あの島から帰って、皆何かと決別するように、髪を切った。
自分もその例外にもれず、長かった金髪を短く切り、気分を変えた。評判は良いとは言えなかったけれど、まぁそんなものだと思っている。
変わったのは髪形だけで無いようで、内面にも多少の変化が見らた。特に一度も行っていなかった次兄の墓参りに何の抵抗も無く行けるようになったことには、己自身驚きながらも少々ほっとしたものだ。
終ったのだ、と思う。
家族の間にあったしこりめいたものが、あの島の出来事で無くなった。失ったものも少なからずあったが、得るものの方が多かったのだろう。
まだ多少ぎこちなくはあるが、家族間に戻ってきた不思議な和が心地好く、以前よりも本部に帰ってくることが多くなった。飛び回っている方が性にあっているので飛行船暮らしは止められないが、それでも家族の顔を見に頻繁に戻ってくる。
戻って来るたびに、前進している兄弟や甥が頼もしかった。
「何だアンタか」
兄に挨拶を済ませ、そろそろ飛行船に戻ろうかと歩いていると、黒髪の甥に出会った。
他に変わったこと言えば、この甥に対する態度だろうか。この甥に会っても、前のように構えることが無くなっていた。
あれほど頭を悩ませていた、甥が憎んだ男にそっくりだと言う事も、理由が分かれば当然のことだった。
番人のコピーだとか影だとか、この甥の正体は今でも良く解らないことが多かったが、自己を否定され血だらけになりながら、あくまでも自分自身であろうとした甥は、あの男とは違うものなのだと、ようやく心より理解することが出来た。
実際にあの男と会ったせいもあるかもしれない。
その風貌や飄々とした性格、そして弟への執着。
何もかもがあの時と変わりなく、自分達兄弟をめちゃくちゃにした張本人が、澄ました顔で現われた時には、目の前が赤く染まる程の怒りを感じた。
全てが終った今、あの男が悪びれも無く弟の近くにいると言う事は当然面白くないが、恐らく永遠に不変だろうその存在に、少しばかりの憐憫をも感じたのも事実だった。
だからと言って許してはいない、許すつもりもない。こればかりは変わりようがなかった。
「叔父様に向かって何だとは何だ。この糞餓鬼が」
「見慣れねぇんだよ、その髪型に。誰かと思ったぜ」
可愛くない減らず口を叩く甥も、少しばかり髪を切ったようだ。
つい最近まではあんなに似ていると思っていたのに、今では全くの別人に見える。違うのは髪の長さばかりでは無いのだと、今になって発見することも多い。
「すげぇよな、どうしたらそんな髪型になるんだか」
「うっせぇよ、テメェのその髪毟るぞコラ」
素直に見れるようになったからだろうか、この甥との憎まれ口の叩きあいは意外と愉しく、自分が意識するよりもっと前、甥がまだ小さな子供だった頃のことを思い出したりもして、久しくまともに会話すらしていなかったという事実に気付かされる。
「ああそうだ、アンタにさ、言っとこうと思って」
「何だよ」
「俺、親父の跡継ぐから」
そんな大事なことをあっさりと、先ほどの続きのように言われると、驚くよりも呆れてしまった。
「そうかよ」
それで?と火の付いた煙草を向けてやると、甥は煙に顔をしかめながら「いやそんだけだけど」と拍子抜けしたような声でつぶやいた。
「反対しねぇの?」
「して欲しいのか?」
「アンタは反対すると思ってたからな」
確かに以前の自分なら強固に反対していただろうが、今更そんなつもりはない。兄も安心しただろう。この甥ならば、悪いようにはしない。少なくとも自分が継ぐより、よっぽどマシだ。
「だって、アンタ俺の事嫌いだろ?」
露骨な態度を示していたつもりは無かったが、聡い甥は何となく察していたようで、罪悪感とはまた違う一種の居心地の悪さを覚えた。
己の甥に対する感情は、嫌い、という単純な言葉では表しきれない複雑なものだったのだが、説明しても解らないだろう。どう答えたものかとしばし迷う。自分ですら解らなかったのだから。
「まぁな。嫌いだった」
考えた末の、過去形の返事を返すと、酷く意外そうな顔をされた。この甥は本当に分かり易い。そんなので総帥が務まるのだろうかと心配する一方で、こんなところもあの男とは違うと気付く。何だか妙に可笑しくて、つい笑ってしまった。
「変なオッサン」
笑い続ける自分を訝しげに横目で見ながら、甥は踵を返す。お互いに忙しい身の上であることだし、そうゆっくりと立ち話する暇は無い。けれど少し名残惜しい気がした。
「おい、甥っ子。今度ゆっくり酒でも飲もうぜ」
離れていく背中にそう声を掛けて、自分も歩き始める。十年近く、ろくに会話も交わさなかった甥のことを、もう少し知ってみようと思った。
驚いたように振りかえった気配が伝わってきて、また笑えてならなかった。
(2005.11.30)
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