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「シンタローはん! ただいま帰りましたわ」
 シュン、と機械音を立て、何の脈絡もなく扉が開いた。
 一瞬、ここのセキュリティはどうなったのか、と思ったが、よく考えてみるとこの部屋に入るパスを以前自分が教えたのだから、これは仕方がない。
 わずかな距離だというのに、満面の笑みで、こちらに駆け寄ってきた相手に、シンタローは、とりあえずギロリと睨んであげた。
 しかし、相手はそんなものに怯むような相手ではなかった。
 トンと両手を総帥デスクにつけると、覗き込むように顔をこちらに近づける。久しぶりに見るその顔が、見慣れた表情を向ける。
「ただいまどすv 元気そうで安心ですわ」
 それはこっちの台詞だろうが。
 その言葉に、即座に突っ込みを返す。
 それはそれは嬉しそうにそう言ってくれた相手には悪いが、ずっとガンマ団内部で仕事をこなしていた自分に、元気も何もないだろう。
 ここにいれば、万全の管理がなされているのだ。
 咳一つしただけで、大騒ぎである。
 それよりも、元気なのか?と尋ねたいのは、こちらの方である。
 満身創痍と言った方が早いのだろうか、アラシヤマの戦闘服は、焦げたり切り裂かれたりと無残なものである。当然ながら、その下の肌もざっくりときられている。重傷そうなのはすでに手当てがなされているが、頬に走った傷など、少し垂れたまま血が固まっていた。
「アラシヤマ……医務室へ行け」
 とりあえず、それが無難な台詞だろう。
 その他にも、服を着替えろとか風呂に入れとか言う言葉も浮かんだが、それよりもまずは、全ての傷の手当てが先だろう。
 どうせ、この男のことである。任地先でも、たいしたことない、の一言で収めて、そのまま戻ってきたのだ。
(どうしてこいつは……)
 苛立つように、相手を見る。
 シンタロー自身の身体の心配は、誰よりもするくせに、そのくせ自身の傷など、まったく省みないのだ。
「医務室どすか? でも、もう手当てしてまっせ?」
 シンタローの思いもまったく伝わらずに、理解できません、という風に首を傾げるアラシヤマに、イライラをあらわす様に、指先で、机の上を叩いた
 それだけでは不十分なのだと、なぜわからないのだろうか。
 見ているこちらが、痛みすら覚えるというのに――――。
「他の細かい傷も見てもらえ。とりあえず、消毒とかして綺麗にしてもらえよ」
「はあ。まあ、シンタローはんがそういわはるなら、後でも」
「今すぐだ。すぐに行けっ!」
「今すぐでっか~?」
 心底嫌そうな顔をするアラシヤマに、きっぱりとした態度を見せる。
「いいから、行けよ」
 早く手当てしてもらってこい。
 こっちの安寧のためにも、さっさと行動して欲しいのだが、相手は、やはりしぶとかった。
 ぐずぐずとその場に留まり、医務室へと向かおうとはしない。 
「そんな傷を負うお前が悪いんだろ。ったく、もっと身体をいたわらないと死ぬぞ」
「それは、ありまへんわ。シンタローはんを置いて死ねるわけあらしまへんやろ。誰を犠牲にしてでも、生き延びてみせますわ」
 涼やかな笑顔を見せるアラシヤマに、くらりと眩暈がするような感覚を覚えた。
(馬鹿だ)
 本気で思ってしまう。心の底からそう実感してしまう。
「シンタローはん?」
「俺の命令が聞けないのかよ」
「シンタローはんの命令でしたら、なんでもききますわ」
「それなら―――」
 すぐに行けよ、という言葉よりも先に、アラシヤマの声がかぶさった。
「そやけどまだ、言ってもらってまへんで?」
(はっ?)
 何を言ってないというのだろうか。
 どことなく恨みがましげにこちらを見られている。
(なっ、なんだよ、その目は)
 たじろぐ相手に、じとりとした視線をぱっと消して、アラシヤマはにこりと笑顔を向けた。
「わては、『ただいま』って言ったんどすえ?」
「あっ…ああ……そうか。悪ぃ」
 忘れていた。
 入ってきたアラシヤマがあんまりにも傷だらけだったために、当り前の言葉を言うのを忘れていたのだ。
 たったそれだけ、とは言わない。
 その言葉が、どれだけ嬉しいものなのか、自分だって分かってる。
 それは、ここに戻ってきたくれたことを喜ぶ言葉だ。
「『おかえり』、アラシヤマ」
「はいなv シンタローはん♪」
 その言葉と同時に、ぐいっとアラシヤマが身体を乗り出してくる。
 そのまま器用に顎とつかまれ、その唇にキスをされた。
 唇に残る少しばかり鉄サビの味。どうやら、唇の方も少し切っていたようである。
「これは、ただいまのキスどですわv じゃあ、わては医務室に行ってきますわ」
 そのままひらりと自分の前から消え去って、素直にそのまま退出をしようとするその背中に呼びかけた。
「ああ、アラシヤマ。終わったらここに戻って来いよ」
 アラシヤマが怪訝な顔で振り返る。
「こんなんじゃ、全然足りねぇからな」
 ちょいちょいと唇を指先で叩くようにすれば、相手も理解してくれた様子で、ニィと深い笑みを刻んだ。
「当たり前どす。覚悟しなはれ、シンタローはん。離れた分はきっちり取り戻しますよって」
「おぅ。望むところだ」
 こっちだって会えない分、色々と積もらせてきたものがあるのだ。 
 どちらが先にギブアップするかやってみるのもまた一興だろう。




「さてと。んなら、仕事をさっさと片付けておくかな」
 この調子だと明日の業務まで支障をきたすかもしれない。キンタローあたりは文句を言うだろうが、そこは上手く丸め込む自信がある。
 目の前に詰まれた書類を手に、素早くペンを走らせていった。






 ―――――どれほどキズだらけでもお前に『おかえり』と告げることができるなら喜んでもいいだろう?

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