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ajk

 バサバサッ。
 手元から大量の紙が落ちていく。床の一面を白と黒い点の羅列の模様が覆い、重ねられる。辺りに積もった幾枚もの紙。けれど、それを拾おうとする動作は、シンタローには出来なかった。
「……なんのつもりだ」
 押し殺した声。非難の眼差しが、眼前の相手に向けられていた。それも当然のことだろう。綺麗に閉じていたファイルを、全て床にばら撒いてしまった要因を作ったのが、この男なのだから。
(ったく、この忙しい時に。相変わらず場を読めねぇ奴だよな)
 行きなり執務室に乱入してきたと思えば、棚からちょうど必要なファイルを取り出した自分を囲むようにして、両腕を突き出してくれたのだ。不覚だが、それがあまりにも唐突過ぎて、うっかり手に取ったばかりのファイルを床にぶちまけてしまった。
 いったい何をしたくて、こんなことをしたのか―――考えるまでもなく、わかってしまうのも、どうかと思う。
(えーっとこれで、通算何度目でしょうねぇ)
 こんな状況でありながらも、頭の片隅では、つらつらと考えてしまう。毎度とは言いたくないが、とりあえず、片手では収まりきれないぐらいの数は、こなされているのだ。
「シンタローはん」
「あん?」
 鬱陶しさしか感じられない前髪に片方の目は隠されているために、さらされたひとつの瞳が、こちらを貫くようにまっすぐに見据えられる。真剣な表情。決意を込めた面持ちで、唇が開く。
「あんさんが、好きどすえ」
 決まりきった言葉。
 予想通り過ぎて、もうなんの感慨もない。
「ああ、わーったわーった。わーったから、さっさと退け」
 それ故に、あっさりとそういうと、犬猫を追い払うように、シッシッと手を振ってみせた。
 本当ならば、ここで眼魔砲を食らわせたいのだが、ここは自分の執務室だ。一応耐眼魔砲の防壁で囲まれているが、棚に収められたファイル類、机の上の未処理書類などは、もちろん耐え切れるはずがない。うかつに発動させるわけにはいかなかった。
 ここにキンタロー辺りがいれば、こいつをあっさりと追い出してくれるのだが、あいにくあちらは現在研究室篭り中だった。ここ数日は、遠征や出張の予定がないために、自身の知的好奇心を満たす研究へと没頭しているのだ。邪魔する理由もないので、本部にいる間は、他の秘書官らがこまごましたことはやってくれるものの、こういう場面では役には立たない。
 確か、一人秘書官が部屋にいたはずだったが、今は影も形もないのだから呆れるばかりだ。もっとも、ここにいたとしても、たいした抑制力になってくれないので、この状況を見られないだけマシと思わなければいけないのかもしれない。
「何を考えとりますのん? シンタローはん」
 つい気がそれてしまったが、それをすぐさま指摘された。指摘されたからといって、気にかけることでもないのだが、それでもシンタローは、わずかばかりバツの悪げに表情を歪めた。一応、特殊な状況下である――傍目から見れば、自分は逃げられぬよう囲われている身だ――そこで、気をそらしてしまうのも、危機感がなさ過ぎる。もっとも、この相手が、自分に何かをしでかすことなどありえないのだが。
 そう――何もしないのだ、この相手は。これ以上は。
「仕事のことに決まってるだろうが。わりぃーけど、言いたいこと言ったら、とっとと出てけよ。俺を睡眠不足にさせる気か?」
 仕事が遅れれば、その分直接睡眠時間に響くことは、この相手も知っていることである。上層部では、自分の仕事内容は、話の種にもなっているのだ。
 大体この男が、ここに来たのは、先週命じていた任務に対する結果報告書を提出するためである。別にわざわざ持ってこなくてもいいのだが、部下もいなければ――こいつの下で働きたいと望むものがいないので、いつも単独任務のみである――頼む相手もいないために、一応ガンマ団幹部の肩書きを持っていながらも、こんな雑用も自分ひとりでやる。とはいえ、嬉々として、この部屋にやってくるのだから、苦にはしていないのだろう。
 それはいい。それはいいが、部屋にくるたびに、こんな風に、自分に迫ってくるのは、いい加減やめて欲しいものである。意味のないこと、とは言わないが、時間の無駄は確かなことだ。
 鬱陶しさを見せ付けるように半眼にし、これ見よがしにため息をついてみせる。その姿に、相手は嫌な顔ひとつせずに、にっこりと笑ってみせてくれた。
「それはすんまへん。ほな、わてはもう行きますわ。あんさん、あんま無理せぇへんで頑張っておくれやす」
 それだけ言うと、スッと身体を引かれた。自分を囲っていた腕が、遠ざかる。
 そのとたんに、空調完備のこの部屋にいながら、寒さを感じた気がした。こいつの特異体質のせいだろう。炎を出現さえるのは抑えているもの、その余熱でか、傍にいればほんのり暖かい。わずかな間に、その温もりに、身体がなれていたのだ。
 それに気付いてしまい、シンタローは、チッとわずかに舌打ちをした。そのぬくもりを心地よいと感じ、そうして消えたことに、残念だと思ってしまったからだ。
 ふっと相手が視界から消えた。しゃがみこんだのだ。何をするかと思えば、床に散らばった紙を集めていた。
 自分のせいで、落ちてバラバラになったことは、分かっていたようである。けれど、やっていることは、ただ無造作に散った紙を集めるだけだった。
「すんまへん、シンタローはん。これ、どないしましょ?」
 ノンブルも何もない、その紙の束を、元に戻せというのは、どうやら無理のようである。
 先ほどの強気な表情は掻き消えて、困ったような表情を浮かべる相手に、シンタローは、気を緩めるように後ろの棚に身体を持たれかけさせ、腕組した状態で、言い放った。
「全部集めて机においとけよ。後で他の奴らに片付けさせとく」
 その言葉に、ほっと安堵したように頷き、相手は手早く紙を集めると、こちらの言葉どおりの行動をした。それでどうするかと、そのままの状態で見守っていれば、一言去り際の言葉として残すと、退出していった。
 あっさりとしたものである。
 先ほど自分に迫った態度とは思えないほど、淡々としてきたもんだった。入室の時は、乱入と思えるほどの勢いで入ってきて、こちらが身構えるよりも先に、自分を捕らえる。けれど、目的を果たしてしまえば、あっさり開放されるのである。
 けれど、いつもそうだ。
 いつもいつも同じことの繰り返し。
 飽きもせずに、自分を捕らえ、告げる言葉は、自身がどれほど『シンタロー』という存在を愛しているかだけである。
(言いたいこと言いやがって)
 こちらの答えなどはなから期待していないのだ。自分の気持ちが、決して同じように返ってくることなど、まったく信じていないのである。 
 だからいつも同じことばかりである。
 自己満足だけで、帰っていく。
 だからこちらも何もしない。相手の言いたいことを言わせておいて、言い終われば、さっさと追い出す。
 相手がそういうつもりならば、こっちも負けてはいられない。相手が自己満足だけで終えているまでは、こちらの本音を告げる気はなかった。
 すでに勝負である。
 相手は、知らないだろうけれど、シンタローの中ではすでに闘争心が湧き上がっている。
 追い詰められた方が負けなのだ。
 今の状況が苦しくなり、違う行動に出た時こそ、勝敗の分かれ道なのである。
「ったく。あいつもしぶといからな」
 こちらがどれほど冷淡な行動をとろうとも、相手はこりずに同じことを仕掛けてくる。こちらがよりよい反応を見せるまで、続ける覚悟なのであろう。
 けれど、あちらが代わらぬ態度を取り続けるうちは、自分も同じような態度をとると決めている。
 追い詰めらるのは、果たしてどちらか。

 けれど、まだだ。
 まだ、どちらも余裕がある。

 否―――。

「あ~、俺の方がヤバイか?」
 少しずつ…少しずつだが、今の状況に耐えられなくなっている気がする。なぜなら、自分の指は、先ほどから机の上をコツコツと叩いている。それは抑えきれない苛立ちを表しているのだ。


 追い詰められたのはどちらの方か。
 それは、まだ不明で。
 お互いの関係も、まだ不明のままで。




 ―――――どっちが先にギブアップするか、賭けてみるか?

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