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 あんな約束するんじゃなかった………。



 後悔先に立たず。口約束でも、約束は約束。しかもすでに履行されている。取り消し不可能だ。
「はぁー」
 胸の奥底にわだかまる想いを吐き出すように、溜息をつけば、シンタローの目の前で、ファイル整理をしていたキンタローが、目線だけ持ち上げ、こちらを見やった。かすかに浮かぶ眉間の皺。こちらの溜息について、困惑というよりは呆れと苛立ちを持っていることがよくわかる。ついでに、彼が何をいいたいのかもわかっていた。
「悪ぃ。すぐにコイツは仕上げるから」
 溜息ばかりで、仕事をなかなか進めない自分に対して、咎める言葉はなくとも、視線だけでわかる。だから、まだ、未決済の書類の束を指差してから、シンタローは、最上の紙を手にとった。しかし―――。
「邪魔するぜッ」
 唐突に乱入してきた訪問者に、手にした書類はひらりと飛んでいってしまった。その行方が、机の先から消えていったのを確認したまでで、その後は、呼ばれもしない訪問者の方を睨みつけることに変わった。
「何しにきやがった!」
「あん? 来たら悪ぃのかよ」
 ずかずかと部屋に入り込み、さらにこちらへとやってきた。
「悪ぃに決まってるだろうがッ。ここは、総帥室だ。用事の無い奴は出て行け」
 退場を示すように、手をドアへと突きつけるが、その手など、見てはいなかった。
「用事があるからここに来てやったんだろうが」
「どんな用事があるっていうんだ。仕事してぇなら、今すぐやるぜ」
「んなもんは、今は、いらねぇよ。俺の用事っていうのはな―――」
 ハーレムの手が伸びる。シンタローは、素早くそれを避けるようにして、後方へ下がった。
「チッ。逃げやがったな」
「てめぇが、酒臭せぇからだろ! 近づくな」
「ああ?」
 脅しをかけるように、下方からねめつける相手に、シンタローは挑むように黒曜石の瞳を光らせた。
「なんか文句あんのかよ」
「………いい加減にして欲しいのだが」
 冷ややかに落とされる声。
「あ、キンタロー」
 ぎこちなく、視線をそちらへ向ければ、そこには、無表情な顔のキンタローがいた。凄みがプラスされている。
「仕事が進まない。出て行ってくれ、ハーレム」
「用事があるっていっただろうが、それを片付けられねぇ限りは、出ていけねぇな」
 にやにやとこちらを見やるハーレム。彼が何を狙っているのか、シンタローには、分かっていた。
(あんな約束しなければよかった―――)
 それは、昨日の他愛のない約束。
 ここ一ヶ月仕事が忙しく、恋人の相手をすることが出来なかったことに、不満を露わにしめしてくれた相手へ、こちらが無理難題をふっかけてあげたのだ。
 こちらだって、ヒマではない。恋人とゆっくり過ごしたいと思っているが―――もちろん口に出しては言わないが―――そんなことは、出来るはずが無い。それでも、彼がそれだけ自分のことを思ってくれているのならば、その時間を頑張って作ってもいいかな、と思ってしまったのが間違いだった。
 条件をクリアすれば、次の日は、仕事を休んで付き合う。
 そう言ってしまったのだった。
 しかも、その条件というのが―――自分の望みもたぶん出ていたのかもしれない―――もちろん、できるはずがないだろう、とは思っての条件だったが。
『明日、俺にキス3回出来たら、その次の日は仕事休んで、お前に付き合ってやる』
 馬鹿な約束をしてしまった――と思ったのは、日付が変わったとたんに、唇を奪われた後だった。
 そして、現在されている、キスの回数は2回。
 そう。もう二度目のキスも奪われてしまったのだ。
 一度の目のキスが、不意をつかれたため、次からはそんなことはないように、常に気を張っていた。少なくても、彼の気配を感じたとたんに、警戒心は最大限に高めていた。
 まさか、それが罠だったとは―――。
 やはり年齢差による経験の差というものだろうか。それとも、ただ単に自分が騙され易い馬鹿なだけだろうか。
 どちらにしても、悔しいが、さらに悔しかったのは、二度目のキスを奪われた時だった。
 またもや、不意打ち。
 つまらないものの重要な会議が終わり、その帰り道の廊下。緊張など緩みきったまま、ひとりで歩いているところを、行き成り廊下の影から腕をとられて引っ張られた。
 気配を綺麗に消しているうえに、こちらの視界には入らない場所で待ち伏せしての、奇襲。
 二度目のキスもあっさりと奪われてしまった。
 そして、今度キスされれば、明日は仕事を休んで一日中、相手に付き合うこと決定である。
 だが、キンタローには、明日休ませてくれと、告げてなどいないのである。
「それならば、その用事をとっととすませろ」
「だ、そうだ。シンタロー」
 こちらへ向かって、意味ありげにニヤリと笑ってくれる。
「俺は、お前に用はねぇ!」
 そっけなく跳ね除けるものの、そんなものが相手に通用するはずもなかった。
「ああ、そうだな。けど、俺はある。だから、逃げるな」
「っ……」
 ヘビに睨まれたカエル状態。胸に銃を突きつけられている状態だ。
 しかし、ここでその用件を果たされるわけにはいかなかった。
「……キンタロー! とっととこの害虫を摘み出せッ」
「いいのか? そんなことしやがると――――ここで、無理やりヤるぞ?」
「なッ!」
「約束したてめぇが、悪い。観念しな」
 一度目は速攻。二度目は奇襲。三度目強硬手段だ。
 けれど、キンタローの前でキスされるなどという羞恥プレイだけはされるわけにはいかない。仰け反った体勢から、ちらりと見えたのは、床に落ちていた書類。とっさに、シンタローは叫んだ。
「キンタローッ! 机の下に落ちた書類を取ってくれ――――んっ」
 ゲームオーバー。
 胸に押し付けられた銃に撃ち抜かれた。
「―――どうしたんだ、シンタロー? 顔が赤いぞ」
 その手にあった、書類を俯き加減で受け取った。
「いや……なんでもない」
 何かあったのは、先ほどまでだ。
「熱があるみたいだな」
「何! 本当か、ハーレム。それは大変だ! ――そうか、最近働きづめだったからな。わかった、シンタロー。明日は休め。いや、何も気にするな。この俺がなんとかしてやる。いいか、この俺が、お前のために明日休みを作るというのだ、心配せずに、お前は養生してくれ」
「……ああ、サンキュ」
 破顔一笑している恋人を横目に、シンタローは、少しばかり引き攣った笑顔とともに、頷いた。

 
 もちろん、この後ご丁寧にお持ち帰りされたのは、言うまでもないことだった。

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<平安パラレル物です>




 ぽとり…。
 桜の花が地面にひとつ落ちた。
 西の庭にある桜である。この屋敷の中でただひとつだけ植えられたそれは、待ちに待った春の訪れを告げてくれたもので、こちらの期待に応えるように、天へと向かって伸ばされた枝の先には、すでにいくつもの薄紅色をした花をつけていた。
 今が盛りというには少し蕾が目立つ、七分咲き。けれど地面に落ちたその花に、簀子(すのこ)の上を通っていたシンタローは、ぴたりと足を止めた。それと同時に視線は、スッと細められ、険しさを帯びる。見つめる先は、落ちたばかりの桜の花。
「何をしてる?」
 シンタローは誰にもいないはずの庭に向かって、そう言葉を発した。
 地面に落ちた花は、花びらではなく、五枚の花弁をつけたまま落ちていた。それは、あまりにも不自然で、シンタローは、落下地点よりも上へと視線を定めた。そこで、それを見つけたとたん、シンタローの視線はさらに剣呑さを増し、そうして、無意識のうちに頬を引きつらせていた。
「そこでいったい何してるんだよ、アンタは!」
 もう一度同じことを繰り返せば、そこにいた相手が、ようやくこちらへと顔を向ける。
「チッ。煩っせぇーな。黙って見過ごせよ」
 いいとこを邪魔しやがってとごちる声。
 そこにいたのは、野性味溢れた風貌をした男だった。金色の髪は、手入れをあまりしていないのかと疑うってしまうほど、無造作に伸ばされており、まるで獅子の鬣のようである。その髪をうざったそうに、掻きあげて、面倒臭そうに視線を向けてきた。
「がたがた言うんじゃねぇーよ」
「ふざけんなッ! 見過ごせないから言っているんだろうが。んなとこで、何してやがる」
 すでにシンタローの身体は、簀子から乗り出さんばかりである。
(まったく、相変わらずだな、このおっさんは)
 人の家に不法侵入しておきながら、横柄な態度。しかも、彼の片手には、明らかに酒入りと思われる瓢箪が握られていた。しゃべる合間にも、それに口付けて、喉を上下に動かしている。無礼極まりないそれを、無視できるはずがない。
「花見に決まってるだろうが、馬鹿が」
 あっさり言われたその言葉に、プツンとシンタローの中の何かがはじけた。
「馬鹿は、どっちだッ! お尋ねものの盗賊のくせに、んなとこにいるんじゃねぇよ、おっさんッッ!!」
 そんな彼が、なぜこんなところにいるのか、という疑問よりも、こんな場所で堂々と酒を飲める相手の神経をまず疑ってしまう。
 もしもその姿を見咎められれば、捕縛され、命すらも危うい状況に陥るというのにも関わらず、彼は、飄々と桜の木に登り、暢気に花見をしているなどといっているのである。正気の沙汰とも思えぬ行動だ。
 いつのまにか、シンタローは素足で、地面に降り立っていた。遠くから叫ぶだけではらちがあかない。
 動きにくい女性の装束を身にまとっていたことも忘れ、裾が汚れるのもかまわずに、相手に向かって突き進む。それでも、誰か人がいないか、気遣うように、辺りを見回すことを忘れない自分が、嫌だった。
 なぜ、自分がこんな奴を気にかけなければいけないのだ、という気持ちなのだ。
 それでも、見つけたのが自分でよかったと、ホッとしているのも事実だった。自分以外ならば、すでに彼は矢の的になっている。
「さっさと帰れよ」
 桜の木の根元まで行くと、シンタローはそう言い放った。
 いつ自分以外のものが、ここを通るか分からないのだ。桜の花に隠れているとはいえ、それでも、その大きな身体が、まったく見えないわけではない。
「いいじゃねぇかよ、もう少しぐれぇ。誰も来ねぇし。第一俺は、ここの桜が一番気に入ってるんだよ」
 ぐいっと再び、瓢箪の中の酒を煽る。
「勝手だろうが」
 そうほざく相手に、シンタローは、相手の昇っている桜の幹を拳の裏で叩いた。
「馬鹿が……それで捕まったらどうするんだよ」
「捕まらねぇよ」
 堂々と言い放つそれは、自信に溢れている。けれど、それになんの根拠もないことをシンタローは、分かっていた。
 確かに、彼の腕っ節の強さは認める。腰にはちゃんと太刀も下げている。けれど、ここには彼ひとりしかいない。人海戦術でこられれば、さすがの彼とて、無事ではすまない。
 何よりも、この屋敷の周りには、彼を捕らえるための人材は事欠かないほどいるのだ。こんな――内裏の中に進入してくる馬鹿など、彼ひとりである。
「……本当に馬鹿」
 心配するのが馬鹿らしくなる。
「早く帰れよ――」
 いつのまにかその声音は、懇願するようなものに変わっていた。
 たぶん、自分は見たくないのだろう。彼が捕まる姿など。彼が、誰よりも自由が似合うものだと認めているがゆえに。
 じわりと目頭が熱くなる。涙目など見せたくなくて、頭を下に傾けた。
 ぽとり…。
 視界の端に何かが落ちる。それに視線を留めれば、桜の花であることがわかった。それと同時に、枝が大きく揺れ、人が降りてくる。
「ハーレム……?」
 あれほど言っても聞かなかった相手が、桜の木から下りてきた。
「あ~あ、酒が切れたから、そろそろ帰るわ」
 驚いていれば、そう一言漏らされた。
 花見に酒はつきものだと、いっていたが、その酒が切れてしまえば、花見も終わりだというのだろうか。
 なんであれ、帰ってくれるなら、一安心である。このまま誰にも見咎められずに帰ってくれればいい。
「そっか…じゃあな」
 名残惜しさを感じないわけでもないが、それでも彼の無事の方が大事である。
「あばよ!」
 帰る動作をした相手の腰から、ちゃぽんと液体がたてる音がした。
(酒……まだ、残っていたのか?)
 一瞬だけ聞こえたその音に、けれどシンタローは何も言わなかった。言う必要などない。
「シンタロー」
「なんだよ」
 その背中を見送っていれば、急に名を呼ばれた。
「忘れるなよ」
 そう言うと、立ち去りかけていたその身体が、反転して、こちらに向いた。
 相手との距離が、一気に縮まる。背をそらそうとしても、間に合わなかった。それよりも早く、相手の手が後頭部に回して引き寄せられる。
 ザワッ。
 正面から風が吹きぬけ、髪が大きくうねる。
「んッ」
 その直後に、唇に何かが触れた。
 一瞬息を止めて、けれど、風が通り抜けて行ったのと同時に、それは唇からはがれていった。
 シンタローは、唇に指を這わした。先ほどのそれは、ひんやりとした冷たさと滑らかさがあった。触れたはずの唇とは違う感触。
「チッ。とんだ邪魔が入ったな」
 ハーレムは、恨めしそうに顔を顰めて、舌打ちをした。
 ハーレムの口には、桜の花びらがあった。先ほど降りてきた時に、折られた名残だろう。風に煽られて、落ちてきたのだ。
 なんの偶然だろうか。
 桜の花びら越しに唇が触れたのである。
 忌々しげに、唇に張り付いた桜の花びらをはがし、ハーレムは、それを足で踏みにじる。綺麗な薄紅色が、柔らかい土の中に埋まる。
「……日ごろの行いが悪いせいだろ」
「ぬかせッ! ったく」
 自分へまともに口付けが出来ないことで、本気で悔しがっている相手を前に、そう言い放てば、不貞腐れるように返される。けれど、再び彼が、こちらに触れることはなかった。
 いつもそうだ。 
 彼との交わりは、一瞬だけしか許されないかのように、刹那の間だけで終わる。お互いにそれが暗黙の了解であるかのように。
 それはある意味正解なのだけれど―――今は、もう互いの立場が違うのだから。
「じゃあな」
 そう言った相手の姿は、すぐに視界から消えた。
 シンタローに残ったのは、口付けを邪魔され、散り散りにされた憐れな花びらが地面に一つ。
「……忘れるわけないだろう」
 もう、姿も見えぬその相手へと告げるように、シンタローはそう呟いた。
 忘れることは出来ない。
 かつてここで交わした約束を。自分のためにしてくれた約束。
 けれど、ただそれだけでもあった。そこに含まれた約束も願いも叶えられることはない。
「また、会えるよな?」
 それがどれほど儚い願いであるかは分かっていても、それでも―――また会えることを願って、しばしの邂逅の時を与えてくれた桜の木をシンタローは見上げた。
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 <平安時代物ワンシーンということでご了承ください>


 カチャッ。
 その音に、顔を上げれば、太刀を掲げたハーレムが、鞘から刃を覗かせていた。磨かれた白刃に、その主の顔が映り込む。楽しげに歪められた唇が、背後にいたシンタローには見えた。
「物騒…」
 一言そう呟けば、即座にハンと鼻で笑われる。
「どっちがだよ?」
 確かに、凶刃を煌かす相手の背後で、懐から短刀を取り出すシンタローに、人のことは言えない。
「だって俺も殺りてぇし」
 悪戯が見つかった子供のように本音をぽつりともらせば、太刀を抜き、眼前の相手を威嚇しているハーレムが、視線のみ背後に向け呆れたように笑った。
「その姿でか?」
 どちらが物騒だよ、と呟かれるが、確かにその通りだろう。
 シンタローは改めて自分自身の姿を顧み、鼻頭にシワを寄せる。
 確かにこの姿は、明らかに戦闘向きではない。むしろ戦うのはかなり困難である。まったく、どうしてこんな時に限って重苦しい女物の衣裳を着こんでなければいけないのか………囮役を買って出たのは自分であるが。
 平らかに安らかに穏やかな都であるように、と願いを込めてその姿を形にされた平安京は、しかし200年もの時を経れば、その中に澱みも溜まり、闇が深まる。
 その澱は、人にも溜まり、それが治安の悪さとなって目立ってきた都の中で、最近とみに活躍している残虐非道の盗賊団があった。そのやり口は、誰もが顔を顰めるほど残酷なため、その討伐に、ようやく朝廷も重たい腰を上げた。
 その討伐隊に、志願したのはシンタローだった。退屈しのぎに丁度いい、そんな考えからの志願である。
 それなのに、なぜ女装しているかといえば、その方が襲われる確率が高いからだ。その盗賊団が襲うのは、人ばかりではなく屋敷も主だが、もちろん通りがかりに女性がいれば、襲って身包みはぐことなど躊躇いもない相手である。だからこその女装姿であったが、そうなれば、いざという時には攻撃に転じにくい。そういうわけで、付き人一名がつくことになったのだが、それがなぜかハーレムだった。
 あちらもヒマをもてあませての気まぐれだろう。
 どうせなら、あちらが女装して欲しかったが、周囲の猛反対にもあい―――ハーレムの方はやる気を見せてくれたが、本当に周りが泣きながら懇願した―――しぶしぶながら自分へその役が回ってきていた。似合っているとはまったく思えないが、自分よりもはるかに背の高い隣の相手よりは、釣り合い的には確かに少しはましなのかもしれない。
「生け捕りっていう命令も来てたけど?」
「はッ。正当防衛だよ、こいつはな」
 殺る気満々の答え。それにシンタローも異存はない。
 この状況で甘いことを言うのは、馬鹿らしいことだ。
 なにせ目の前には、それぞれ得物をもった黒装束の無頼漢達に塞がれている。それぞれ顔に下卑た笑いや嘲笑が浮かんでいる。
 自分達の手に転がり込んできた美味しそうな獲物を、どう料理するか、それぞれ勝手気ままに想像しているようである。
「よぉ! おっさん。そこの美人のお姫さん置いて、さっさとケツまくって逃げたらどうだい?」
「そうそう。そちらの可愛いご主人様は、俺らが丁寧に扱ってあげるからさぁ」
「ま、俺らの方が『ご主人様』って言わせちゃうけど?」
「色々ご奉仕してもらっちゃおうかなぁ~」
 ギャハハハハハッ…。
 品のない笑いが雑音となって闇夜に響き渡る。両隣には、立派な屋敷がたっているが、この騒ぎにも関わらず人気はなかった。皆、我関せずを決め込んでいるのだ。それに関しては、二人とも文句はない。むしろ、邪魔なので、出てきて欲しくもなかった。
(やっぱ、こいつらここらで命絶っとくのが賢明だよな)
 世の中のためというより、自分のためである。
 こんな馬鹿どもと一緒の空気など吸いたくないという気持ちが満載だ。耳障り極まりないその声も、もう聞いていたくもない。
「全部殺るなよ」
「ああん? 誰に物言ってやがるよ」
 こっちにも残しておけと言い放つが、そんな気持ちなどひとつもないようである。 
 すでに抜かれた太刀からは、月光を浴び、白銀の冷ややかな輝きが周囲を照らす。その顔は好戦的な表情へと変わっていた。
 キンと張り詰めた空気。静かに通り抜ける風が、高調する身体をわずかに鎮めてくれる。
 シンタローも、懐に隠していた短刀を月下に照らす。最小限の動きしか出来ないが、それでも全て目の前の相手に守ってもらう気などまったくない。
 ハーレムの背中にぴたりと自分の背中を張り合わした。後方には、ひとり、二人程度しかいないが、それでも気は抜けない。
「足手まといになるなよ、ガキ」
「馬鹿が。てめぇこそ、息切れして倒れるなよ、おっさん」
 そうして、同時に殺気を放った。
 先ほどからあちらに付き合ってあげてなかったせいで、すでに怒り心頭のようである。そのうえで、こちらからあからさまな殺気を見せ付けてあげれば、さすがに何度も修羅場を潜り抜けたことがある盗賊団である。スッ、とあたりの大気が変貌した。ピリリと肌に痛みを覚えるほど。
「んじゃ、行くか」
 それが合図のように、獣のような咆哮をあげながら、こちらに向かって盗賊団らが一直線に走ってくる。
 しかし、ならず者の烏合の衆であるせいか、統制はほとんどとれてない。めいめい武器を片手に一斉にこちらに攻撃をしかける。
 馬鹿な奴らだ。
 作戦を立てて回り込んで攻め立てれば、あちらに万が一の勝利もありえただろうが、こうなれば、彼らの道はただひとつである。
「「甘ぇよ」」
 同時に放たれた声にあわせて、白刃が闇を一線する。赤い血花がその場で散った。


 二度と見たくないと思った。
 だから、手を伸ばす―――恐れを捨てて。
 



 その背中を見送ることには慣れていた。いつも自分を置いていく、その背中。振り返ることなく、常に自由に飛び立っていた。
 いつからだろう、その背中を見るのが苦しくなってきたのは。自分を省みらないその背中に、自分の存在を気付いて欲しくて、触れようと手を伸ばし始めたのは。
 けれど、いつも触れる一歩手前で、それは止まっていた。いつも追いかけるつもりで、最後は失速し、足を止めていた。
 
 なあ、気付いている? 俺の存在を。
 俺が、ここにいるということを。その背中の先にいることを。

 尋ねたかったけれど、一度もそれは成功したことはなかった。なぜなら、彼にとって自分の存在などちっぽけなものでしかなかったから。一度も対等に、自分を見てもらったことはなかった。
 彼にとって自分はいつだって小さきもの。幼い子供であるに違いなかった。
 だから言えなかった。
 その背中を捕まえて、自分も一緒に連れていって欲しい―――などと。
 きっと、幼い我侭と思われるだろう。それが嫌だった。何よりもひとりぼっちにされる寂しさから、誰彼構わず傍にいて欲しいとぐずるのだとは、決して思われたくなかった。
 だから、ただ見送るだけだった―――その背中を。
 涙を堪えて、唇を噛み締めて、強がってその背中を見送るのだ。

 なあ? でも、本当は嫌なんだ。
 いつもいつも心が引き裂かれそうな思いになるのは、嫌なんだ。

 想いの一部は、いつの間にか相手の元へといってしまった。だから、離れれば、その分引き裂かれる痛みがます。
 もう、その背中は見たくない。痛みは増すばかりで、苦しみは増すばかりで、いつかその背中を、自分は消してしまわないか怖かった。去っていく背中を見たくなくて、自分の方からそれを消してしまわないか不安だった。そんなことをすれば、自分とて存在出来なくなるのに。
 だから………。

 なあ、もういいだろうか。
 
 時は満ちただろうか。
 自分は小さな子供ではない。いつまでも背中を追いかけるばかりの幼子ではない。そこに立ち止まっている理由はない。






 シンタローは、その腕に白い花で埋め尽くした。今朝方摘み取ったばかりのそれは、強い芳香を漂わせる。花瓶に差していたそれを、無造作に引っ張り出し、全てを抱えて走った。
 ついさっき、久しぶりに再会したばかりだというのに、再び去っていく、その背中。その背中へと向かって走っていく。一生懸命に、追い求める。
 近づく背中。大きくなる背中。それは、壁のように自分の前に立ちふさがるけれど、足は止めなかった。もう、自分は子供ではない。そう言い聞かせて。

「ハーレム!」

 その背中が振り返った瞬間、シンタローは持っていたその花を相手の顔目掛けて、降り注ぐように放った。
 花の中で見え隠れするその顔へ向かって、叫んだ。

「決めたからなッ! 今から、俺はお前と一緒に行く。―――この花に誓って」

 驚いた表情の相手に、シンタローはそのまま抱きついた。背中にではなく、胸に。もうその背中は見たくないから。
 そして、しっかりと受け止めてくれた相手に、宣言する。

「否は、ねぇからな!」

 ダメだといっても聞かない。もう誓ってしまったから。足元に落ちる可憐な白い花達に。
 放り投げたのは、ジャスミンだ。ジャスミンの花言葉は『私はあなたについていく』だからもう、離れない。一緒にどこまでも行くのだ。
 相手の呆然とした顔が、不意にくしゃりと崩れるような笑みに変わった。

「それなら、言うことは一つだろうな」

 ふわり、とシンタローの身体が浮かぶ。抱きかかえられるようにされて、相手の顔が近づいてくる。
 とくとく、と高く鳴り響く鼓動。そんなものにお構いなしに、真夏の空のような深い青い瞳が迫る。
 逃げ出したくなる心を押さえつけて、ひたと相手の瞳を見据えれば、真摯な口調で告げられた。

「俺と共に―――来い」

 それを耳にしたとたん、自分の顔が幸せで彩られる。答えが怖くて瞑っていた瞳が大きく開かれ、泣きそうになるのを我慢するためにへし曲げた口元が開かれ、顔全体が緩む。
 破顔一笑。
 その言葉に相応しい満面の笑みを浮かべ、そして、歓喜の声をあげた。

「もちろんだ!」
 
 二度と背中を見ずにすむ。呼応するように返事を告げたシンタローに、止まっていた時が動き出す。
 誓いの証のように触れられる唇。ジャスミンが甘く香る中でシンタローは、それを受け止めた。



 大きな背中。
 初めて見た時から、憧れを抱くように見つめていた。











「ついてくるな」
 一目見て、気に入った広い背中。
 その背中に触れてみたくて、一生懸命追いかけていたら、いきなりその背中が振り返られ、そういわれた。 
 そっけない言葉。 
 冷たい態度。
 すごむように相手はそう言うと、またくるりと前を向いて、行ってしまう。
 だから、慌ててまた追いかけ始めた。
 そこで諦める気は、シンタローにはなかった。



 シンタローがその背中を見つけたのは、父親のいる総帥室の前でだ。
 それまでは、従兄弟のグンマと部屋で遊んでいたのだが、ちょっとした事で喧嘩をしてしまい、とたんに遊び相手がいなくなってしまった。
 だから、退屈を紛らわそうとガンマ団本部を散歩していたら、その背中を見つけたのである。
 父親や大好きな叔父さんに良く似た髪を持つ男。
 シンタローからは背中を向けていて、顔は見えない。
 それでもなんとなくその背中は、とっても暖かそうに見えて、それに触ってみたくて、シンタローはその背中を追ってついていく。
 どのくらいまで追いかけていっただろうか。
 一度だけ、「ついてくるな」といわれたけれど、諦めきれなくて、ずっと背中を追っていた。
 けれど、小さな足では大股で歩く目の前の男についていくのは大変で、半ば駆け足で歩き続け、息が切れてきた時、その足が不意に止まった。
 ビックリしつつも、シンタローも足を止める。
 すると、その背中がくるりと回った。
「あのなあ、俺は忙しいんだ。どこのガキだかしらねえが、遊んで欲しいなら他のやつにしろ」
 太い声に機嫌の悪そうな怖い顔。
 けれど、シンタローは怯えて逃げ出すことはしなかった。
「ガキじゃない。僕、もう4つだよ」
 首が痛くなるほど相手を見上げ、シンタローはそう言った。
 男は、威風堂々とした態度で、シンタローを見下ろしている。その風貌はなんとなく獅子舞にていて、子供の目から見ても、決して優しそうには見えない。むしろ怖いといった方がいい風貌だ。
 けれど、シンタローは彼に恐れることもなく、見上げていた。
 それが不思議だったのか、男は、顔を顰め、頭をかきながらも、その場にしゃがみ込んだ。
 シンタローと視線を同じ高さにすると、その顔に小さな笑みを浮かべてみせた。
「十分ガキだろうが。まったく、どこのガキだ? 俺が怖くないのかよ」
「どうして?」
「どうしてって………まあ、いいけどな」
 自分の顔が子供向けではないことを自覚している男だが、しかし、そう言われてしまえば、説明するのも躊躇われる。自分の顔を獅子舞似だからだのナマハゲ似だからだの言えるはずがない。
 それを誤魔化すように、男は、ポンとシンタローの頭にその大きな手のひらを乗せた。
「ガキ。名前は?」
「シンタロー」
 その手がなんだか嬉しくて、元気良く名前を告げると、男は、一瞬妙な表情を見せた。
「お前が、兄貴の…」
「兄貴?」
 意味がわからなくて、首をかしげて見せると、男は、頭に乗せたままの手をぐるぐると動かして、シンタローの髪をかき混ぜてくれた。
「ああ。俺は、お前の父親のマジックの弟でハーレムって言うんだよ」
「パパの弟のハーレム? じゃあ、サービス叔父さんの弟にもなるの?」
「違う。あっちの方が弟。俺はサービスの双子の兄だよ。わかったか?」
「う~んと。……パパの弟で、サービス叔父さんのお兄ちゃん?」
「ま、とりあえず正解だな」
 くしゃくしゃにされた頭をぽんぽんと優しく叩かれて、シンタローはにっこりと笑うとハーレムも笑ってくれた。
「で、俺に何か用か?」
 そう聞かれて、シンタローは忘れていたことを思い出した。
 自分が彼についてきたのは、こうして相手をしてもらいたかったからではない。
「…………背中」
「あん?」
「背中が温かそうだから…触りたかったの」
 ハーレムがパパの弟で、サービス叔父さんの兄だと聞いて納得できた。
 初めてあったけれど、その背中は、二人にとてもよく似ていたのだ。
 だから、その背中に触りたかった。大好きな人達と同じ背中だから。 
 けれど、シンタローの言葉はハーレムとっては以外だったのだろう。怪訝な表情を浮かばせ、首を捻じ曲げ自分の背中を顧みたりしていた。
 もっとも、振り返ったところで、自分の背中に変わったところはないし、暖かいとも思えない。
 それでも、この背中に触りたくて、小さな子供は追いかけてきたのである。
「背中にか? 妙なやつだな。まあ、いい。ほら」
 そう言うと、ハーレムはシンタローに背中を向けた。
「?」
 けれど、その意味がわからなくて、戸惑っていると、後ろに回された手が、ピコピコと動いた。
「触りたいんだろう。ほら、背中に乗れ。疲れるから遠くまでは運んでやらんが、お前の部屋にまでは連れて行ってやる」
 つまり、おんぶしてくれるというのだ。
「いいの?」
 シンタローは向けられたその背中を戸惑うように見つめた。
 けれど、そんなシンタローにすぐに暖かな言葉が返ってきた。
「ガキは、いらん遠慮はするな。気が変わらんうちに乗ったほうがいいぞ」
「うん! ありがとうっ」
 シンタローは満面の笑顔を浮かべるとその背中に抱きついていった。
「どうだ?」
「すっごくあったかいっ!」
 思ったとおり、大好きな人達と同じように優しい暖かさに満ちた背中を堪能して、シンタローは嬉しそうにその背中に顔を寄せる。
「当然だ。俺様の背中だからな」
 自慢げにそう言うハーレムの背中に揺られながら、シンタローは憧れの背中にずっと見つめていた。

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