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 二度と見たくないと思った。
 だから、手を伸ばす―――恐れを捨てて。
 



 その背中を見送ることには慣れていた。いつも自分を置いていく、その背中。振り返ることなく、常に自由に飛び立っていた。
 いつからだろう、その背中を見るのが苦しくなってきたのは。自分を省みらないその背中に、自分の存在を気付いて欲しくて、触れようと手を伸ばし始めたのは。
 けれど、いつも触れる一歩手前で、それは止まっていた。いつも追いかけるつもりで、最後は失速し、足を止めていた。
 
 なあ、気付いている? 俺の存在を。
 俺が、ここにいるということを。その背中の先にいることを。

 尋ねたかったけれど、一度もそれは成功したことはなかった。なぜなら、彼にとって自分の存在などちっぽけなものでしかなかったから。一度も対等に、自分を見てもらったことはなかった。
 彼にとって自分はいつだって小さきもの。幼い子供であるに違いなかった。
 だから言えなかった。
 その背中を捕まえて、自分も一緒に連れていって欲しい―――などと。
 きっと、幼い我侭と思われるだろう。それが嫌だった。何よりもひとりぼっちにされる寂しさから、誰彼構わず傍にいて欲しいとぐずるのだとは、決して思われたくなかった。
 だから、ただ見送るだけだった―――その背中を。
 涙を堪えて、唇を噛み締めて、強がってその背中を見送るのだ。

 なあ? でも、本当は嫌なんだ。
 いつもいつも心が引き裂かれそうな思いになるのは、嫌なんだ。

 想いの一部は、いつの間にか相手の元へといってしまった。だから、離れれば、その分引き裂かれる痛みがます。
 もう、その背中は見たくない。痛みは増すばかりで、苦しみは増すばかりで、いつかその背中を、自分は消してしまわないか怖かった。去っていく背中を見たくなくて、自分の方からそれを消してしまわないか不安だった。そんなことをすれば、自分とて存在出来なくなるのに。
 だから………。

 なあ、もういいだろうか。
 
 時は満ちただろうか。
 自分は小さな子供ではない。いつまでも背中を追いかけるばかりの幼子ではない。そこに立ち止まっている理由はない。






 シンタローは、その腕に白い花で埋め尽くした。今朝方摘み取ったばかりのそれは、強い芳香を漂わせる。花瓶に差していたそれを、無造作に引っ張り出し、全てを抱えて走った。
 ついさっき、久しぶりに再会したばかりだというのに、再び去っていく、その背中。その背中へと向かって走っていく。一生懸命に、追い求める。
 近づく背中。大きくなる背中。それは、壁のように自分の前に立ちふさがるけれど、足は止めなかった。もう、自分は子供ではない。そう言い聞かせて。

「ハーレム!」

 その背中が振り返った瞬間、シンタローは持っていたその花を相手の顔目掛けて、降り注ぐように放った。
 花の中で見え隠れするその顔へ向かって、叫んだ。

「決めたからなッ! 今から、俺はお前と一緒に行く。―――この花に誓って」

 驚いた表情の相手に、シンタローはそのまま抱きついた。背中にではなく、胸に。もうその背中は見たくないから。
 そして、しっかりと受け止めてくれた相手に、宣言する。

「否は、ねぇからな!」

 ダメだといっても聞かない。もう誓ってしまったから。足元に落ちる可憐な白い花達に。
 放り投げたのは、ジャスミンだ。ジャスミンの花言葉は『私はあなたについていく』だからもう、離れない。一緒にどこまでも行くのだ。
 相手の呆然とした顔が、不意にくしゃりと崩れるような笑みに変わった。

「それなら、言うことは一つだろうな」

 ふわり、とシンタローの身体が浮かぶ。抱きかかえられるようにされて、相手の顔が近づいてくる。
 とくとく、と高く鳴り響く鼓動。そんなものにお構いなしに、真夏の空のような深い青い瞳が迫る。
 逃げ出したくなる心を押さえつけて、ひたと相手の瞳を見据えれば、真摯な口調で告げられた。

「俺と共に―――来い」

 それを耳にしたとたん、自分の顔が幸せで彩られる。答えが怖くて瞑っていた瞳が大きく開かれ、泣きそうになるのを我慢するためにへし曲げた口元が開かれ、顔全体が緩む。
 破顔一笑。
 その言葉に相応しい満面の笑みを浮かべ、そして、歓喜の声をあげた。

「もちろんだ!」
 
 二度と背中を見ずにすむ。呼応するように返事を告げたシンタローに、止まっていた時が動き出す。
 誓いの証のように触れられる唇。ジャスミンが甘く香る中でシンタローは、それを受け止めた。

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