。
ティラミスは魔法使い、チョコレートロマンスは包帯男の格好をしている。
「準備は整いました。後は時間にあわせてお入りになるだけです。」
「あぁ。」
オヤジは軽く答え、時計───懐中時計を見た。
古めかしいデザインで、どうせ今日1日のためだけに買った、あるいは作らせたのだろうが、
こいつのことだ。きっとソーラー電池とか、電波時計とか、無意味ではないがやたら金のかかるつくりにしたに違いない。
その代わり時には忠実だろう。
あと1分もない。
「いいかいシンちゃん?
絶対に私のそばを離れないこと。そうすれば彼らもプライベートなところまでは立ち入ってこないよ。
一応紳士だからね。
あとは、私が渡した料理以外には口をつけないこと。いいね。」
「分った。」
胸元に懐中時計をしまい、マントも元通りにして体全体にくるむ。
「みのむし」
「失礼な」
なんとなく連想したものを口に出したら、笑われた。
観音開きの扉の取っ手を秘書二人がそれぞれ握る。
うう...さすがに緊張するな。
「お時間です」
ティラミスが言い、チョコレートロマンスと同時に扉を引いた。
「...っ。」
開いたとたん襲ってきた光に顔を思わずしかめる。
すぐにそれがスポットライトだと分ったけど。
周りを見れば、中にいたモンスターたち...客や使用人たちまでもがこちらを見ていた。
バサッ!!
すぐ隣で空を切る音。
見ればオヤジが勢いをつけてマントを翻した音だった。
真紅の裏地がスポットライトに照らされる。
ピンと張った背筋に2メートル近い長身。
認めたくはないが、思わず俺も見とれていた...ような気がする。
部屋のすべての視線がこちらに注がれる。
さすがの俺も気圧される中、いつの間にか後ろにいたティラミスがオヤジにマイクを渡す。
「魔女は空を飛び、墓からは死者がよみがえり、カボチャは踊りだし、吸血鬼は彷徨う。
ようこそ皆さん。今宵の宴、何を待っていたかは人それぞれ。
いかなる要望にもお答えしましょう。
血の滴るような肉に、真っ赤なワイン。
美しい貴婦人に──」
ぐいっと体が引き寄せられる、ぽすっとオヤジの肩に頭が押し付けられた。
「話題の提供。
彼が私の息子、シンタローです。」
話題の提供...ゴシップネタか?
オヤジからこちらに視線が移り、内心どうしようと冷や汗を流しつつ、
ハイとオヤジから渡されたマイクを握り締め、俺は途方にくれた。
「その...」
と言ったきり後が続かない。
「シンタロー...です。よろしくお願いします。」
言ってから激しく後悔。
何でもうちょっと気のきいた台詞が出ないんだ...。
うぅ...どこかで笑い声が聞こえたような気がする...
オヤジにマイクを返すと、奴は落ち着いた様子で
「どうやら御婦人たちの美しさに心奪われているようです。
失礼いたしました。」
うあクサイ台詞を...
「それでは皆様、パーティーの途中で失礼いたしました。
食事にお戻りください」
言い忘れていたが、パーティーは立食形式で、
何列かに分かれたテーブルの上に、所狭しと料理が並んでいる。
包帯男や被り物をしている奴らは食いにくそうだ。
「彼が噂のご子息ですか」
テーブルに近づく途中、いきなり声がかけられた。
もちろんオヤジ宛だ。
「おや。これはこれは。」
そちらを振り向くと、そこにも吸血鬼が立っていた。
ただ、その吸血鬼は...デブ...もとい、太っていた。
後退しまくった髪の毛を、後ろのほうから無理やり前に撫で付け、
染めてあるように不自然な黒髪は油でてかてか光っている。
典型的洋ナシ型と言っても良い腹は、ズボンの上でたぷんたぷんと揺れていた。
オレは面食いではないが、...基本は同じ服装でも、
着る人間が代わればこうも変わるものかと思ってしまった。
「お忙しい中、ようこそおいでくださいました。歓迎いたしますよ」
マジックはにこやかな笑みを浮かべ、握手した。
...こいつ一応まともな会話できるんだな。
「こちらこそご招待ありがとうございます。
お言葉に甘えて楽しんでまいります
ところで彼が?」
「えぇ。最愛の息子、シンタローですよ」
最愛言うな。
周りをこっそり伺うと、近くにいる連中全員がこちらの会話に聞き耳を立てられているのが分る。
気分はよくないが...耐えるしかねぇ。
「はじめまして。シンタローです。」
少し頭を下げて挨拶をする。
「はじめまして。シンタロー君。私は...」
デブな吸血鬼は言って懐に手を突っ込み名刺をとしだし、
「ストップ」
受け取ろうとした手を止められる。
「なんだ?」と視線で問うと、
オヤジはにっこりと笑って、
「ハロウィンでは悪魔に魅入られないために変装するんですよ。
自分から正体をばらしてしまっては意味がありません。」
おいおいおい...
「オレの紹介はアン...父さんがしただろ?」
『アンタ』と言いかけてあわてて言い直す。
オレは、ここではコイツの息子なんだ。
「ほら、君は一応パーティのメインだから。」
「あん?」
...ちょっと言葉遣いが悪すぎるだろうか。
目の前のオッサンは俺のほうを少し驚いたように見ている。
「そうでしょう?」
これはオヤジが、オッサンに言った言葉だ。
「そ───うですね。
ところで...」
「はい?」
オッサンはオレとオヤジ、それと鎖を眺めつつ。
「見たところ貴方のほうが悪魔を捕まえてるようですが...
実際に捕まったのはあなたの方なのでは?」
───うわ来たし。
ホントウはどんな関係か、ずばり言い当てられたらどうしようかと悩んでいたんだ。
別にコイツの立場が悪くなろうと俺には関係ないし、
その可能性も低いが、オレが悪魔だと広まったらヤバイ。
パパラッチどころの騒ぎじゃなくなるからな。
まぁ実際このオッサンだって本気で言ったわけではなく、
ちょーっと軽い話題転換のつもりなんだろう。
第一男同士なんて普通に考えてあるわけないんだから。
オヤジだってさらりと流すだろ。
「あぁ。捕まったのは私なんですけど。
どうもそのまま逃げられそうだったので、
逆に捕まえなおして、逃げられないようつないであるんです。
ねぇ?」
何が『ねぇ』かぁあああ!!
あわてて周りを見渡すと、目の前のオッサンはおろか、
周りで聞き耳を立てていた連中も固まっていた。
「は...はは...
相変わらずご冗談が好きですねぇ」
おぉ。(どこの誰か知らないけど)オッサンナイスフォロー!
「いやいや。こういう場所だとつい開放的になるんですよ。」
開放しすぎだ!
その後、オッサンとオヤジは簡単な挨拶をして、別れたんだが...。
にしても一人目の挨拶でえらく疲れた...
本気でばらすとは思えんが...
俺の慌てる様が見たいとか言う理由でギリギリなことは言い出しそうだ...
「おーい兄貴ーっ」
最近になって聞きなれた声に振り向けば、そこにはハーレムとサービスおじさんの姿。
ハーレムは耳と尻尾をつけただけの狼男。
サービスおじさんは長いローブに黒の三角帽子とほうき...
一応魔法使いのつもりなんだけど魔女っぽい。
「シンタローの挨拶回りはどうだ?」
「これからどんどん回って行くつもりだ。
挨拶しなくちゃいけない人はいくらでもいるからな」
「...何人くらいいるんだ?」
「最低30人」
「無理だ───!!」
全員挨拶しきるのに何時間かかるんだよ!
そのたびにさっきみてーなハラハラ気分を味わうのかッ!!?
「まぁうち何人かは一緒にいるだろうから、そんなに時間はかからないよ。多分」
多分じゃいやだああ!
「そんなことより二人とも、ルーザーはどこいったんだ?」
「受付に行ってます。」
「何かあったのか?」
「さぁ...」
「何かあったにしてもルーザー兄貴に任せておけば大丈夫だろ?
そんなことより兄貴、シンタロー紹介するなら早くしたほうが良いんじゃねーか?」
「そうだな。じゃぁ行こう。シンタロー」
い...いきたくねぇ...
「な...なぁオヤジ...」
「うん?」
「オレ...おや...じゃなくて、父さん以外の人に色々見られたり聞かれたりするのヤダナァ...」
顔が引きつりそうになるのをこらえ、クィッとマントを引っ張り、目をじっと見て『お願い』する。
必殺『父さん』攻撃。後々サービスおじさんが命名した。
この攻撃はてきめんだったようで...
「ふぅ...」
新しく渡されたワインを一口飲んでほっと一息。
「今回の主役がウォールフラワーっつのも問題だと思うんだが」
「ほっといてくれ。一人目の挨拶で死ぬほど慌てたんだ。」
「兄さん少しでも君を拘束したくてたまらないんじゃないか?」
「こっちのほうがたまらないって...」
結局あの後、オヤジは「どうしても挨拶しなくちゃいけないのが何人かいるから...」といって名残惜しそうに会場の真ん中に向かっていった。
おかげでオレはサービスおじさんとハーレムとで平和に料理が楽しめる。
「でも兄さんお目付け役がいないと好きなこと言いそうだけどね」
..........
いやな予感がして会場を見渡す。
───いた。
真っ黒なイブニングドレスを着た女性となにやら親しそうに話している。
大きな三角帽子をかぶっているところを見ると、この人も魔女だろう。
でも誰だ?
「新規参入して来た企業の社長だよ」
「───?」
声のしたほうを見れば、なにやら妙に楽しそうなサービスおじさんの姿。
「きれいな人だろ。あれで30後半だからな」
───なんですと!?
改めて視線をやる。
肩の出たイヴニングドレスには胸元に大きなコサージュがついている。
足元のスリットは大きくはないが、それでもそこから除く足はすらりと長くて、白い。
顔よりまず先に体に目が行くのは、男として当然だと思う。
でもって顔は...
「...ホントウに三十過ぎですか?」
「女性は怖いな。」
足と同じように白い肌...しかも首と顔の色も同じだ。
唇は色の薄い口紅が塗られている。
髪の毛はアクセサリーもつけずに下ろしているだけだが、
ゆったりとした黒髪は周りの男の注目を浴びていた。
遠目だから分らないが、それでも本当の年を当てられる人はいないだろう。
で、その人がマジックとなにやら談笑していた。
女性のほうがヒールの高い靴を履いているからだろうが、背の高い親父とはちょうど良い距離だ。
「兄さん黒髪に弱いからなぁ…」
「え?」
「兄さんのかつての奥さん...つまり養姉さん日本人だったんだよ。」
「あの人よりはるかにキレーな髪の毛だったな。もちろん顔もだいぶ差があるけどよ。」
「若くして亡くなったのが惜しまれる...
むしろ若くしてなくなったからこそ良かったとか言われてるくらいだし。」
そういや、オレマジックから奥さんのことあんまり聞いたことねーな。
オレと同じ黒髪...ね。
「あの女も東洋系だな。」
「日本ではないけれど...まぁ見ての通り。」
「ふーん?」
ワインを一口。
少し暖房が効きすぎてるんじゃないか?
なんか暑いぞ。
「気になる?」
「はぁっ?」
なんでそうなるんだ!?
「別にオレは? あの女がマジックと付き合おうが全然気にならねーし。」
「ふ~~~ん???」
「あんだよ」
ニヤニヤしたハーレムの面が妙に憎い。
「いやいやいや。
オレは『兄貴の奥さんのことが気になるのか』って聞いたのにずいぶん飛躍してるからな。」
「───なっ?
ふ、普通そう考えるだろ! 直前の話題があの女のことだったんだから!」
「私もシンタローと同意見だな。」
「おじさんv」
あぁ...やっぱりこの人だけは俺のみかt
「だから、シンタロー、安心して良いぞ」
なにがですかぁあああ!!?
な...なんか良く分らんが、からかい倒されたような気がする。
精神的にぐったりしていると、またマジックの姿が視界に入ってきた。
さっきの女とは別れ、今度は別の人...ミイラ男と話している。
ほ...包帯だらけでどんなヤツかわかりゃしねぇ。
身長はマジックよりも下。...中肉中背だな。
いったいどんな話をしているのか、俺のことか仕事のことか。
ボーっと見ていると今度は別のヤツが加わってきた。
多分中国人だろうキョンシーの格好をしている。
さらに今度はフランケンシュタインがやってきて...
「よく会話が続くもんだな」
ハーレムがあきれたようにつぶやいた。
俺もそれは思う。
「兄さん兄弟の中では一番こういう場所があっているかもね。」
「俺はどう考えても現場向きだしな。」
「意外と自分のこと良く分ってるんだな。」
「どういう意味だガキ。」
「自分で言ったんだろ。」
「ハーレム、シンタローを子供だというなら少しは落ち着け。
シンタローも、すねてないで兄さんのところに行ったらどうだ?」
「だからどうしてそこまで飛躍するんですか!!」
結局この後、半分意地もあってマジックの傍にはよらなかったのだが、
人と話している間...むしろパーティの間、
ずっと笑顔を絶やさなかったマジックを少しだけ見直したのは事実。
「あ、シンちゃんの身元については、ちゃんと創り上げた経歴に沿って話しておいたから、
ばれることはまずないよ?」
......創り上げた経歴というのが気になるんですけど。
ま、まぁそれは後でゆっくり聞こう。
とりあえずは、何もなく終わって一安心だ。
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