ザー…。
雨だ。絶え間なく雨が降りしきる。立ち尽くす自分を包み込み浸らせる。天を仰げば目に染みた。
「シンタローはん」
呼ばれる声に顔をあげた。
「アラシヤマ…」
そこに立っていたのは自分が呼んだ相手だった。手にもっていた傘がこちらに傾けられる。だがそれを拒絶した。それは自分にとって不要なものだ。あって欲しくはないものだった。
一歩後ろに下がれば手にしていた傘をたたんだ。アラシヤマの髪に、肩に雨があたる。黙ってそれを見つめた。
「なんぞあったんどすか?」
行きなりこんなところに呼び出した自分に当然の言葉をかける。声が聞きづらい。雨のせいで声がこもるのだ。それでも、意味はなんとなく読み取れたから、言葉を繋ぐことができた。
こくりと唾を飲み込んでから口を開く。
「ああ、大事な話があるんだ」
堅い声音。緊張していた。
雨は止まない。そればかりか、強くなってきた気がする。肌を滑る雫が冷たかった。なのに寒さはちっとも感じなかった。そんな感情はすでに麻痺していた。その状態で、ここに読んだ理由を告げた。
「俺と……別れてくれ」
そう言った瞬間、目の前の顔が凍り付くのがわかった。痛いぐらい真剣な眼差しが突き付けられる。口が開いて何かを言っていた。だが耳に聞こえるのは雨の音だけだった。アラシヤマの声は、はるか遠くにある。それがわかっていたから、今日、この日この場所を選んだのだ。
「勝手で悪い――だからお前にまでこっちの気持ちを強制はしない。俺を愛してるならそれでもかまわない――けど俺はもう……お前を求めない」
雨で霞む視界の中でアラシヤマを見る。目頭が熱かった。
「お前を呼ばない」
雨水が目にはいりぼやける視界がさらにゆがんだ気がする。
「お前の傍にはいかない」
水気は辺りに滴るほどあるのに、なぜか喉が乾いた。からからにひからびているようだ。喉も熱かった。
「……お前が悪いわけじゃない。悪いのは全て俺だ」
雨音でアラシヤマの声は全然聞こえない。遥か遠くにいるようだった。
「お前を…愛してる、アラシヤマ。……それはたぶんこれからも変わらない。――けど、だからこそ苦しいんだ。辛いんだ! お前から愛されている時は幸せだった。優しく暖かい気持ちを注がれるのは心地よかった。でも俺はそれだけでは満たしなくなったんだ。けど俺が求めるものはお前にとって理不尽であり望まないものであるはずないから、俺が諦める…だから、わかれよう」
本当にこれは自分の身勝手な決意だ。
いつからだろう。アラシヤマの優しさに疑問を持ちはじめたのは。
いつも包み込むような優しさをくれ、暖かい気持ちで愛しんでくれる相手。けれど、それはもしかするとアラシヤマ自身が得られなかった、家族愛を自分に求めているのではないだろうかと思いだした。
何をしても許される――変わらず伸ばされる手に、自分はいつしか苛立ちを感じてしまうようになったのだ。だからその手を拒絶した。
自分が欲しいのは、家族愛ではないから――ただ、それだけの理由で。
なんて傲慢なことだろうか。
シンタローは、今でも愛する人を見つめた。
別れたくない。手放したくない。でもそれ以上に自分のエゴで縛りたくなかった。そのことによって幻滅されたくはないためだ。否、エゴでなんでもいい、相手を無理やりでも自分に縛りつけなければ、耐え切れなくなっていた自分が怖かった。それにより、全てを失ってしまえば、自分は生きていけなくなる。だから、その前に手放すことに決めた。
「ありがとう…アラシヤマ」
優しい相手に礼を告げる。今まで幸せを与えてくれた相手に、感謝の気持ちを述べる。でもまだ言わなければいけない言葉があった。
だが唇がわななく。胸が苦しくて焼けるように熱い。それから逃れたくて乾いた喉から別の言葉が出そうになる。
でも駄目だ。これ以上はアラシヤマを苦しめたくない。解放――自分からやるべきことである。
そう決意して―――言葉を紡いだ。
「アラシヤマ――さようなら」
その後、雨の塩辛さがが口の中に広がった。
雨はまだ止んでいなかった。冷たい雫が全身から滴っている。
それなのに、雨の音は耳に入ってこなかった。
煩いほどだったその音が消えたのだ。
否、全ての音が消えていた。
その中で、アラシヤマが何か叫んでいるような気が……した。
―――――いつか…遥か遠くからでもいい、お前の声を聞くことはできるだろうか?
雨だ。絶え間なく雨が降りしきる。立ち尽くす自分を包み込み浸らせる。天を仰げば目に染みた。
「シンタローはん」
呼ばれる声に顔をあげた。
「アラシヤマ…」
そこに立っていたのは自分が呼んだ相手だった。手にもっていた傘がこちらに傾けられる。だがそれを拒絶した。それは自分にとって不要なものだ。あって欲しくはないものだった。
一歩後ろに下がれば手にしていた傘をたたんだ。アラシヤマの髪に、肩に雨があたる。黙ってそれを見つめた。
「なんぞあったんどすか?」
行きなりこんなところに呼び出した自分に当然の言葉をかける。声が聞きづらい。雨のせいで声がこもるのだ。それでも、意味はなんとなく読み取れたから、言葉を繋ぐことができた。
こくりと唾を飲み込んでから口を開く。
「ああ、大事な話があるんだ」
堅い声音。緊張していた。
雨は止まない。そればかりか、強くなってきた気がする。肌を滑る雫が冷たかった。なのに寒さはちっとも感じなかった。そんな感情はすでに麻痺していた。その状態で、ここに読んだ理由を告げた。
「俺と……別れてくれ」
そう言った瞬間、目の前の顔が凍り付くのがわかった。痛いぐらい真剣な眼差しが突き付けられる。口が開いて何かを言っていた。だが耳に聞こえるのは雨の音だけだった。アラシヤマの声は、はるか遠くにある。それがわかっていたから、今日、この日この場所を選んだのだ。
「勝手で悪い――だからお前にまでこっちの気持ちを強制はしない。俺を愛してるならそれでもかまわない――けど俺はもう……お前を求めない」
雨で霞む視界の中でアラシヤマを見る。目頭が熱かった。
「お前を呼ばない」
雨水が目にはいりぼやける視界がさらにゆがんだ気がする。
「お前の傍にはいかない」
水気は辺りに滴るほどあるのに、なぜか喉が乾いた。からからにひからびているようだ。喉も熱かった。
「……お前が悪いわけじゃない。悪いのは全て俺だ」
雨音でアラシヤマの声は全然聞こえない。遥か遠くにいるようだった。
「お前を…愛してる、アラシヤマ。……それはたぶんこれからも変わらない。――けど、だからこそ苦しいんだ。辛いんだ! お前から愛されている時は幸せだった。優しく暖かい気持ちを注がれるのは心地よかった。でも俺はそれだけでは満たしなくなったんだ。けど俺が求めるものはお前にとって理不尽であり望まないものであるはずないから、俺が諦める…だから、わかれよう」
本当にこれは自分の身勝手な決意だ。
いつからだろう。アラシヤマの優しさに疑問を持ちはじめたのは。
いつも包み込むような優しさをくれ、暖かい気持ちで愛しんでくれる相手。けれど、それはもしかするとアラシヤマ自身が得られなかった、家族愛を自分に求めているのではないだろうかと思いだした。
何をしても許される――変わらず伸ばされる手に、自分はいつしか苛立ちを感じてしまうようになったのだ。だからその手を拒絶した。
自分が欲しいのは、家族愛ではないから――ただ、それだけの理由で。
なんて傲慢なことだろうか。
シンタローは、今でも愛する人を見つめた。
別れたくない。手放したくない。でもそれ以上に自分のエゴで縛りたくなかった。そのことによって幻滅されたくはないためだ。否、エゴでなんでもいい、相手を無理やりでも自分に縛りつけなければ、耐え切れなくなっていた自分が怖かった。それにより、全てを失ってしまえば、自分は生きていけなくなる。だから、その前に手放すことに決めた。
「ありがとう…アラシヤマ」
優しい相手に礼を告げる。今まで幸せを与えてくれた相手に、感謝の気持ちを述べる。でもまだ言わなければいけない言葉があった。
だが唇がわななく。胸が苦しくて焼けるように熱い。それから逃れたくて乾いた喉から別の言葉が出そうになる。
でも駄目だ。これ以上はアラシヤマを苦しめたくない。解放――自分からやるべきことである。
そう決意して―――言葉を紡いだ。
「アラシヤマ――さようなら」
その後、雨の塩辛さがが口の中に広がった。
雨はまだ止んでいなかった。冷たい雫が全身から滴っている。
それなのに、雨の音は耳に入ってこなかった。
煩いほどだったその音が消えたのだ。
否、全ての音が消えていた。
その中で、アラシヤマが何か叫んでいるような気が……した。
―――――いつか…遥か遠くからでもいい、お前の声を聞くことはできるだろうか?
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