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「なぁ~に、湿気た顔してんだよ」
 くしゃっと頭上で髪を掴まれる。そのまま、小さな子供にするように、わしゃわしゃとかき乱されて、シンタローは、その手を勢い良く払いのけた。
「何しやがる、おっさん!」
 背後からこっそり忍び寄り、あまつさえも自分の髪を盛大に崩してくれた相手を、不機嫌極まりなく睨みつければ、しまりのない笑みを浮かべて、こちらを面白そうに見ていた。
「また、いらんこと考えてただろうが」
 ぐいっと顔を近づけての台詞。それに反発するように、シンタローは、出来うる限り後方に顔を仰け反らせた。
「酒臭ぇ」
 相手から、言葉とともに吐き出された呼気は、大量に酒気を帯びていた。相変わらず、昼間であろうとどこであろうと酒を手放せずにはいられないようで、手には、一升瓶が握られていた。いったい、いつから、どのくらいの量を飲んでいるのか、馬鹿馬鹿しくて訊ねたことはない。
「飲むか?」
「誰が! ――仕事中だ」
 そう告げつつも、シンタローはバツの悪そうな表情を浮かべていた。そういうには、いささか説得力がなかったせいである。シンタローの前には、書類もなく――端には山のように積み重なっていたが――周囲にも人影がなかった。少なくても、ハーレムが来る直前には、仕事をしている気配はなかったのだ。
 だが、それに気付いているだろうハーレムは、指摘などしなかった。代わりに、酒をシンタローの机の上に置き、こちらの顔を無遠慮に、のぞきこんできた。
「今度は、何人死んだ?」
 その言葉に、ドキリと胸が跳ね上がる。一瞬強張った顔は、すぐに平素へと戻したが、たぶん気付かれた。
 なぜ、知っているのだ。このおっさんは、意外にガンマ団内部に精通している。おそらく、部下を使って傍聴盗聴の類をしているのだろう。職務規定違反だが、注意しても聞きはしないだろう。やっかいな親戚だ。
 そして、先ほど、ハーレムが口にした言葉が、何を示すのか、シンタローは分かっていた。
 そう。まさに、シンタローが、ハーレムの言う『湿気た顔』をしている原因だった。
「……死んでねぇよ。ただ、二名重体の奴がいる。こいつらは……もう、現場復帰は不可能だ」
 それは、つい一時間前に、連絡が入ったものだった。それから後の記憶は、曖昧である。報告にきた部下を下がらせ、傍にいたキンタローはいつの間にか消えていた。部屋にはシンタローひとりで、仕事はたまっていることはわかっていたのに、新たな書類に手を伸ばす力がなかった。そうしていれば、ハーレムがやってきたのだ。
 礼儀も遠慮もなく入り込んだ相手は、神聖なるデスクの上にどっかりと座り込んでいた。
「死ななかったんなら、いいじゃねぇか。この間の依頼は、随分と制限があって、難しかったんだろ」 
 確かに、地理的要因、政府からの身勝手な要望、無茶な任務遂行期間と色々重なった結果、ここ最近では、一番の難物だった。ハーレムの言う通り、かなりの制限はあった。
「それでも!」
 シンタローは、バンと机を叩いて、立ち上がった。つられて見上げたハーレムの青い瞳が自分を貫く。それに、視線をふいっとそらし、ぼそぼそと言葉を紡いだ。
「………俺の計画では、全員無傷で帰還する予定だった」
 予定は未定。一言で言い切って、割り切れるほど、自分はまだ、強くない。現場は常に不確定要素が含まれる。小さなきっかけや不運な巡り合せで、当初の予定など容易く瓦解する。それをどう建て直し、再度構築しなおすのかは、指揮官の手腕であり、現場の兵士達の技量が必須である。予定に乱れが入った時点で、すぐにそれを始めた。
「手を抜いたのか?」
「そんなことはないッ」
 即座に否定する。
 大切な団員が命を賭けて任務を遂行してくれることを知っているからこそ、自分もまた、最大限に出来うる限りの手は打ったつもりだった。 
「なら、受け入れろよ」
「何、を……?」
「この結果に決まっているだろ。後から考えれば、ああすればよかった。あの時あんなことがなければ、よかったのに―――誰だってそう思うさ。それで気に病む奴もいるし、落ち込む奴もいる。けど、結果は、もう出ちまってるだろ。反省は必要だが、後悔はほどほどにしてろ。いつまでも後ろ向いて、行けるほど、お前の行く道は、甘くねぇぞ」
「……………」
 単純明快でわかりやすい言葉。誰でも言える言葉だ。言われたことのある言葉だ。
 そんなことはわかっている。
 それを察したように、ドンと胸をつくように拳を叩きつけられた。
「お前だって、わかってるんだろ? 優しさと逃げを一緒くたにするんじゃねぇよ、ガンマ団総帥」
 ズキリと胸が痛んだのは、ハーレムの拳のせいではない。『逃げ』という言葉が痛かった。気付かないうちに、自分は逃げ出していたのだろうか。そうかもしれない。団員達が傷ついたのは、自分が未熟なためだと、自分が弱いせいだと、あっさりと決め付けて悲観していた。しかし、ハーレムは、それを許さない。
「お前が、お前こそが、新たにあいつらへ道を示さなきゃいけない立場であることを忘れるな。元の現場復帰が駄目でも、あいつらには、まだ未来がある。お前がやることは、そいつらと過去を後悔するより、そいつらを未来に生かせることだろうが。優秀な団員だ、こんなことで逃すなよ。まだまだ使い道があるんだからな」
 その通りだ。
 言われなくてもわかっている。そう思っていたけれど―――言われて気付く。見失いそうになっていた、最善の道。
「―――あんたのように、使い道がほとんどねぇってわけじゃないからな」
 ぼそっと漏れた言葉に、にやりと不適な笑みが浮かべられた。
「俺様は、ここぞという時の切り札だろ? そういうもんは、大切にしとくべきだぜ」
「ふざけんな」
 そう言い放ちながらも、その唇には、いつのまにか笑みが浮かんでいた。それに気付いたのは、ハーレムだけだったが、もちろんそれを告げることはなかった。
「あんたにも、相応しい仕事をすぐに見つけてやるよ。使わねぇのは、確かにもったいないからな」
 凛然と顔をあげ、そこに生き生きとした黒曜石の輝きを放つ眼差しを受け、ハーレムはそっと瞳を揺るませ、そして、まっすぐ拳を相手につきつけた。
「手ごわい相手を頼むぜ。最近、体がなまっちまってるからな」
「善処してやろう」
 その拳を受けて笑う相手に、もう一度、頭をくしゃくしゃに混ぜてやった。

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