「...アンタ...馬鹿だろ」
マジックの説明を聞き終えたシンタローは、いくばくかあきれたような口調で言った。
「私は、シンちゃんのためならいくらでも馬鹿になれるよ」
この男はめげない。
「本当に馬鹿だな」
「君ほどじゃないさ」
「...俺のどこが馬鹿だってんだよ」
「分らないかい?」
「............」
言葉に詰まったのか、ふいと顔をそらしてしまう。
その顔に、もう涙は見えなかった。
「ねぇシンタロー。人間の地位や姿を失ってここに来た、私の行動は、全部無駄だったかな?
それとも、多少なりとも救いはあるのかな?」
今度はシンタローからマジックの目を見つめて答える。
「俺は悪魔だから、他の奴らに救いどころか何にも与えられねーよ。」
「そうかな?
キンちゃんたちが言うには、私はまだ2つの願いしか言っていないけど、
上級悪魔になった以上魂は狩れないから、2つの願いをかなえたのはボランティアになるな。だって」
「その代わり、アンタなにを失った?
ガンマカンパニー会長、最大株主の地位。裏の顔。
それとおそらく、家族。ほか、人間として生きてたら手に入れられたもろもろの品。」
「君と一緒にいられるなら惜しくないよ」
「家族もか?」
「分ってくれるさ。」
シンタローの息をつくまもなく出された質問に、即座に切り返すマジック。
それにひるむことなく、シンタローは続けた。
「どうだかな。昨晩その姿になって、今...昼か。
ここにいるってコトは、まだ兄弟連中には説明してないんだろ?」
「いいや。この姿になって即座に人間界に戻ったんだよ。
寝ている兄弟たたき起こして、この羽を見せて。」
「なんて言われた?」
「サービスとルーザーはよく似合ってるって。
ハーレムは、たまに遊びに来いってさ。」
「...会社はどうするんだよ。」
「あんな商売していたからね。
一応私がいついなくなっても大丈夫なように準備くらいはしていたんだ。
表の顔はルーザーが。裏の顔はハーレムとサービスが継ぐよ。
ルーザーはああ見えて世渡りがうまいし、
ハーレムとサービスはお互い足りないところを補える仲だ。
だから、何の心配も要らない。君は何にも背負う必要はない。」
「でも一応もう一度報告くらいにはいけよ」
「君からしかるべき返事をもらったらすぐにでも行くさ。
だから、
───今まで何度も言ってきた台詞だけど、
今度は君に答えてもらうよ。逃がさないからね」
睨むといっても良いほどの熱視線でシンタローを見つめ、、
逃げられないようにしっかり肩をつかんでおく。
自分を射抜くような視線に思わず顔をそらそうとすると、くいっとあごが持ち上げられた。
「言っただろう? 逃がさないって」
にっこりと微笑んだマジックの顔が、シンタローに近づく。
硬直したままのシンタローの唇を奪い、腰と背に手を回し、力強く抱きしめた。
「───ん」
よく知った感覚に、シンタローの体温が一気に上がる。
自分を抱きとめる腕が懐かしくて、体に感じる熱がうれしくて、
気がついたらシンタローも、マジックの背に手を回し、
しがみつくように自分の体をマジックに押し付けていた。
「...ふぁ...」
やっと開放され、胸の動悸はそのままで、ぽすっとマジックの胸に頭を押し付ける。
優しく頭をなでてくる手に、シンタローはまどろんだような声で告げた。
「なぁ...オヤジ。」
「ん?」
「俺さ...俺...あんたのコト好きだわ」
「......」
マジックの手が止まる。
「...さっきは...悪かったな」
「いいよ。私もごめんね。君を困らせてしまったみたいだ。
───今更だけどね」
今言った台詞の照れが、ようやく回ってきたのか、シンタローは少し顔を赤らめながら言った。
「あ~~~。あのさ、よかったら今夜」
「シンちゃん! とーさま!! いい加減にしないとお昼ご飯冷めちゃうよ!!」
バタンッ!!
甲高い声と、ドアを思いっきり開く騒音に、ソレまで言いかけてたコトはもちろん、
慌ててマジックを付き飛ばし、ドアに視線を走らせる。
「あ...あれ? 父さま? 何で床で寝っ転がってるの?」
「気にするな。そういう年頃なんだ。」
「ふーん? お昼どうする? お父様が作ってくれたんだけど...食べる?」
「食う。腹減った。」
さっきの甘いムードはどこへやら。
いきなり生活感あふるる空気になる。
「ところで何で「とうさま」なんだ?」
「え? だってシンちゃん父さまの息子になったんでしょ?
だったら僕とキンちゃんだって父さまの息子じゃない?」
「......なるほど」
どこか釈然としないシンタローだったが、とりあえず食堂からただよってくるカレーの香りに誘われ、
さっさと寝巻きのまま部屋を出て行ったのだった。
『よかったら今夜』の続きは、『一緒にアンタのとこのイルミネーション見に行こうぜ』
「うわー!! すごいねー!!
見て見て一番きれいだよ!!」
「あんまり騒ぐな。一応黙ってきているんだ」
「...どうしたオヤジ」
「いや、家族水入らずで過ごすってのも良いもんだなぁって思って」
「一気に大家族ですけどね。」
「おーいシンタロー! 火出せ火!」
「ここは禁煙だよハーレム」
「っつかライター使えオッサン」
ここはガンマカンパニー本社最上階。
そこにいるのは3人の見習い悪魔と新人の上級悪魔が一人。
ソレと人間が3人。
最上階の会長室で会社が誇るクリスマスツリーを臨んでのプチ宴会となっていた。
結局マジックの仕事はそれぞれ兄弟が受け継ぐコトになったが、
いくら下準備が元からあったとはいえ、緊急事態に変わりはない。
そこで、少しずつ少しずつ、マジックの仕事を他の3兄弟に移行していって、
来年からは完全に3人だけで業務が行えるようにしていくらしい。
「といっても今生の別れじゃないからね。」
「だな。たまには遊びにくるんだろ?」
「シンタローに嫌われたらとか」
「ルーザー!! 不吉なこといわないの!」
「そしたらシンタローは僕が引き取るよ」
「サービス!!?」
「え...///」
「シンタローもそこで照れるんじゃありません!!」
こうしてクリスマスの夜は更けてゆく。
【同時刻。魔界某所】
「訳を聞いて良いですか?青の秘石よ」
【何がだ?】
「人間を悪魔...しかも上級悪魔にしたコトです。
願い事を3つかなえる代わりに魂を───
というのは下級悪魔が始めた遊戯に過ぎません。
ソレをあなたの力まで使って
彼の者を仲間に引き込む義理や意味があったのですか?」
【義理はないが意味はある。
あの男は使える。それだけだ】
「...それだけ、ですか?」
【暴走しないようにストッパーもあるしな】
「はぁ」
【人間界でつんだ交渉術や行動力。生まれついてのあの性格。
それと、上級悪魔の力。
これだけあれば天上界との戦争にも役立つだろう】
「戦争ですか?」
【うむ。そういえばこのコトについて赤の秘石が説明を求めていたな。
ついでにこっちも最上天使が人間界に長らく滞在していた件について説明を求めたい。
早速赤の秘石との専用通話回路を開かなくては。
お前もその席にいるんだ。最上天使本人にも同席、説明してもらおう】
「かしこまりました」
表情は見えないが、やたらいそいそと嬉しそうに準備を進める創始者を見て、
最上級悪魔は自分も同じか。と笑みを浮かべた。
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