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「ハーレム♪」
 そんな弾んだ声が、すぐ耳元で聞こえた。
 聞きなれた声。 
 いつもよりも少し高めだったが、それでもそれが誰の声だが聞き間違うことはない。
 その声と同時に、するりと手が肩から滑り落ちてきた。腕が軽く首に絡まる。
 見慣れた赤が目についた。
 そうして、背後にいるその人物は、こちらの背中に体重を全て預けるように、寄りかかってきた。
 重たいというほどでもない。
 密着した身体から熱が伝わるのがわかる。室内は丁度過ごし易いように空調完備されているため、そうされると少し暑さを感じる。
 それでも、それを振り払う気はなかった。
 さらりと頬に、自分の髪以外のものが撫でていった。
 黒い糸の束。
 艶やかな漆黒のそれは、自分の金色の髪に絡まるように頬をかすめ落ちていく。
 少し視線をさげれば、ゆらゆらと黒髪が波打つのが見えた。
「なあ、チューしよv」
 先ほどよりもさらに近く、吐息とともにその言葉が押し込められる。
 鼻にかかる甘えた声。
 そこでようやくハーレムは、動いた。
 右手を持ち上げ、その手のひらを広げる。
 そして、それを肩より上に向けた。

「眼魔砲っ」

 同時にそこに収束した青白い光は、あっという間に手から離れ、ハーレムの肩上を掠めていった。
 後方に爆発音。
「危ねぇだろ、ハーレム!」
 その声にハーレムは振り返った。
 視線の先にいた人物に、眉間のシワがよる。
 やはりというべきか、それは生きてそこにいた。
 真っ赤な総帥服に身を包んだ長髪の男。
 だが、ハーレムは、その存在を一瞥すると、嫌悪した。
「行き成りなにしやがるっ! 俺のことが嫌いなのか」
 抗議の声をあげるその男に、ハーレムは、もう一度、手のひらをそちらへ向けた。
 今度こそはずさない、と狙いを定める。
「嫌いじゃねぇよ。その存在が許せねぇだけだ―――――ジャン」
 押し殺すように呟かれた言葉は、相手の耳にも届いたようで、性懲りも無くこちらに近づいてきていた足が止まった。
 きょとんとした顔。それが、あちゃーと言葉を漏らし、その頭に手を置いた。ずるりと髪が動く。その下から、同じ漆黒の、けれど明らかに短い髪が出てきた。 
「なぁんだ、バレてたわけね。でも、おっかしいな。なんでバレるわけ?」
 謎だね。と、呟く相手に、こちらは悠長に疑問に答えてやるほど、親切な解説者ではない。
「それは、あの世でたっぷり考えな」 
 もう一度その手に力を込める。だが、相手の方がすばやかった。
 逃げ足だけは、相変わらず天下一品である。
「んじゃね!」
 そんな明るい声とともに、こちらに向かってかつらが投げつけられた。
 目隠しだ。
「ざけんなっ」
 飛んできたそれをハーレムは、即行で腕を使って払い落とし、まだ狙いをつけていた右手を背中を向けて逃げ出すそれに向かって放った。
「眼魔砲っっっ!!!」 
 もうもうと立ち込める煙。
 視界が一気に悪くなり、見通しが全然きかない。
 しかし、ハーレムには分かっていた。
「チッ。仕留めそこねたか」 
 手ごたえのなさに、心底残念な気持ちが湧き上がる。
 折角のチャンスだったのだが。惜しいことをした。
 こういうことは、めったに無い。
 わざわざ殺しに行く気はないのが、そちらから出向いてくれるならついでだから殺す程度の感情である。眼の前にうろつかれなければ、全然問題はないのだが、しとめそこなうのはやはり悔しい。
「しっかし、なにしにきたんだか」
 それが謎。
 あちらだって、姿をみせれば、自分がどんな行動をとるかなど、知っているはずである。
 それでもわざわざあんな格好をして―――シンタローの変装までしてやってきたのはなぜだろうか。
 たぶん単なるからかいかもしれないが―――昔からくだらないことをよくする男であったし―――もしかしたら…というか、それが一番可能性が高いのだが―――頼まれたのかもしれない。こちらが何度本心を紡いでも、不安げな顔を時折見せる、臆病な恋人に。
 真実は、たぶんもうすぐここへ訪れるだろう、その恋人に尋ねればいい。
 そうしたら、こちらも言ってやれる。
「なんでバレるかだって? 愚問だろうが」
 愛だよ、愛。
 ただ、それだけだ。




 ―――――自分が誰を愛しているのかなんて分からない奴なんているのか?

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「役立たず」
 冷ややかな眼差しで、それを数秒じっと眺め。相変わらず、沈黙を保ったままのそれを、シンタローは、勢い良く放り投げた。
 ボスッ。
 滞空時間は、ほんの5秒程度。それでも天井すれすれを飛行したそれは、柔らかなベッドの上に着地した。別に、狙ったわけではなかったけれど、背後で、その音を耳にしたとたん、ほっとしてしまった自分に、シンタローは素直にムカついた。
 壊れちまえ! と思って放り投げたはずなのに、未だにそれに未練を持っていることを気付かせてくれたせいだ。
 役立たずのくせに―――ちっとも鳴らないくせに………声を聞きたい人からの言葉を伝えてくれないくせに…。
「鳴らない携帯なんて、意味ねぇだろ」
 ぽとりと零れた言葉は、自分が思った以上に、拗ねたような、泣き出す寸前の子供のような響きだった。
 あの携帯を手にしたのは、もう半年も前のこと。すでに自分の携帯電話は持っていたが、それとは別に手渡された携帯電話。
 相手も同じ物を握っていて、それを意味することがわからずに、自分に手渡されたそれを弄繰り回していれば、「壊すなよ」と釘を刺された。その後に、告げられたのは、「そいつが、俺を繋ぐ唯一の奴だからな」という言葉。
 それで、ぴたりと動作を止めて、そろりと相手に目線だけ向ければ、ご機嫌な笑みを浮かべる相手が、そこにいた。
「そいつにしか、俺は電話しねぇし、メールもしねぇ。だから、大事に持っとけよ」
「……なんで?」
 至極当然の返しである。
「俺が、その存在を嫌ってるから」
「はあ?」
「うざってぇだろうが、携帯電話なんて。しかも、コイツと来れば、持っていれば、四六時中どこにいてもかかってくると来てやがる。んな面倒臭いもんを、俺が持てるわけねぇだろ」
「まあな」
 縛られることが大嫌いな相手にとっては、確かに鬱陶しいという以外ない代物だろう。
 しかし、未だに、それとこれとの繋がりがもてない。
「んで、これの意味は?」
「わかんねぇのかよ」
 こちらの察しの悪さに、機嫌が下降気味になるのがわかる。しかし、自分にこれを与えた意味がさっぱりわからない。むしろ、このおっさんから、物をもらうなど初めてで、何か裏があるのではないか、手元にあるこれは、実は携帯電話以上の妙な機能がついているのではないだろうかと、勘繰ってしまいたくなる。
 じっと相手を見つめ、説明を促せば、先ほどのご機嫌な顔はなりを潜め、むすっとした獅子舞面で、告げてくれた。
「俺は、誰にも、こいつで見張られたくもないし、縛られたくもねぇ。けどな、こいつがあれば―――お前と話したい時に話せるだろうが」
「なるほど……って、それだけのためにか!?」
 ビックリ仰天の事実である。普通なら、確かにそう思うが、まさか、このおっさんがこんなことを思うとは思わなかったのだ。
「それだけのためにだ。悪いか?」
 開き直りというものだろうか、ふんぞり返って言い放つ相手を、茫然と見つめてしまう。
「悪いって―――」
 基本料金とか、どうなってるんだろうか、と金銭的な問題に思考がいってしまうのを慌ててストップさせて、もっと大事なことにシンタローは、思考を向けた。だが、向けたとたんに、カッと頬が赤くなる。
(……何考えてんだよ)
 もちろん、ハーレムの考えは、先ほど自分の口から言ってくれた。だが、それははっきり言って、羞恥心を沸き起こすものでしかない。
「そいつは、俺専用だ。間違っても、他の奴にはかけるなよ?」
「あ、ああ」
「んじゃ、俺はもう行くぜ。じゃあな!」 
 まだ、事態を上手く把握しきれないこちらに向かって、言いたいことだけ言うと、携帯電話ひとつだけ残して、遠征に出かけていった相手。
 その後交わしたメール・電話は、片手に余るほど。もちろん、これを持ってなかった頃の、連絡ゼロ状態に比べれば、ましなのかもしれないけれど。
「あーーーーーもうッ!」
 そんなにイライラするならば、自分から電話をかけるなり、メールを送るなりすればいいと思う。思うのだが、いざ、それを手に取ると硬直してしまった。なんと書いていいかわからない。なにを話せばいいかわからない。「元気か?」「何してる?」。そんな他愛無い言葉から、発展させればいいのだろうけれど、それはもう、すでに使った手で、何度も使用するのも、なんとなく躊躇われた。
 気にすることはないといえば、それまでだが、気にしてしまうのだから、仕方がない。
 一体、今、どこにいるのだろうか。
 そろそろ予定の帰還日である。状況は、逐一報告書が届いているのだけれど、ここまで回ってくるのは、週に一度。計画通り、何事もなく順調であれば、まとめて報告される。それは、効率の上からみえれば、シンタローにも助かることだが―――いちいち細かな報告書を見ている暇は、シンタローにはない―――まとめられる報告書の中で、彼の無事を確認するたびに、安堵する自分に、溜息が零れる。
 こんな無機質な報告で、なぜ、自分は満足しているのだろう、と。
 もっと確実に、何よりも本人に直接、状況を確かめられる方法があるにもかかわらず、自分はそれをしようとしないのだ。
 意地を張っているわけではない。そうではなくて、ただひたすら―――怖いのだ。
 縛られるのが嫌いだと、豪語する相手に、頻繁に電話をかけるという行為は、相手を束縛してしまう気がして……怖くて電話をかけれなかった。
「なんのための携帯電話だよ……」
 八つ当たりのように、鳴らない携帯を睨みつける。その時だった。
 ピロリロリン♪
 軽快な電子音。
「えッ!?」
 驚いてベッドの方へ視線を走らせれば、先ほどまで、沈黙していた携帯電話が、受信を報せてくる。しかし、シンタローは、それに手を伸ばせなかった。
 そして、唐突の沈黙。それで、ようやくシンタローは、恐る恐るといった様子で、それに手を伸ばした。
「ハーレム……」
 もちろん、相手は彼しかおらず、留守電に伝言が入っていた。もどかしげに指を動かし、伝言を聞く操作をする。
『――元気か? 俺の方は元気でやってる。……お前に会いたい』
 久しぶりの言葉は、他愛のない言葉とストレートな思いを綴られていて、
「……元気だよ。俺もあんたに会いたい」
 繋がってないからこそ、素直に言える言葉が口から零れた。

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「なぁ~に、湿気た顔してんだよ」
 くしゃっと頭上で髪を掴まれる。そのまま、小さな子供にするように、わしゃわしゃとかき乱されて、シンタローは、その手を勢い良く払いのけた。
「何しやがる、おっさん!」
 背後からこっそり忍び寄り、あまつさえも自分の髪を盛大に崩してくれた相手を、不機嫌極まりなく睨みつければ、しまりのない笑みを浮かべて、こちらを面白そうに見ていた。
「また、いらんこと考えてただろうが」
 ぐいっと顔を近づけての台詞。それに反発するように、シンタローは、出来うる限り後方に顔を仰け反らせた。
「酒臭ぇ」
 相手から、言葉とともに吐き出された呼気は、大量に酒気を帯びていた。相変わらず、昼間であろうとどこであろうと酒を手放せずにはいられないようで、手には、一升瓶が握られていた。いったい、いつから、どのくらいの量を飲んでいるのか、馬鹿馬鹿しくて訊ねたことはない。
「飲むか?」
「誰が! ――仕事中だ」
 そう告げつつも、シンタローはバツの悪そうな表情を浮かべていた。そういうには、いささか説得力がなかったせいである。シンタローの前には、書類もなく――端には山のように積み重なっていたが――周囲にも人影がなかった。少なくても、ハーレムが来る直前には、仕事をしている気配はなかったのだ。
 だが、それに気付いているだろうハーレムは、指摘などしなかった。代わりに、酒をシンタローの机の上に置き、こちらの顔を無遠慮に、のぞきこんできた。
「今度は、何人死んだ?」
 その言葉に、ドキリと胸が跳ね上がる。一瞬強張った顔は、すぐに平素へと戻したが、たぶん気付かれた。
 なぜ、知っているのだ。このおっさんは、意外にガンマ団内部に精通している。おそらく、部下を使って傍聴盗聴の類をしているのだろう。職務規定違反だが、注意しても聞きはしないだろう。やっかいな親戚だ。
 そして、先ほど、ハーレムが口にした言葉が、何を示すのか、シンタローは分かっていた。
 そう。まさに、シンタローが、ハーレムの言う『湿気た顔』をしている原因だった。
「……死んでねぇよ。ただ、二名重体の奴がいる。こいつらは……もう、現場復帰は不可能だ」
 それは、つい一時間前に、連絡が入ったものだった。それから後の記憶は、曖昧である。報告にきた部下を下がらせ、傍にいたキンタローはいつの間にか消えていた。部屋にはシンタローひとりで、仕事はたまっていることはわかっていたのに、新たな書類に手を伸ばす力がなかった。そうしていれば、ハーレムがやってきたのだ。
 礼儀も遠慮もなく入り込んだ相手は、神聖なるデスクの上にどっかりと座り込んでいた。
「死ななかったんなら、いいじゃねぇか。この間の依頼は、随分と制限があって、難しかったんだろ」 
 確かに、地理的要因、政府からの身勝手な要望、無茶な任務遂行期間と色々重なった結果、ここ最近では、一番の難物だった。ハーレムの言う通り、かなりの制限はあった。
「それでも!」
 シンタローは、バンと机を叩いて、立ち上がった。つられて見上げたハーレムの青い瞳が自分を貫く。それに、視線をふいっとそらし、ぼそぼそと言葉を紡いだ。
「………俺の計画では、全員無傷で帰還する予定だった」
 予定は未定。一言で言い切って、割り切れるほど、自分はまだ、強くない。現場は常に不確定要素が含まれる。小さなきっかけや不運な巡り合せで、当初の予定など容易く瓦解する。それをどう建て直し、再度構築しなおすのかは、指揮官の手腕であり、現場の兵士達の技量が必須である。予定に乱れが入った時点で、すぐにそれを始めた。
「手を抜いたのか?」
「そんなことはないッ」
 即座に否定する。
 大切な団員が命を賭けて任務を遂行してくれることを知っているからこそ、自分もまた、最大限に出来うる限りの手は打ったつもりだった。 
「なら、受け入れろよ」
「何、を……?」
「この結果に決まっているだろ。後から考えれば、ああすればよかった。あの時あんなことがなければ、よかったのに―――誰だってそう思うさ。それで気に病む奴もいるし、落ち込む奴もいる。けど、結果は、もう出ちまってるだろ。反省は必要だが、後悔はほどほどにしてろ。いつまでも後ろ向いて、行けるほど、お前の行く道は、甘くねぇぞ」
「……………」
 単純明快でわかりやすい言葉。誰でも言える言葉だ。言われたことのある言葉だ。
 そんなことはわかっている。
 それを察したように、ドンと胸をつくように拳を叩きつけられた。
「お前だって、わかってるんだろ? 優しさと逃げを一緒くたにするんじゃねぇよ、ガンマ団総帥」
 ズキリと胸が痛んだのは、ハーレムの拳のせいではない。『逃げ』という言葉が痛かった。気付かないうちに、自分は逃げ出していたのだろうか。そうかもしれない。団員達が傷ついたのは、自分が未熟なためだと、自分が弱いせいだと、あっさりと決め付けて悲観していた。しかし、ハーレムは、それを許さない。
「お前が、お前こそが、新たにあいつらへ道を示さなきゃいけない立場であることを忘れるな。元の現場復帰が駄目でも、あいつらには、まだ未来がある。お前がやることは、そいつらと過去を後悔するより、そいつらを未来に生かせることだろうが。優秀な団員だ、こんなことで逃すなよ。まだまだ使い道があるんだからな」
 その通りだ。
 言われなくてもわかっている。そう思っていたけれど―――言われて気付く。見失いそうになっていた、最善の道。
「―――あんたのように、使い道がほとんどねぇってわけじゃないからな」
 ぼそっと漏れた言葉に、にやりと不適な笑みが浮かべられた。
「俺様は、ここぞという時の切り札だろ? そういうもんは、大切にしとくべきだぜ」
「ふざけんな」
 そう言い放ちながらも、その唇には、いつのまにか笑みが浮かんでいた。それに気付いたのは、ハーレムだけだったが、もちろんそれを告げることはなかった。
「あんたにも、相応しい仕事をすぐに見つけてやるよ。使わねぇのは、確かにもったいないからな」
 凛然と顔をあげ、そこに生き生きとした黒曜石の輝きを放つ眼差しを受け、ハーレムはそっと瞳を揺るませ、そして、まっすぐ拳を相手につきつけた。
「手ごわい相手を頼むぜ。最近、体がなまっちまってるからな」
「善処してやろう」
 その拳を受けて笑う相手に、もう一度、頭をくしゃくしゃに混ぜてやった。

11.只今取込み中。    ※同じ始まりでマジシン小説も書いてますが、内容は別物です。






別に見ようと思ったわけじゃなく、何となく付けてみただけだった。

一般家庭にはあまりないであろう大きさのテレビ画面に映ったのは、女と男の後姿。
どうやらドラマか映画らしい。
興味がなかったのでチャンネルを変えようと、リモコンに手を伸ばした時だった。



「『好き』と言う想いが『カタチ』になって残ればいいのに」



そんな台詞を女の方が口にした――。



+++



「純愛だねー」

ケケケッと茶化すようにそう言って、ハーレムは酒瓶を口に運んだ。
「おい、見てねーんだったらチャンネル変えろよ。ニュース見せろ」
そんなハーレムからリモコンを取り上げようと、シンタローが手を伸ばしてきた。
「おーっと」
それをするりと交わしてリモコンを遠くへと放り投げると、シンタローはあからさまに顔を顰めた。
「死にてーのか、アル中」
「そーカリカリすんなって。カルシウム不足なんじゃねーの?」
ニッと口元を吊り上げたハーレムに、シンタローが溜息を零す。

「うざ…」

小さな声だったが、その声ははっきりとハーレムの耳に届いた。
「っとに可愛くねーなー、この甥っ子はよォ」
「うわッ!?」
手を伸ばしてシンタローの腰を掴んで引き寄せると、油断していたのかその身体はあっさりと腕の中に収まってきた。
「何しやがる!?」
「暴れんなヨ」
予想通りバタバタと暴れる手足を、それでも器用に押さえつけて抱き締めると、シンタローは諦めたように大人しくなって、また嫌そうに溜息を付いた。
「酔っ払い…」
「その酔っ払いにあっさりと抱っこされちまったガキはどいつだー?」
ニヤニヤと笑って言ったハーレムに、シンタローの眉間の皺が濃くなる。

それでもシンタローがこれ以上抵抗してこないのは、この状況を嫌がっていないからだ。
素直ではないシンタローの、遠回しな甘えにハーレムは気付いている。

シンタローは自分からは決して甘えてこない。
だからシンタローがそれを望んでいる時は、見逃さずに此方から仕掛けてやらなければならないのだ。

「ったく――面倒なガキだな」
まぁそんなガキにイカレちまってる俺も俺だ――ククッと声が漏れた。
「あ?何か言ったか?」
ハーレムの呟きにシンタローが顔を上げた。
どうやら内容は聞こえていなかったらしく、ハーレムは「何でもねェ」と受け流した。
そんなハーレムにシンタローは気にした様子もなく、興味なさげに「ふぅん」と言ってテレビに視線を移す。
「なーまだコレ見てんのか?」
「あ?別に最初から見ちゃいねーよ」
「なら何でニュースに変えたら駄目なんだよッ!!」
ハーレムの腕の中でシンタローがまた暴れだす。

そう言えばニュースが見たいとか言ってたなと、ハーレムは思い出す。
別に面白くもないだろうにと思うのだが、目の前のドラマに興味を示すよりはマシかと、どうでもいいことを考える。
テレビの画面では黒髪の女が男に向かって微笑んでいた。
「―――…」
その顔を見て、ふと先程の台詞が頭の中に蘇った。


――「『好き』と言う想いが『カタチ』になって残ればいいのに」――


「…形になったら大変だっての」

「は?」

前触れもなくそう言ったハーレムに、シンタローは意味不明だと不思議そうな顔をした。
「んー、ホレ、さっきあの女が言ったろ?」
「聞いてねー」
テレビ画面に映る女を指差したハーレムに、シンタローはきっぱりと言う。
「あー、好きだって想いが形になって残ればいーとかってな」
口にすると恥ずかしーなと思いながらも説明すると、案の定シンタローはそんなハーレムを見て『キモッ』と引いていた。
その態度に腹が立ち、遠慮なくシンタローの頭を叩いてやる。
「俺が言ったんじゃねーっての!」
「――たッ!?アンタすぐ手ェ出すクセ、直せよ!!」
「オメーには言われたくねェ」
恨めしそうに言われた台詞に即座に言い返すと、シンタローは「俺はいいんだ!」と俺様的な答えを返してきた。
「ったく…どーゆー教育してんだよ」
あの馬鹿兄貴と、ハーレムは兄の姿を思い出すが、すぐに考えるだけ無駄だと溜息を付いた。


「でもよォ、大変だな」

唐突にシンタローがそう言って顔を上げた。
叩かれた事はもうどうでもいいらしい。特に機嫌を害した様子もなく、真っ黒な瞳を真っ直ぐハーレムに向けている。
「あん?」
いきなりナンダ?とハーレムが同じようにシンタローの目を見ると、シンタローは先程ハーレムがしたのと同じようにテレビの画面を指差した。
「アンタの言った『想いが形に』ってやつ」
「俺が言ったんじゃねー」
ハーレムは間違えるなと釘を刺すが、シンタローは全く気にしていないようだった。
「どっちでもいーじゃん、俺はアンタから聞いたんだし」
シンタローはサラリとそう答えると、ニヤリと笑ってハーレムの首に腕を回してきた。
「――…!」
どこか挑戦的な瞳をして、ゆっくりと近付いてくるシンタローのその顔に、ハーレムは表情には出さずに見惚れる。
「…どうしたよ?」
積極的じゃねーかと、腰に手を添えると、シンタローはもう一度口元を吊り上げて言った。


「形になったらアンタが俺のコト、どー思ってるのかはっきり分かるよな?」

「……………」


「――ぷッ、」
言われた言葉に呆然とするハーレムに、シンタローが可笑しそうに噴出した。
「すげー顔、してんぜ?アンタ」
クック、と笑うシンタローは、ハーレムから一本取れたことが嬉しいのか上機嫌だった。

(―――っとに可愛くねぇ…ッ)
人の揚足を取るのは大好きだが、その逆ははっきり言って面白くないハーレムだ。
大人気ないと分かっていても何か仕返しをしてやりたいと考える。
そこでふと、ある事を思い付いた。

ハーレムはニヤリと笑ってシンタローを見た。
「…な、なんだヨ?」
何かを感じ取ったのか、シンタローの身体が強張ったのが分かった。
しかし此処で逃がしてやるほどハーレムは親切ではない。
ゆっくりとシンタローの顎に指をかけてその顔を持ち上げる。
「ハ、ハーレム?」
焦った様子で逃れようと微かな抵抗を見せるシンタローだったが、それを許さずに唇が触れそうなくらいに近い距離まで顔を寄せた。

「そうだよなァ、俺様の気持ちがカタチになんてなって残ったりしたらよォ、お前さん大変だなァ?」

殊更言い聞かせるようにゆっくりと言葉を紡ぐと、シンタローの身体がビクッと震えた。
「な、なんで…ッ」
シンタローの顔が微かに赤くなっていた。よく見れば瞳も揺れている。

シンタローは真面目に迫られる事に弱い。
冗談半分で襲えば、確実に言葉と手足で反撃してくるが、此方が真面目な態度で好意を見せると途端に弱々しくなり、どうすればいいのか分からなくなって萎縮してしまう。
ハーレムはそれを知っていて、あえてじっくりと攻め寄る。

「俺の気持ちがカタチになんかなったら、お前、潰れちまうゼ?」

「な――!?」

シンタローの目が驚きで見開かれた。
何を言っているんだ?とでもいいたいようなその目に笑いが込み上げる。

「重いぜ?――俺様の『スキ』の『カタチ』はよ」

「―――ッ」
そこまで聞いて、やっとハーレムの言いたい事が分かったのか、シンタローの頬にサッと朱が走った。
「ん~?どーした、顔が赤くねェか?」
ニヤニヤと笑いながら突っ込むと、シンタローは「うるせェッ!!」と憤慨する。
「――クソッ、何でアンタはッ」
悔しそうに此方を睨んでくる姿が、ハーレムにはおかしくてたまらない。
なんだかんだと言ってもこの甥っ子は、自分から見ればまだまだ子供だ。
素直な感情表現がとても心地良いと思う。
「ん?俺様が何だって?」
意地悪く聞いてやれば、シンタローはますます怒りを露にする。
「~~~~ッ」
先程のしてやったり顔はどうしたのか――口をへの字にして俯いて、何かを必死に考えているようだ。
「シンタロー~?」
下を向いてしまったシンタローの顔を覗き込む。
「―――ッ」
するとシンタローは何かを思いついたのか、何故か自分と同じように不適な笑みを浮かべて顔をあげた。
「?」
「い、言っておくがな!テメーだってそうなんだからなッ!!」
負けるもんか!と言うオーラがシンタローの身体から滲み出ている。
「あ?」
『何が?』と聞くよりも先にシンタローが、ビシッと人差し指をハーレムに向けてきた。


「俺の、ス…、ス――ッ、『スキ』の――、カ、『カタチ』でッ、つッ、潰れちまうのはよッ!」


「………」
シンタローの言葉に、ハーレムは一瞬呆気に取られた。




――舌噛みながら赤くなって言う台詞じゃねーだろ。




そう思ったが口には出さずにおく。
負けん気の強い甥っ子の、精一杯の反撃であろうから。

(今のテメーの顔、鏡で見てみるかァ?)

本当にコイツと一緒にいると退屈はしないとハーレムは思う。
別に勝ち負けの勝負をしているわけでもないのに、シンタローはハーレムの言葉を素直に受け取ることを、負けとしてみるのだ。
此方を睨み続けるシンタローに、ここで自分の兄のマジックであれば『嬉しいヨvシンちゃんッvv』と素直に喜ぶのだろうが――。

(生憎俺もテメーと同じ気質なんだヨ、甥っ子)

チロリとシンタローの顔を見ると、反論してこないハーレムに『勝った』とでも思っているのか、その表情に余裕が戻ってきていた。
そんなシンタローに、ハーレムは『残念だったな』とニヤリと笑い――。


「なら、二人仲良く圧死だな?」


そう言って――シンタローの唇に掠める様な優しいキスを落とした。


「~~~~~~ッ!!!!」


――ボンッ、そんな音が聞こえた気がした。

目の前には可笑しいくらいに真っ赤になったシンタロー。
顔だけではなく、耳まで真っ赤になっている。


「――っとに可愛いヤツだな、お前さんはよォ」


ククッと笑って抱き締めると、腕の中でシンタローが観念したのか、「くそったれ」と負け惜しみの一言を漏らした。




――涙目でンなこと言われたって、誘われてるようにしか見えねーんだぜ?




ハーレムはニヤリと口元を吊り上げて――もう一度シンタローの唇にキスを贈った。






END


2006.04.30
200.09 01サイトUP


ちょっと補足を…。
も、もしかしたらこの小説を読んで『アレ?』と思う方がいらっしゃるかもしれませんが(多分いないと思いますが…)、昔、別ジャンルで同じ台詞を使った漫画を描いたことあります。話は違うのですが同じような台詞を使ってるのでちょっとご報告…(汗)


ds
1.「叔父」と「甥」






「なぁ、俺と寝てみねー?」

いつものように兄に金を集りに行ったその部屋で、唐突に言われた一言。

一瞬何を言われたのか理解出来なかったが、やけに冷静な顔をしている相手の姿を見ているうちに、その言葉は脳内へと到達した。

「…一人じゃ寝られねーってか?相変わらず甘いガキだな」

へ、と馬鹿にするように吐き捨てて言うと、『ボケるなよ』と返された。

「イミ、分かってんだろ?茶化さねーで返事しろよ」

妙に大人びた口調でそう言う甥の姿に、ゾクリと背筋に何かが走った。

コイツは確か先日15だか16の誕生日を迎えたばかりのガキで――そこまで考えて思い止まる。
同じ世代の頃の自分の行動を思い出したからだ。
我慢の聞かない餓鬼とはいえ、かなり色々な『遊び』をしていた。
それを考えるとこの甥―シンタロー―の言動も、年頃の男の台詞と思えばおかしくはない。

だが――。

(兄貴が許すか…?)

溺愛して止まないシンタローの色事を。
今の口調から言うと、どう考えても『初めて』とは言い難い。
それが女相手なのか男相手なのかはわからないが、男である自分を誘う時点で少なくとも一度は男を相手にしたことがあるのだろう。

そう考えるとますます疑問に思う。

異常なまでに実の息子に執着を見せる兄が、常日頃からその息子に悟られないように二十四時間監視をしていることを自分は知っている。
その日その日の訓練内容から一日の食事内容まで、逐一漏らさずに見ている様子に思い切り呆れ返った記憶も新しい。
受けている授業の教師から交友関係にあたるまで、息子に近付く全ての人間をチェックしている事もわかっていた。

そんな中で、この甥っ子が誰かと関係することなど可能だろうか――?

それにもう一つ疑問に思う点がある。

コイツの性格はあまり触れ合う機会のない自分でも分かる。
情に厚く真っ直ぐな男。そんなコイツが『遊び』で誰かと関係するとは思い難いのだ。

四六時中見張っていて、息子に必要以上に近付く人間を排除しようとする兄。
馬鹿正直で心根が甘く、人を傷付けるのが嫌い筈の甥。
そしてそんな甥が見たこともない歪んだ笑みを浮かべながら、唐突に自分に提案したとんでもない内容――。


「――――-ッ!」


ゾワッ。

一瞬にして背中に嫌な汗が吹き出た。


(まさか――、)


スウッと頬に伝う汗も拭わないままに、シンタローの顔をまじまじと見つめた。


「オマエ…まさ、か…」


『兄貴と――』


――言葉は最後まで出なかった。
だが、中途半端な自分の言葉への返事は聞かなくても予想がつく。

「…さぁ?」

シンタローがニコリと笑う。
その笑みが聞きたくもない答えを教えてくれる。

「――で?アンタの答えは?」

恐らく真っ青になっているだろう自分に向かって、シンタローはさらに笑みを深めた。

「な…」

「アンタのそんな顔、初めて見んな」

楽しそうに笑顔を浮かべる甥っ子にクラクラきた。
何を考えているのかわからない。

「『何を考えてる?』って顔だな」

「――ちッ、」

勝手に人の顔色を読むんじゃねぇと言いたくなった。
何故今この部屋に自分とコイツしかいないのだと、今更ながらにこの状態を呪う。

「別に大層なことなんて考えちゃいねーよ。ただちょっとした嫌がらせにはなるだろーな、って事ぐらいだ」

誰に対しての嫌がらせなのかは聞かなくても分かる。

「で、どーすんの『叔父さん』?」

わざとらしく『叔父』を強調する黒い笑みに胸焼けしそうになる。
昔はムカつくくらいに真っ直ぐな瞳をしていた筈なのに、歪んだ愛情の所為でそれが濁ってしまっていた。
この子供は兄の手で愛され護られ――そして歪んでしまった。


――それを哀れに思ってしまったのが間違いだった。


「…いいぜ、誘いに乗ってやる」

「―――ッ!?」

するりと出てきた己の言葉に、『しまった』と思うよりも手が動いていた。

強い力で、何故か驚く甥の手を掴み引き寄せる。
するとその身体はあっさりと手中に収まり、視界に黒髪が広がった。
顎に指をかけて上向かせれば、自分で誘っておいたくせにその瞳は何処か不安げに揺れている。


ムカつく人物を思い出させる黒髪。
年を追うごとに『アイツ』に似てきたと、『アイツ』を知る者なら誰もがそう思うだろう。


兄はそれを分かっていて、この可哀想な子供を溺愛している。


「言っとくが誘ったのはオメーだぞ、ガキ」


保険のような一言を告げ、そのまま有無も言わさず噛み付くように唇を重ねた――。






+++++






『後悔先に絶たず』


後悔なんざしねーと豪語するほどに、己の生きたいままに行動してきた自分が、この言葉をしみじみと思わせられる日が来ようとは思っていなかった。

流石に兄の仕事場でもある総帥室で事に及ぶわけにも行かなかったから、少し遠いが自分の艦の自室へと連れて来た。

自分の傍らには、ぐったりとした様子で横たわる甥っ子。

勿論服なんてものは最初に全て脱がせてしまったから、真っ裸の状態である。
その身体には嫌がらせとも当て付けとも言える、自分が付けた沢山の鬱血。
そしてシーツに染みる白と赤の液体。

「―――オイ…」

ピクリとも動かないが、確実に起きているだろうシンタローに声をかける。
返事はしなかったが、気だるそうにゆるゆると此方を向いた。
その顔には幾度にも伝った涙の跡。

「オメェ…嘘付きやがったな?」

全てをヤるだけヤり終えてから言う自分も自分だと思ったが、どうしても確認せずにはいられない。


触れる度に異様に反応を示し、必要以上に縋り付いて来た腕。

余裕のある顔をしながらも、始終震えていたその身体――。


「テメー、初めてじゃねーかッ!!」

バン、と大きな音と共に自分の枕に穴が開いた。
敗れた布からフワフワと飛び出る羽毛が鬱陶しい。
しかし今はそれどころじゃなかった。

「…誰も経験あるなんて一言も言ってないぜ」

言われて確かにそうだと気付くが苛立ちは収まらない。
苛々とした自分とは違い、やけに落ち着いている声。
何処か冷めているようにも聞こえるのは気のせいではない。

「…テメー…野郎が好きなのかよ?」

――誘われなければ手は出さなかった。
なのにコイツは男である自分を誘った。

ギロリと睨めばシンタローは一瞬キョトンとした後に、可笑しそうに笑い始めた。

「はッ!ンなわけあるかよ。相手すんなら女の方が良いに決まってんだろ。誰が好き好んで突っ込まれ役なんかするかよ」
――言っとくけど俺、童貞じゃねーからな。

そこまで言って『気色悪い事言ってんじゃねーよ』と、シンタローは顔を顰める。

「なら――」

『何故?』――そう言おうとした心を読んだのか、此方を見る目付きが不意に変わった。
ふざけたものではなく――やけに冷めていて、酷く痛々しいものへと――。


「どーせあと何年もしねーうちにヤられるんだ。…男だから処女もクソもねーケドよ」

――ゆらりと黒い瞳が揺れる。


「…初めてが実の父親だなんて洒落になんねーにも程があるだろ?狂ってくれと言われてるよーなモンだからな」


「―――ッ!!」

自嘲気味に笑うその姿が、あまりにも儚く見えて息を呑んだ。


「アイツ――…親父はマジで俺んコト抱くつもりなんだろうな。いつでも身の危険を感じるよ。アイツ…冗談のように振舞ってはいるけど――目が笑ってない…」

そう言ったその一瞬だけ、シンタローの瞳が泣きそうに歪んだ。
ただ、それもほんの一瞬の事で…。後はひたすら冷めた――いや、乾いた笑みを浮かべ続けていた。

「オメー、いつからそんな風に笑うようになった…」

幼い頃はそれこそ純粋に笑う子供であったのに。
こんな笑い方をするにはまだ早すぎる子供だというのに…。

「別に。『周り』の大人を見本にしてるだけだ」

「手本にするにゃー最悪な環境だな」

ケッ、と吐き捨てるように言うと、シンタローは『そうだな』と、やはり乾いた目をしながら笑った。



「…俺は未だ、狂うわけにはいかないんだ…」

「……」

何かを考え込むようにポツリと出た言葉に眉を顰めた。

おそらくはたった一人の弟の事を思っているのだろう。
それがなければとっくに狂っていると、言われなくてもその瞳がそう語っている気がした。

父親の歪んだ愛情をその身一つで受け続けてきたこの子供が、既に壊れ始めていることに兄は気付いているのか――…。


「――何故『俺』を誘った」

普段は毛嫌いをして近寄りもしなかったくせに、何故今この時に他の誰でもなく自分を選んだのだろう。
父親に対する抵抗であるこの行為に、何故父親の身近な人物である自分を誘ったのか――。

その疑問に対する答えは、あまりにも予想外の言葉であった。

「だってアンタ――俺の顔、嫌いだろ?」

「――!!」

ニヤリと笑った甥っ子のその言葉に、心臓が大きな音を立てた。

「―――ッ…」

驚いた様子を隠しもせずに、じっとその顔を見るとその瞳は先程とは違い、何故か生き生きとして見える。

「今日はよくアンタのそんな顔、見るな」

はは、と明るく笑われるが、何が可笑しいのか分からない。
悩む自分に、目の前の甥っ子はひとしきり笑った後にふと、その笑みを止めて真っ直ぐに此方を見てきた。
それは本当に『真っ直ぐ』としか表現の出来ない瞳で、久方ぶりに見るこの甥っ子の『本当』の瞳のような気がした。

「アンタだけだよ…この顔を見て、不愉快そうにした『身内』は」

フワリと自然な笑みを浮かべてシンタローが笑う。

「…なん、で…オメーはそれでそんなに嬉しそうな顔が出来るんだ」

ジワリと嫌な汗が浮かんだ。
妙に喉が渇いて、掠れた声しか出てこない。

「アンタの俺を見る目が、親父やサービス叔父さんが俺を見る目とは違うから」

「―――!」

考えないようにしていた事を、ズバリと言い当てられた瞬間だった。

「はは、またその顔」

固まる自分に、シンタローは困った顔をした。
そしてまた瞳を揺らし――いつもとは違った重い空気を乗せた声で小さく呟いた。

「…俺が気付いてないとでも思った?」

「シンタロー…」

静かすぎるその声に、何も言えずにただその名を呼ぶ。

「俺を愛する事で俺じゃない誰かを手に入れようとしてる、俺にとっちゃあ重荷でしかない愛情より、アンタの真っ直ぐな怒りの方が、俺には心地良いよ。…なあ――アンタ達は俺を通して誰を見てるんだろうな?」

そう言うシンタローの瞳には、誰に対する怒りも持っていなかった。
ただ――『仕方がない』と言って諦めてしまえる、そんな虚しい大人の顔をしていた。

その瞳は痛々しいどころのものではなかった。
諦めを選ぶにはまだ子供である甥が、大人以上に全てを悟った顔をして諦めを見出してしまっているのだ。


今更ながらに深く後悔した。
コイツのどこを見て、『アイツ』に似ていると思ってしまっていたのかと――。


「…なぁ」

ゆっくりとした動きでシンタローの腕が伸びてきた。
身体を動かす事が辛いのか、時折顔を顰めている。

「…なんだよ?」

その弱々しい腕を掴んでやると、思っていたよりも冷たくなっている事に気付き、舌打ちしながら身体にシーツをかけてやる。

「アンタ、そんな顔するヤツじゃねーだろ?…いつもみたくムカつく顔で笑えよ」

心配そうに自分を見ながらそう言う子供の想いが痛かった。
自分の方が傷付いているくせに、他人の事を気に出来るこの子供があまりにも痛々しすぎる。

「…そりゃーこっちの台詞だ、クソガキ」

声が震えるのを押さえがなら、何とか言葉を紡ぐ事に成功した。

「え~、俺?笑ってんだろ、ホラ!」

ニッと口元を吊り上げるその笑みは年相応だ。
しかし――。

「ばーか、目が笑ってねーっての」

その瞳を見るのが苦しくて、誤魔化すように頭を掴みぐしゃぐしゃにかき混ぜた。

「何しやがるッ、ナマハゲっ――痛ッ!!?」

自分に反撃しようと、シンタローが身体を浮かせた瞬間にその動きがピタリと止った。

「馬鹿かテメーは。当分動けねェって言っただろーが」

不慣れな様子におかしいとは思っていたが、苛立っていた所為もあり全く手加減なしで抱いてやったのだから、今のシンタローが起き上がれるはずはないのだ。

「聞いてねーッ」

キッと涙目で睨まれる。

「そうだっけか?そりゃー悪かったな。個人差もあるだろうがな、初めてじゃ相当腰に負担がかかってるだろーから今日一日は起き上がれないぜ」

「今更言うな!!」

「聞いてねーって言ったからわざわざ説明してやったんだぜ?ありがたく聞いとけよ」

恩着せがましくそう言ってみると、甥っ子は吐き捨てるようにクソッたれと悪態を付く。

「ちくしょー…せっかくの休みが台無しだ」

膨れてシーツに顔を埋める様子に苦笑する。

「こーゆーことになりゃあ一日使いモンにならなくなることくらい、予想しなかったのかよ?」

「女は普通に動いてんじゃん」

「そりゃーオメーが下手だったんだろ?」

腰が抜けるほどヨくなかったってことだ。
もしくはオマエのブツが小さすぎて満足できなかったか――。
(ちなみに『今は』そこそこ大きいとは思う)

『何でだよ?』と聞かれて、つい本音を口にしてしまう。

しまったと思った時には、シンタローの顔に青筋が浮かんでいた。

「…動けるようになったら…ぶっ殺ス」

「腰抜かしたガキンチョが何を言ってやがる」

返り討ちだと額を指で弾いてやると、シンタローは『ちぇッ』と面白くなさそうにそっぽを向いてしまった。
もっと怒るだろうと思っていたから、正直拍子抜けした。


拗ねたその様子は、先程の重い空気を感じさせずに安堵する。
初めて見知った甥の本当の姿を、自分以外の誰かが見たことはないのだろうと、その事実が何処か哀れに思う。


長くなり始めているその黒髪に、自分がアイツの影を見ることはもう二度とない。


だが、兄や弟達は――。



「おい、シンタロー」

そっぽを向いたままの髪に手を伸ばして、そっと指に絡ませてみる。

「…ナンダヨ」

振り向かないままでシンタローは返事をする。


「オメー、俺んトコに来るか?」


偽りのない本心からの言葉だった。

今なら未だ間に合う。
兄が本当にこの子供の心を壊してしまう前に、救い出してやればコイツはコイツのままでいられる。

だが、それに対しての甥っ子の答えは予想通りのもので――。


「俺はまだ、逃げられねーよ…」


それは小さく、消え入りそうな声だった。


「そうか…」

「ああ…サンキュな」


髪に絡ませた指を一旦ほどき、今度は先程とは違い優しくその頭を撫でてやると、シンタローはそっと振り返り、哀しいまでに綺麗な微笑みを浮かべた。



「アンタはもう、『俺』を『俺』として見てくれてんだな」


――それが嬉しいと甥っ子は笑う。



「やっぱりアンタで良かった」

「?」

「『初めての男』」

そう言ってニコリと笑ったシンタローに、何故か胸がドキッとした。
そんな人の心情を知らないで、シンタローは話を続ける。

「なぁ…また誘ったら、アンタは相手してくれる?」

「…突っ込まれんのは趣味じゃねーんだろーが」

「アンタならいーや」

『何言ってやがる』と呆れた顔をして見せた自分に、予想外の甥っ子の言葉。
それは冗談ではなく、純粋にそう思っているのが伺える子供らしい分かりやすい表情で――。

「~~~~~ッ」

思わず頭を抱えてしまった。
不快に思えない自分がおかしい。

「なんだヨー、嫌なのか?」

頭を抱えて唸る俺の行動がおかしいのか、シンタローは楽しそうにクスクスと笑っている。

「それにさ、アンタなら簡単に死なねぇじゃん?」

人の考えなどお構いなしで喋るシンタローのその言葉の裏には、『親父相手でも』という意味が隠れている気がした。

「勝手に殺すな」

クソッと舌打ちをする。
一言『お断りだ』と言えば済む話だというのに、自分の頭はそれを言う事を拒否している。
それはどういうことなのか――。

今日という日に本部に戻ってきたことを後悔してみるが、今更どうしようもないのは事実。

チラリと視線を横に向けると、子供の顔で明るく笑う甥の姿。

人の事を『ナマハゲ』と呼び、悪口を言いまくっていた可愛げのない――だが、先程までの死にそうな面よりも百倍は良い、子供の顔。


「な?俺の相手しろよ」

内容が内容だが、おそらく本人にとって身体を重ねる事など『オマケ』程度にしか思っていないのだろう。
コイツが望んでいるのはそんなことではなく、『シンタロー』自身を見てくれる相手がいると言うこと。

そして間違いなく分かる事は――その相手が他の誰でもない叔父である俺―ハーレム―を指していると言うこと。

「…俺になんのメリットがあるってんだ…」

深い溜息が零れた。
そんなものは考えたって無駄だとわかっているのに。
自分はもう、この子供に囚われ始めている。

「え~?じゃあ『愛しの叔父様v』って呼んでやろーか?」

ふざけた口調にげんなりする。
どこぞの誰かのように呼ばれる姿を想像し、鳥肌がたった。

「ヤメレ」

「…じゃあ、やっぱり駄目なのかよ?」

楽しそうだった表情が一瞬にして曇った。

「誰もンなコトは言ってねーだろ。…仕方がねーからな、お子様の子守はしてやるよ」

「――!!」

不安な色を浮かべるその瞳が気に食わなくて、それを早く違うものにする為にそう言ってやると、一瞬にしてその表情が明るくなった。

「まぁ…だからよ、あんま兄貴には近付くな?」

兄の行動は止めようがないから、言っても無駄だろうが一応釘を刺しておく。

「…おう!」

笑顔で素直に頷くシンタローの頭をヨシヨシと撫でながら、なんだかんだと言って、自分は結構面倒見がいいのではないかと思った。




「しかしなぁ…どーすっかねソレ」

「?」

何が?と首を捻るシンタローの身体には、所有印とも言える鬱血が山ほど付いている。
勿論さっき自分が付けたものだ。

「すぐに消えねーの?」

「すぐに消えたらどーするかなんて思わねーっての」

やれやれと溜息を付く。
最中は頭に血も上っていたし、何よりもふざけた兄に対する嫌がらせの意味もあって、無我夢中で付けていた。それが今になって後悔する事になろうとは。

「いいじゃんこのままで。人前で脱がなきゃいーんだろ?大丈夫だって」

「他人事のよーに言ってんじゃねーぞオメー。兄貴に見つかったらどーすんだ」

「親父の前でも脱がなきゃすむ話だ」

元々脱ぐつもりなんてないし。
そう言ってシンタローは一瞬だけ辛そうに顔を顰めた。

「簡単に言ってくれるな」

「まぁもし見つかったりしたら――そうだな、素直に言うか」

「――は?」

サラリと言われた爆弾発言に目を見開く。

「『ハーレム叔父貴とお付き合いしてマスv』って」

ニヤリと笑う甥っ子に眩暈を覚える。

「テメーなぁ…」

自然と声が低くなるのは仕方のないことだろう。
しかし、そんな脅しもこの甥っ子には全く効かないらしい。
髪を撫でたままの俺の手を掴み、その甲にそっとキスをして――


「せいぜい親父に殺されないように頑張んな?」


嬉しそうに――そして挑発的に不敵な笑みを浮かべた。

そして自分はと言うと――


(ヤベェもんにハマっちまったな…)


思わずその笑顔に見惚れてしまい――素直にそう思ってしまっていた。






問題は山積みだが、この子供が救われるのなら暫くの間見守るのも悪くはない。


その役目を負うのが自分しかいないのならば尚更の事。


どうかこれ以上傷付く事がないように。


これ以上壊れる事がないように――。






END


2006.05.05
サイトUP 2006.08.19

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