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ak

 シンシンシン……。
 雪が降る。
 降り始めはいつだったのだろうか。気付けば外の景色はうっすらと雪化粧がほどこされていた。
 大粒の雪が絶え間なく降り積もる。音もなくただ、白に白を重ね、全てを覆いつくし飲み込んでいく。
 その色は、穢れなき色。
 無垢を象徴する色。
 気がつけば、シンタローは外にいた。
 吐く息が凍りつくように、白い塊となって生まれて、溶けていく。風がほとんどないためだろうか、大気は凍て付くほどの冷たさを帯びているものの、思ったほど寒さは感じなかった。
 それでも半ば衝動的に部屋から出たその姿は、部屋着のままで、防寒はされてはいない。けれど、上着を取りに戻ろうとは思わなかった。
 雪が降り積もる。
 頭に肩に……白へ染めよと言わんばかりに、雪が覆いかぶさってくる。それを払いのけることはしなかった。むしろ、望むように手を広げ、その手のひらに落ちる雪を受け止める。けれど、手に触れる雪はすぐに溶けていき、なかなか積もることはできなかった。
 広げられた手は、変わらぬ色を保っている。
「―――白く染めることもできないほど汚れているとか…な」
 思わず呟かれた言葉。
 そんなはずはなく。それがわずかな熱にも溶けやすい雪の性質だとわかっているのだけれど。それでも自分の手を見ていると、染められぬことが哀しみとなって胸の奥に滲む。
 天にかざすその手は、皮膚の色そのままだけれど、シンタローの目には、それとは違った色に見えていた。
(何度、この手を鮮血で染めたっけ)
 もう覚えてなどいない。……多すぎて。 
 一番最初の時は、嫌になるほど鮮明に覚えてはいるのだけれど―――とろりと手首に伝う自分以外の血に、情けなくも悲鳴を上げて振り払った。振り払っても地面にこすり付けても、綺麗に落ちないその赤い色に、涙を流した。救いは誰もそれを聞くものがいなかったということだろう。人の形をしたものはいたが―――それ以降は、曖昧の中にあった。それは、忘れることを願った結果か、それとも思い出すのも煩わしいほど日常であったせいか、どちらとも言えないままに、記憶の澱となって沈んでいた。
 それでも、この手の色が何色であるかは、間違えることはなく、聞かれれば、正しく『赤』だと答えられる。
 雪は止むことはなかった。それどころか、夜が深まることで、さらに激しさをまし、闇すらも染め上げるがごとく、留まることなく降り注ぎ、地上を一色に塗りつぶしていく。
 頭や肩に落ちた雪は、かなりの厚みを帯びていた。
 けれど、相変わらずこの手に雪は積もらない。すでに感覚がなくなるほど、冷え切っているにもかかわらず、それでもまだ、雪は透明な水へと変わる。
 罪の色に染まりきったその手を今更に白に染め替えたところで、犯した過去から逃れることはできないのだけれど、それでも心は救われるのだろうか―――救って欲しいと願っているのだろうか。
(今更だよな…)
 そんな虫がいいことを考えるだけ愚かである。けれど、それならばなぜ、自分はここから動けないのだろうか―――。
「何しとりますのん、シンタローはん」
 凍て付いた大気を震わす声が、不意に聞こえてきた。寒さのために身体の機能はかなり麻痺をしており、ぎこちなく振り返ってみれば、そこに人影が見えた。
「……アラシヤマ?」
 薄暗い視界、しかも雪のために視界はほとんどゼロに等しい。それでも、その独特な言葉使いや抑揚は、彼以外しかいないだろう。ほとんど朧しか見えない姿だったが、それは、雪を踏みにじるように、どかどかとこちらへ向かってきた。なんとなく怒っている様子である。実際その通りで、後一歩で自分にぶつかるというところで足を止めた相手は、低く唸るような声を発した。
「そない姿で、何をしとりますのん」
 再び重ねられる言葉。
「何って、雪見だろ」
 それに、シンタローはそうそっけなく応えた。
 それ以外に、ここにいる理由はない。当たり前のことを当たり前のように言えば、相手の手がこちらに向かってきた。
「こない冷とぉなって、何が雪見どすえ」
 アラシヤマの手は、自分を殴るためでもなく、優しく両頬に触れてきた。その手は意外なほど温かみを帯びていた。冷え切った身体に血の気を失いかけていた頬に、確かな血の通いを感じさせてくれた。
「阿呆なこと、言わんといてくだはれ」
 怒っていたはずの顔が、辛そうに歪められていた。こちらに憐れみすら感じさせるその視線に、シンタローは、両頬をはさまれたまま、ふいっと横へと向いた。
 いたたまれない。
 そう思った。アラシヤマ相手に、そんなことを思う必要はないのだけれど、なんとなく、親に悪戯を見咎められてしまった子供のような気分になってしまう。
(なんだって、こんなとこに来るんだよ)
 わざわざこんな時間に、こんな空模様の中で、ここに来る者がいるとは思わなかった。それなのに、やってきた相手が、よりもよってアラシヤマである。
 だからこそ、失敗だった。常ならば、ここまで傍になど近寄らせないのに、油断してしていて、ここまで距離を縮めさせてしまった。
(こいつだけは、こんなに至近距離にいて欲しくねぇんだよ)
 なぜなら、自分を見透かしてしまうからだ。上手く隠しているはずの感情も、アラシヤマはあっさりと見抜いてしまう。だから普段は、傍に近寄らせない。折角隠した感情を露にして欲しくないからだ。
 けれど、ここまで近寄られれば無駄だ。逃げればいいのかもしれないが、それは自尊心が許さないし、追い払うにも、相手もここまで近寄れば、簡単には追い払われてはくれない。それにもう―――気付かれている。自分がここにいる理由を。
「シンタローはん」
 強い語調で名前を呼ばれ、そらしていた視線を少しだけ戻した。
「んだよ、煩ぇな。俺のことなんて、放って置けよ」
 バツが悪く、ぶすっとした顔で、そう言い放てば、相手は未だに離さない両頬を挟むように、ぐっと力を込めた。
「そないなこと、できるはずがあらしまへんやろ」
 まっすぐな視線がこちらを貫く。片目だけ露となっているその瞳に、こちらの両の目が集中する。二つ分の視線を、しっかりと受け止めて、アラシヤマは、肩に積もっていた雪を払いのけていった。
「こないに、雪を積もらせて」
 頬が冷たい。アラシヤマの手は、肩に触れ、そうして、頭に伸ばされていた。
 目の前を、ぱらぱらと雪の欠片が落ちていく。それを手で受け止めれば、溶けて水となった。
「シンタローはん?」
「……………」
 先ほどから黙ったままの相手に、アラシヤマは、小さくため息をついた。
「あんさんは、もう…また、妙なことで悩みはっとるどすなぁ」
 分かりきったその溜息と言葉がむかつくけれど、しっかりと的確に読み取られているのは間違いなかった。
「シンタローはん、温もりを持ってはるんは、人やからでっせ」
 アラシヤマの手にも雪が触れ、溶けて、水となっていく。その手にも、いくつもの血がこびりついていた――共に戦ったことがあるために、それは確実だ―――赤く染められる手を、けれどアラシヤマ、誇るように空に向かって広げた。
「あんさんは、この手を白に染められたら気がすむんどすか?」
 空を仰いでいた視線が、こちらへ向けられる。
 どうだろうか。白い手を取り戻せれば、自分の中の罪悪感は全て消え去れるのだろうか。
 そんなことはありえない。
 即座に出てきた答えに、シンタローは、顔をゆがめた。それは、本人は意識していなかっただろうが、幼子の泣く一歩手前の顔のように無防備で、アラシヤマは、右手を空から外すと、シンタローの頬に触れさせた。雪を何度も掴み、溶かしたはずの手は、けれど、冷え切ることなく、温もりを保っていた。それを、シンタローに感じさせる。
「せやけどな。あんさんは生きているんどすえ」
 この暖かさは、生きている証だと伝えるアラシヤマに、けれど、シンタローの瞳は、暗く淀んだままだった。
「多くの命を吸い取って、だからこの手は熱を持ち、こうして雪を溶かしているんだ―――なんてことをあんさんは思ってはるんどすか?」
 そうかもしれない。
 こんなに手が暖かいのは、あの熱い血潮に触れたためなのかもしれない。
「せやったら、赤子でも人を殺してはることになりますわなぁ」
 その言葉に、シンタローは、ハッと瞳を開いた。
(そう…か)
「間違ったらあきまへん。この手は、赤にも白にも染まりまへんのや。手は、ただの手どすえ。せやから、人の命を奪った贖いは、自分自身でせなあきまへんのや」
 雪には、その罪を雪ぐことは、不可能だと告げられる。
 けれど、それでよかった。愚かな想いに囚われていた自分を目覚めさせるには、十分だった。
「ああ、そうだな」
 馬鹿な思い違いをしたものである。
 アラシヤマの言う通り、この手にかぶった罪を背負うのも償うのは、自分以外いないのだ。他の何かに消してもらうことなど、できることではなかったのである。
「大丈夫ですわ。それが辛うとも、あんさんには、わてがついてますやろ? それに―――言うのも悔しいけんど、キンタローもグンマはんも、マジック元総帥やて、あんさんをいつでも支える準備は出来とりますわ。だから、大丈夫どすえ。シンタローはん」
 そういうと、両腕が回され抱きこまれる。抗う隙など、与えてくれなかった。それよりも先に、暖かな身体が、冷え切った身体を温め行く。その心地よさに、シンタローは、その場に留まることを選んだ。
 雪は変わらず、二人に降りかかる。けれど、触れるたびにそれは溶けていく。
 決して白には染められないのは、生きているためだ。罪をその身に背負いつつも、それでも生きることの証である。
「そっか―――そうだな」
 大丈夫だと、あいつが言うならば、大丈夫なのだろう。
 自分は、まだ罪を背負いながらも生きていける。罪を贖いつつ生きていける。
(大丈夫……か)
 何度も赤く染められた手を、雪に触れさせる。変わらず水となって溶けていくその光景をかみ締めて、シンタローは、暖かなその身体にしばし身を預けた。

 シンシンシンシン……。
 雪はまだ止むこともなく降り続いていた。

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