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mi



 恋焦がれた末に、どんな手を尽くしても手に入れようと望んだ蝶が、ようやく手の内に。
 一度手にいれしものを手放すことなど、蜘蛛はできるはずもなく――――強固の檻へとそれを閉じ込める。


 魅入られた美しき哀れな蝶。
 魅了されし愚かしき蜘蛛。


 ―――――哀れなのは、蝶か蜘蛛か
 ―――――何処に罪は在りしか無しか

 



 薄暗き部屋に、白く浮かび上がる人影。無機質な冷たさのみを湛えるその部屋の中央に、唯一存在する家具、ベッドの上で、長い髪を重たげに揺らし、その人影は、ゆるりと身を起こした。キングサイズのそれは、中央で眠っていた人の居場所を不確かにする。身を起こすために触れた手のひらの、弾力さで、自分がベッドの上に寝ていたことに気付いた。
 そこまでしないと自分の居場所がわからないのは、そこが、今まで見てきた部屋のどれにも当てはまらないためである。
 全てを封じ込めるような四角く囲まれた部屋。唯一の明り取りである窓は、天井近くに設置されているが、人一人くぐることもできないほど小さな、はめ込み式のそれは、無粋なほど太い格子で塞がれていた。
 おそらく地下室なのだろう。はっきりとわかっているわけではないが、肌が透けるほど薄い着物ひとつまとっただけのその青年は、息も白くなる部屋で、静かに呼吸をする。
 身体が震える。
 寒さのため………そう思いたかった。けれど、違う。青年は、恐れていたのである。いまだにこの場所にいるために行われるだろう行為に。
 逃げ出したい。
 ベッドの上で強く握られたこぶしは白い。強く、強くそう思うものの、それは無理であることは、ここ数日で、よくわかっていた。
 唯一の出入り口である扉は、歯痒くなるほど強固で、自身の必殺技である『眼魔砲』を打ち込もうともビクともしない代物だった。周囲の壁にも目を向けたが、地下室であれば、壁をブチ破ったところで脱出は不可能である。天井という手も考えたが、扉と同じ仕様なのか、破壊することはできなかった。
 なぜ、こんなことになったのだろう。
 考えても、わからない。
 気がついたときには、すでに自分は彼の人に捕らえられ、そうしてこの地下室に―――どこに存在していたのかさっぱりわからないが、脱出不可能な部屋に閉じ込められてしまった。
 どれほど懇願しようとも。
 どれほど泣き叫ぼうとも。
 彼の人は、決してこの部屋から自分を出そうとはしなかった。



『蜘蛛は、ようやく恋焦がれた蝶を捕まえたのだから』



 自身が横たわっていたベッドは、真っ白なシーツでつつまれていた。自分が眠りに落ちる前には、そんなものは存在しなかった。しかし、目が覚めると、真新しいシーツにつつまれていた。それは、忘れかけた外の世界を思い出させてくれる。けれど、青年は、その白さから目をそむけた。
 その場所が、自分を優しい記憶から遠ざける。ぎゅっと目をつぶるが、それが仇となり、そこで行われた数々の羞恥の記憶がフラッシュバックする。
「ッ……」
 赤い染みを散らし、完璧な白さを失ったシーツを波打つように乱しながら、淫らに喘ぐ自分。さらにその上から覆い被さるようにして自分を組み敷いた彼の人の姿。新品のシーツ独特のかすかな匂いを持っていた寝具は、どちらともいえぬ吐き出された体液で、すえた雄の匂いに染まっていた。
 だが、身体中から溢れ出た体液で汚されたシーツは、今はどこにもない。それでも、記憶はありありと残り、自分の心を苛んで行く。
 いったい、それはいつまで続くのだろうか。



 ―――カタン。

 小さな物音と人の気配。
 青年は、振り返りもせずに、びくっと身体を大きく震わせた。
 パチン、と小さな音がして、部屋の中が明かりに満たされる。けれど、その光はさほど強くはなく、周囲をぼんやりと照らす程度だった。それでも、暗闇に慣れた瞳には眩しい。シンタローは、目を細め、与えられた光に耐えた。
「シンタロー」
 自分の名を呼ぶ彼の人に、シンタローと呼ばれた青年は、ゆっくりと振り返り、そうして闇夜を映す深い湖のような漆黒の瞳に彼の人の姿を映した。
「マジック………」
 トクトクと急激に早まる鼓動を押し隠し、シンタローはマジックを見つめた。
 以前と変わらぬ様子で佇むマジック。場所さえ違えば、普通に彼を父親として接することができただろう。しかし、今のシンタローには、それができなかった。
 身にまとっていた着物の襟を合わせ、中央に置かれたベッドから下りる。そのまま、本能のように彼から距離を置いた。
 どうして………。
 壁に背中を押し付けたシンタローは、まだ今の状況が理解できていなかった。
 いまさら、なぜこんなことをするのだろうか。
 今まで自分達は、親子関係を保っていたはずだった。確かに、多少常識を逸したところもあったかもしれないが、それでも父と子の関係は変わらなかったはずだった。
 いったいどこで狂ってしまったのだろうか。
 


『蝶は知らない。自由に飛び回るその姿に、蜘蛛は恐れを感じていたことを。いつか、自分以外のものにその身が捕らわれるかもしれないという恐怖に怯えていたことを』
  


 マジックは、シンタローに魅入っていた。
 わずかな明りの中で、闇とは違う、はっとする輝きをもらす黒髪の髪に、薄明りのせいで艶かしく揺れてみえる黒い瞳、そうして、薄闇の中でも浮かび上がる白い身体。着物に隠されているが、むき出しになっている僅かな箇所からも、所有印が見られることにマジックに愉悦を与え、欲望を掻き立てる。
 マジックは、中央のベッドへと足を運んだ。鈍い光を放つ電灯の真下。ここならば、捕らえた愛しきものの表情を眺められると考えて設置したのだ。
「来い」
 ギシリと音を立てて、ベッドの上に腰を下ろし、シンタローに命ずる。
「ヤダ」
 シンタローは、震える手で着物を掴み、きっぱりと言い放つ。傍によれば、何が起きるのかなど、とっくに教え込まされている。
 しかし、シンタローの拒絶の言葉に、薄っすらと笑みを湛えていたマジックの表情が変わった。
「来い!」
 さらに強い語調でそう言い放つと、素早く立ち上がり、壁際に寄っていたシンタローの手首を力任せにつかみ、ベッドの上へと引っ張り込んだ。
「はなせっ! もうイヤだ。やめろッ」
 手足を無意味にばたつかせる抵抗は、なんなく組み敷いて無効にさせた。二、三日まともに食事をさせてないために、体力が激減しているのだ。それでも、相手は反発することをやめない。
 だが、それを煩わしいなどとは思わなかった。その姿さえも、美しくみえ、マジックの情欲を高ぶらせるものでしかない。



『蝶は自身の美しさなどわかるはずもなく、捕らえられる意味など知らずに、その身の自由を奪われる』

 

 シンタローは、どんどん自由を失っていくなかで、唯一自由である瞳に、力を込めて、マジックをにらみつけた。 
「俺は、あんなことしたくないっ」
 あんな、女にするようなことを、俺にさせるなんて。
 マジックが毎晩自分に行う行為は、どれほど愚かしいものかわかっているのだろうか。あれは、本来ならば異性とおこなうべきもの。子孫繁栄のためにおこなう行為を、なぜ同性にするのか、シンタローにはわからなかった。
 おかしい。マジックは、狂ってる。
 必死に抵抗するシンタローに、マジックの目が、笑みを作るように弧を描き、そこに残忍な光をうかばせ、シンタローとの距離を縮めた。
「っ!」
 噛み付くようなキスが与えられる。そのすべてを貪るような、口付けは、深く舌を絡めさせ、息する隙間さえも与えずに吐息さえも食い尽くされる。
「やっ…………」
 ぞくりと背筋に悪寒を覚え、それに抗いながら、空気を求めて喘ぐシンタロー。こんなのは気持ち悪いとしか思えない。なのに、それは執拗なほど長く深く、自分を追い詰めていく。
「………ぅん………はぁ………っ。こんなのやめろっ!」
 ようやくマジックの身が引いた時には、すでに呼吸は荒く、シンタローは肩で息をしていた。すでに、着物はだけ、覗く肌はほんのりの薄紅色に染まり、目じりには涙を浮かべ艶が溢れた、そそる姿。肉食獣のように、極上の獲物の前にごくりとのどの奥で、それを鳴らしたマジックは、キスの余韻を味わうように、唇を舌でなめる。
「こんなのとは?」
 嘲笑と思えるほど残忍な笑みを浮かべて、うそぶく台詞。
 それに、止めることなどできるはずがない。これほどまで、追い求めた存在が、今目の目の前にいるというのに。
「………こういう事だ」
 マジックの欲望に彩られた瞳に見据えられるのが恐ろしいのか、ふいっと横を向くシンタローに、マジックは、くくっとノドを引き攣らせるように震わせ、そっと近づくと、目の前に向けられた耳の後を舌で撫ぜた。
「わからんな」
 そう言って耳元で呟かれる低くかすれた甘い声。
「っ!」
 その声に、なぜか背筋に甘い痺れが走る。耳を抑え、かっ、と羞恥でされに赤く染める肌に、マジックは楽しげなものを見るように、キュッと目を細めた。
「それに、逆らうなって言ったはずだ?」
 抵抗するたびに、その一つ一つを抑えられ、お仕置きとばかりに、深いキス。
 シンタローは、舌を入れられることに、まだ抵抗があって、嫌がるのだが、だからこそ、仕置きのしがいがあるとばかりに、淫靡な音を立てて舌を絡めてくる。
「っ………はぁ」
「―――少しぐらい慣れないのか?」
 いまだキス一つするだけ、息を荒くさせるシンタロー。
 けれど、それは初々しく、口付けによって熟れた唇は、誘うように半開きになり、目元は真っ赤に染めあげ、とろりとしたぬれた眼差しをこちらに向ける姿は、ひどく人を煽るもので、マジックは、知らず知らずにこぼれる笑みを抑えきれぬまま、呟いた。
「そろそろ、始めようか―――」
 恐怖に怯え、シンタローの引き攣るような悲鳴に、マジックはふわりと笑った。




『捕らわれた憐れな蝶の命運は、すでに蜘蛛の手の中に―――全ては蜘蛛の意のままに』


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