「…旅がしたい」
書類の山から声がした。
何を言い出すのかと目を向ければ書類が見るも無惨に吹き飛んだ。
「旅がしたいっ!」
書類が消えて見えたシンタローが立ち上がり、拳を握っている。
「旅ねぇ…例えば?」
酒を飲みながら聞けば、暫く沈黙。
「イギリス!」
「俺が案内してやろう」
つっても酒飲める所と食いもん屋だけだが。
「イタリア!」
「ロッドに案内させてやろう」
そのまま中国とドイツが続く。
「もう書類は嫌だぁ~」
さっきまでの勢いは消え、机に突っ伏す。
フーン。と言いながら足元の書類を一枚取る。
もともとじっとしてんのが嫌いな奴だからなぁ。
「じゃあ、行くか」
「へ?」
立ち上がりながら言えば驚いたような分かってないようなマヌケな声。
「旅。行きてぇんだろ?」
よいせ。
シンタローを肩に担ぎ上げて、歩き出す。
こいつ、また痩せたな…。
「ごめん!俺が間違ってた!!」
落ちている書類を踏みながら扉に近付く。
扉が開いて廊下を歩き出す。
「しょるいぃ~!」
ギャーギャー騒ぐシンタローをしかとして、携帯を取り出す。
掛けるのは勿論俺の飛行船に乗っている筈の部下その①。
「おー、俺だ。飛行船直ぐ出せる準備しとけ」
携帯に言った言葉を聞いていたシンタローが叫ぶ。
「もうろくしてんだ!!本気にすんなっ!!」
うるせぇなぁ。
その上失礼だ。
電話の向こうから、
『えっと……準備しときまーす』
の返答。
よし。
さて、どこに連れて行こうかねぇ。
今だ騒いでるシンタロー。
諦めの悪い奴だ。
「いい加減観念しろ」
尻に触りながら言う。
「尻に触れるな!撫でるな!!」
「分かった。分かったから黙れ、シンタロー」
ちょと我慢しとけば何も気にならなくなるって。
「でも!仕事がっ」
「休憩だ休憩。こんだけ騒いでんのに秘書どもが止めに来ないなら大丈夫なんだろ」
うっ。と詰まってシンタローがやっと黙る。
よしよし。
そのまま飛行船に連れていき、短くはないが長くもない旅に出るのだった。
実は騒いでも誰も来なかったのは予め人払いをして置いたからなんだが、シンタローは
知らないだろう。
驚くだろうなぁ。
総帥室に入れば散らばった書類。
総帥行方不明。
まぁ、酒置いてきたから、俺だってわかんだろ。
とりあえずは、小さな旅を楽しもう。
三人余計なもんもいるが。
シンタローが楽しめんなら、まぁ、そこらは目を瞑ろう。
END
隊長、確信犯?
多分どうやって連れだすか考えてたら、鴨がネギ持った状態で…
05.12/01
書類の山から声がした。
何を言い出すのかと目を向ければ書類が見るも無惨に吹き飛んだ。
「旅がしたいっ!」
書類が消えて見えたシンタローが立ち上がり、拳を握っている。
「旅ねぇ…例えば?」
酒を飲みながら聞けば、暫く沈黙。
「イギリス!」
「俺が案内してやろう」
つっても酒飲める所と食いもん屋だけだが。
「イタリア!」
「ロッドに案内させてやろう」
そのまま中国とドイツが続く。
「もう書類は嫌だぁ~」
さっきまでの勢いは消え、机に突っ伏す。
フーン。と言いながら足元の書類を一枚取る。
もともとじっとしてんのが嫌いな奴だからなぁ。
「じゃあ、行くか」
「へ?」
立ち上がりながら言えば驚いたような分かってないようなマヌケな声。
「旅。行きてぇんだろ?」
よいせ。
シンタローを肩に担ぎ上げて、歩き出す。
こいつ、また痩せたな…。
「ごめん!俺が間違ってた!!」
落ちている書類を踏みながら扉に近付く。
扉が開いて廊下を歩き出す。
「しょるいぃ~!」
ギャーギャー騒ぐシンタローをしかとして、携帯を取り出す。
掛けるのは勿論俺の飛行船に乗っている筈の部下その①。
「おー、俺だ。飛行船直ぐ出せる準備しとけ」
携帯に言った言葉を聞いていたシンタローが叫ぶ。
「もうろくしてんだ!!本気にすんなっ!!」
うるせぇなぁ。
その上失礼だ。
電話の向こうから、
『えっと……準備しときまーす』
の返答。
よし。
さて、どこに連れて行こうかねぇ。
今だ騒いでるシンタロー。
諦めの悪い奴だ。
「いい加減観念しろ」
尻に触りながら言う。
「尻に触れるな!撫でるな!!」
「分かった。分かったから黙れ、シンタロー」
ちょと我慢しとけば何も気にならなくなるって。
「でも!仕事がっ」
「休憩だ休憩。こんだけ騒いでんのに秘書どもが止めに来ないなら大丈夫なんだろ」
うっ。と詰まってシンタローがやっと黙る。
よしよし。
そのまま飛行船に連れていき、短くはないが長くもない旅に出るのだった。
実は騒いでも誰も来なかったのは予め人払いをして置いたからなんだが、シンタローは
知らないだろう。
驚くだろうなぁ。
総帥室に入れば散らばった書類。
総帥行方不明。
まぁ、酒置いてきたから、俺だってわかんだろ。
とりあえずは、小さな旅を楽しもう。
三人余計なもんもいるが。
シンタローが楽しめんなら、まぁ、そこらは目を瞑ろう。
END
隊長、確信犯?
多分どうやって連れだすか考えてたら、鴨がネギ持った状態で…
05.12/01
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「パパ!ぼくね、おじちゃん大好きなんだーv」
「…サービスかい?」
ヒクヒクと笑顔がひきつく。
「サービスおじさんも好きだけど、ハーレムおじちゃんが一番好きv」
「パパよりもかい!?」
「うん!!」
「やぁ、おかえり。ハーレム」
「…なーにがおかえりだ!真っ先に眼魔砲ぶっぱなしやがって」
「チッ。仕留め損ねたか…」
「おい、コラ」
「ハハ、冗談だよ」
「嘘つけ!何なんだよ、いったい」
「おじちゃん!」
「ん?おぉ、シンタロー」
「おかえりなさーい!」
「ただいま」
抱きつきシンタローを抱きとめるハーレム。
自然に額にキスをする。
笑いあう二人。
「…仲良しだね。二人共」
呟いて、ハーレムからシンタローを奪いとる。
「シンタロー!」
「おじちゃーん!」
ロミオとジュリエット(笑)。
引き離したマジックは、
「眼魔砲ッ!!」
ハーレムに向かって撃った。
結果
「…パパのバカー!!大きらいだー!!」
と言われた。
そしてマジックが崩れていると、
「危なかった~」
ハーレムが無事に現れた。
シンタローが泣き掛の顔で駆け寄る。
瓦礫につまづいてこける前にと、シンタローを抱き上げるハーレム。
「泣くなよ、シンタロー」
ラブラブな二人は瓦礫のやまとマジックをほって立ち去った。
END
頑張った方です。
パパは僕の中で当て馬と言うか、まァ、酷い扱いです。
05.11/5
「…サービスかい?」
ヒクヒクと笑顔がひきつく。
「サービスおじさんも好きだけど、ハーレムおじちゃんが一番好きv」
「パパよりもかい!?」
「うん!!」
「やぁ、おかえり。ハーレム」
「…なーにがおかえりだ!真っ先に眼魔砲ぶっぱなしやがって」
「チッ。仕留め損ねたか…」
「おい、コラ」
「ハハ、冗談だよ」
「嘘つけ!何なんだよ、いったい」
「おじちゃん!」
「ん?おぉ、シンタロー」
「おかえりなさーい!」
「ただいま」
抱きつきシンタローを抱きとめるハーレム。
自然に額にキスをする。
笑いあう二人。
「…仲良しだね。二人共」
呟いて、ハーレムからシンタローを奪いとる。
「シンタロー!」
「おじちゃーん!」
ロミオとジュリエット(笑)。
引き離したマジックは、
「眼魔砲ッ!!」
ハーレムに向かって撃った。
結果
「…パパのバカー!!大きらいだー!!」
と言われた。
そしてマジックが崩れていると、
「危なかった~」
ハーレムが無事に現れた。
シンタローが泣き掛の顔で駆け寄る。
瓦礫につまづいてこける前にと、シンタローを抱き上げるハーレム。
「泣くなよ、シンタロー」
ラブラブな二人は瓦礫のやまとマジックをほって立ち去った。
END
頑張った方です。
パパは僕の中で当て馬と言うか、まァ、酷い扱いです。
05.11/5
「……何してんだ、おっさん」
ようやく仕事を終わらせ、シンタローが自室に戻ったのは午前一時を過ぎた頃だった。
グンマ&キンタローが製作した必要以上に厳重なセキュリティ・チェックをクリアして
その重厚な扉が開いた途端、広いリビングに備え付けられたソファに座り、
なんの許可もなく勝手に酒盛りをしている人物が目に入った。
その獅子の鬣のような髪を見るまでも無くこんな深夜にこの部屋にいるような
非常識な人間は二人しかおらず(二人もいれば充分だが)、
その内一人は自分が現れれば即座に跳びついてくるはずである。
さすがに自室で眼魔砲をぶっ放すわけにもいかないので、そっちの方でなくて僥倖だった、
と思うべきだろうか。こっちはこっちで相手にするのは、肉体的にも精神的にも疲れるのだが。
(……っつーかどっちも来ないのが一番だよな……)
重い溜息を吐きながら、電灯を付けないまま月明かりで移動し、
総帥服を脱いで皺にならないようハンガーに掛け形を整えつつ、
酒を飲むばかりで一切返事をしない叔父にちらりと視線をやった。
どうやらもう相当に飲んでいるらしい。空いた酒瓶が乱立していた。
再び溜息を吐きながら部屋着兼就寝服に着替え、叔父に歩み寄ると
転がっているカラの酒瓶を一つ手に取る。それはシンタロー秘蔵の日本酒だった。
(……こりゃ酒蔵の酒全滅か?)
もともとこのうわばみどころかザルな叔父と飲む予定だったが、勝手に飲まれ、
しかも自分の飲む分が無いのは腹が立つ。それが疲れてる時であれば尚更だ。
「オイ!おっさん、きーてんのかよ!」
座っている叔父の正面にまわりこみ肩へと手を伸ばす。
と、逆に腕を掴まれ、いきなり引っ張られて抱き込まれた。肩に叔父の息を感じる。
「おっさん。……どうか、したのか」
「……………」
シンタローはもう一度溜息を吐くと、叔父の好きにさせてやるべく全身の力を抜いた。
全く、呆れるほど自分はこの叔父に甘い。自分がこの叔父にされることを
どの程度まで許容してしまっているか理解した上でやっているのだろうか?
天然なら救いようが無い程タチが悪い。
そして後者である可能性のほうが高いのだ、この叔父は。
ぎゅぅぅ、と抱き締めるというよりはまるでしがみ付いてくる様に力を込め、
肩に顔を埋めてじっとしたままでいる叔父の頭を撫でる。
月の光を反射しきらきらと光る髪は見た目に反して柔らかく、撫で心地が良い。
……叔父は時折、こういう風に唐突に甘えてくる。
何があったのかは聞いても答えてくれないので知らない。
ただ、やたらとスキンシップをとりたがるのだ。
ずるい、と、シンタローは思う。
何も教えては呉れない癖に、何も答えては呉れない癖に、慰めだけは要求する。
ずるい。本当に……ずるい。
慰めることだけしかさせてくれない。共用することを許してくれない。
何がそんなに叔父を追い詰めているのか、想像どころか妄想すらも出来ないが、
そんなに自分には知られたくない事なのだろうか。だったら何故、自分の所へ来るのだろう。
(……卑怯だ、アンタ)
叔父はシンタローが問い詰めることも拒否することも無いと知っているだろう。
だからいつまでも何も知らないままだ。
(それでも。アンタの事を知りたいと思う俺の、気持ちは――いらない、のか……?)
決して言葉にはしない問いを心の内に封じ込め、遣る瀬無い想いを抱えたまま、
シンタローは切なげに細めた眸を叔父の肩越しに見える月へと向けた。
--------------------------------------------------------------------------------
切ない感じを出したくて玉砕…。
(2006.05.12)
ようやく仕事を終わらせ、シンタローが自室に戻ったのは午前一時を過ぎた頃だった。
グンマ&キンタローが製作した必要以上に厳重なセキュリティ・チェックをクリアして
その重厚な扉が開いた途端、広いリビングに備え付けられたソファに座り、
なんの許可もなく勝手に酒盛りをしている人物が目に入った。
その獅子の鬣のような髪を見るまでも無くこんな深夜にこの部屋にいるような
非常識な人間は二人しかおらず(二人もいれば充分だが)、
その内一人は自分が現れれば即座に跳びついてくるはずである。
さすがに自室で眼魔砲をぶっ放すわけにもいかないので、そっちの方でなくて僥倖だった、
と思うべきだろうか。こっちはこっちで相手にするのは、肉体的にも精神的にも疲れるのだが。
(……っつーかどっちも来ないのが一番だよな……)
重い溜息を吐きながら、電灯を付けないまま月明かりで移動し、
総帥服を脱いで皺にならないようハンガーに掛け形を整えつつ、
酒を飲むばかりで一切返事をしない叔父にちらりと視線をやった。
どうやらもう相当に飲んでいるらしい。空いた酒瓶が乱立していた。
再び溜息を吐きながら部屋着兼就寝服に着替え、叔父に歩み寄ると
転がっているカラの酒瓶を一つ手に取る。それはシンタロー秘蔵の日本酒だった。
(……こりゃ酒蔵の酒全滅か?)
もともとこのうわばみどころかザルな叔父と飲む予定だったが、勝手に飲まれ、
しかも自分の飲む分が無いのは腹が立つ。それが疲れてる時であれば尚更だ。
「オイ!おっさん、きーてんのかよ!」
座っている叔父の正面にまわりこみ肩へと手を伸ばす。
と、逆に腕を掴まれ、いきなり引っ張られて抱き込まれた。肩に叔父の息を感じる。
「おっさん。……どうか、したのか」
「……………」
シンタローはもう一度溜息を吐くと、叔父の好きにさせてやるべく全身の力を抜いた。
全く、呆れるほど自分はこの叔父に甘い。自分がこの叔父にされることを
どの程度まで許容してしまっているか理解した上でやっているのだろうか?
天然なら救いようが無い程タチが悪い。
そして後者である可能性のほうが高いのだ、この叔父は。
ぎゅぅぅ、と抱き締めるというよりはまるでしがみ付いてくる様に力を込め、
肩に顔を埋めてじっとしたままでいる叔父の頭を撫でる。
月の光を反射しきらきらと光る髪は見た目に反して柔らかく、撫で心地が良い。
……叔父は時折、こういう風に唐突に甘えてくる。
何があったのかは聞いても答えてくれないので知らない。
ただ、やたらとスキンシップをとりたがるのだ。
ずるい、と、シンタローは思う。
何も教えては呉れない癖に、何も答えては呉れない癖に、慰めだけは要求する。
ずるい。本当に……ずるい。
慰めることだけしかさせてくれない。共用することを許してくれない。
何がそんなに叔父を追い詰めているのか、想像どころか妄想すらも出来ないが、
そんなに自分には知られたくない事なのだろうか。だったら何故、自分の所へ来るのだろう。
(……卑怯だ、アンタ)
叔父はシンタローが問い詰めることも拒否することも無いと知っているだろう。
だからいつまでも何も知らないままだ。
(それでも。アンタの事を知りたいと思う俺の、気持ちは――いらない、のか……?)
決して言葉にはしない問いを心の内に封じ込め、遣る瀬無い想いを抱えたまま、
シンタローは切なげに細めた眸を叔父の肩越しに見える月へと向けた。
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切ない感じを出したくて玉砕…。
(2006.05.12)
あいつとの、この距離感が心地良かった。親兄弟より近くはなく、他人より離れてもいない。
それならば麗しのサービス叔父様も、全くそうは見えないが一応双子なんだから俺にとって同じ立場の存在だったはずだ。けれど『叔父様』と呼んではいても、世界中を飛び回っていたあいつとは違って常に傍に居たから、兄のような存在だった。グンマもそうだ。傍に居すぎて、手の掛かる弟のような感覚で接していた。
――あいつは、一所にじっとしている事が出来ない人間だった。
殆ど『家』、つまりガンマ団の本部には滅多に帰ってこなかった。俺の世話や遊び相手になってくれた親父の部下の方がよっぽど身近だったと思う。
なのに。
ごくたまに―まぁ、大抵は金をせびりにだったけれど―帰ってくると、何の違和感も無くすんなりと俺達と同じ枠の中に納まった。他人がどれだけ努力してもけして入れない枠だ。家族―そう、つまりは『家族』なんだろう。血の繋がりというのは偉大だ。
父親のように頼れる相手ではなく、兄のように導いてくれる相手ではなく、弟達のように護る相手でもなく、友人や部下のように信頼できる相手でもない。
実際に言い争いどころか肉弾戦すっ飛ばしてガンマ砲の応酬をしあったことも間々ある。ちなみに俺は本気で殺すつもりだったし、相手もそれは同様だろう。顔にはニヤニヤと下らない笑いを貼り付けてこそいたが、その眼は限りなく真剣だった。それでも俺はあいつに殺されると思った事は無いし、あいつも俺を殺せない。不本意ながら逆もまた然り、だ。
父親のように頼れる相手ではなく、兄のように導いてくれる相手ではなく、弟達のように護る相手でもなく、友人や部下のように信頼できる相手でもない。
――隣に、並び立つ相手だ。
結局のところ、同類なんだろう。俺とあいつは。
だから。……こんなにも、惹かれるのだろうか。
それならば麗しのサービス叔父様も、全くそうは見えないが一応双子なんだから俺にとって同じ立場の存在だったはずだ。けれど『叔父様』と呼んではいても、世界中を飛び回っていたあいつとは違って常に傍に居たから、兄のような存在だった。グンマもそうだ。傍に居すぎて、手の掛かる弟のような感覚で接していた。
――あいつは、一所にじっとしている事が出来ない人間だった。
殆ど『家』、つまりガンマ団の本部には滅多に帰ってこなかった。俺の世話や遊び相手になってくれた親父の部下の方がよっぽど身近だったと思う。
なのに。
ごくたまに―まぁ、大抵は金をせびりにだったけれど―帰ってくると、何の違和感も無くすんなりと俺達と同じ枠の中に納まった。他人がどれだけ努力してもけして入れない枠だ。家族―そう、つまりは『家族』なんだろう。血の繋がりというのは偉大だ。
父親のように頼れる相手ではなく、兄のように導いてくれる相手ではなく、弟達のように護る相手でもなく、友人や部下のように信頼できる相手でもない。
実際に言い争いどころか肉弾戦すっ飛ばしてガンマ砲の応酬をしあったことも間々ある。ちなみに俺は本気で殺すつもりだったし、相手もそれは同様だろう。顔にはニヤニヤと下らない笑いを貼り付けてこそいたが、その眼は限りなく真剣だった。それでも俺はあいつに殺されると思った事は無いし、あいつも俺を殺せない。不本意ながら逆もまた然り、だ。
父親のように頼れる相手ではなく、兄のように導いてくれる相手ではなく、弟達のように護る相手でもなく、友人や部下のように信頼できる相手でもない。
――隣に、並び立つ相手だ。
結局のところ、同類なんだろう。俺とあいつは。
だから。……こんなにも、惹かれるのだろうか。
猫のような笑顔
澄んだ声ではない。僅かにかすれたハスキーボイスが耳に心地いい。
長い前髪のせいで顔の左半分が隠れてしまっているがなかなかの美人の歌い手だ。
まだ甥っ子と同じほどの年齢だろうにブルースを歌いこなしている。
「聞きほれるだろう?」
「そうだな」
なじみの店に久々に訪れてみればなじみのマスターは歌手を一人雇っていた。
前はピアノ弾きが一人いたがそれは辞めたのだという。
「あの子顔に火傷の痕があってね。メジャーになるのは難しいし歌いたいだけだからって」
「へぇ・・もったいねぇな」
「まぁ本物ならいつしかここから巣立つさ。あのピアノ弾きのようにね」
「なんだアイツプロになったのかと」
こんな古ぼけた酒場で弾いているのはもったいないと思うほどの腕前だったがなるほど。
「そりゃあよかった」
「わるかったね古ぼけた店で。その店に足しげく通ってくれるお客さんもいるんだよ?」
「俺みたいな物好きだな」
「お黙りなさいな獅子舞くん。もうツケなしにしてもいいんだよ?僕は」
「へん。今度まとめてはらってやらぁ」
「いつもそう言うけどね」
マスターは拭き終わったコップをおき俺の前に黙って新たな酒を置く。
店には俺のほかに10人ほど。皆彼女の歌声に聞きほれている。
そこに一人の客が入ってきた。職業病か。反射的に入ってくる人物を観察する。
長い黒髪に上質のコート。コートの下はいつもの紅い服ではなかったがやはり上質のスーツだった。
「・・シンタロー」
「あれお知り合い?彼もなじみだよ」
「んな暇人じゃねぇはずなんだがな」
「うん。まぁそう頻繁ではないけどね」
息抜きと、彼女が心配なんだと思う。
その言葉に思わず顔をしかめていた。
シンタローは店に入ってから彼女を熱心に見つめこちらに気づいてもいない。「どういうご関係で?」
「彼があの子を連れてきたんだ」
「ほぉ~お」
それはそれは。
歌が終わり彼女のステージは一旦終了。決まった時間とリクエストがあった以外はバーテンをしているらしい。
彼女はうれしそうにシンタローに駆け寄り何かしゃべっている。そしてそのまま二人こちらへきた。
「げ」
「なにが「げ」だ」
「何でこんなとこいるんだよナマハゲ」
「俺はここの常連なんだよ」
「どうせツケためてんだろ?やめろよいい年して」
「あぁ!?」
後ろと前で笑い声が起きた。マスターと彼女が笑っている。
緩やかに波打つアーバンホワイト。右目は黒だったが左は火傷のせいかブルーの瞳だった。
上等のペルシャ猫のような女だ。歌っていたときとは違ってどこか少女じみた幼さも残っている。
「ツケってことは・・シンタローさんがよく言う困ったおじさんってこの人?」
「そうだよ」
「ああ、じゃあアンタがよくしゃべってる生意気な甥っ子ってこの子か」
「そうだよ」
『つかなんだテメェひとのこと他人にベラベラしゃべってんじゃねぇよ!』
きれいにはもった台詞にまた笑い声が上がった。
シンタローはこのあとまだ仕事が残っているらしく軽めのキールを頼んだ。
俺は飲んでいた酒を追加注文する。猫が楽しそうに酒を置いて他の客の元へ行った。
「おいあのペルシャ猫」
「ペルシャ猫?」
「ああ目が左右違うし髪も白いし・・」
「ああ。火傷のせいだ。名前はナスリーン。野バラの意味がある」
「お詳しいことで」
「俺が拾って・・・名前をつけたからな」
「あぁ?」
思いがけない言葉に完全に声に嫌悪が混じった。やっぱり馬鹿だ。
シンタローは気にせず猫のことを話す。
「何も分からないんだ。ひどい火傷を負って・・体中傷だらけで目覚めたとき記憶がなかった。
ひどい目にあったんだと思う。髪ももっと淡い金髪だったのに・・。
何か覚えてることは?って聞いたら歌って言うから。ここならいいと思って」
「ふぅん・・そういう事情持ちにしちゃ楽しそうだがなあの猫」
「名前でよべよ」
「別にいいだろ」
「記憶がないナスリーンにとって存在を証明する唯一のものだなんだ。それくらい考えてやったっていいだろ」
俺たちが巻き込んだのかもしれないのに、と唇だけが動いた。
それにばかばかしい、と口の端を上げて笑う。
そんな風に同情してそんな大事な名前をつけてやったというのか。
そんなことは他の奴にやらせればいい。こんな団体のトップがやることではない。
ましてそれが人気集めというのであればまだしも純粋に心からの行為。
「お優しいこって」
「んだと!」
「妬いてるのぉ?」
「誰がっ――――――!」
目の前に猫が面白そうに笑っていた。口の端をきゅう、とあげて。猫のように。
「ふふふ。ごめんねハーレムさん。名前をつけてっていったのは私のわがままなの」
「謝ることねぇよナスリーン」
「そうだそうだ。関係ねぇのに首つっこむなよ猫」
「でも」
やっぱり言っておいたほうがよさそうだったから、と言う猫の頭に手を置く。
「そういうのをおせっかいって言うんだよ。だからこんな目にあうんだぜ?学習しろよバカ猫」
「おい!ナマハゲ!」
シンタローの抗議の声を無視してわしわしとフワフワの髪をかきまわすと猫はまたきゅう、とうれしそうに笑った。
ぐしゃぐしゃの髪で、醜い火傷の痕をさらしながら。口の端をあげて、猫のように。
「ふふ。素敵な人ねぇシンタローさん」
「どこが!」
「ダメだよシンタローさん。こんな素敵な人にせっかく妬いてもらってるんだから素直にならなきゃ」
「ナスリーン!?」
「いいからいいから。あ、あとここは安らいでもらえる場所なの。喧嘩する人はお外にだすわよ?」
「う」
うめいたシンタローはしぶしぶ引き下がる。それに猫は満足そうに笑う。
ああ、そうか。誰かに似てると思えばあの人だ。
「・・・そういう理由もあるのか」
「何か言った?ハーレムさん」
「いや・・おい猫」
「なぁに?」
猫と呼ばれることになんとも思っていないのか猫は素直に返事をする。
「何でも歌えるのか?」
「もちろん」
「じゃあリクエストを」
「ええ、なにを歌う?」
あの人が好きだった歌をリクエストすると猫はうれしそうに返事をして舞台へ向かった。
それをシンタローは見送ってから俺のほうを見る。
「なんだ?」
「・・・今の歌。たしか」
「猫見てたら思い出したんでな」
「・・・・ああ、そうか。そういうことか」
「あ?お前もしかして今気づいたのか?」
「そういえば似てるかもな。笑い顔」
母さんに。
最後の声はほとんど独り言に近いほどの声だった。
笑い顔以外に似ているものはない。
けれども、その笑顔はよく似ていた。
またリクエストしにきてね?と猫の笑顔で手をふる彼女に手を振り返す。
するとうれしそうにぶんぶん手を振ってきたので子供みたいだな、とつぶやくとシンタローが笑った。
「ま、いい歌手だな」
「・・・だろ?」
めずらしいハーレムのほめ言葉にシンタローは笑みを浮かべた。
ハーレムもうれしそうな顔に方眉を上げて口の端を上げる。
「またくっかなぁ」
「きてやれよ。俺はまた来れなくなるから」
「また遠征か?」
「日本のほうで仕事・・ああ、母さんとこ墓参り行ってくっかな」
なんか思い出したし。
シンタローは空を見上げてつぶやく。
ハーレムも空を見上げた。そこには街の明かりで星すら見えなかった。
だが彼女の眠る場所でならおそらくうつくしい星空が広がっているのだろう。
「姉貴かぁ」
「生きてて欲しかったなぁ」
「そうだな」
「そういえばアンタはまだしばらくこっちに?」
んな命令出してねぇけど。
「ああ。飛空艇のメンテナンスで帰ってきたんだよ。マーカーが報告書書いてたから明日あたり目にするんじゃねぇの」
「あのなぁ・・アンタがかけよ」
「俺は忙しい」
「ったく」
シンタローは呆れたように頭をかいて、ふと腕時計を目にして固まる。
「やっべ!じゃあなハーレム!俺は帰る!」
「お~」
「じゃあ――――おやすみ」
穏やかな声と、ガキの頃みたいな笑顔でシンタローは走っていった。
残されたハーレムは呆然と一人残された。そしてすぐに笑って空を見上げささやいた。
「・・・おやすみ」
シンタローに向けての言葉か、それとも空にいるといわれる彼女にか。
柄でもないと笑うと煙草をくわえ夜の街へ歩き出した。
FIN
澄んだ声ではない。僅かにかすれたハスキーボイスが耳に心地いい。
長い前髪のせいで顔の左半分が隠れてしまっているがなかなかの美人の歌い手だ。
まだ甥っ子と同じほどの年齢だろうにブルースを歌いこなしている。
「聞きほれるだろう?」
「そうだな」
なじみの店に久々に訪れてみればなじみのマスターは歌手を一人雇っていた。
前はピアノ弾きが一人いたがそれは辞めたのだという。
「あの子顔に火傷の痕があってね。メジャーになるのは難しいし歌いたいだけだからって」
「へぇ・・もったいねぇな」
「まぁ本物ならいつしかここから巣立つさ。あのピアノ弾きのようにね」
「なんだアイツプロになったのかと」
こんな古ぼけた酒場で弾いているのはもったいないと思うほどの腕前だったがなるほど。
「そりゃあよかった」
「わるかったね古ぼけた店で。その店に足しげく通ってくれるお客さんもいるんだよ?」
「俺みたいな物好きだな」
「お黙りなさいな獅子舞くん。もうツケなしにしてもいいんだよ?僕は」
「へん。今度まとめてはらってやらぁ」
「いつもそう言うけどね」
マスターは拭き終わったコップをおき俺の前に黙って新たな酒を置く。
店には俺のほかに10人ほど。皆彼女の歌声に聞きほれている。
そこに一人の客が入ってきた。職業病か。反射的に入ってくる人物を観察する。
長い黒髪に上質のコート。コートの下はいつもの紅い服ではなかったがやはり上質のスーツだった。
「・・シンタロー」
「あれお知り合い?彼もなじみだよ」
「んな暇人じゃねぇはずなんだがな」
「うん。まぁそう頻繁ではないけどね」
息抜きと、彼女が心配なんだと思う。
その言葉に思わず顔をしかめていた。
シンタローは店に入ってから彼女を熱心に見つめこちらに気づいてもいない。「どういうご関係で?」
「彼があの子を連れてきたんだ」
「ほぉ~お」
それはそれは。
歌が終わり彼女のステージは一旦終了。決まった時間とリクエストがあった以外はバーテンをしているらしい。
彼女はうれしそうにシンタローに駆け寄り何かしゃべっている。そしてそのまま二人こちらへきた。
「げ」
「なにが「げ」だ」
「何でこんなとこいるんだよナマハゲ」
「俺はここの常連なんだよ」
「どうせツケためてんだろ?やめろよいい年して」
「あぁ!?」
後ろと前で笑い声が起きた。マスターと彼女が笑っている。
緩やかに波打つアーバンホワイト。右目は黒だったが左は火傷のせいかブルーの瞳だった。
上等のペルシャ猫のような女だ。歌っていたときとは違ってどこか少女じみた幼さも残っている。
「ツケってことは・・シンタローさんがよく言う困ったおじさんってこの人?」
「そうだよ」
「ああ、じゃあアンタがよくしゃべってる生意気な甥っ子ってこの子か」
「そうだよ」
『つかなんだテメェひとのこと他人にベラベラしゃべってんじゃねぇよ!』
きれいにはもった台詞にまた笑い声が上がった。
シンタローはこのあとまだ仕事が残っているらしく軽めのキールを頼んだ。
俺は飲んでいた酒を追加注文する。猫が楽しそうに酒を置いて他の客の元へ行った。
「おいあのペルシャ猫」
「ペルシャ猫?」
「ああ目が左右違うし髪も白いし・・」
「ああ。火傷のせいだ。名前はナスリーン。野バラの意味がある」
「お詳しいことで」
「俺が拾って・・・名前をつけたからな」
「あぁ?」
思いがけない言葉に完全に声に嫌悪が混じった。やっぱり馬鹿だ。
シンタローは気にせず猫のことを話す。
「何も分からないんだ。ひどい火傷を負って・・体中傷だらけで目覚めたとき記憶がなかった。
ひどい目にあったんだと思う。髪ももっと淡い金髪だったのに・・。
何か覚えてることは?って聞いたら歌って言うから。ここならいいと思って」
「ふぅん・・そういう事情持ちにしちゃ楽しそうだがなあの猫」
「名前でよべよ」
「別にいいだろ」
「記憶がないナスリーンにとって存在を証明する唯一のものだなんだ。それくらい考えてやったっていいだろ」
俺たちが巻き込んだのかもしれないのに、と唇だけが動いた。
それにばかばかしい、と口の端を上げて笑う。
そんな風に同情してそんな大事な名前をつけてやったというのか。
そんなことは他の奴にやらせればいい。こんな団体のトップがやることではない。
ましてそれが人気集めというのであればまだしも純粋に心からの行為。
「お優しいこって」
「んだと!」
「妬いてるのぉ?」
「誰がっ――――――!」
目の前に猫が面白そうに笑っていた。口の端をきゅう、とあげて。猫のように。
「ふふふ。ごめんねハーレムさん。名前をつけてっていったのは私のわがままなの」
「謝ることねぇよナスリーン」
「そうだそうだ。関係ねぇのに首つっこむなよ猫」
「でも」
やっぱり言っておいたほうがよさそうだったから、と言う猫の頭に手を置く。
「そういうのをおせっかいって言うんだよ。だからこんな目にあうんだぜ?学習しろよバカ猫」
「おい!ナマハゲ!」
シンタローの抗議の声を無視してわしわしとフワフワの髪をかきまわすと猫はまたきゅう、とうれしそうに笑った。
ぐしゃぐしゃの髪で、醜い火傷の痕をさらしながら。口の端をあげて、猫のように。
「ふふ。素敵な人ねぇシンタローさん」
「どこが!」
「ダメだよシンタローさん。こんな素敵な人にせっかく妬いてもらってるんだから素直にならなきゃ」
「ナスリーン!?」
「いいからいいから。あ、あとここは安らいでもらえる場所なの。喧嘩する人はお外にだすわよ?」
「う」
うめいたシンタローはしぶしぶ引き下がる。それに猫は満足そうに笑う。
ああ、そうか。誰かに似てると思えばあの人だ。
「・・・そういう理由もあるのか」
「何か言った?ハーレムさん」
「いや・・おい猫」
「なぁに?」
猫と呼ばれることになんとも思っていないのか猫は素直に返事をする。
「何でも歌えるのか?」
「もちろん」
「じゃあリクエストを」
「ええ、なにを歌う?」
あの人が好きだった歌をリクエストすると猫はうれしそうに返事をして舞台へ向かった。
それをシンタローは見送ってから俺のほうを見る。
「なんだ?」
「・・・今の歌。たしか」
「猫見てたら思い出したんでな」
「・・・・ああ、そうか。そういうことか」
「あ?お前もしかして今気づいたのか?」
「そういえば似てるかもな。笑い顔」
母さんに。
最後の声はほとんど独り言に近いほどの声だった。
笑い顔以外に似ているものはない。
けれども、その笑顔はよく似ていた。
またリクエストしにきてね?と猫の笑顔で手をふる彼女に手を振り返す。
するとうれしそうにぶんぶん手を振ってきたので子供みたいだな、とつぶやくとシンタローが笑った。
「ま、いい歌手だな」
「・・・だろ?」
めずらしいハーレムのほめ言葉にシンタローは笑みを浮かべた。
ハーレムもうれしそうな顔に方眉を上げて口の端を上げる。
「またくっかなぁ」
「きてやれよ。俺はまた来れなくなるから」
「また遠征か?」
「日本のほうで仕事・・ああ、母さんとこ墓参り行ってくっかな」
なんか思い出したし。
シンタローは空を見上げてつぶやく。
ハーレムも空を見上げた。そこには街の明かりで星すら見えなかった。
だが彼女の眠る場所でならおそらくうつくしい星空が広がっているのだろう。
「姉貴かぁ」
「生きてて欲しかったなぁ」
「そうだな」
「そういえばアンタはまだしばらくこっちに?」
んな命令出してねぇけど。
「ああ。飛空艇のメンテナンスで帰ってきたんだよ。マーカーが報告書書いてたから明日あたり目にするんじゃねぇの」
「あのなぁ・・アンタがかけよ」
「俺は忙しい」
「ったく」
シンタローは呆れたように頭をかいて、ふと腕時計を目にして固まる。
「やっべ!じゃあなハーレム!俺は帰る!」
「お~」
「じゃあ――――おやすみ」
穏やかな声と、ガキの頃みたいな笑顔でシンタローは走っていった。
残されたハーレムは呆然と一人残された。そしてすぐに笑って空を見上げささやいた。
「・・・おやすみ」
シンタローに向けての言葉か、それとも空にいるといわれる彼女にか。
柄でもないと笑うと煙草をくわえ夜の街へ歩き出した。
FIN