事が終わって、シャワーも浴びて、さて寝よう、というときになってもまだ、従兄は悪戯をやめようとはしなかった。
この従兄がスキンシップ過剰なのは昔からで、それは関係が微妙に変化した今もあまり変わらない。むしろこうなることで一層親密さを増すのだろうかと予想していた俺にしてみれば、あっけないくらいにいつも通りだとも言えた。従兄との親しさは、従兄弟同士の領域にとどまり、決して恋人同士のそれにはならない。かえって、身体を重ねることの方が、幼いころからの気安さの延長線上にあったのだろうかと思えてしまうくらいだった。
とはいえ、二人ともいい歳をした大人で、恋人同士で、そうであるならば、過剰なスキンシップがいつもいつも健全なまま終わるはずもない。特に身体を重ねた後のそれは、もう一度濃厚なやりとりに移行することも多かった。
普段ならば、そのときの気分や流れにまかせて従兄の悪戯を享受するところだが、今日ばかりは話が別だ。仕事がひどく立て込んでいて、本当なら従兄とこんなふうにすごす余裕すらない。しかし現状として、睡眠時間を削ってまで従兄とこうしているのは、要するに従兄の可愛らしさを装ったおねだりに負けたからで──そしてきっと、俺の方も欲求不満状態にあったからで。
実際にしてしまったことを後悔するのは馬鹿らしいし、従兄のせいにするのは余計みっともない。この場合、少しでも明日に影響が残らないよう──もう一人の従弟に余計なことを勘付かれないよう努めることこそが最重要課題だと言えた。
シーツの中にもぐりこんだ従兄は、背を向けて横になった俺の腰のあたりを、先程からしきりにまさぐっている。指でなぞってみたり、キスしてみたりと、それは未だ子供の悪戯程度のものだが、いつ具体的な行為へと変わるか知れたものではない。一方、俺自身がうっかりその気になってしまうというはなはだ不本意な可能性もある。従兄の行為が可愛らしいものであるうちにと、俺は軽く身を起こしてシーツをめくった。
「おい、いい加減にしろよ、グンマ。俺はもう寝るんだからな」
従兄を軽く睨みつけると、不満そうな声が返ってくる。
「だって、ずるいよ、シンちゃん」
「……なにが」
天才だと評判の従兄は、時々こちらが理解できないことを前置きなしに言う。今回のこの行為にも従兄にはそれなりの正当な理由があったらしいのだが、それがなんなのか全くわからず、俺は呆れて首を傾げた。
「だってさ、シンちゃんの、ここ」
言いながら、従兄は俺の腰の一点に指で触れた。
「僕の知らないうちにヴィーナスのえくぼができてるんだもん。……前のときはなかったのに」
そのいかにも拗ねたような口調がおかしくて、俺は思わず笑った。
「へえ、そいつは知らなかったな?」
もう一人の従弟に身体を返し、新しい身体をもらってかなりになるが、これまで特別違和感を覚えたことはなかった。まして背中の些細なくぼみになど、気づくはずもない。
だが、従兄にしてみれば、長年一緒に過ごしてきた俺の身体が、一朝一夕に変わってしまったことに、どうしても納得がいかないらしかった。
「シンちゃんは気にしなさすぎなんだよ。他にもいろいろ違うところがあるのに」
無頓着でいられるなんて信じられない、と言う従兄に対し、なんでお前の方が俺の身体のこと知ってんだよ、と思ったが、薮蛇になりそうだったので口にはしなかった。
「ふうん。……てことは、キンタローにはそのナントカのえくぼってのが、ないのか」
それがあるのとないのとではどう違うのか知らないが、我彼の差に敏感なもう一人の従弟が知ったなら、確実に二時間は薀蓄を聞かされそうな事実だ。
「さあ、それはどうかなあ……。キンちゃんの身体も、シンちゃんのころとはずいぶん違ってきているみたいだしね」
……だからどうしてそんなに観察眼が鋭いんだと思ったが、そこもあえて追及はしなかった。
「ま、どうでもいいけどな。……ただ、キンタローにはそういう余計なことは言うんじゃねえぞ」
「え? なにが? なんで?」
心底不思議そうにする従兄に、俺は冗談めかして言う。
「キンタローがそのことを知ったら、絶対自分の目で確認しようとするだろ。このクソ忙しい最中に補佐官にまで襲われるなんざ、俺は御免だからな」
俺の言葉に、従兄は朗らかに笑った。
「それは言えるかも。そしてさ、この赤い点々を見て、心配しちゃったりするんだよ。『シンタロー、これはなんだ? 病気か!?』そして急いで高松が呼ばれたりなんかして──」
「……もういい。それ以上言うな。なんか実際にありそうで嫌だ」
まざまざとその状況を想像してしまい、げんなりとして俺は再びシーツの中に避難した。
うっかりつまらないことで時間を潰してしまった。これで明日、もう一人の従弟の顔をまともに見れない──いろいろな意味で──なんてことになったら、それこそ笑えない。
そんな俺の懸念を他所に、従兄は未だ笑いながら、背を向けた俺にぴったりと寄り添うようにして寝そべった。
「それなら、シンちゃんが万が一にも襲われないように、僕か保険かけといてあげるね」
言うなり、普段の愚鈍さが嘘のように、従兄は素早く俺の腰に唇を寄せた。軽くつねられたような痛みが一瞬──痕にはきっと、鮮やかな紅い色が残っていることだろう。
確かに、これはとんだ保険だ。
「──だからいい加減にしろっつってんだろうが! この馬鹿!!」
照れ隠しに俺は従兄を蹴った。だがその足には、我ながら情けないくらい力が入っていなかった。
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