大きな背中。
初めて見た時から、憧れを抱くように見つめていた。
「ついてくるな」
一目見て、気に入った広い背中。
その背中に触れてみたくて、一生懸命追いかけていたら、いきなりその背中が振り返られ、そういわれた。
そっけない言葉。
冷たい態度。
すごむように相手はそう言うと、またくるりと前を向いて、行ってしまう。
だから、慌ててまた追いかけ始めた。
そこで諦める気は、シンタローにはなかった。
シンタローがその背中を見つけたのは、父親のいる総帥室の前でだ。
それまでは、従兄弟のグンマと部屋で遊んでいたのだが、ちょっとした事で喧嘩をしてしまい、とたんに遊び相手がいなくなってしまった。
だから、退屈を紛らわそうとガンマ団本部を散歩していたら、その背中を見つけたのである。
父親や大好きな叔父さんに良く似た髪を持つ男。
シンタローからは背中を向けていて、顔は見えない。
それでもなんとなくその背中は、とっても暖かそうに見えて、それに触ってみたくて、シンタローはその背中を追ってついていく。
どのくらいまで追いかけていっただろうか。
一度だけ、「ついてくるな」といわれたけれど、諦めきれなくて、ずっと背中を追っていた。
けれど、小さな足では大股で歩く目の前の男についていくのは大変で、半ば駆け足で歩き続け、息が切れてきた時、その足が不意に止まった。
ビックリしつつも、シンタローも足を止める。
すると、その背中がくるりと回った。
「あのなあ、俺は忙しいんだ。どこのガキだかしらねえが、遊んで欲しいなら他のやつにしろ」
太い声に機嫌の悪そうな怖い顔。
けれど、シンタローは怯えて逃げ出すことはしなかった。
「ガキじゃない。僕、もう4つだよ」
首が痛くなるほど相手を見上げ、シンタローはそう言った。
男は、威風堂々とした態度で、シンタローを見下ろしている。その風貌はなんとなく獅子舞にていて、子供の目から見ても、決して優しそうには見えない。むしろ怖いといった方がいい風貌だ。
けれど、シンタローは彼に恐れることもなく、見上げていた。
それが不思議だったのか、男は、顔を顰め、頭をかきながらも、その場にしゃがみ込んだ。
シンタローと視線を同じ高さにすると、その顔に小さな笑みを浮かべてみせた。
「十分ガキだろうが。まったく、どこのガキだ? 俺が怖くないのかよ」
「どうして?」
「どうしてって………まあ、いいけどな」
自分の顔が子供向けではないことを自覚している男だが、しかし、そう言われてしまえば、説明するのも躊躇われる。自分の顔を獅子舞似だからだのナマハゲ似だからだの言えるはずがない。
それを誤魔化すように、男は、ポンとシンタローの頭にその大きな手のひらを乗せた。
「ガキ。名前は?」
「シンタロー」
その手がなんだか嬉しくて、元気良く名前を告げると、男は、一瞬妙な表情を見せた。
「お前が、兄貴の…」
「兄貴?」
意味がわからなくて、首をかしげて見せると、男は、頭に乗せたままの手をぐるぐると動かして、シンタローの髪をかき混ぜてくれた。
「ああ。俺は、お前の父親のマジックの弟でハーレムって言うんだよ」
「パパの弟のハーレム? じゃあ、サービス叔父さんの弟にもなるの?」
「違う。あっちの方が弟。俺はサービスの双子の兄だよ。わかったか?」
「う~んと。……パパの弟で、サービス叔父さんのお兄ちゃん?」
「ま、とりあえず正解だな」
くしゃくしゃにされた頭をぽんぽんと優しく叩かれて、シンタローはにっこりと笑うとハーレムも笑ってくれた。
「で、俺に何か用か?」
そう聞かれて、シンタローは忘れていたことを思い出した。
自分が彼についてきたのは、こうして相手をしてもらいたかったからではない。
「…………背中」
「あん?」
「背中が温かそうだから…触りたかったの」
ハーレムがパパの弟で、サービス叔父さんの兄だと聞いて納得できた。
初めてあったけれど、その背中は、二人にとてもよく似ていたのだ。
だから、その背中に触りたかった。大好きな人達と同じ背中だから。
けれど、シンタローの言葉はハーレムとっては以外だったのだろう。怪訝な表情を浮かばせ、首を捻じ曲げ自分の背中を顧みたりしていた。
もっとも、振り返ったところで、自分の背中に変わったところはないし、暖かいとも思えない。
それでも、この背中に触りたくて、小さな子供は追いかけてきたのである。
「背中にか? 妙なやつだな。まあ、いい。ほら」
そう言うと、ハーレムはシンタローに背中を向けた。
「?」
けれど、その意味がわからなくて、戸惑っていると、後ろに回された手が、ピコピコと動いた。
「触りたいんだろう。ほら、背中に乗れ。疲れるから遠くまでは運んでやらんが、お前の部屋にまでは連れて行ってやる」
つまり、おんぶしてくれるというのだ。
「いいの?」
シンタローは向けられたその背中を戸惑うように見つめた。
けれど、そんなシンタローにすぐに暖かな言葉が返ってきた。
「ガキは、いらん遠慮はするな。気が変わらんうちに乗ったほうがいいぞ」
「うん! ありがとうっ」
シンタローは満面の笑顔を浮かべるとその背中に抱きついていった。
「どうだ?」
「すっごくあったかいっ!」
思ったとおり、大好きな人達と同じように優しい暖かさに満ちた背中を堪能して、シンタローは嬉しそうにその背中に顔を寄せる。
「当然だ。俺様の背中だからな」
自慢げにそう言うハーレムの背中に揺られながら、シンタローは憧れの背中にずっと見つめていた。
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