とろりと零れる赤い液体。触れればぬるりと肌を滑る。それほどの量が流れていた。
「馬鹿……が」
罵倒の言葉。けれど、呟かれたそれに力はなかった。赤く濡れた肌に、触れていた指先も小刻みに震えているのが分かる。そのために、そっと表面をなぜるつもりが、軽く皮膚を押してしまった。
「ッ!」
そのとたん零れた、痛みを堪える音に、慌てて手を離す。
「悪ぃ」
即座に漏れた謝罪の言葉。だが、受け取った相手は、無理やりだと分かる笑顔を浮かべて、首を横へと小さく振った。
「かましまへん。せやけど……ちょっと…離れてくれまへんか? あんさんが汚れてしまう」
途切れ途切れに零れる言葉は、そのつど苦しげな吐息が吐かれる。
一瞬、泣きそうな表情な表情が浮かぶものの、シンタローは、その言葉を無視して、アラシヤマを抱きかかえた。それで楽になるとは思わないが、不衛生な地面にそのまま寝転がらせるのも躊躇ったのだ。
アラシヤマを抱きかかえたことで、深緑の制服が、見る間に黒い染みとなる。
「……わての血が」
「煩い、黙ってろ!」
妙なことを気にする相手に、シンタローは、叱咤するように言い放った。
じりじりと焦りが内を焦がす。
自分が、今は役立たずな存在であることは、痛いほどわかっていた。大怪我を負った彼に、早く手当てをするべきなのだろうことはわかっている。けれど、自分が出来る応急処置は、すでに終えてしまっていた。それでも、血が――止まらない。
医療班が来るのは、もう少し先である。その間に、手遅れになってしまったら―――。
ぞくり……。
背筋が凍る。それを想像したとたん、根底から揺さぶられるほどの恐怖を感じた。
「シンタローはん? 寒いんでっか。なんなら、わてが炎を出して…」
「するなッ!」
震えた自分を気遣ってくれたのだろうが、そんなことをすれば、かろうじて取り留めている命などあっという間に消えてしまう。そんなことは許されるはずがなかった。
「お願いだから…しゃべるな……じっとしておいてくれ」
その身体を抱き寄せ、覆いかぶさるようにして懇願する。触れた身体は、冷たく感じて、それに直結してしまう『死』という存在が恐ろしかった。
彼を失うことが、こんなにも怖いこととは思わなかった。自分の身体を制御できないほど震えてしまう。
「アラシヤマ」
名を呼べば、いつものように笑みを浮かべてくれる。だが、それが酷くぎこちなく弱弱しく見えた。いったい、この身体の中でどれほどの勢いで、生命の灯火が揺らめいているのだろう。容易く消えてしまいそうな、そんな想像をしてしまうほど、急速に力が抜けていく体を、必死で抱きしめる。その命ごと引き止めるように。
「アラシヤマ」
名を呼んでも、声は返ってこない。
「アラシヤマ」
抱えた身体の重みが増す。
「神様ッ!」
シンタローは、天を仰いだ。そこに、何かがいると信じて願う。奇跡を与えてくれる存在があると信じて乞う。
(天に召します神様。どうか、どうかお願いだから、こいつを連れていかないでくれ)
自分から、彼を奪わないで欲しい。
そう必死に、希う。何度も何度も同じ言葉を祈り続けた。
神の存在など、必要な時しか思い出さない。ただ、身勝手な願いを口にするばかりで、叶うことなど期待はしていなかった。
だが、今は違う。
「神様……神様、お願いだから―――」
シンタローは、目を瞑り、純粋に神へ祈りを捧げる。
(天に召します神様。どうか、どうかお願いだから、こいつの命を助けてくれ)
それ以上、他に望みは口にはしない。今、ここにある消え行く命を救ってくれれば、二度と願いはしないから。
―――――天に召します神様……どうか救いの手を
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