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hhh

(「ささやかな変化」の後の話)



三日ぶりに部屋に戻り、明日の予定を頭の中で確認してから時計を見るとすでに「明日」は「今日」になっていた。時間の使い方が下手なのか、仕事を詰め込みすぎなのか、総帥を継ごうとしている身として後者はともかく前者はどうにかすべきだと結論付けると、彼は服を着替えてベッドにもぐった。心身ともに疲れており、一秒でも長く休息をとるべきなのに、眠りはそう簡単に彼に訪れてはくれず、電気を落とした寝室で何度も寝返りをうった挙句、もそもそとベッドを抜け出した。
髪を鬱陶しそうにかき上げながら冷蔵庫からアルコールを取り出して、何となく窓の方を向く。真っ暗にしてあるはずなのにやけに明るいと思ったら、季節のせいかやけに月が大きく明るかった。

「月見酒」
夜中の来訪に奇妙な顔つきになっていた目の前の相手にそう言って、彼が酒を差し出すとたちまち叔父は破顔した。
「マッカランか。また良いもん持って来たな」
嬉しそうにしながらもまだ腑に落ちない様子だったので、「ほら、あん時」と酒瓶を渡しながら彼が部屋に入りこもうとすると、阻止することもなかったが叔父はますます奇妙な顔になった。
「酒でも飲もうぜって言ったじゃねぇか、アンタ」
「ああ」
すれ違った廊下で、今度酒でも飲もうと言われたのは先日のことだ。呆けたか?と彼が訊こうすると、叔父はようやく納得したのか頷いてグラスを探し始めた。晩酌の用意している叔父を尻目に、彼は初めて入った叔父の部屋を観察する。飛行船暮らしが長いせいか、生活用品は必要最低限しかそろっておらず、かと思えば意味のないガラクタが部屋の隅に積んであったりで統一性が無く、本人の性格のように支離滅裂だった。
「アンタの部屋、初めて見たけど汚ねぇな…」
煙草の焦げ痕のついたくすんだ色のソファに座ると埃が舞い上がった。床にちらばった酒瓶や煙草の空き箱を眺めながら彼がそんな感想を述べていると、叔父がどこから取り出したのかしれない曇ったグラスを二つ手にして向かいに座る。
「部屋が汚くたって、死にゃしねーよ」
叔父が蹴飛ばした酒瓶がごろごろと転がって壁にぶつかり、かしゃんと音を立てた。まぁ確かに、と彼は納得しつつもいつ洗ったのか分からないグラスを前に後悔の念が湧きあがった。スコッチの瓶を開けて自分のグラスに大量に注ぐ叔父の手から瓶を奪い、彼も渡されたグラスにマホガニー色をした液体を注いだ。
かなり大量に注いでいたはずのグラスをあっさりと空け、次を飲む叔父は顔色一つ変わっていない。
「そーいやーおっさん、酒飲めたんだったな」
「飲めねぇわけねぇだろ。俺を誰だと思ってんだテメェ」
「ナマハゲだろ。獅子舞か?」
「…生意気なとこはガキん時と変わってねぇな」
叔父は面白くなさそうな顔で、床に落ちていた煙草の箱を拾うと、一本抜き出して火をつけた。煙のきつい匂いに彼が眉を顰めていても、叔父はお構い無しの表情で煙を吐き出している。
「煙草」
「ああ?」
「おっさんも煙草は変わってねぇんだな」
子供の頃、叔父が旨そうに吸う煙草が気になって仕方なかったことを、彼は思い出した。口では文句を言いながら、たまに大人気なく本気で遊んでくれる叔父は、子供達の良い遊び相手になっていた時代もあった。彼が成長するにつれて、それは変容して行ったのだが、それはすでに過去のことだ。
島での出来事があってから何かと理由を付けて本部に帰ってくるようになった叔父は、彼の目から見ると少々変わったように思える。今夜飲むきっかけになった廊下で会った時も、以前のようにどこか構えた雰囲気がなくなり、昔のようなごく自然な態度だった。
『煙草は』と彼が言外ににおわしたものを感じ取ったのか、叔父はふいっと目を逸らした。あの番人の面影を重ねていたことに対してばつが悪いのか、罪悪感なんて感じるタマじゃねぇのに顔に似合わず繊細なことで、と苦笑していると、叔父は突然立ち上がり、煙で燻されたような色になったブラインドを開けた。
「月見酒なんだろ」
咥え煙草のままで言うので灰が落ちないか気にしつつ、一応頷いてみせる。「にしても月なんか出てねぇぞ」と続けて叔父が言うので、彼も窓の外を向くと、あれほど明るかった月は姿が見えなかった。
「向きが悪いんじゃねぇの」
月見酒と言う名目でやって来たのに月が見えないとなると、自分の行動が変に馬鹿馬鹿しいように思えて、彼は少し苦笑する。
「ま、酒が飲めりゃなんでもいいぜ俺は」
それなりに高価なスコッチを、軽々と空けて行く様子は見ていて感心する。だが、そう叔父ばっかり飲まれても気に食わないので、彼も慌ててグラスを空けた。
「お、ガキの癖に飲めんのかいっちょまえに」
「ガキガキ言うなおっさん。飲めねぇのに酒持って来るか?」
「そりゃ頼もしいこって。あー、何かつまみねぇかな」
ごそごそと探し始めた叔父に、何故つまみを探すのにガラクタの山に向かうのか心底不思議に思った彼は、勝手に冷蔵庫を開ける。
「酒しかねぇな…」
「酒以外に入れるもんねぇだろ」
「アンタはな」
呆れている彼の後ろでは、食料の探索を諦めた叔父がまたスコッチをグラスに注いでいた。つまみがないと飲めないわけではないので、彼もソファに座って適当に飲み始める。足元に丸まった紙くずがあったので広い上げてみると、はずれた馬券だった。
「まだ競馬場通い、止めてなかったんだな」
彼が馬券をぽいっとテーブルの上に投げると、叔父は面白くもなさそうにちらっとそれに目をやって、指ではじいて再び床に落とした。
「勝つまで止めねー」
「借金すんなよ」
「経費回せや。倍にして返してやっから」
「アンタに貸したらぜってー返ってこねぇな。グンマの研究費に回した方がまだマシだ」
アホらしいと彼が肩を竦めて見せると、叔父は怒るかと思いきや、予想に反してくつくつと笑っている。
「何がおかしいんだよ、オッサン」
「いや、酒が旨ぇと思ってよ」
十年か、と叔父がぽつりと呟いた言葉は、彼の耳に確かに届いた。十年と言う過ぎてしまえばあっと言う間のように感じる年月、二人は没交渉だった。元番人を酷く憎んでいた叔父が、自分とわざと関わりを持たないようにしてきたのだろうことを、彼は知っている。そしてそれがいくらか緩和されたのであろうことも。
かといって、全てが無かったことにはならない。面影を重ねて憎んでいたであろう過去も、無言の空気の中に理不尽な感情を感じていた過去も、十年の中には確かに存在しており、それが二人に距離を作っていた。その距離を近づけるも遠ざけるも、すべてはこれからであり、今日がその第一歩だ。だが決して近づき過ぎないであろうを、彼は予感している。彼がこれから成そうとしている団の改変は、叔父の主義とは大きく異なっていた。恐らくこれから団の方針を巡って、何度も衝突するだろう。
そういった予感を持ってさえも、久しぶりに向き合った叔父と下らない会話を交わしながら飲む酒は、彼に酩酊感をもたらして心地好かった。逆に決して縮まらないであろう距離が、心地好いのかもしれない。
「アンタも酒好きだよなぁ」
三十年もののスコッチを、水でも飲むように空けていく叔父は、強いとか弱いとかそういう域を超えている。このペースに付き合っていたら、多少酒が強いだけではそうそうに酔い潰れてしまうだろう。
「大事に飲めよ、良い酒なんだから」
「酒は飲んでなんぼだろ」
このままでは全部飲まれると危惧して奪い取った酒瓶は、すでに随分軽かった。適当に杯を重ねつつ、最後の一杯をグラスに空けて飲み干すと、彼はソファから立ち上がる。
「じゃあな、オッサン。俺寝るわ」
「もうオネムかよガキは。また酒持って来いよ。酒によっちゃぁ歓迎してやる」
「もう二度と持ってこねー。部屋は汚ねぇわ、つまみはねぇわ、酒はほいほい飲まれるわ。俺の部屋の方がマシだ」
「じゃぁ今度はオメェの部屋な。尊敬する叔父様のためになんか作れ」
部屋の扉へ向かいかけた彼は、叔父の言葉に立ち止まると、ゆっくりと振り返った。酒瓶片手に人の悪い笑みを浮かべる叔父をみて、何か言い返そうと口を開いたが、結局何も言い返すことなくふっと肩の力を抜くと、転がっていた瓶を指差した。
「あのバランタイン。あれ持ってきたら入れてやる。何か珍しい日本酒でもいいぜ」
なにやら抗議の声を上げる叔父を無視して、彼は部屋を後にした。月見酒の名目で飲んだ酒は、彼に奇妙な愉しさを与えていた。酒の種類のせいか、飲んだ相手によるのか、どちらだろうと彼は考えたが、微かに酔った頭は思考力を鈍らせており、結論は後回しにせざるを得ないようだ。
とりあえず眠れそうなことに感謝して、彼は冷えたベッドに潜り込んだ。


(2006.11.18)

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