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きっかけは、視察のために立ち寄ったとある街の光景だった。
散歩中の子供と一匹の犬。
子供にぴったりと寄り添って歩く茶色の中型犬は、御主人との散歩が嬉しいのか、尻尾をゆるやかに左右に振っていた。犬の賢そうな顔つきは飼い主への信頼に満ちており、子供との絆の強さが伺える。子供が立ち止まり、犬に何か話しかけたかと思うと、尻尾のゆれが大きくなった。
平和な眺めに心が和む。思わず見とれ、しばしぼんやりとしていた。
あいつらみたいだな。
視察中の総帥という立場を忘れたわけではないが、その光景は思わずあの島での記憶を喚起させるものだった。思い出したことは確かであり、弁解するつもりはない。隣にいた従兄弟が顔を強張らせて不安げに自分を見つめる視線に気付いて、無理やりその光景から眼を逸らし、先を促した。


団内に設けられた空中庭園は、プライベートエリアのすぐ近くの階にあり、その存在を知っている人物は限られている。
一族の人間とごく一部の親しい関係者しか立ち入らないこの庭は、幼いころ、良く従兄弟と遊んだ思い出のある場所だった。
長じてからあまり足を踏み入れなくなったが、最近は時間を見つけては、ここに来て独りぼんやりと植物やガラス越しに空を眺めていた。
緑に囲まれていると何となく安心するようになったのは、島から戻ってきてからの習性で、そんな自分に戸惑いを覚えたが、今では開き直っている。
しかし、家族に知られるのは憚られたため、この庭に来るのは、人のいない深夜や早朝に限っていた。
今日、午前2時を回った夜更けに、ここへ来たのはそれなりの理由があった。
視察から帰ってきてから数日間激務に追われ、それもどうにか一段落し、秘書官の勧めもあって今夜は早めにベッドに入ったのだが、高ぶった神経のおかげで眠りは浅く、夢を見た。
過去の記憶が映像となって現れた夢は、生々しく現実味を帯びており、あの島の空気まで感じられるものだった。
夕飯を催促しに肩に登る子供。勢い良く噛み付いてくる犬。愉快で騒がしい島の住人たち。
どれもこれもが懐かしく、夢から醒めたときには、自分がどうして空調の効いた部屋で独りベッドにいるのか、一瞬理解できないほどだった。
視察先で見た光景が今頃になって呼び水となり、こんな夢を見させたのだろうとは、安易に推測できる。
どうしようもないほどの懐かしさと、ぽっかりとした空白、それに諦めと罪悪感が複雑に混じり合った気分では寝直すことも出来ず、部屋を抜け出して辺りに人影が無いことを確認してから、この庭に足を向けた。
植物を眺めながら、過去の記憶と今の自分の立場を思う。
戻りたい、とは思わない。それは確かだ。だが、懐かしい。逢えるものなら、再び逢いたいと思う。
それと同時に、総帥と言う肩書きが加わった己について考える。
島にいた自分と、ここで紅い軍服を纏っている自分。中身は同じものであるはずなのに、どこか相反している。そこには団の公私とはまた別の顔があるらしく、それをたまに覗かせてしまっては、家族を不安にさせているようだった。
不安にさせるのは本意ではないが、思い出さないのも無理な話で、うかつに懐かしんでいる様子を見せないよう気をつけるしかなかった。そしてそれはある程度成功し、ある程度失敗している。
島の記憶を喚起させる光景は、思いのほか至る所に点在していて、つい先日の失敗例を思い出し、従兄弟に対して申し訳なくなった。

「でっけぇため息だな、オイ」
いきなり背後から声をかけられて、驚いて振り向くと、いつの間に来たのか叔父が立っていた。
つい数時間前本部に帰還し、派手に言い争いをしたばかりの叔父が、どうしてこんな時間にこんなところにいるのか分からなかったが、とりあえずここでぼうっとしているところを見られてしまった気まずさと、それから八つ当たりめいた怒りが湧いてきた。
「うっせぇよ」
そのまま無視して立ち去ろうと思ったが、ふと思い立ち、叔父を飲みに誘った。どうせ部屋に戻っても眠れないのだから、酒でも飲もうと決めてはいたが、この状態での独り酒は好ましくないとは自覚していたので、共に飲む相手が欲しかった。
「おいオッサン、ちょっと付き合え」
突然の誘いに、叔父は厭味ったらしく片方の眉を上げて皮肉めいた笑いを口元に浮かべたが、断ることも無く、さっさと歩き出した自分について部屋までやって来た。
いつものように、簡単なつまみを作り、先に飲み始めていた叔父から日本酒を取り上げて、グラスに注いだ液体を一気に空ける。
叔父と飲むときは、大抵くだらない他愛のない会話に終始するのだが、今回は勝手が違ったようだ。
「あんなところに、何しに来たんだよ」
そう話を振ったのは、どういう意図があったのか、自分でも良く解らなかった。純粋な興味と、どこから見られていたのかという探りが半々といったところだろう。
「煙草の吸い過ぎで喉がいがらっぽくなったなったから、新鮮な空気でも吸おうと思ってな」
そう言いながらも、叔父は煙草に火をつけた。嘘だと直感したが、追求しても仕方ないので、灰皿を押しやって、どうでもいいような相槌を打っておいた。
「テメェはどうなんだよ。馬鹿みたいにぼけっとしながら、でっけぇため息なんか吐きやがって」
やはり見られていたのか、と思うと同時に、見られたのがまだ叔父で良かったと安堵する。これが従兄弟や父親だったら、また不安にさせるところだった。この叔父は、他の家族と比べると、自分に対する執着が酷く薄い。だから話してもかまわないと思った。
「夢を見たんだよ。あいつらの」
口から出た『あいつら』と言う単語の響きで、誰がと明言しなくても伝わったようで、叔父は軽く目を見張ったが、そうかと納得したように頷いた。
「すっげぇ久しぶりでさ、何か懐かしくなったんだよ」
「それで、か」
それで会話が途絶えて、沈黙が流れた。澱んだ空気を誤魔化すように杯を重ねる。
叔父の煙草の煙が渦を巻いて、天井付近をただよっていた。差し出された煙草を一本貰い、火をつける。そのまま黙って煙草をふかした。一本吸い終わって灰皿に押し付けると同時に、叔父が口を開いた。
「ま、思うのは自由なんじゃねぇの」
ぽんっと頭に手を置かれ、乱暴に髪を掻き乱される。幼少時にされた覚えのあるような無いようなその行動に狼狽しつつ、自分でも意外なことにその気安く大きな手に安心した。
「心配するやつらもいるだろうが、ほっとけや。あいつらも大人なんだし」
先ほどの、庭園で吐いたものとは別種のため息が漏れた。
叔父の言うように放っておくことは出来ないし、今後もなるべく気付かれないようにするつもりだが、一族の人間である叔父にそう言われると、少し心が軽くなった気がした。
礼を言おうと思ったが、それも何となく癪なので、新しく封を切った酒を黙って叔父のグラスに注ぐ。
何かを言うかわりに、叔父のグラスに自分のグラスを軽くぶつけて、秘蔵の酒を飲み干した。


(2006.2.8)

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