漆黒の帳に隠されたもの。それを見れる特権は限られた者だけ――それが、喜ばしいことかどうかは置いておき、シンタローは、久しぶりに露になったそれを、しみじみと眺めた。
「やっぱ、両目を晒すと違和感ありまくりだな」
「へえ」
自分の顔にいちゃもんをつけられたというのに、気のない返事が帰ってくる。それも仕方ないだろう。毎回、自分の両目を眺めるたびに言われているのだ。
書類を持って、総帥室へ入ると、珍しく秘書官達の姿はなかった。そのせいか、退屈しのぎとばかりに、普段は前髪で隠れている右目を露わにされてしまった。
たまにやられることがある。もちろん、誰もいないことが大前提だ。それゆえにアラシヤマの方も抵抗しなかった。
両の目に愛する人の姿が映るが、どことなくぶれて見えてしまう。普段は使わない右目もその姿を映そうとしているせいだ。
だから嫌なのだ、この右目でものを見る行為が。
(ほんま、使えへんわ)
折角愛しい人を間近で拝めるチャンスだというのに、この目は正しく像を結んではくれない。
それに苛立っていると、ふっと左方面から影が生まれた。
「ッ!」
行き成り左目が、シンタローの手に塞がれる。わずかながらも狼狽してしまったことに羞恥を覚えつつ、アラシヤマは、ぼやけた視界で、シンタローを見上げた。
「何しますのん?」
「いや、こうするとほとんど見えねぇのかなぁと思ってな」
「ほんまにほとんど見えまへんで? けど、そないなことあんさんには分かりまへんやろ」
右目の視力は、ほとんどなかった。それは昔の自分の愚かな行動の罰である。生み出した炎の強い光で、右目だけが焼かれてしまったのだ。それから、ほとんど右目はものをよく映さなくなり、強い光にもダメになった。だからこそ、普段は前髪で覆っているのだ。
「ん~。確かにそうだよなぁ」
「ッ!?」
シンタローの顔が近づき、吐息が触れるほどの距離になる。
しかし、それもわずかの間だけだった。すぐに、その顔は去っていく。
「わかるぜ。見えてねぇのはよ」
そう言うと、可笑しそうにくすくすと身体を揺すって笑いだす。左目を覆っていた右手も、するりと自分からはずれた。
「見えてる状態のお前だったら、この状況で何もしないわけがないだろ?」
そう断言されて、アラシヤマは、思わずはあ、と溜息をついた。
確かにそうかもしれない。あの美味しい状況ならば、自分も唇を近づけただろう。だが、先ほどは出来なかった。像が上手く結ばれないから、シンタローとの距離も唇の位置もきちんと把握できなかったのだ。
それでも、外さないという気持ちもあったが、それで万が一外してしまった時が怖かった。
まだ可笑しそうに笑うシンタローがすぐ傍にいる。アラシヤマは、乱れていた前髪を直した。再び、右目に漆黒の壁が作られる。
これで元通り。
「ほなら、今はされて当然ということどすな」
「ッ!?」
しっかりと愛しい人の距離と位置を掴んだアラシヤマは、遠慮なくシンタローに口付けた。
「てめッ!」
「ほな、ごちそうはん♪」
当然のごとく、眼魔砲を打つ動作を始めた可愛い人に、アラシヤマはそう言うと、さっさと退出した。長居は無用。というよりも、素早く退出しなければ命の危険である。
その直後に、ドアが爆発音とともに盛り上がったのが見えたが、もちろん、その原因は言わずもがなである。けれど、先に悪戯をしかけたのは、あちらの方なのだから、こちらは謝る言われはない。
「けど…あんさんだけでっせ」
自分の右目は、認めたくない自分の中の弱み。けれど、それをさらけ出しても怒らないのは、シンタロー限定である。
気付いているのだろうか――気付いているに違いない。だからこそ誰もいない場所で、自分の右目を眺めるのだ。その特権に愉悦を覚えるために。
「ほんま、可愛いお人どすなぁ」
漆黒の髪の上から役に立たない右目を撫でる。だがそれを見れのが、これのおかげだとすれば十分存在価値があった
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