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aj[

 泣けばいい―――そう思う



 他者を拒絶する冷たい背中に、躊躇いがちに、それでも確かに感じるほどに触れる。
 ぴくりとも動かぬ背中。自分が触れることなど、とおにわかっていたというように、静かに滑らかに振り返られた。
「シンタローはん」
 わずかに下瞼を持ち上げるようにして、ゆるりとした笑みを浮かべる。嬉しそうに声は少し弾ませて、触れてくれた相手に喜びを見せる。
 逆にこちらは、眦を吊り上げ、への字に口をへし曲げる。眉間に皺を何重も作り、不機嫌さも露わな表情を見せる。
「………どないしはりましたん? なんぞ、わてがあんさんの機嫌を損ねるようなことしはったんやろか」
 気遣うような眼差し。こちらの心情を慮る様子に嘘はなく、だからこそ、腹立たしい。
「シンタローはん?」
 一言も発しない自分に、訝しげな表情が強くなる。
(泣けばいい)
 何があったのかは知らない。けれど、全身から悲哀を滲み出していた背中を見れば、泣きたくなるほどのことがあったことは想像がつく。それでも、その顔に涙がひとつも浮かんでないことはわかっていた。いや、おそらくそうであろうと予想していた。実際、彼の顔を見るまで、泣いていたかどうか、明確な判断は出来なかった。
 そして、今は、その予想が当たっていたことがわかった。
(なぜ、泣かない?)
 泣けないほど哀しいことがあったのだろうか。
 確かに、限界以上の哀しさに襲われると人は泣けなくなる。泣くことすら忘れてしまうのだ。
 アラシヤマもそうなのだろうか。
 だが、我を忘れるほどの哀しみの中にいるようには見えない。自分を前にして、気遣うように様子を伺う様は、深い哀しみに囚われているようには見えなかった。
 だから、きっと彼の持つ哀しみは、泣ける哀しみなのだ。
 けれど、涙は見当たらない。
(なぜ、泣けない?)
 自分がいるせいだろうか。いいや、自分がいない時にも、彼は泣いている様子はなかった。ならば―――それは。
「シンタローはん」
 優しく名前を呼んでくれる相手の瞳を見つめる。やんわりと笑み形作るその瞳は、いつもと変わらぬままで―――泣くことなど忘れているようで―――けれど、そうではないのだ。
(ああ、こいつは泣き方を知らないんだ)
 それは、確かな真実であることを確信し。
「シンタローはん、わてがなんかしましたやろか?」
 何かしたのではなく、何も―――泣くことをしない相手に、シンタローは沈黙を保ったまま、一粒涙を流した

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