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「シンタロー! いるかァ?」
 怒鳴り声と共に扉をほとんど蹴破るようにして入ってきたのは、シンタローの敬愛する美貌の叔父の双子の兄・ハーレムだった。
 たまたま士官学校が休みで、自室で本を読んでいたシンタローは、滅多に家によりつかない叔父の突然の登場を、唖然として見守る。シンタローの成長に伴い、父親の過剰な愛情表現を拒絶するべく、数々の攻防が行われた結果、修理がなされるたびに自宅は着実に頑強さを増しており、事実、泣く子も黙る特戦部隊隊長の一撃にも、扉に皹こそ入れ完璧に粉々になるということはなかった。今もぶち開けられ壁に激突した反動で、小刻みに震えながらゆっくり閉まろうとしているほどの健気さである。
 以前に顔を見たのがいつのことだったか忘れるほど久しぶりに会った傍若無人な叔父は、シンタローの姿を見止めるなり、「いたな」とさも当然であるかのように頷いた。放浪癖のある叔父とは元々会う機会も少なかったのだが、シンタローが士官学校に入学してからは、その回数はさらに激減していた。通常であるならば、今の時間帯、シンタローは学校で授業を受けているはずである。今日が休校日だから良かったようなものの、そうでなかったらシンタローは、帰宅後に壊れた扉と荒らされた部屋を見ることになったかもしれない。しかしそのことと、珍しく自分に用があるらしい叔父に見つかってしまったこと、どちらがよりマシであるのかは、シンタロー自身にもよくわからなかった。
 満身創痍の扉が閉まるのを待たず、ハーレムは大股にシンタローに近づく。相変わらずの咥え煙草で、かなり短くなってしまったそれから灰が落ちるのにもお構いなしである。だがシンタローの傍に来て、ようやくこの部屋には灰皿なんてありはしないことに気づいたハーレムは、大仰に顔をしかめ、手近にあった観葉植物の鉢の中に乱暴に煙草の火を押し付けて消してしまった。
 その一連の行動をぼんやり見守ってしまったシンタローは、そこでようやく我に返り、無礼な叔父を遠慮なしににらみつけた。
「おい、オッサン! わざわざなにしに来たんだよ!? 煙草なら他所で捨てろ、他所で!」
 まさかそのためだけに来たのではあるまいな、と疑いながら言うと、叔父は鼻で笑った。
「んなことでいちいちお前のとこになんか来るかよ。あれはついでだ。ついで」
 ハーレムは、そもそもこの部屋に灰皿がないのか悪い、とでも言いたげだった。

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(「ささやかな変化」の後の話)



三日ぶりに部屋に戻り、明日の予定を頭の中で確認してから時計を見るとすでに「明日」は「今日」になっていた。時間の使い方が下手なのか、仕事を詰め込みすぎなのか、総帥を継ごうとしている身として後者はともかく前者はどうにかすべきだと結論付けると、彼は服を着替えてベッドにもぐった。心身ともに疲れており、一秒でも長く休息をとるべきなのに、眠りはそう簡単に彼に訪れてはくれず、電気を落とした寝室で何度も寝返りをうった挙句、もそもそとベッドを抜け出した。
髪を鬱陶しそうにかき上げながら冷蔵庫からアルコールを取り出して、何となく窓の方を向く。真っ暗にしてあるはずなのにやけに明るいと思ったら、季節のせいかやけに月が大きく明るかった。

「月見酒」
夜中の来訪に奇妙な顔つきになっていた目の前の相手にそう言って、彼が酒を差し出すとたちまち叔父は破顔した。
「マッカランか。また良いもん持って来たな」
嬉しそうにしながらもまだ腑に落ちない様子だったので、「ほら、あん時」と酒瓶を渡しながら彼が部屋に入りこもうとすると、阻止することもなかったが叔父はますます奇妙な顔になった。
「酒でも飲もうぜって言ったじゃねぇか、アンタ」
「ああ」
すれ違った廊下で、今度酒でも飲もうと言われたのは先日のことだ。呆けたか?と彼が訊こうすると、叔父はようやく納得したのか頷いてグラスを探し始めた。晩酌の用意している叔父を尻目に、彼は初めて入った叔父の部屋を観察する。飛行船暮らしが長いせいか、生活用品は必要最低限しかそろっておらず、かと思えば意味のないガラクタが部屋の隅に積んであったりで統一性が無く、本人の性格のように支離滅裂だった。
「アンタの部屋、初めて見たけど汚ねぇな…」
煙草の焦げ痕のついたくすんだ色のソファに座ると埃が舞い上がった。床にちらばった酒瓶や煙草の空き箱を眺めながら彼がそんな感想を述べていると、叔父がどこから取り出したのかしれない曇ったグラスを二つ手にして向かいに座る。
「部屋が汚くたって、死にゃしねーよ」
叔父が蹴飛ばした酒瓶がごろごろと転がって壁にぶつかり、かしゃんと音を立てた。まぁ確かに、と彼は納得しつつもいつ洗ったのか分からないグラスを前に後悔の念が湧きあがった。スコッチの瓶を開けて自分のグラスに大量に注ぐ叔父の手から瓶を奪い、彼も渡されたグラスにマホガニー色をした液体を注いだ。
かなり大量に注いでいたはずのグラスをあっさりと空け、次を飲む叔父は顔色一つ変わっていない。
「そーいやーおっさん、酒飲めたんだったな」
「飲めねぇわけねぇだろ。俺を誰だと思ってんだテメェ」
「ナマハゲだろ。獅子舞か?」
「…生意気なとこはガキん時と変わってねぇな」
叔父は面白くなさそうな顔で、床に落ちていた煙草の箱を拾うと、一本抜き出して火をつけた。煙のきつい匂いに彼が眉を顰めていても、叔父はお構い無しの表情で煙を吐き出している。
「煙草」
「ああ?」
「おっさんも煙草は変わってねぇんだな」
子供の頃、叔父が旨そうに吸う煙草が気になって仕方なかったことを、彼は思い出した。口では文句を言いながら、たまに大人気なく本気で遊んでくれる叔父は、子供達の良い遊び相手になっていた時代もあった。彼が成長するにつれて、それは変容して行ったのだが、それはすでに過去のことだ。
島での出来事があってから何かと理由を付けて本部に帰ってくるようになった叔父は、彼の目から見ると少々変わったように思える。今夜飲むきっかけになった廊下で会った時も、以前のようにどこか構えた雰囲気がなくなり、昔のようなごく自然な態度だった。
『煙草は』と彼が言外ににおわしたものを感じ取ったのか、叔父はふいっと目を逸らした。あの番人の面影を重ねていたことに対してばつが悪いのか、罪悪感なんて感じるタマじゃねぇのに顔に似合わず繊細なことで、と苦笑していると、叔父は突然立ち上がり、煙で燻されたような色になったブラインドを開けた。
「月見酒なんだろ」
咥え煙草のままで言うので灰が落ちないか気にしつつ、一応頷いてみせる。「にしても月なんか出てねぇぞ」と続けて叔父が言うので、彼も窓の外を向くと、あれほど明るかった月は姿が見えなかった。
「向きが悪いんじゃねぇの」
月見酒と言う名目でやって来たのに月が見えないとなると、自分の行動が変に馬鹿馬鹿しいように思えて、彼は少し苦笑する。
「ま、酒が飲めりゃなんでもいいぜ俺は」
それなりに高価なスコッチを、軽々と空けて行く様子は見ていて感心する。だが、そう叔父ばっかり飲まれても気に食わないので、彼も慌ててグラスを空けた。
「お、ガキの癖に飲めんのかいっちょまえに」
「ガキガキ言うなおっさん。飲めねぇのに酒持って来るか?」
「そりゃ頼もしいこって。あー、何かつまみねぇかな」
ごそごそと探し始めた叔父に、何故つまみを探すのにガラクタの山に向かうのか心底不思議に思った彼は、勝手に冷蔵庫を開ける。
「酒しかねぇな…」
「酒以外に入れるもんねぇだろ」
「アンタはな」
呆れている彼の後ろでは、食料の探索を諦めた叔父がまたスコッチをグラスに注いでいた。つまみがないと飲めないわけではないので、彼もソファに座って適当に飲み始める。足元に丸まった紙くずがあったので広い上げてみると、はずれた馬券だった。
「まだ競馬場通い、止めてなかったんだな」
彼が馬券をぽいっとテーブルの上に投げると、叔父は面白くもなさそうにちらっとそれに目をやって、指ではじいて再び床に落とした。
「勝つまで止めねー」
「借金すんなよ」
「経費回せや。倍にして返してやっから」
「アンタに貸したらぜってー返ってこねぇな。グンマの研究費に回した方がまだマシだ」
アホらしいと彼が肩を竦めて見せると、叔父は怒るかと思いきや、予想に反してくつくつと笑っている。
「何がおかしいんだよ、オッサン」
「いや、酒が旨ぇと思ってよ」
十年か、と叔父がぽつりと呟いた言葉は、彼の耳に確かに届いた。十年と言う過ぎてしまえばあっと言う間のように感じる年月、二人は没交渉だった。元番人を酷く憎んでいた叔父が、自分とわざと関わりを持たないようにしてきたのだろうことを、彼は知っている。そしてそれがいくらか緩和されたのであろうことも。
かといって、全てが無かったことにはならない。面影を重ねて憎んでいたであろう過去も、無言の空気の中に理不尽な感情を感じていた過去も、十年の中には確かに存在しており、それが二人に距離を作っていた。その距離を近づけるも遠ざけるも、すべてはこれからであり、今日がその第一歩だ。だが決して近づき過ぎないであろうを、彼は予感している。彼がこれから成そうとしている団の改変は、叔父の主義とは大きく異なっていた。恐らくこれから団の方針を巡って、何度も衝突するだろう。
そういった予感を持ってさえも、久しぶりに向き合った叔父と下らない会話を交わしながら飲む酒は、彼に酩酊感をもたらして心地好かった。逆に決して縮まらないであろう距離が、心地好いのかもしれない。
「アンタも酒好きだよなぁ」
三十年もののスコッチを、水でも飲むように空けていく叔父は、強いとか弱いとかそういう域を超えている。このペースに付き合っていたら、多少酒が強いだけではそうそうに酔い潰れてしまうだろう。
「大事に飲めよ、良い酒なんだから」
「酒は飲んでなんぼだろ」
このままでは全部飲まれると危惧して奪い取った酒瓶は、すでに随分軽かった。適当に杯を重ねつつ、最後の一杯をグラスに空けて飲み干すと、彼はソファから立ち上がる。
「じゃあな、オッサン。俺寝るわ」
「もうオネムかよガキは。また酒持って来いよ。酒によっちゃぁ歓迎してやる」
「もう二度と持ってこねー。部屋は汚ねぇわ、つまみはねぇわ、酒はほいほい飲まれるわ。俺の部屋の方がマシだ」
「じゃぁ今度はオメェの部屋な。尊敬する叔父様のためになんか作れ」
部屋の扉へ向かいかけた彼は、叔父の言葉に立ち止まると、ゆっくりと振り返った。酒瓶片手に人の悪い笑みを浮かべる叔父をみて、何か言い返そうと口を開いたが、結局何も言い返すことなくふっと肩の力を抜くと、転がっていた瓶を指差した。
「あのバランタイン。あれ持ってきたら入れてやる。何か珍しい日本酒でもいいぜ」
なにやら抗議の声を上げる叔父を無視して、彼は部屋を後にした。月見酒の名目で飲んだ酒は、彼に奇妙な愉しさを与えていた。酒の種類のせいか、飲んだ相手によるのか、どちらだろうと彼は考えたが、微かに酔った頭は思考力を鈍らせており、結論は後回しにせざるを得ないようだ。
とりあえず眠れそうなことに感謝して、彼は冷えたベッドに潜り込んだ。


(2006.11.18)

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(「家族冩眞」の写真を撮った側の人の話)


ファインダーをのぞいた先の「黒」は、異質に見えた。


長兄の第二子が誕生した、と男は戦場で連絡を受けた。最近めっきり甥の顔をみていないので甥が何歳になるのかとっさに思い出せなかったが、随分離れた兄弟になるんだな、と最初はどうでも良いような感想を抱いた。
次に来たのは、漠然とした恐怖のような感情で、それを抱いた自らに嫌悪感が湧いた。そんな男の自己嫌悪は、もしもまた「黒」だったら、と言う危機感、あるいは恐怖感に追われてどこかに身を潜めてしまった。その混沌とした感情をどうにか鎮めたくて、男は当事者である長兄に連絡を入れようか迷ったが、何事も自分の目で確認することを好む自身の性格が、珍しく本部への道のりを歩ませた。

甥が、男が最も憎悪する「あの男」に似てきてから、男は本部へと足を踏み入れることをやめた。甥と直接顔を合わすとろくでもないことになるであろう予感はつねに付き纏い、それを否定する要素も覚悟もなく、ただ兄や弟からの連絡で近状を知るのみにとどめている。
似ている甥に罪は無い。それは男も良く解っている。悪いのはその面影を重ねてしまう自分自身であり、過去のことを許せない、また許すつもりも毛頭無い自らの許容の狭さだと、男は理解していた。だが感情と理性は別物であり、それを擦り合わせて生きていくには、この場合特殊すぎた。
寄りによって自分の甥が、寄りによって「あの男」と似ている。
男にとって悪夢のような事実は、甥が年齢を重ねる嘲笑うかのように顕著になり、どうにも身動きがとれなくなってしまった。双子の弟が甥の修行に同行したとの連絡も受けてはいたが、弟が「あの男」に似た甥と二人でいて何を思うかと考えると双方を哀れに思った。何に対する哀れみか、は男も解っていない。方向性はまるで逆だが、恐らく同じように「あの男」の面影をみているであろう弟の心境にか。それとも何も知らず弟を慕う甥にか。
どちらにせよ、哀れむのはどこか間違っている。男は自分達兄弟を壊した「あの男」に関することで、哀れみなど覚えたくなかった。

長兄の第一子に対する溢れんばかりの愛情をみていると、第二子に対しても似たようなものだろう。「青」であれ「黒」であれ、子煩悩な長兄はきっと今ごろ鼻血でもたらしながら、生まれたばかりの我が子をあやしているに違いない。そう考えて男は総帥室には向かわなかった。
願わくば、仕官学校に通っているはずの甥が帰ってきていませんようにと願いながら、まっすぐに一族のプライベートエリアに足を踏み入れて、さてどこにいるの思案していると、ある程度防音効果が施されている扉からも漏れてくる賑やかな笑い声が耳に入った。願いは叶わなかったようである。変声期を経た甥は、声までも「あの男」を髣髴とさせるものであり、そのあまりの相似に鳥肌が立った。もう一人、次兄の子供の方の甥も遊びに来ているようで、その甲高い声もまた扉の向こうから伝わってきた。
さて、どうするか。ここまで来て踵を返すことは、どこか負けたような気がして男のプライドが許さなかった。だが顔を合わせたくないのも本音である。思案した挙句、男は扉を開けた。

金と黒の子供達が、光溢れる部屋で和やかに笑っていた。

数年ぶりにまともに顔を合わせた二人の甥達は、年齢の割りには子供っぽく、無邪気に映った。だからこそ、益々許せなかった。「あの男」ではないと理性は否定するのに、「あの男」と良く似たその顔で屈託なく笑うな、と男は思った。
だが感情に任せて激昂するほど、男は短慮ではなかった。部屋には子供達から少し離れてその様子を見守っている兄の姿があり、そして甥の成長を目の当たりにした衝撃をとりあえず腹の中に納められる程度に男は歳を重ねていた。
「げ、獅子舞」
「わぁ、ハーレムおじ様」
そんな男の複雑に渦を巻く感情にお構い無しに、甥達は至って呑気に男の登場を受け入れた。黒髪の甥の腕の中には産着に包まれた小さな赤ん坊がおり、すやすやと大人しく寝息を立てているようだった。
「ハーレムか」
何しに来た、と兄に言われる前に男は「新しい甥っ子を見に来たんだよ」と鼻先で笑うようにして本日の目的を告げる。
破天荒な弟の来訪をあまり嬉しそうとは言えない様子で歓迎した長兄は、何か言いたげに眉根を寄せたが、結局何も言わずに再び子供達の方へ視線を向けた。
そんな長兄の態度に腑に落ちないものを感じたが、それも確認すれば分かるだろうと、男はつかつかと子供達の方へ歩み寄る。
「アンタみたいな怖い顔の大人が覗き込んだら、コタローが泣くだろ」
そんな相変わらず可愛くない甥の言葉も、真剣に捉えるとそのままずるずると感情が爆発する危険性があったので、故意に無視した。無視された甥が一瞬奇妙な顔になったのを視界の端で確認し、甥を傷つけたことに対する罪悪感と「あの男」を不快にさせた優越感のような錯覚を覚え、ますます酷くなる感情の混沌に、男は耐えた。
大切に、まるで壊れ物のように甥に抱かれた赤ん坊を、男は覗き込む。
青か、と最初に安堵して、それからその両目が一族特有の力を有していることに気付いて、抱いていた危惧とは別物の危機感が背筋を伝った。
「ふうん。兄貴に似てんな」
どうにでも取れるような感想を一応呟いて、男は子供達から離れて長兄のそばに向かった。「それでアニキはそんな面してたのか」と男が声を潜めて囁くと、兄は「ああ。まさか両目ともそうだとは思わなかった」と眉間の辺りに険しさを漂わせて唇の隙間から困惑を吐き出した。
「あのガキにコントロール出来るのか?」
「まだ分からん。分からんが…」
珍しく言葉を濁す兄は、長子を眺める目とは全く異なる、探るような目で自らの赤子をじっと見つめていた。それはとても親が子供に向けるものではなく、子煩悩とばかり思っていた兄の一面を目の前に、男はその子供の未来に何か不穏なものを感じ取った。
そんな親の視線に気付かずに、子供達は赤ん坊の写真を撮ろうとやっきになってカメラをいじっていた。お互いに交代で赤子を抱いて写真を撮りあい、はしゃいだ声を上げながらシャッターを切っている。
「おい、親父。獅子舞でも良いや。コタローと俺らで写真撮ってくれよ」
カメラを渡された兄が、無言で椅子から立ち上がった。長子の時は自らの手で鼻血をたらしながら何度もシャッターを切っていた兄が、今度は頼まれないと写真を撮ろうとしない。それが何よりも雄弁に、兄の赤子に対する感情を表しているように、男には思えた。
「ちっ、しょうがねーから俺が撮ってやるよ。ついでに兄貴も入れ」
ほら早く、と兄を急き立てて、半ばひったくるようにその手からカメラを奪ったのは、新しい甥への憐憫だったのかも知れない。その目をコントロールする難しさは身を持って知っていた。だからこそ男は兄の危惧も良く分かる。そして黒髪の甥に憎しみを向ける自らを省みると、兄に意見することは出来なかった。
きゃぁきゃぁ騒ぎながら窓辺に立ち並ぶ四人を、ファインダーに納める。
三人の「青」に囲まれた「黒」は異質だったが、それでも大切そうに弟を抱く甥は、このときばかりは男の目にも家族に映った。
「兄貴もガキ共もじっとして笑えって。よし撮るぞ」
この家族が行く末にはどんなものがあるのかと、そう遠くないであろう未来を憂いながら男はシャッターを切った。


(2006.10.19)

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きっかけは、視察のために立ち寄ったとある街の光景だった。
散歩中の子供と一匹の犬。
子供にぴったりと寄り添って歩く茶色の中型犬は、御主人との散歩が嬉しいのか、尻尾をゆるやかに左右に振っていた。犬の賢そうな顔つきは飼い主への信頼に満ちており、子供との絆の強さが伺える。子供が立ち止まり、犬に何か話しかけたかと思うと、尻尾のゆれが大きくなった。
平和な眺めに心が和む。思わず見とれ、しばしぼんやりとしていた。
あいつらみたいだな。
視察中の総帥という立場を忘れたわけではないが、その光景は思わずあの島での記憶を喚起させるものだった。思い出したことは確かであり、弁解するつもりはない。隣にいた従兄弟が顔を強張らせて不安げに自分を見つめる視線に気付いて、無理やりその光景から眼を逸らし、先を促した。


団内に設けられた空中庭園は、プライベートエリアのすぐ近くの階にあり、その存在を知っている人物は限られている。
一族の人間とごく一部の親しい関係者しか立ち入らないこの庭は、幼いころ、良く従兄弟と遊んだ思い出のある場所だった。
長じてからあまり足を踏み入れなくなったが、最近は時間を見つけては、ここに来て独りぼんやりと植物やガラス越しに空を眺めていた。
緑に囲まれていると何となく安心するようになったのは、島から戻ってきてからの習性で、そんな自分に戸惑いを覚えたが、今では開き直っている。
しかし、家族に知られるのは憚られたため、この庭に来るのは、人のいない深夜や早朝に限っていた。
今日、午前2時を回った夜更けに、ここへ来たのはそれなりの理由があった。
視察から帰ってきてから数日間激務に追われ、それもどうにか一段落し、秘書官の勧めもあって今夜は早めにベッドに入ったのだが、高ぶった神経のおかげで眠りは浅く、夢を見た。
過去の記憶が映像となって現れた夢は、生々しく現実味を帯びており、あの島の空気まで感じられるものだった。
夕飯を催促しに肩に登る子供。勢い良く噛み付いてくる犬。愉快で騒がしい島の住人たち。
どれもこれもが懐かしく、夢から醒めたときには、自分がどうして空調の効いた部屋で独りベッドにいるのか、一瞬理解できないほどだった。
視察先で見た光景が今頃になって呼び水となり、こんな夢を見させたのだろうとは、安易に推測できる。
どうしようもないほどの懐かしさと、ぽっかりとした空白、それに諦めと罪悪感が複雑に混じり合った気分では寝直すことも出来ず、部屋を抜け出して辺りに人影が無いことを確認してから、この庭に足を向けた。
植物を眺めながら、過去の記憶と今の自分の立場を思う。
戻りたい、とは思わない。それは確かだ。だが、懐かしい。逢えるものなら、再び逢いたいと思う。
それと同時に、総帥と言う肩書きが加わった己について考える。
島にいた自分と、ここで紅い軍服を纏っている自分。中身は同じものであるはずなのに、どこか相反している。そこには団の公私とはまた別の顔があるらしく、それをたまに覗かせてしまっては、家族を不安にさせているようだった。
不安にさせるのは本意ではないが、思い出さないのも無理な話で、うかつに懐かしんでいる様子を見せないよう気をつけるしかなかった。そしてそれはある程度成功し、ある程度失敗している。
島の記憶を喚起させる光景は、思いのほか至る所に点在していて、つい先日の失敗例を思い出し、従兄弟に対して申し訳なくなった。

「でっけぇため息だな、オイ」
いきなり背後から声をかけられて、驚いて振り向くと、いつの間に来たのか叔父が立っていた。
つい数時間前本部に帰還し、派手に言い争いをしたばかりの叔父が、どうしてこんな時間にこんなところにいるのか分からなかったが、とりあえずここでぼうっとしているところを見られてしまった気まずさと、それから八つ当たりめいた怒りが湧いてきた。
「うっせぇよ」
そのまま無視して立ち去ろうと思ったが、ふと思い立ち、叔父を飲みに誘った。どうせ部屋に戻っても眠れないのだから、酒でも飲もうと決めてはいたが、この状態での独り酒は好ましくないとは自覚していたので、共に飲む相手が欲しかった。
「おいオッサン、ちょっと付き合え」
突然の誘いに、叔父は厭味ったらしく片方の眉を上げて皮肉めいた笑いを口元に浮かべたが、断ることも無く、さっさと歩き出した自分について部屋までやって来た。
いつものように、簡単なつまみを作り、先に飲み始めていた叔父から日本酒を取り上げて、グラスに注いだ液体を一気に空ける。
叔父と飲むときは、大抵くだらない他愛のない会話に終始するのだが、今回は勝手が違ったようだ。
「あんなところに、何しに来たんだよ」
そう話を振ったのは、どういう意図があったのか、自分でも良く解らなかった。純粋な興味と、どこから見られていたのかという探りが半々といったところだろう。
「煙草の吸い過ぎで喉がいがらっぽくなったなったから、新鮮な空気でも吸おうと思ってな」
そう言いながらも、叔父は煙草に火をつけた。嘘だと直感したが、追求しても仕方ないので、灰皿を押しやって、どうでもいいような相槌を打っておいた。
「テメェはどうなんだよ。馬鹿みたいにぼけっとしながら、でっけぇため息なんか吐きやがって」
やはり見られていたのか、と思うと同時に、見られたのがまだ叔父で良かったと安堵する。これが従兄弟や父親だったら、また不安にさせるところだった。この叔父は、他の家族と比べると、自分に対する執着が酷く薄い。だから話してもかまわないと思った。
「夢を見たんだよ。あいつらの」
口から出た『あいつら』と言う単語の響きで、誰がと明言しなくても伝わったようで、叔父は軽く目を見張ったが、そうかと納得したように頷いた。
「すっげぇ久しぶりでさ、何か懐かしくなったんだよ」
「それで、か」
それで会話が途絶えて、沈黙が流れた。澱んだ空気を誤魔化すように杯を重ねる。
叔父の煙草の煙が渦を巻いて、天井付近をただよっていた。差し出された煙草を一本貰い、火をつける。そのまま黙って煙草をふかした。一本吸い終わって灰皿に押し付けると同時に、叔父が口を開いた。
「ま、思うのは自由なんじゃねぇの」
ぽんっと頭に手を置かれ、乱暴に髪を掻き乱される。幼少時にされた覚えのあるような無いようなその行動に狼狽しつつ、自分でも意外なことにその気安く大きな手に安心した。
「心配するやつらもいるだろうが、ほっとけや。あいつらも大人なんだし」
先ほどの、庭園で吐いたものとは別種のため息が漏れた。
叔父の言うように放っておくことは出来ないし、今後もなるべく気付かれないようにするつもりだが、一族の人間である叔父にそう言われると、少し心が軽くなった気がした。
礼を言おうと思ったが、それも何となく癪なので、新しく封を切った酒を黙って叔父のグラスに注ぐ。
何かを言うかわりに、叔父のグラスに自分のグラスを軽くぶつけて、秘蔵の酒を飲み干した。


(2006.2.8)

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あの島から帰って、皆何かと決別するように、髪を切った。
自分もその例外にもれず、長かった金髪を短く切り、気分を変えた。評判は良いとは言えなかったけれど、まぁそんなものだと思っている。
変わったのは髪形だけで無いようで、内面にも多少の変化が見らた。特に一度も行っていなかった次兄の墓参りに何の抵抗も無く行けるようになったことには、己自身驚きながらも少々ほっとしたものだ。
終ったのだ、と思う。
家族の間にあったしこりめいたものが、あの島の出来事で無くなった。失ったものも少なからずあったが、得るものの方が多かったのだろう。
まだ多少ぎこちなくはあるが、家族間に戻ってきた不思議な和が心地好く、以前よりも本部に帰ってくることが多くなった。飛び回っている方が性にあっているので飛行船暮らしは止められないが、それでも家族の顔を見に頻繁に戻ってくる。
戻って来るたびに、前進している兄弟や甥が頼もしかった。

「何だアンタか」
兄に挨拶を済ませ、そろそろ飛行船に戻ろうかと歩いていると、黒髪の甥に出会った。
他に変わったこと言えば、この甥に対する態度だろうか。この甥に会っても、前のように構えることが無くなっていた。
あれほど頭を悩ませていた、甥が憎んだ男にそっくりだと言う事も、理由が分かれば当然のことだった。
番人のコピーだとか影だとか、この甥の正体は今でも良く解らないことが多かったが、自己を否定され血だらけになりながら、あくまでも自分自身であろうとした甥は、あの男とは違うものなのだと、ようやく心より理解することが出来た。
実際にあの男と会ったせいもあるかもしれない。
その風貌や飄々とした性格、そして弟への執着。
何もかもがあの時と変わりなく、自分達兄弟をめちゃくちゃにした張本人が、澄ました顔で現われた時には、目の前が赤く染まる程の怒りを感じた。
全てが終った今、あの男が悪びれも無く弟の近くにいると言う事は当然面白くないが、恐らく永遠に不変だろうその存在に、少しばかりの憐憫をも感じたのも事実だった。
だからと言って許してはいない、許すつもりもない。こればかりは変わりようがなかった。
「叔父様に向かって何だとは何だ。この糞餓鬼が」
「見慣れねぇんだよ、その髪型に。誰かと思ったぜ」
可愛くない減らず口を叩く甥も、少しばかり髪を切ったようだ。
つい最近まではあんなに似ていると思っていたのに、今では全くの別人に見える。違うのは髪の長さばかりでは無いのだと、今になって発見することも多い。
「すげぇよな、どうしたらそんな髪型になるんだか」
「うっせぇよ、テメェのその髪毟るぞコラ」
素直に見れるようになったからだろうか、この甥との憎まれ口の叩きあいは意外と愉しく、自分が意識するよりもっと前、甥がまだ小さな子供だった頃のことを思い出したりもして、久しくまともに会話すらしていなかったという事実に気付かされる。
「ああそうだ、アンタにさ、言っとこうと思って」
「何だよ」
「俺、親父の跡継ぐから」
そんな大事なことをあっさりと、先ほどの続きのように言われると、驚くよりも呆れてしまった。
「そうかよ」
それで?と火の付いた煙草を向けてやると、甥は煙に顔をしかめながら「いやそんだけだけど」と拍子抜けしたような声でつぶやいた。
「反対しねぇの?」
「して欲しいのか?」
「アンタは反対すると思ってたからな」
確かに以前の自分なら強固に反対していただろうが、今更そんなつもりはない。兄も安心しただろう。この甥ならば、悪いようにはしない。少なくとも自分が継ぐより、よっぽどマシだ。
「だって、アンタ俺の事嫌いだろ?」
露骨な態度を示していたつもりは無かったが、聡い甥は何となく察していたようで、罪悪感とはまた違う一種の居心地の悪さを覚えた。
己の甥に対する感情は、嫌い、という単純な言葉では表しきれない複雑なものだったのだが、説明しても解らないだろう。どう答えたものかとしばし迷う。自分ですら解らなかったのだから。
「まぁな。嫌いだった」
考えた末の、過去形の返事を返すと、酷く意外そうな顔をされた。この甥は本当に分かり易い。そんなので総帥が務まるのだろうかと心配する一方で、こんなところもあの男とは違うと気付く。何だか妙に可笑しくて、つい笑ってしまった。
「変なオッサン」
笑い続ける自分を訝しげに横目で見ながら、甥は踵を返す。お互いに忙しい身の上であることだし、そうゆっくりと立ち話する暇は無い。けれど少し名残惜しい気がした。
「おい、甥っ子。今度ゆっくり酒でも飲もうぜ」
離れていく背中にそう声を掛けて、自分も歩き始める。十年近く、ろくに会話も交わさなかった甥のことを、もう少し知ってみようと思った。
驚いたように振りかえった気配が伝わってきて、また笑えてならなかった。


(2005.11.30)

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