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am,
 なんでこんなことになっているのか………。


 淡い薄紅色のトンネルを緩やかな足並みで歩く。道の両端に植えられた桜は、互いに交差するように枝を伸ばし、その枝先まで春の訪れを示すように鮮やかな春色に染め上げる。
 幻想的な風景。夢見心地を誘われるその道を、けれどシンタローは無言のまま。仏頂面をして、まるで苦行のように延々と歩いていた。
 一体、自分は何をしているのか―――――。
「どないしはりましたん? シンタローはん」
 訊ねたのは、自分の同行者。そう、シンタローは、ひとりでここに訪れたわけではなかった。
 ガンマ団が保有する保養所のひとつ。中でも一族と幹部以上の者しか来ることを許されないここは、シンタローの中では、特別な場所であった。この時期になれば、家族などといつも訪れるこの場所を、けれど家族以外で、二人きりできたのは初めてだった。
「どうもしねぇよ」
 そっけなく言い放ち、歩みを速める自分の背後から、同じような足並みでついてくる気配がする。けれど、自分を追い越すことはしない。隣に立つこともしない。それは、そうすることを自分が最初に拒否したせいだった。
『キモいから隣を歩くな』
 それは、照れ隠しを多分に含んだもので、訪れる者が少ないとはいえ、保養所内の建物には常任している管理人がいる。その目をはばかって言ったのだが、荷物を部屋に置き、外へと散歩に出かけ、その目もとっくに見えなくなったにもかかわらず、相手はその言葉を忠実に守ってくれていた。
「………くそぉ」
 つまらない。全然つまらない。結局ひとりで歩いているのと変わらないのだ。
 今日は、散歩日和である。
 このあたりは、数日花冷えとも言われていて寒い日が続いていたのだが、今日は一転して春の陽気になったと、ここの管理人が教えてくれた。
 その言葉どおり、頬に触れるのは柔らかく温かな春風。前日までは、七分咲きだったと言われていた桜も、今日の陽気に誘われるように、蕾は、ほろほろと綻び、その艶やかな姿を披露してくれている。
 眺めるだけでも楽しい、その光景。それなのに、今の自分は、ほとんどわき目もみらずに、真っ直ぐ進んでいる。
 スタスタスタ。
 聞こえてくる音は二人分。
 けれど、自分の隣には誰もいない。それは、もちろん自分のせいだけれど、素直に言うことを聞く相手も相手だと思うのは、身勝手な考えだろうか。
 今日の散歩とて、実のところようやく時間を工面して作ったものだ。自分は総帥業が忙しくて、ほぼ無休。相手もまた、性格は置いといて、ガンマ団団員としては幹部の実力を持つほど有能である。そのために、危険で難しい任務を与えることが多く、ほとんど本部に戻ってくることはない。
 下手すれば、二ヶ月三ヶ月の遠征だってありうる相手を、総帥権限をほんの少しだけ使わせてもらって、この時期に本部に留まらせたのは、理由がある。
 それは、ひとつの約束。
 それは、他愛のないもので、言った本人は忘れているかもしれないが、それでも自分は実現させて見たかったのだ。
「シンタローはん?」
 背後から問いかけられる声。そろそろ我慢が出来なくなり、苛立たしさに、頭を掻き毟ったり、粗雑に歩みを進めるために不審に思ったのだろう。それならば、自分を追い越し、こちらの様子を伺ってくれたり、隣に立って気遣う視線を向けてくれればいいのに、忠犬よろしく一歩後ろの位置から変わらない。
 そして状況は変わらないまま、桜並木も終わりを迎えた。   
 桜並木の終着点は、洪水のように流れ落ちる枝垂れ桜だった。
「うわっ」
 その迫力に飲み込まれそうになる。
 それほどに見事な桜だった。無数の枝が天上から垂れ下がって、それはまるで薄紅色の滝である。周りの空気すらも桜色に染め上げられてしまうようだった。
 ここの土地を買った時、この桜が決めてだったと言われている。そこから続く道は、後から作ったものである。他のものは五十年も経ってはいないのだが、この桜だけは、もう百年以上も前から、ここにあるのだ。
 何度も見ているにもかかわらず、圧倒的な迫力に息を飲んで魅入ってしまう。
 一瞬だけ、意識が桜へと向けられた。そのために、突然身体を触れられて驚いてしまった。
 ビクッ。
 肩が大きく揺れる。反射的に、視線を斜め下に向ければ、そこには自分の右手がある。そしてその上を掴む、アラシヤマの手があった。重なるように触れた手は、しっかりと握り締められていた。
 驚いた。
 ずっと触れることなどしなかったにも関わらず、行き成りのこの行動にどう反応すべきかと考え込めば、半歩ほど距離を縮めた場所から、声が聞こえた。
「驚かせてすんまへん」
「なに?」
 ビクついてしまったのを隠せなかったことに、かすかに羞恥を覚えつつも、平素を装ってそう訊ねれば、申し訳そうに告げられた。
「あんさんが、この桜に奪われてしまわれそうで思わず手を掴んでしもうたんどす」
 その言葉に心底呆れた。
 そんなはずはない。確かに、この枝垂れ桜は見事である。一瞬だけ、それに見蕩れてしまった。けれど、わかっていない。それもわずかの合間だけで、心はもちろんのこと、自分の意識はいつだって、後ろにいた相手の方へ行っていたのだ。
「わても阿呆どすな。許可なく触ってしもうて、気分悪ぅ思わせたらすんまへんどした」
 その手がいとも簡単にするりとほどけられる。だが、シンタローは、逃げ去る寸前にその手を掴んだ。
「シンタローはん?」
 訝しげな声が耳に聞こえる。相手の表情はわからない。いつまでも背後にいるからだ。だから、気付いてもらえない。顔さえ見れば、一目瞭然のはずなのに。
 無言のまま、その手を引っ張る。なんなくその身体は、自分の隣に立つ。
 こちらを見る相手の視線から、ふいっと顔をそらす。だが、真横から自分を見つめる相手の視線は感じていた。
 掴んだ手は、すでに力を緩めていた。手を解こうと思えばすぐに解ける。だが、手はまだ繋がったまま。
「シンタローはん………このままでええどすか?」
 どうしてわざわざそんなことを聞くのだろうか。自分の答えなど分かりきっている。それとも、それもわからないほど鈍感なのだろうか。ああ、そうだろう。だからこそ、苛立ちは増す。
 心の声など聞こえはしない、言葉にしなければわかってもらえない。
 そんなことは、重々承知。だからといって、なんでも言葉にできるわけがない。
 言えない言葉などたくさんある。そう―――恥かしくて言葉にできないことは、それこそ山盛りたくさんだ。
 だから、答えにならない答えを告げた。
「約束……しただろ」
 冬に交わした約束。
 ―――桜が咲いたら、一緒に見に行きまひょ。
 冬の最中に告げられた言葉。桜の蕾はまだほとんど目立たないぐらい小さく堅く。春などずっと先のことに思えたけれど、その約束が叶えられるのを密かに待っていた。
 それは、まだ叶えられていない。共に並んで桜を見てはいないのだ。
「そうどしたな」
 ふわりと笑みが浮かべられる。ああ、覚えていてくれたのだ、とその笑顔でわかった。
 それだけで十分である。我ながら現金だとは思うけれど、先ほどまでの苛立ちはスッと消えていた。
 繋いだ手は、いまだそのまま。
「―――ほなら、このままあの桜の周りを散歩しまひょか」
「そうだな」
 周りの大気すらも桜色に染め上げるほどの艶やかな枝垂れ桜の下で、自身もまた、桜色の染めながら、春を楽しむように手を繋ぎ歩き出した。

 

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