「月見酒どすか」
風に乗って背中に届いた声に、俺は驚くことなく、よって振り向くこともせず、盃に口をつける。
密やかに近付いてくる気配なら、しばらく前から感じていた。
微かな息の音が、温く淀んだ空気を揺らす。
ゆらり。
気配はゆっくりと、さらに俺に近付いた。
「わても御相伴に預かってよろしいでっしゃろか」
返事を待たず、俺のすぐ横──2人が座っても、十分に余裕のある長椅子なのに──に腰を下ろして、アラシヤマは笑んだ。
しかし、徳利に手を伸ばそうとはしない。
瀕死の状態から目覚めたばかりの人間だから、高松に止められているのかもしれない。
それでも、そうとうタフなことに変わりはないけど。
「きれいな満月どすなあ」
呑気な口調に、無意識に、ため息が漏れる。
「・・こんな時間にウロウロしてていいのかよ、怪我人」
「へえ、もうすっかり完治しとりますさかい」
笑って嘘をつくこの男は、今、生きているのが奇跡みたいなもんで。
俺だって、1度は死んだ身で。
(それなのにこうして酒を飲んで、話をして、息を吸って、月を見てる)
盃を傾ける。
白濁の液体は、すぐ、渇いた土に染み込んで消えた。
「シンタローはん、酔うてはりますの?」
アラシヤマはいつも、返事を待たない。
(待たないのじゃなく、必要としていないだけか)
酒で湿った口唇が、舌が、息を奪い取ったのは一瞬のこと。
「・・怒りまへんの。眼魔砲、とか」
「眼魔砲、欲しいのか」
「滅相もない」
殊勝なことを言いながらアラシヤマは、人を勝手に抱きしめて。
離せ、と口先だけで抵抗したところで、その腕の力を緩めようとはしない。
「なんだか、こうしなくちゃいけないような気が、して」
耳に吹き込まれる都合のいい囁きは、単純に心地よかった。
許容か、自棄か。
「シンタローはん?」
訝しむ声につられるようにして、アラシヤマの背に手を回した。
確かな体温。
身体に直接響く、心臓の音。
こいつは生きているし、俺だって生きている。
それが事実。
(離れる気にならないのは、許容か、自棄か)
いや。
確認、だ。
風に乗って背中に届いた声に、俺は驚くことなく、よって振り向くこともせず、盃に口をつける。
密やかに近付いてくる気配なら、しばらく前から感じていた。
微かな息の音が、温く淀んだ空気を揺らす。
ゆらり。
気配はゆっくりと、さらに俺に近付いた。
「わても御相伴に預かってよろしいでっしゃろか」
返事を待たず、俺のすぐ横──2人が座っても、十分に余裕のある長椅子なのに──に腰を下ろして、アラシヤマは笑んだ。
しかし、徳利に手を伸ばそうとはしない。
瀕死の状態から目覚めたばかりの人間だから、高松に止められているのかもしれない。
それでも、そうとうタフなことに変わりはないけど。
「きれいな満月どすなあ」
呑気な口調に、無意識に、ため息が漏れる。
「・・こんな時間にウロウロしてていいのかよ、怪我人」
「へえ、もうすっかり完治しとりますさかい」
笑って嘘をつくこの男は、今、生きているのが奇跡みたいなもんで。
俺だって、1度は死んだ身で。
(それなのにこうして酒を飲んで、話をして、息を吸って、月を見てる)
盃を傾ける。
白濁の液体は、すぐ、渇いた土に染み込んで消えた。
「シンタローはん、酔うてはりますの?」
アラシヤマはいつも、返事を待たない。
(待たないのじゃなく、必要としていないだけか)
酒で湿った口唇が、舌が、息を奪い取ったのは一瞬のこと。
「・・怒りまへんの。眼魔砲、とか」
「眼魔砲、欲しいのか」
「滅相もない」
殊勝なことを言いながらアラシヤマは、人を勝手に抱きしめて。
離せ、と口先だけで抵抗したところで、その腕の力を緩めようとはしない。
「なんだか、こうしなくちゃいけないような気が、して」
耳に吹き込まれる都合のいい囁きは、単純に心地よかった。
許容か、自棄か。
「シンタローはん?」
訝しむ声につられるようにして、アラシヤマの背に手を回した。
確かな体温。
身体に直接響く、心臓の音。
こいつは生きているし、俺だって生きている。
それが事実。
(離れる気にならないのは、許容か、自棄か)
いや。
確認、だ。
PR