忍者ブログ
* admin *
[126]  [125]  [124]  [123]  [122]  [121]  [120]  [119]  [118]  [117]  [116
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

ds
<平安パラレル物です>




 ぽとり…。
 桜の花が地面にひとつ落ちた。
 西の庭にある桜である。この屋敷の中でただひとつだけ植えられたそれは、待ちに待った春の訪れを告げてくれたもので、こちらの期待に応えるように、天へと向かって伸ばされた枝の先には、すでにいくつもの薄紅色をした花をつけていた。
 今が盛りというには少し蕾が目立つ、七分咲き。けれど地面に落ちたその花に、簀子(すのこ)の上を通っていたシンタローは、ぴたりと足を止めた。それと同時に視線は、スッと細められ、険しさを帯びる。見つめる先は、落ちたばかりの桜の花。
「何をしてる?」
 シンタローは誰にもいないはずの庭に向かって、そう言葉を発した。
 地面に落ちた花は、花びらではなく、五枚の花弁をつけたまま落ちていた。それは、あまりにも不自然で、シンタローは、落下地点よりも上へと視線を定めた。そこで、それを見つけたとたん、シンタローの視線はさらに剣呑さを増し、そうして、無意識のうちに頬を引きつらせていた。
「そこでいったい何してるんだよ、アンタは!」
 もう一度同じことを繰り返せば、そこにいた相手が、ようやくこちらへと顔を向ける。
「チッ。煩っせぇーな。黙って見過ごせよ」
 いいとこを邪魔しやがってとごちる声。
 そこにいたのは、野性味溢れた風貌をした男だった。金色の髪は、手入れをあまりしていないのかと疑うってしまうほど、無造作に伸ばされており、まるで獅子の鬣のようである。その髪をうざったそうに、掻きあげて、面倒臭そうに視線を向けてきた。
「がたがた言うんじゃねぇーよ」
「ふざけんなッ! 見過ごせないから言っているんだろうが。んなとこで、何してやがる」
 すでにシンタローの身体は、簀子から乗り出さんばかりである。
(まったく、相変わらずだな、このおっさんは)
 人の家に不法侵入しておきながら、横柄な態度。しかも、彼の片手には、明らかに酒入りと思われる瓢箪が握られていた。しゃべる合間にも、それに口付けて、喉を上下に動かしている。無礼極まりないそれを、無視できるはずがない。
「花見に決まってるだろうが、馬鹿が」
 あっさり言われたその言葉に、プツンとシンタローの中の何かがはじけた。
「馬鹿は、どっちだッ! お尋ねものの盗賊のくせに、んなとこにいるんじゃねぇよ、おっさんッッ!!」
 そんな彼が、なぜこんなところにいるのか、という疑問よりも、こんな場所で堂々と酒を飲める相手の神経をまず疑ってしまう。
 もしもその姿を見咎められれば、捕縛され、命すらも危うい状況に陥るというのにも関わらず、彼は、飄々と桜の木に登り、暢気に花見をしているなどといっているのである。正気の沙汰とも思えぬ行動だ。
 いつのまにか、シンタローは素足で、地面に降り立っていた。遠くから叫ぶだけではらちがあかない。
 動きにくい女性の装束を身にまとっていたことも忘れ、裾が汚れるのもかまわずに、相手に向かって突き進む。それでも、誰か人がいないか、気遣うように、辺りを見回すことを忘れない自分が、嫌だった。
 なぜ、自分がこんな奴を気にかけなければいけないのだ、という気持ちなのだ。
 それでも、見つけたのが自分でよかったと、ホッとしているのも事実だった。自分以外ならば、すでに彼は矢の的になっている。
「さっさと帰れよ」
 桜の木の根元まで行くと、シンタローはそう言い放った。
 いつ自分以外のものが、ここを通るか分からないのだ。桜の花に隠れているとはいえ、それでも、その大きな身体が、まったく見えないわけではない。
「いいじゃねぇかよ、もう少しぐれぇ。誰も来ねぇし。第一俺は、ここの桜が一番気に入ってるんだよ」
 ぐいっと再び、瓢箪の中の酒を煽る。
「勝手だろうが」
 そうほざく相手に、シンタローは、相手の昇っている桜の幹を拳の裏で叩いた。
「馬鹿が……それで捕まったらどうするんだよ」
「捕まらねぇよ」
 堂々と言い放つそれは、自信に溢れている。けれど、それになんの根拠もないことをシンタローは、分かっていた。
 確かに、彼の腕っ節の強さは認める。腰にはちゃんと太刀も下げている。けれど、ここには彼ひとりしかいない。人海戦術でこられれば、さすがの彼とて、無事ではすまない。
 何よりも、この屋敷の周りには、彼を捕らえるための人材は事欠かないほどいるのだ。こんな――内裏の中に進入してくる馬鹿など、彼ひとりである。
「……本当に馬鹿」
 心配するのが馬鹿らしくなる。
「早く帰れよ――」
 いつのまにかその声音は、懇願するようなものに変わっていた。
 たぶん、自分は見たくないのだろう。彼が捕まる姿など。彼が、誰よりも自由が似合うものだと認めているがゆえに。
 じわりと目頭が熱くなる。涙目など見せたくなくて、頭を下に傾けた。
 ぽとり…。
 視界の端に何かが落ちる。それに視線を留めれば、桜の花であることがわかった。それと同時に、枝が大きく揺れ、人が降りてくる。
「ハーレム……?」
 あれほど言っても聞かなかった相手が、桜の木から下りてきた。
「あ~あ、酒が切れたから、そろそろ帰るわ」
 驚いていれば、そう一言漏らされた。
 花見に酒はつきものだと、いっていたが、その酒が切れてしまえば、花見も終わりだというのだろうか。
 なんであれ、帰ってくれるなら、一安心である。このまま誰にも見咎められずに帰ってくれればいい。
「そっか…じゃあな」
 名残惜しさを感じないわけでもないが、それでも彼の無事の方が大事である。
「あばよ!」
 帰る動作をした相手の腰から、ちゃぽんと液体がたてる音がした。
(酒……まだ、残っていたのか?)
 一瞬だけ聞こえたその音に、けれどシンタローは何も言わなかった。言う必要などない。
「シンタロー」
「なんだよ」
 その背中を見送っていれば、急に名を呼ばれた。
「忘れるなよ」
 そう言うと、立ち去りかけていたその身体が、反転して、こちらに向いた。
 相手との距離が、一気に縮まる。背をそらそうとしても、間に合わなかった。それよりも早く、相手の手が後頭部に回して引き寄せられる。
 ザワッ。
 正面から風が吹きぬけ、髪が大きくうねる。
「んッ」
 その直後に、唇に何かが触れた。
 一瞬息を止めて、けれど、風が通り抜けて行ったのと同時に、それは唇からはがれていった。
 シンタローは、唇に指を這わした。先ほどのそれは、ひんやりとした冷たさと滑らかさがあった。触れたはずの唇とは違う感触。
「チッ。とんだ邪魔が入ったな」
 ハーレムは、恨めしそうに顔を顰めて、舌打ちをした。
 ハーレムの口には、桜の花びらがあった。先ほど降りてきた時に、折られた名残だろう。風に煽られて、落ちてきたのだ。
 なんの偶然だろうか。
 桜の花びら越しに唇が触れたのである。
 忌々しげに、唇に張り付いた桜の花びらをはがし、ハーレムは、それを足で踏みにじる。綺麗な薄紅色が、柔らかい土の中に埋まる。
「……日ごろの行いが悪いせいだろ」
「ぬかせッ! ったく」
 自分へまともに口付けが出来ないことで、本気で悔しがっている相手を前に、そう言い放てば、不貞腐れるように返される。けれど、再び彼が、こちらに触れることはなかった。
 いつもそうだ。 
 彼との交わりは、一瞬だけしか許されないかのように、刹那の間だけで終わる。お互いにそれが暗黙の了解であるかのように。
 それはある意味正解なのだけれど―――今は、もう互いの立場が違うのだから。
「じゃあな」
 そう言った相手の姿は、すぐに視界から消えた。
 シンタローに残ったのは、口付けを邪魔され、散り散りにされた憐れな花びらが地面に一つ。
「……忘れるわけないだろう」
 もう、姿も見えぬその相手へと告げるように、シンタローはそう呟いた。
 忘れることは出来ない。
 かつてここで交わした約束を。自分のためにしてくれた約束。
 けれど、ただそれだけでもあった。そこに含まれた約束も願いも叶えられることはない。
「また、会えるよな?」
 それがどれほど儚い願いであるかは分かっていても、それでも―――また会えることを願って、しばしの邂逅の時を与えてくれた桜の木をシンタローは見上げた。
PR
BACK HOME NEXT
カレンダー
04 2025/05 06
S M T W T F S
1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 31
最新記事
as
(06/27)
p
(02/26)
pp
(02/26)
mm
(02/26)
s2
(02/26)
ブログ内検索
忍者ブログ // [PR]

template ゆきぱんだ  //  Copyright: ふらいんぐ All Rights Reserved