貴方のために。
貴方を想って。
そんな言葉を重ねて見せるけれど、本当のことは知っている。
それはたんなる自分の我が侭。
でも、それのどこが悪い?
「ハーレムッ!」
それを見たとたん、シンタローはずかずかと相手に近寄り、今しがた口に咥えたばかりのそれを取り上げた。
「なにしやがるっ」
とたんに、どっかりとソファーに背をあずけるようにそこに座っていた男だが、その行動に動いた。
即座に抗議の声をあげ、浮き上がらせた腰に、だが、シンタローはそれを押さえつけるように、上から見下ろし、ギッと相手を睨みつけた。腰は手に、顔だけを相手に詰め寄らせた状態で口を開く。
「何しやがるじゃねぇよ。俺は、タバコをやめろって何度も言ってるだろうが」
奪い取ったそれを火がついているにもかかわらず、器用に握りつぶしたシンタローは、腰に当てていた右手を前に突き出し、人差し指を一本まっすぐに上に伸ばすと、メッと幼い子をしかるように振ってやった。
(まったく、一体何度言えばわかるんだよ。身体に悪いから、タバコはやめてくれって言ってやってるのに)
別に自分のためにしているわけではない。これは、相手の―――ハーレムを思っての行動なのだ。
しかし、だからといって、素直に納得してくれる相手でもない。
「やめねぇって言ってるだろうが、俺は」
握りつぶされてしまっては、取り戻してもしょうがないと思ったのか、またポケットからタバコを取り出す。さらに、こりずに咥えようとした相手に、シンタローは、すかさず手をのばした。
ガシッ。
だが、タバコまでにはそれは届いてなかった。
「……離しやがれ、おっさん」
「やだね、ガキ」
シンタローの伸ばした手は、ハーレムの手に捕まれ、進行を止められていた。
タバコは、依然としてハーレムの口の中。火はつけられていないが、放っておけば、先ほどと同じことをするのは確実である。
やめようと手を伸ばす。だが、それ以上は進めない。
力の拮抗。
いや、それよりも相手の方が上か。
(くっそ~、おっさんのくせに力だけはつえーからな)
「どうした、総帥。こんくらいの力しか出せねぇのか、なっさえねぇな」
「馬鹿力めぇ~」
握られた手は、動きを完全に封じ込められている。
押してもだめなら引いてみろ、と思い実行してみるが、それを察したのか、今度は逆の力を加えられた。すなわち、押すのではなく、逆に引っ張っているのだ。
「うがぁ~~~~~!」
「甘ぇよ」
してやったりとばかりに口の端を持ち上げられる。
抵抗しても無意味にさせられるのが、心底悔しくてたまらない。しかも、そんなことをしていれば、背後から、ハーレムの部下達の声が聞こえてきた。
「何やっているんですか、あの二人は」
「ああ、いつものじゃれあいでしょ」
「……………仲がいい」
マーカ、ロッド、Gの声である。
(これで、仲がいいわけあるかっ!)
そう突っ込みたいのだが、目の前のことで文字通り手一杯である。
そのせいか、後ろの会話は止まらない。
「隊長のタバコをやめさせるなんて、無理なことでしょうに」
「でも、やめてくれた方が、シンタロー様にしたら嬉しいだろぜ」
「なぜだ?」
「愚問だぜ、マーカー。タバコをすわねぇ人間なら、ニコチン味のキスなんかされても美味くねぇからだろ」
チッチッチッと、舌打ちする音とともに、当然といわんばかりの声がこちらまで届いた。
ギクッ。
そのロッドの言葉に、思わず反応してしまえば、その手の先に繋がっている相手が、ニヤッと意地悪げな笑みを浮かべてみせた。
気付かれたのだ。
(くっそぉ~、絶対に気付かれたくなかったのに)
だからこそ、強気で相手に向かっていったのである。それなのに、先ほどの一瞬の動揺でパァだ。
「なるほどねぇ。それで、俺にタバコをやめさせたいわけか」
可愛いじゃねぇか。
ニタニタとしか形容ができない笑いを口元に浮かべる相手に、こちらはといえば、顔をあわせ辛くて、視線をそらすしかない。
「………わかったんならやめろよ」
たぶん、顔は真っ赤になっているだろ。
ロッドの言葉は図星だ。
けれどそんなこと、自分の口から言えるわけがなくて、健康のため、と言い張って、タバコをやめるように言っていたのである。しかし、こうなってしまっては、もうその言い訳も通用しないだろ。
(どうせ、俺の我が侭だよ)
それでも、キスするならばたっぷり味わいたいと思うのは、当然のことで、それなのに滑り込んでくる苦味に邪魔されるのは、ムカつくだろ?
だから、やめて欲しいと願っているのだけれど、相手は自分の我が侭を受け止めるだけの度量はあるだろうか。
「そうだな…。やめてもいいが、けど、口寂しいんだよな、タバコをやめると」
「それなら、ガムでも噛んでいればいいだろうが」
今度はガムの味で文句をつけそうな気もするけれど、とりあえず一番の目的はタバコをやめさせるということなのだから、妥協案を出してみる。しかし、相手は渋い顔をするだけだった。
「まあ、それでもいいがな」
顎をさらりと手で撫ぜてから、ぺっと口の端に噛んでいたままだった未使用のタバコを吐き捨てた。それから意味ありげな視線をこちらに送る。
「………あんだよ」
その視線がなにやら嫌な予感を与える。警戒してみるが、どこまで警戒すればいいかを図りそこねていれば、あっさりと捕まっていた。
いまだに捕まれた手を引かれ、あっさりと相手の胸の中に自ら飛び込む形となる。
「それよりは、タバコや代わりに、お前の舌でも口に入れておけば問題解決だろ」
「んなわけあるかぁ~~~~~~~~!」
そう叫ぶ声は、あっさりとふさがれて、有言実行されるはめになるのだった。
「ハーレム隊長が、タバコをやめると思うか?」
「シンタロー様が、いっつも口塞いでやってれば、やめると思うぜ、俺は」
「………無理だな」
「そうだな。無理な話だ」
「つーかさ、気付いてないでしょ? あん人は。隊長がタバコ吸いまくるのって、シンタロー様を襲うのを控えるためだって」
結局、その後も変わらぬ状況が続いたのは、言うまでもなかった。
―――――――どうせ聞き届けられないなら、我が侭言ってもいいだろ?
貴方を想って。
そんな言葉を重ねて見せるけれど、本当のことは知っている。
それはたんなる自分の我が侭。
でも、それのどこが悪い?
「ハーレムッ!」
それを見たとたん、シンタローはずかずかと相手に近寄り、今しがた口に咥えたばかりのそれを取り上げた。
「なにしやがるっ」
とたんに、どっかりとソファーに背をあずけるようにそこに座っていた男だが、その行動に動いた。
即座に抗議の声をあげ、浮き上がらせた腰に、だが、シンタローはそれを押さえつけるように、上から見下ろし、ギッと相手を睨みつけた。腰は手に、顔だけを相手に詰め寄らせた状態で口を開く。
「何しやがるじゃねぇよ。俺は、タバコをやめろって何度も言ってるだろうが」
奪い取ったそれを火がついているにもかかわらず、器用に握りつぶしたシンタローは、腰に当てていた右手を前に突き出し、人差し指を一本まっすぐに上に伸ばすと、メッと幼い子をしかるように振ってやった。
(まったく、一体何度言えばわかるんだよ。身体に悪いから、タバコはやめてくれって言ってやってるのに)
別に自分のためにしているわけではない。これは、相手の―――ハーレムを思っての行動なのだ。
しかし、だからといって、素直に納得してくれる相手でもない。
「やめねぇって言ってるだろうが、俺は」
握りつぶされてしまっては、取り戻してもしょうがないと思ったのか、またポケットからタバコを取り出す。さらに、こりずに咥えようとした相手に、シンタローは、すかさず手をのばした。
ガシッ。
だが、タバコまでにはそれは届いてなかった。
「……離しやがれ、おっさん」
「やだね、ガキ」
シンタローの伸ばした手は、ハーレムの手に捕まれ、進行を止められていた。
タバコは、依然としてハーレムの口の中。火はつけられていないが、放っておけば、先ほどと同じことをするのは確実である。
やめようと手を伸ばす。だが、それ以上は進めない。
力の拮抗。
いや、それよりも相手の方が上か。
(くっそ~、おっさんのくせに力だけはつえーからな)
「どうした、総帥。こんくらいの力しか出せねぇのか、なっさえねぇな」
「馬鹿力めぇ~」
握られた手は、動きを完全に封じ込められている。
押してもだめなら引いてみろ、と思い実行してみるが、それを察したのか、今度は逆の力を加えられた。すなわち、押すのではなく、逆に引っ張っているのだ。
「うがぁ~~~~~!」
「甘ぇよ」
してやったりとばかりに口の端を持ち上げられる。
抵抗しても無意味にさせられるのが、心底悔しくてたまらない。しかも、そんなことをしていれば、背後から、ハーレムの部下達の声が聞こえてきた。
「何やっているんですか、あの二人は」
「ああ、いつものじゃれあいでしょ」
「……………仲がいい」
マーカ、ロッド、Gの声である。
(これで、仲がいいわけあるかっ!)
そう突っ込みたいのだが、目の前のことで文字通り手一杯である。
そのせいか、後ろの会話は止まらない。
「隊長のタバコをやめさせるなんて、無理なことでしょうに」
「でも、やめてくれた方が、シンタロー様にしたら嬉しいだろぜ」
「なぜだ?」
「愚問だぜ、マーカー。タバコをすわねぇ人間なら、ニコチン味のキスなんかされても美味くねぇからだろ」
チッチッチッと、舌打ちする音とともに、当然といわんばかりの声がこちらまで届いた。
ギクッ。
そのロッドの言葉に、思わず反応してしまえば、その手の先に繋がっている相手が、ニヤッと意地悪げな笑みを浮かべてみせた。
気付かれたのだ。
(くっそぉ~、絶対に気付かれたくなかったのに)
だからこそ、強気で相手に向かっていったのである。それなのに、先ほどの一瞬の動揺でパァだ。
「なるほどねぇ。それで、俺にタバコをやめさせたいわけか」
可愛いじゃねぇか。
ニタニタとしか形容ができない笑いを口元に浮かべる相手に、こちらはといえば、顔をあわせ辛くて、視線をそらすしかない。
「………わかったんならやめろよ」
たぶん、顔は真っ赤になっているだろ。
ロッドの言葉は図星だ。
けれどそんなこと、自分の口から言えるわけがなくて、健康のため、と言い張って、タバコをやめるように言っていたのである。しかし、こうなってしまっては、もうその言い訳も通用しないだろ。
(どうせ、俺の我が侭だよ)
それでも、キスするならばたっぷり味わいたいと思うのは、当然のことで、それなのに滑り込んでくる苦味に邪魔されるのは、ムカつくだろ?
だから、やめて欲しいと願っているのだけれど、相手は自分の我が侭を受け止めるだけの度量はあるだろうか。
「そうだな…。やめてもいいが、けど、口寂しいんだよな、タバコをやめると」
「それなら、ガムでも噛んでいればいいだろうが」
今度はガムの味で文句をつけそうな気もするけれど、とりあえず一番の目的はタバコをやめさせるということなのだから、妥協案を出してみる。しかし、相手は渋い顔をするだけだった。
「まあ、それでもいいがな」
顎をさらりと手で撫ぜてから、ぺっと口の端に噛んでいたままだった未使用のタバコを吐き捨てた。それから意味ありげな視線をこちらに送る。
「………あんだよ」
その視線がなにやら嫌な予感を与える。警戒してみるが、どこまで警戒すればいいかを図りそこねていれば、あっさりと捕まっていた。
いまだに捕まれた手を引かれ、あっさりと相手の胸の中に自ら飛び込む形となる。
「それよりは、タバコや代わりに、お前の舌でも口に入れておけば問題解決だろ」
「んなわけあるかぁ~~~~~~~~!」
そう叫ぶ声は、あっさりとふさがれて、有言実行されるはめになるのだった。
「ハーレム隊長が、タバコをやめると思うか?」
「シンタロー様が、いっつも口塞いでやってれば、やめると思うぜ、俺は」
「………無理だな」
「そうだな。無理な話だ」
「つーかさ、気付いてないでしょ? あん人は。隊長がタバコ吸いまくるのって、シンタロー様を襲うのを控えるためだって」
結局、その後も変わらぬ状況が続いたのは、言うまでもなかった。
―――――――どうせ聞き届けられないなら、我が侭言ってもいいだろ?
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さもありなん
どうしようとも変わらないならば諦めるしかないだろう。
認めたくないが、心は正直だ。
「チッ。忌々しい」
「……嫌ならやめろよ」
すでに固定されてしまった顎に、視線は真っ直ぐ蒼天を貫く。小さな空が二つ、そこにある。
あっという間の出来事だった。
行き成り引っ張られったと思ったら、身体ごと相手に抱きこまれて、視線すらも囚われる。
なのに、そうした相手は、その状態をキープしたまま、愚痴り始めたのである。
「はあ…なんで俺がてめぇなんかを」
「だから、嫌ならやめろっていってるだろうが」
これ見よがしな溜息を目の前でつかれる。
そんなに嫌そうに言うならば、その先の行為は中断すればいい。こっちだってそんな感じでされても気分がよろしくない。
それに、この一連の行動は、自分が求めたものではない。相手が突発的に起こしたものだ。
自分がしたことといえば、久しぶりに帰ってきたおっさんを見つけて、片手をあげて「よぉ!」と挨拶しただけである。
だが、相手は、がっちりこちらに視線を固めるとわかってねぇな、と言いたげに首を振った。
「やめられねぇから、困ってるんだろうが」
「馬鹿か? おっさん」
呆れてものもいえない、というが、どうやら相手を貶す言葉だけは出てきてくれるようだ。
何をやっているんだ、と突っ込みをいれてあげたい。
こっちだってヒマではないのである。相手の酔狂にいつまでも付き合ってはいられないのだ。
「いいから、やんねぇなら離せよ、馬鹿」
いい加減じっとしているのも飽きてきた。
どうにか、この縛から逃れられないかと身を捩じらせれば、覚悟を決めたように、先ほどよりもきつく身体を固体させられた。
相手が、一瞬、くしゃりと顔を顰める。
「あ~あ、そうだよな、馬鹿なんだよ。けどな―――愛してる」
なのに、その瞬く間に、真摯な表情に変わっていて、嘘偽りはありませんとばかりに、そう告げてくれるから性質が悪い。
それだけで、喜ぶ自分がいるのだから。
今度は、こちらが溜息をつく番だ。
「はあ…なら、最初から素直にそう言ってろよ」
「うっせえよ」
そうして、ようやく重ねられた唇から注がれる、紛れもない愛を受け止める。
――――――素直じゃねぇのはお互い様だろうが?
どうしようとも変わらないならば諦めるしかないだろう。
認めたくないが、心は正直だ。
「チッ。忌々しい」
「……嫌ならやめろよ」
すでに固定されてしまった顎に、視線は真っ直ぐ蒼天を貫く。小さな空が二つ、そこにある。
あっという間の出来事だった。
行き成り引っ張られったと思ったら、身体ごと相手に抱きこまれて、視線すらも囚われる。
なのに、そうした相手は、その状態をキープしたまま、愚痴り始めたのである。
「はあ…なんで俺がてめぇなんかを」
「だから、嫌ならやめろっていってるだろうが」
これ見よがしな溜息を目の前でつかれる。
そんなに嫌そうに言うならば、その先の行為は中断すればいい。こっちだってそんな感じでされても気分がよろしくない。
それに、この一連の行動は、自分が求めたものではない。相手が突発的に起こしたものだ。
自分がしたことといえば、久しぶりに帰ってきたおっさんを見つけて、片手をあげて「よぉ!」と挨拶しただけである。
だが、相手は、がっちりこちらに視線を固めるとわかってねぇな、と言いたげに首を振った。
「やめられねぇから、困ってるんだろうが」
「馬鹿か? おっさん」
呆れてものもいえない、というが、どうやら相手を貶す言葉だけは出てきてくれるようだ。
何をやっているんだ、と突っ込みをいれてあげたい。
こっちだってヒマではないのである。相手の酔狂にいつまでも付き合ってはいられないのだ。
「いいから、やんねぇなら離せよ、馬鹿」
いい加減じっとしているのも飽きてきた。
どうにか、この縛から逃れられないかと身を捩じらせれば、覚悟を決めたように、先ほどよりもきつく身体を固体させられた。
相手が、一瞬、くしゃりと顔を顰める。
「あ~あ、そうだよな、馬鹿なんだよ。けどな―――愛してる」
なのに、その瞬く間に、真摯な表情に変わっていて、嘘偽りはありませんとばかりに、そう告げてくれるから性質が悪い。
それだけで、喜ぶ自分がいるのだから。
今度は、こちらが溜息をつく番だ。
「はあ…なら、最初から素直にそう言ってろよ」
「うっせえよ」
そうして、ようやく重ねられた唇から注がれる、紛れもない愛を受け止める。
――――――素直じゃねぇのはお互い様だろうが?
手を伸ばせば、もしかしたらその身体に触れる事が出来るかもしれない。
それだけの距離。
足を一歩踏み出せば、もしかしたらその身体を感じられるかもしれない。
それだけの空間。
それなのに何故?
――――ここで立ち止まる自分がいるのだろう。
「どうした?」
余裕綽々といった風体で、言われるのが気に食わなかった。明らかに、今の状況を楽しんでますといわんばかりに、軽く細められた眼がむかついて堪らない。
それがそっくりそのまま表情まで出てしまい、むぅとふくれっ面になる自分がいるのがわかる。
けれど、嫌ならば、そこから去ってしまえばよかった。そうすれば、少なくても、気に食わない相手の顔を見ずにすむ。
それなのに、どうして出来ないのだろうか。
理由?
もちろん、自分の中で答えは出ている。それが分かるから、余計腹立たしいのだ。
「……どうもしねぇよ」
仕方がないから視線を逸らしてみても、その視界の端に、くくっと喉を鳴らしてこちらの反応を楽しむ相手の姿見えてしまう。
本当に、その顔面に眼魔砲のひとつでもくれてやりたい。
そう思った瞬間、反射的のように手の平に、覚えのある高濃度の熱が凝縮された。けれど、それを相手に放とうとする合間に、躊躇いが生じて霧散してしまう。さっきからこの繰り返し。馬鹿馬鹿しいったらありゃしない。
「約束しただろ? シンタロー総帥」
わざとらしく役職名を出してくれる。いけ好かないが、けれど言われていることは、正しくて、
「ああ、そうだな」
頷かなければいけない。不本意ながらも、それは間違いなかった。
『約束』
それが今、彼と自分とに、この距離を作っているのだ。
約束の元になったのは、『総帥』としての仕事からである。
ガンマ団が、依頼を受けていた仕事は、少々困難を極めるもので、より強い戦力が必要だった。だから、命じたのだ。特戦部隊に―――この戦乱をこれ以上長引かせることなく終わらせてくれ、と。
けれど、送り出すにも不安があった。常に彼らは破壊し過ぎたのである。それは、今のガンマ団の理念から大きく外れることで、それだけは止めたくて、とっさに約束してしまった。
『もしも、敵方を半殺しで留めることが出来たら、俺からキスしてやってもいいぜ? ハーレム』
それは、ちょっとした冗談のつもりでもあったのだ。こちらの命令を渋る相手に苛立って、半ばやけっぱちも含んで、そう言ったのである。
てっきり『何ふざけたことを言ってやがる』などといって、そのまま流されると思ったのだが、相手は逡巡もなく『わかった。お前の命令を聞いてやる。だから、俺が帰ってきたらてめぇからキスしろよ、シンタロー』と言い放ってくれたのだ。
男に二言は無い。
今更取りやめにもできずに、OKを出した。
そうして相手は、その言葉どおり実行してくれたのだった。見事なまでに、短期間のうちに、長く続いていた戦乱に終止符を打ってくれた。しかも半殺しでとめて、である。
それならば、今度はこちらが約束を守る番だ。
ハーレムへ、自分からキスをする。
たったそれだけ――それぐらい、たいしたことはないと思っていた。これまた不本意ながらも――それは単なる照れ隠しでの意味だが――目の前の相手とは、何度もそういうことをした間柄である。けれど、こんな状況は、初めてだった。
(…畜生ッ! 何やってんだよ、俺は。いつもは、こんなんじゃねぇだろッ)
自分からのキスだって初めてではない。初めてではないが、その少ない状況は、常に相手からの挑発に乗ったり、思考能力の乏しい状況下――ぶっちゃけ愛の営み中――だったりするもので、こんな風に素面の状況で、相手がただ黙って待っているという状況は、初めてだった。
ドクドクと煩いぐらい心臓が音を立てている。必死で隠しているが、身体は震えそうである。
怖がることではない。
怯えるところではない。
相手と微妙な距離をあけたまま硬直状態の自分に、片眉を持ち上げ不服そうにハーレムは口を開いた。
「そんなに俺にするのが嫌か?」
「なんでッ!」
どうして、そういう思考になるのだろうか。
間髪いれずに否定すれば、相手は驚いたような表情をしたが、すぐに満足げに頷いてくれた。こっちは、言ってしまった取り返しのつかない言葉に、赤くなった頬を隠すために、俯くしかない。もちろん、足はまだ動かなかった。
(……嫌なわけじゃないんだ)
イヤならば、とっくにこの場から逃げ出しているだろう。恥ずかしすぎて落ち着かないけれど、足が後方に下がることは決してない。
けれど、やはり………視線を上向ければ、ばっちりと重なり合う視線。こちらを真っ直ぐと見つめる瞳は、自分を欲しているのがまざまざと分かるから、羞恥が先にこみ上げる。さすがにこの状況で、これ以上相手に近づいて、というのは無理だった。
だから、最後の手段とばかりに言い放つ。
「目を瞑れッ! ハーレム」
「そんなことしたら、てめぇの顔が見れねぇだろうが」
すぐさまブーイングが来たが、聞く耳はもたなかった。
「いいから、瞑れッ!」
怒鳴るように言えば、少しばかり残念そうな表情を浮かばせながらも承諾してくれた。
「へーいへいへい」
そう言うと、すっと青い瞳が閉じられる。あの自分を見据える瞳が隠れただけだが、それでも、ようやく息苦しさも少しだけ弱まってくれた。
これで、前に進めそうである。
前に―――。
ただ、それだけなのだが。
(くッ……前線にいた時でさえ、前に進むのなんかこれほど怖くはなかったぞ)
先ほどから収まらなかった強い鼓動がさらに早さを増していた。意識すればするほど、それは早くなる。 けれど、それは嫌な早さではなかった。ただ、高揚感がまし、一歩踏み出しているはずなのに、空中に足を乗せたような、浮遊感がある。それでも、相手の距離をようやく縮めて、見上げる状態で、相手の顔を覗く。
しっかりと閉じられた瞳、こちらは思い切りドキドキしているのに、貰うのが当然とばかりの表情でそこにいるのがやっぱりムカついてしまう。
その頬を引っ張って見たい欲求に駆られたが、そこは我慢して、相手に手を伸ばした。
伸び上がらなければ届かぬ相手である。つま先立ちになるのに、バランスを取るためその肩に触れ、その胸に触れたとたん、先ほどの自分の苛立ちが誤解であることが分かった。
(……なんだよ)
せっかく収まった羞恥心がぶり返してしまう。こちらと同じぐらい早い鼓動。触れたとたん緊張感が伝わってくる。
たかがキス。
お互い何度も交わしたことがあるのに、なぜ、この一回がそんなにも胸ときめかすものになるのだろう。
理由も分からぬままに、とうとうその唇に触れた。
感じ慣れた、その厚みと形と質感。乾燥した地域にしばらくいたせいだろうか、少しばかり唇が荒れていて、ざらつき感がある。
触れるだけの口付け。
それだけなのに、どこか新鮮に感じるのは、それが酷く久しぶりだからで――。
(そっか……なんだかんだいって、一ヶ月ぶりなんだ)
そう思ったら、バランスを取るために肩においていた手が伸びていた。その手が、ハーレムの首の後ろへと回される。そうしてその身体をさらに自分の方へ引き寄せるようにして、もう一度、その唇を味わうように近づける。
けれど、触れるギリギリで留まり、
「待たせたな」
一言そう呟けば、パチリと開く青い瞳。間近にあった青玉の眼が、柔らかく緩むように笑んだ。
「待ち焦がれてたぜ」
こちらが赤面するほど正直な感想。
でも、それは、きっと自分も同じことだ。本当は、こちらこそが待ち望んでいたのである。彼の唇に触れることを。
それは、触れた瞬間気がついた。
だからといって正直に告げはしない。自分がこの唇を欲していたなんて、絶対にだ。
告げれば、付け上がるに決まっている。
何よりも―――あの距離を躊躇う自分が必要だから。
一歩の距離。
それが自分を保つために空間であり、境界線。
「……なーにやってんだよ」
「ん? わかんないのか」
四肢をたくみに押さえつけ、自分の上に乗っかっているジャンは、邪気のない笑顔を向ける。
が、それでシンタローが、黙っていられるはずがなかった。
「わかんねぇから聞いているんだ!」
この状況から早く脱したいと切実に思うのだが、残念ながらそれはまだ叶ってはいない。
いくらもがいても、ジャンの戒めは、強固な上にポイントを押さえるのが上手い。
背後から声をかけてきたジャンに、振り返り答えようとした一瞬の隙を狙われ、あっさりと床に倒れ込まされてしまったのだが、それが失敗だった。その時点で、逃げ道はふさがれたようなものだ。
しかし、そうされる理由が分からない。
一体何事かと、漆黒の瞳をきつく絞り相手を睨みあげるが、睨まれた相手は、平素と変わらぬ陽気を振りまいてくれる。
「お前を襲っているんだよ♪」
その答えに、さっとシンタローは顔色を蒼ざめさせた。
「なぁに!同じ顔の奴を襲っているんだ、この馬鹿がっ!!!」
確かに、シンタローとジャンは髪の長さなど細かい部分は違えども、元の作りは同じである。
その同じ顔同士で、組敷かれ、組み敷いている状況というのは、笑うに笑えないものがあった。
しかし、逃げようにも逃げられない。さすがに、無駄には長く生きていないというべきか、シンタローの体術よりも、ジャンの方が遥かに巧みだった。
「くそぉ。なんなんだよ、いったい」
悔しげに、愚痴って見せれば、それほど労せずにシンタローを押さえ込んでいるように見えるジャンは、無邪気な笑顔で、答えた。
「いやー。サービスがさ、お前が可愛いかったっていうんだよ」
「はぁ?」
こんな状況で世間話のように気軽にはなしかけるジャンに対応が遅れがちのシンタローだが、相手はまったく気にはしていなかった。
「でさ。おんなじ顔してるはずなのにさ、俺は、サービスに可愛いって言われたことがないわけ。だからさ。どこら辺が可愛いのか、ちょっと試してみようと思ってね」
そういいつつ、彼の手は、プチプチとシンタローの服のボタンをはずしていく。
「…………それでどうしてこうなるんだ?」
自分の頭の中では、彼の言葉と行動がまったくつながってはいない。
しかし、相手は親切にも教えてくれた。
「んっ? そりゃあ、サービスがお前のことを『可愛い』って称したのが、ヤってる最中だったからに決まってるだろ?」
「うわぁあああああああああああああああ」
その言葉に理解したとたんシンタローは力一杯暴れまくった。が、無駄だった。
「煩いよ、お前」
そんな抵抗もあっさりとふさがれる。
「じゃあかぁーしぃ!!」
涙が膨大に溢れてくる。
なんで、こんな言葉を聞かなくてはいけないのだろうかと我が身の不運に、呪いたくもある。
確かに一度だけ……一度だけだが、自分の美貌の叔父とそう言う関係をもったことはある。あるが、その感想を同じ顔をしているとはいえ、この目の前の男に吐かないで欲しかった。
とはいえ、大好きな叔父を恨むことなんてできはしないが。
「へぇ…やっぱり同じ身体でも鍛え方のせいか微妙に違うよな」
その代わり、目の前の男には、恨みつらみが沸いてくる。
さわさわと遠慮なく直接肌に触るジャンには、殺意すら覚えた。
「てめぇ…やめろっ」
「やめろといわれてやめるぐらいなら、やんないって」
それはもっともだが、だからといってこちらもそれに同意してはいられない。
「ちっ…くしょぉ~」
悔しげに拳を握り込むが、ぶち当てる隙ができない。
さすがは、あのサービスや高松とナンバーワンを争ったことがあるというべきか。だが、関心している場合ではなかった。このままでは、貞操のピンチである。
「ま、諦めなよっ♪ 気持ち良くしてやるし」
「ふざけるなっ!」
それで納得できるはずがない。
(誰か!)
そう切実な願いを飛ばした刹那。その声は、聞こえてきた。
「そうだな。おふざけはここまでにしやがれ。眼魔砲っっ!!」
ドゴォーーーーーーン!!!
第三者の声に、直後に響き渡った爆発音。
「げほっ」
建物も一部崩壊したのか、もうもうと湧き上がった煙に咳き込みながら、シンタローは立ち上がった。
あの爆発音と同時に戒めが解けたのだ。
「大丈夫か、シンタロー」
「えっ………あ、ハーレム」
立ち上る煙を掻き分け現れたのは、自分の叔父にあたるハーレムだった。
「て、大丈夫というわけでもなかったようだな」
「あぁ~、でも未遂だし」
じろじろと前を肌蹴たままの自分の姿を見られ、赤面していれば、額を指先ではじかれた。
「ったく、あんな奴に、いいようにやれてんじゃねぇよ」
「うっ……」
その言葉に、シンタローは、喉を詰まらせる。
反論などできはしない。
ハーレムの言うとおり、ほとんど自分は、ジャンになすがままだったのだ。
一応経験の差はあるが、体力筋力の面では大差はにはずである。それでも、何もできなかったのだ。
それはやはり恥じ入るべきものであろう。
(情けねぇ~)
肌蹴た前を片手で掴み合わせ、俯いていれば、ばさりとその背中にジャケットがかけられた。
顔を上げれば、仕方がねぇな、といいたげなハーレムの顔がある。
「てめぇは、俺のものだろうが。勝手に、肌さらしてんじゃねぇ」
同時に、くしゃと髪を掻き混ぜるように撫でられた。その暖かさに、なぜだかほっとして、同時に余裕が生まれたのか、頬を膨らませて、反論を口にした。
「別に俺は、好きでさらしたわけじゃねぇよ。ジャンの奴が行き成り…」
(そうでなければ、誰が好きでもない相手の前で肌をさらすか)
むぅと唇を尖らせて、それでもバツが悪いから、視線をそらしておけば、ふたたびぴしっとデコぴんをされた。
「お前に隙があったんだろうが。――――まあ、元凶は奴に間違いないよだが。そうだな。あいつを、もう一回ほどぶち殺しとかねぇといけないな」
そう言ってハーレムは、辺りをぐるりと見渡すが、
「って、やっぱいねぇし」
そこには、ジャンの姿はどこにもいなかった。
「眼魔砲で、ぶっ飛ばされたとか?」
「あいつが、そんなヘマやるわけねぇだろ。俺が放つ前に、俺の存在にも勘付いていたみたいだしな」
それなら、眼魔砲に当たる前に素早く逃げ去ったというわけだ。
こういう時の要領は、さすがにいい。
「じゃあ。行くか」
ふわっと身体が浮き上がる感触に驚くよりも先に、ハーレムの声が間近で聞こえた。あっさりと背後から抱きかかえられ、そのまま見事に方向転換され、抱きかかえらていたのだ。
「えっ? どこへだ」
ぐらつく体をおさえるために、ハーレムの首に腕をまきつけたシンタローだが、軽く小首を傾げて、そう尋ねれば、決まりきったことをとばかりにハーレムは言い放った。
「俺の部屋にだ。ジャンの奴がお前をどこまで触ったか、調べないといけないからな」
「えっ……ちょっと、まて…それは」
つまり、ジャンにやられかけたことを、今度は、ハーレムの手で続行ということだろう。
だが、自分には総帥としての仕事がまだ残っているのだ。ジャンに声をかけられたのは、わずかな休憩時間の時。息抜き代わりに、部屋から出たところでだった。
「煩ぇ! 俺は、結構怒ってたりするんだぞ」
「あっ…ごめん」
ハーレムという恋人がいるのに、抵抗もろくに出来ないまま、危うく別の男に犯られそうになったのである。シュンと萎れる表情を見せれば、ハーレムの鋭い視線が、シンタローに向けられた。
「ああ? お前が悪いわけじゃねぇだろうが。ま、ちょっと無防備すぎるかもしれねぇけどな。お仕置きは、身体検査の次だ。覚悟しとけ」
「はーい……」
これからのことを想像すると、ちょっぴりブルーな気持ちが入るのだけれど、
「けど、ハーレムならいいや」
大好きな人に抱かれるならば平気。むしろそう言ってくれるのは、自分のことを好きだからと言うのと変わらないことでもあるし、もちろんそれは、嬉しいから。
照れくささも混じって、ぎゅっとハーレムの首に抱きついて、シンタローはそう零した。
そのとたん、ハーレムの表情が、苦しいような困ったような微妙な表情に変化して、
「お前…この場で、ヤりたくなるようなことを言うな」
ぼそっと言われた言葉は、あんまりな言葉で、
「そ、そそそれは、ダメだからなっ!!」
当然ながら、それだけは精一杯反対した。
「おい、花火やるぞ、花火」
行き成り後ろ首を掴まれて引きずられたシンタローは、窮屈な状況で無理やり上を見上げ、ようやく総帥室から自分を拉致った相手を見ることができた。
「ハーレム」
そこにいたのは、美貌の叔父の双子の兄にあたるハーレムである。
「おう。何だ?」
名前を呼ばれたことで、こちらを振り向いてくれたハーレムに、シンタローは、自分の首元に手をあてた。
「く…る、しい」
思い切り引っ張られているために、喉が絞められているのだ。
声もろくに出ずにジェスチャーでそれを示せば、ハーレムはその太い黒眉を持ち上げ、頷いた。
「おお、悪い。これならいいか」
「うわあ」
そう言うと、立ち止まったハーレムは、行き成りシンタローを抱き上げた。
首を掴まれて引きずられるのも辛いが、こうして男にお姫様だっこをされるのも痛すぎる。
「やめろ、お前。下ろせ!!」
ここはまだガンマ団本部内である。どこに部下の目があるともしれないのに、この状況は総帥としての立場がまずい。
どうにかして降りようとバタバタと両手両足を動かしてみるものの、がっちりと抱きこまれており、あまり効果はなかった。
その上、余裕顔のハーレムは、真っ赤な顔をして暴れているシンタローを見ると、ニヤリと笑って言い放つ。
「煩い。あんまり騒ぐとその口をふさぐぞ」
何で口をふさぐかは言わなかったが、そんなことは言わずもがなという奴である。バッと自分の口を両手で隠し、大人しくなったシンタローをかかえて、ハーレムは上機嫌に外へと出て行った。
「花火をやるんじゃなかったのか?」
「そうだが」
ぶすっとした顔でその場に座り込んでいるシンタローに向かって、ハーレムはニヤニヤと笑いかける。
その笑みが気に食わなくて、ふいっと首を横にふってそらすと、シンタローは改めて目に入るその状況に溜息をついた。
「それならなんで飛行船に乗っているんだよ」
そう。ここはハーレムが常に利用している飛行船の中である。
しかし、現在はハーレムと二人っきりの状況だった。部下達は追い出したらしい。オートで運転可能な飛行船だから二人っきりだとはいえ心配ないが、けれど、まさか飛行船の中に連れ込まれるとは思わなかった。
「花火は普通外でするもんだろう」
ハーレムは、花火をやるぞ、と言ってシンタローを連れ出したのだ。
けれど、こんな狭い飛行船の中では、やれたとしてもせいぜい線香花火程度である。
もっともそんなものをやるぐらいなら、素直に外でやった方が気分的にも気持ちいい。
ぶつぶつと文句を言っているとハーレムが近づいてきて、額を小突かれた。。
「頭かてえな、総帥様は。ほら、見てみろ」
よっこらしょ、とまたもや抱きあげられてしまったシンタローは、誰もいない飛行船ということもあり、すでに抵抗もする気もなく、素直に抱き上げられたハーレムの首に腕を巻きつかせると、連れて行かれた窓から外を覗いた。
「なんだよ」
闇夜を飛んでいる飛行船。当然下も、まったくの闇だった。
遠くに街の明かりが見えるが、下は闇しかない。丁度山の上か、海の上かを飛んでいるのだろうが、ガンマ団本部からそう離れていないことを頭にいれ、地形を描けば、たぶん海の上というのが正解のような気がするが。
そう思っていると、行き成り眼下がぱっと明るくなった。
「うわっ」
驚いて、思わずハーレムの首にしっかりと抱きついてしまったシンタローに、ハーレムは嬉しそうに笑いつつ、
「また、来るぞ」
そう告げる。
「えっ?」
その言葉どおり、さらにそれは続いた。
ドンッ。
という音が、少し遅れて飛行船の中まで響き渉る。
「花火だ」
目の前に散っているのは大輪の花を模したような色とりどりの火の粉。
それは、紛れも無く打ち上げ花火であった。
それが、次々と連続して飛行船の真下あたりで打ち上げられる。
「でも、花火をするんだろう?」
花火大会を見学するとは思わなかった。
「してるだろう。俺の部下達が」
「えっ…この花火ってもしかして」
「ああ、ロッドたちが打ち上げているんだよ」
言われてみれば、確かに近隣で花火大会をするという報告は、シンタローは受けてなかった。
そんなお祭りのようなものはガンマ団には関係ないような気がするが、花火の音は下手をすれば大砲と勘違いされ、いらぬ災難を生む場合があるため、ガンマ団に音が届く範囲の地域では、いつ、どこどこで、何時に花火大会をするという報告が入ってくるのだ。
それを総帥であるシンタローが知らないはずがない。
個人的な打ち上げ花火とはいえ、これもまた報告義務のあるものだ。
だが、シンタローは知らなかった。
「おい、いいのか?」
「何がだ?」
「ガンマ団本部に、敵襲と勘違いされて撃たれたらどうするんだよ」
その可能性もなくはない。
だが、ハーレムにその質問はどうやら愚問のようだった。
「そん時は、そん時だろう。それで死ぬような部下は、いらん」
「………相変わらずだな」
あっさり言い切られればそれ以上何も言えはしない。
こんな上司の下で働くのは憐れなことだが、それでも本気で他の部署に移動したいと申し出るものがいないのだから、以外に上手くいっているのかもしれない。
もっとも、逆らうのが恐ろしくて言い出せないという可能性もあるのだが。
「でも、どうして花火を打ち上げようと思ったんだ?」
花火一つ作るのにも結構金がかかるはずだ。ケチなハーレムがたった一瞬の享楽のために、金を出したとは思えなかった。
「ただで、手にいれたからだ」
「オイッ」
「いいじゃねえか。どうせ放っておけば、分解されて武器に変えられていたもんだ。こうやって本来の使い方をしてやった方が、喜ばれるだろう」
その言葉から察するに、どうやらこの間命じた任務先の国でかっぱらって来たようだった。
「だが………」
「お前は気にしなくていいんだよ」
ぐしゃぐしゃと髪をかき混ぜられて、首をぐいっと窓に押し付けられる。
イタタタッと声をあげればすぐに離されたが乱暴なものだ。
「花火を見てろ。折角お前のために、とってきたんだ。堪能しないと損だぞ」
「えっ……俺のため?」
意外な言葉に、素直に驚いて見せれば、照れ臭かったのか、その顔がそらされ、あさっての方向をむいたまま、呟かれた。
「見たいっていってただろう。花火が」
確かに、そういわれて見ればそんな会話をした記憶がある。
夏が近づいてきたな、という話をしていた中で、小さい頃親父と見に行った花火大会がまた見たいと呟いたのも覚えている。
そんな他愛もない言葉を覚えておいてくれたのだろうか。
覚えてくれていたのだ。だからこうして、自分に花火を見せてくれた。
嬉しさに顔がほころんでくる。
そらされたままのその顔を、伺い見ようとすれば、再び首を窓へと捻じ曲げられた。
「だから、俺じゃなくて花火を見ろって。俺に見蕩れるのはわかるが、俺ならあとからいくらでも見せてやるから、とりあず今は花火を見れ」
「別に、そう言うわけじゃないが……」
時折見蕩れることは、確かにあるのだが、今はそう言う意味でハーレムを見たわけではない。が、確かに、彼の言うとおり、もったいないのかもしれなかった。
こんなにも近場での見学者は、たぶん打ち上げている本人達を除けば、自分とハーレムの二人っきりだけなのだ。
「綺麗だろ」
「ああ、綺麗だな。――――上から見下ろすのもいいな」
一体何発かっぱらってきたのかしらないが、花火は立て続けに打ち放たれる。
「こうやってみれば、首が疲れなくてすむな」
「それもあるけどな」
情緒はないが実際問題否定できないその言葉に、苦笑しつつ、シンタローは闇に広がる大輪の花を眺める。
色とりどりの花火は、真っ暗な闇に咲いては散っていく。
「こうして見ていると、空を見下ろしている気分がして気持ちがいいよ」
普段では味わえない角度からの花火見学だ。
ハーレムの心意気に感謝しつつ、シンタローはそれを堪能した。
「ああ、終わったな」
「これでお仕舞いなんだ…」
ハーレムの言葉は、ひときわ大きな大輪の花を咲かせた花火が闇の中に溶けていくのと同時に耳に届いた。
「んじゃ、次は、もっと気持ちいいことでもやるか」
「はっ?」
明るく元気にそう言われたその言葉の内容がわからず、ぼんやりしていれば、抱っこ状態だったのが、そのまま床に下ろされた。
それだけならまだしもそのまま、押し倒されるように窓に背中を押し付けられ、ハーレムの身体が近づいてくれば、これから何が始まるのか、予想する前にわかるというものである。
「ちょ、ちょっとまて」
慌てて目の前に両手を突っ張らせれば、
「なんだ」
不思議そうな顔で、こちらを見られる。
だが、本人としては、そんなに悠長な余裕はない。
「こ、ここでやるのか?」
ぐるりと見回すそこは、普通の家ならばリビングにあたる皆が集う場所だ。
「今からどこかに降りてやるのも面倒だろうが」
当然のように言い放ったハーレムに、シンタローは思いっきりきっぱりと言い放った。
「お前の部屋があるだろうがっ!」
飛行船内は決して広くはないが、それでも一応居住スペースは各自用意されている。
当然ながら、ハーレムももってあり、一番広く快適に作られているのだ。
しかし、シンタローのその発言に、ハーレムはにやぁと嬉しげな笑みを浮かべて見せた。
「ほおう。お前も俺を誘うようになったか」
その言葉に、かぁと頬が火照るのがわかる。
もちろんシンタローは、そう言うつもりで言ったわけではなかった。
「ちがっ………でも、こんなとこよりは………」
ここは、ハーレムの部下達も集まる場所だ。こんなところで、やられた日には、恥ずかしくて二度と彼らがいる時には、ここにはこれない。
嫌だ嫌だと拒絶し続けると、
「わかった」
大きく頷いてくれたハーレムに、ほっと安堵の息をついたとたん、シンタローは、即効に後ろにあったソファーの上に投げられた。
「やっぱり、ここでやろう」
すかさず四肢を固定されて、逃げられないようにすると、満面の笑みでそう告げてくれたハーレムに、シンタローはと言えば、蒼白になりつつ叫ぶしかなかった。
「ちょっとまてぇ~~~~~~!!」
もっとも数秒後、完全にその口がふさがれてしまったのは、当然の結果である。