生まれたという報告を受け、初めて対面した息子。
その瞬間自分は、確信した。
この子はいつか私の手元からいなくなると。
そんな不安に襲われた。
――――――黒。
青の一族にはありえない漆黒の色を宿した息子は、その瞳でじっと私を見つめていた。
冷たいだけの青い秘石眼を。
カチッコチッ…カチッコチッ……。
「四時か…」
アナログ時計の音が耳に大きく聞こえ、目をやると、時針は4時を指していた。
素肌にシーツの温もりが直に伝わる。
かすかに身体を動かすと、自分ではないものの身体に触れた。
驚くことはない。
そこにいるのは、自身の息子としているシンタローだ。もっともこの光景を見られれば、息子というのも危ういだろう。
共に裸で一つのベットにいれば。
白い肌に黒髪が覆っている。モノクロームで構築される世界に、マジックは、目を細めた。
もちろん、息子とはそういう関係をもっている。
当然だろう。
愛していれば、その全てを手に入れたくなるものなのだから。
許されることではない、などという言葉は必要ない。
そんなものは、もともと自分の中には、存在していない。
彼の全ては自分のもので、そして自分の全てもまた、彼のものならば。
それは、当然の行為だ。
カチッコチッ…カチッコチッ……。
時計の音が静寂の闇を刻む。
止まることもせず、前へと刻む時。
その時の怖さを時折、実感する。
目を横へと移せば、見事な漆黒の髪が視界に飛び込んだ。
長い髪は、また少しのびたようだった。
条件反射のように、それに手を伸ばす。
さらりと指のすり抜ける心地よい感触。逃げだすそれを捕まえるように、指にからめ、そのまま自身の元に引き寄せると、その黒色の絹糸のような髪に口付けを落とした。
少々無理をさせすぎたようで、このくらいでは、眠りを貪る彼は、目覚めない。
「まだ、私の元にいる」
それを確かめ安堵の溜息をついた。
一度、それがこの手から離れた時には、酷く動揺したものだった。
自分の不安が的中したのだと思った。
実際、そうなりかけていたのだ。
彼は、あそこで急激に変化していった。
様々な出来事がおこり、そして様々な真実が明らかになり、それが、彼を確実に変え、そして私に焦りを与えた。
その時を止めることは出来なかった。
その変化を止めることは出来なかった。
どれほど悔やんでも、あの頃には戻らない。
髪を掴んでいた手をはなし、その手を彼の頬へと向けた。
親指を口元に寄せれば、規則正しい呼吸をしているのがわかる。
確かに、ここに存在する証。
「怖かったよ」
彼が自分の本当の息子ではないことを知り、恐怖を覚えたのは、事実だった。
彼と自分を繋ぐものが途切れたのだ。
その恐怖は忘れられない。
色彩を全て失い、モノクロームの世界に落ちていくような、喪失感。
カチッコチッ…カチッコチッ……。
時はとどめる手をすり抜けて行く。
彼もまた、自分の元から去っていく。
シーツの上をすべり、彼の手を探り、掴む。
しっかりとした感触がそこにある。
なのに、彼は、それでも自分の元へと戻ってきてくれた。
それでも再び、自身の手の中に戻ってきてくれたのだ。
「もう、手放しはしないよ」
手を掴んだまま、包み込むように胸に抱き込めば、無意識ながらすりよってくる息子に、口元が笑みに変わる。
青の一族は皆執着心が強いのかもしれない。誰か一人、愛する人を見つければ、それに固執する。
まだ、グンマやキンタローのような若い者はそれほどでもないようだが、けれど、もう少ししたらわかるだろう。何を捨てても、何を奪っても手放せない存在がいるということを。
自分にとっては、この息子として育ててきたシンタローだった。
なぜ、彼にこんな思いを抱いていてしまったのか。
それは、分かりやすいものだった。
この子は、いつか私から離れていってしまう―――確実に。
それが、わかっていたからこその執着心だった。
だが、それがなんであれ、大切なことに変わりない。
愛しくて愛しくて、誰にも触れさずに、自分のエゴで締め付けたい。
時が許す限り、自分の手は、彼を捕らえ続けるだろう。
その身に、自分の証を刻み込み、彼を所有し続けるのだ。
胸に抱いたその身体をさらに抱き寄せると、マジックは、愛しいその黒髪に口付けをもう一度落とした。
「お前は私の物だよ――――シンタロー」
PR