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「……何、笑ってんだよ」
 しまったと思った時には、すでに遅かった。
 ぶすっとした表情。その唇から漏らされる低く唸るような、機嫌の悪さが即座に感じられる声を出され、すぐ傍にいたアラシヤマは、思わず漏れていた笑みをすぐに消した。
 とはいえ、浮かべてしまったそれは、すでに見られており、そればかりは取り返しのつかないことである。それ故に、彼の質問を無視することは出来なかった。
「気ぃ触ったんならすんまへん。つい気が緩んでしもうたんですわ」
 まっすぐに前だけを見つめてそう告げる。必要なことを言ってしまえば、後は口は真一文字に結んだ。
 相手の気に障るようなことは極力避けたい。折角の好機なのだ。これをあっさりと失いたくはなかった。
 相手はかなりの気分屋で気紛れ屋、いつ笑みをもらす原因であるこの状態を崩すか知れない。しかし、こちらが平素な表情を保ってみたところで、機嫌の方は直る見込みはなかった。
「ちっくしょ~。ムカつくな。なんで、あそこにお前しかいねぇんだよ。あ~あ、運が悪ぃぜ」
 心底嘆くその言葉に、ほんの少し………いや、結構グサッと胸にくるものがあったが、それでもひっそりと思ってしまう。
(わては、幸運だと思いましたわ)
 それは言葉には決して出してはいけないことであった。うっかり口にしてしまえば、眼魔砲は必至。けれど、黙っていれば、さらにぶつくさと言葉が重ねられた。
「その上、アラシヤマなんかに笑われるし。ついてねぇ~」
 自分を憐れむシンタローに、慌てて言い繕った。
「わてが笑うたのは、そんな意味ではありまへんで!」
 それだけは、否定しておきたかった。あれは、そんなつもりの笑みではない。
「んなら、なんだよ」 
 こちらからでは見えないが、剣呑な眼差しが送られたのを肌で感じる。しかし、だからといってすぐには言えなかった。言えるぐらいなら、あんなひっそりと笑わない。
「…………」
「いわねぇと眼魔砲」
 ぼそりと呟かれたそれに、本気を感じさせられる。やはり沈黙は許されないようだった。
 後頭部あたりからもほのかに温もりが伝わってくる。これが「はぁ~あ、ちょうどええ温度で、極楽極楽ですわ」と言っていられるまではいいが、うっかりすれば、頭部喪失の危機である。
 それでもたっぷり一分は躊躇った後、アラシヤマは覚悟を決めて口を開いた。
「その……シンタローはんが背中にいて幸せのあまりニヤケてしもうたんどすッ!」
 シンタローはんを背負えるなんて、そんな好機に出会えた幸福に感謝していたんどす。
 とうとう言ってしまった自分の幸せに、言葉どおり背中に背負っていたシンタローが、急に押し黙った。
「…………」
「えーと、シンタローはん?」
 これは、想像に反した行動だった。てっきり、その場で眼魔砲をくらわされると思ったのである。逃げる用意は出来ていたアラシヤマだったが、相手の沈黙に、足を止めた。
「…………」
「あの……わての正直な気持ちを言うたんどすえ?」
 それでも相手は何も言わない。気に障ったことを言ったのは自覚はあるものの、それで沈黙へと繋がるとは思ってもおらず、どうするべきかとその場でオロオロしていれば、
「…………降ろせ」
 一言そういわれた。
「えっ?」
「今すぐ降ろせッ!」
「せやかて、シンタローはんの足は…」
 降ろせといわれても、素直に降ろせるものではない。それが出来ないから、自分がここまで背負ってきていたのである。
「這って歩ける」
「そないなことできるはずありまへんやろ。景気よぉ、くじいてくだはりましたし」
 実際、見ていたアラシヤマも蒼ざめてしまうほどのくじけっぷりだったのである。ちょうど階段を下りてきていたシンタローが、何の弾みか、段を踏み外し、上から転げ落ちてきたのである。あちらもとっさだったためか、ろくに受身も取れずに、そのまま一気に下の踊り場まで転がってしまった。
 アラシヤマが、慌てて駆け寄った時には、骨が折れなくて重畳だと言ってしまうほど、足首がありえないほど捻じ曲がってたのだ。
 あのシンタローが、十分以上、その場から動けなかったのである。しかも、悲鳴こそあげなかったものの、苦痛の声は喉からしきりに漏れていたし、脂汗など額にびっしりと浮いていた。この状況で、自分の力で歩けるはずはなかった。
 それゆえに、自分が背負って医務室まで連れていっている途中なのである。 
 うっかり機嫌を損ねさせてしまったのは失敗したが、たったそれだけのことで、彼をこの場に置いていけるはずがなかった。
「もっとわてを頼ってくだはれ」
「ヤダッ」
「やだって…そないきっぱりに―――」
 駄々っ子のような言葉で、一言言われてしまった。
(はぁ~)
 胸中で思わず溜息がついてしまう。
 意地っ張りも大概にして欲しい。
 実際、ここまで背負ってくる前もひと悶着があったのだ。自分の背中に素直に乗るような人ではなく、切ないかな他の部下を呼ぼうとすれば、恥ずかしいからヤダだの格好悪いからヤメロだの駄々をこねて、結局自分が運ぶことで、落ち着いたのだ。
 素直に自分を選んでくれたわけではなかったものの、それでも、大事な人が、自分に身を預けてくれる幸せに、浸ってはいたものの、ここで拒絶されれば、いい加減ムカついてもくるというものである。
 アラシヤマは、止まっていた足を動かした。
「うわッ」
 それは、シンタローも思わず背中の上でバランスを崩してしまうほど唐突で、しかもハイスピードを伴っていた。行き成りのことで、背中から転げ落ちそうになっていたが、どうにかバランス感覚を駆使して、体勢を整えてくれる。それはこちらとしてもありがたかった。シンタローが背中から落ちるようになれば、それをしっかり抱えている自分も一緒に倒れていたからだ。
「まてよッ、俺は降ろせっていっただろうがッ」
 どうにか自分の安全を確保してから、耳元でがなりたてられる言葉。だが、アラシヤマはそんなものは無視した。
 どちらにしても、あそこでいつまでも言い合ったところで、無駄でしかないのである。怪我した箇所は即座に直るものではない。シンタローの言うような、這って医務室にいけることなどできないのだ。結局は、シンタローが折れて自分が運ぶか、他のものにシンタローを預けるしかない。それならば、自分が運んでいく方を、アラシヤマは選んだだけだった。
「こらッ、てめぇ! 言うこときかねぇと――」
「わてを殺しますか?」
「ッ!?」
 ここで本当に眼魔砲など打たれてしまえば、自分は間違いなく死んでしまうだろう。まだ、殴るという方法も残っているかもしれないが、不安定な今の状態で殴ったぐらいで、自分をどうこうできる相手だとも思ってはいないだろう。
 脅しのためだとすぐに分かる眼魔砲の熱を頬の辺りで感じながら、冷ややかにそう言い放てば、相手は喉を詰まらすようにして、押し黙ってくれた。
(ほんまに……こん人は)
 決してそんなことをしないことは分かっている――自分を殺すなど出来はしない――だからこそ、それを逆手にとっての脅し文句だったのだが、思わぬほど効果的だったようである。
 すっかり背中の上で大人しくなってしまった。
(―――甘過ぎますわ)
 黙るよりも、さらに強気に圧力をかけるなり、自分の頬辺りを傷つけて、言うことを聞かせる方法はいくらでもあるだろう。何よりも、彼は自分の上司なのだ。その権力を盾に取ることも可能である。しかし、そんなことは思いつかないのか、彼は、脅しのつもりで蓄えていた右手の眼魔砲のエネルギーさえも開放してしまっていた。
 もちろん完全に大人しくするつもりはなく、代わりに髪の毛を思い切り引っ張ってくれた。
 それで一応先ほどの言葉に対する、反撃のつもりなのだろう。
 あまりにも可愛らしい行動だ。
(ほんま、かないまへんわ)
 だからこそ、愛しく思うのだろう。
 意地っ張りで頑固で。なのに、相手へ接するその態度は、例え誰であろうとも―――うわべの態度でごまかせる時はあるけれど―――優しいと思わずにはいられないもので、仕方がないとは思うけれど、それが彼なのである。
 決してガンマ団という組織の中で、トップに立つ人に必要なものであるとは思えないが、誰も何も言わずに、彼の中にあるそれを認めてしまっている。
 それに、こういう人だからこそ、皆が、彼の元に集い、力を貸すことを躊躇わないのだ。自分もその数多の一人であることは、悔しいのだけれど、その悔しさを押し殺させてまでも、仕える価値があるのだから、本当に仕方ないとしかいえない。
 彼に関わってしまったのが、運の尽きか、幸運だというべきか―――いまのところ、後者だと信じている。
 だから、言えるのだ。
「シンタローはん――わての命はもうあんさんのものやから、好きにしてもええんどすえ?」
 気にいらなければ、滅してくれてもかまわない。捨て駒にされても、恨みはしない、と告げる。
 それは本心として、相手に捧げられる言葉。
 もしも、殺したいと願ったのならば、殺せばいい。自殺しろと言われても、自分は躊躇わず、その命を自分で絶つことが出来るだろう。
 彼のために、命をかけたことがあるから、それは確信を持って言えることである。
 自分が言った言葉に、どんな言葉を返してくれるかと思って待っていれば、たっぷりと一分ぐらいの間が空いて、ささやくほどの声音で、聞こえてきた。
「それなら、余計殺せねぇだろが。―――俺のためにもっと役立ってくれねぇと困るんだからな」
「…………くくっ」
 本当にこの人は―――。
(なんて愛しい存在だろうか)
 自分のようなものには、触れるだけでももったいない気がしてしまう。
 だけれど、もうしばらく……、後数十メートル先の医務室につくまでは、この背中にいて欲しい。
「な、何笑ってんだよ! てめぇは」
 こみ上げてきた笑いを抑えることが出来ず、身体全体で震えるように笑えば、憤怒の声が聞こえてくる。
「やっぱりあんさんが、好きですわ」
「なッ!?」
 息を呑む相手を尻目に、アラシヤマは思う存分身体を揺らして笑い続けた。

 

 一生忠誠を誓ってもええどすか? 
 一生逃れられないように。
 一生貴方を縛り付けられるように―――。

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