心の友と書いて、『心友』。
どこぞのガキ大将が、自分の都合のいい時ばかり使う一方的な言葉として印象があったそれ。
本気の思いで――もっとも、一方的なのは代わりないが――実際に自分に使われるとは思ってもみなかった。
「なあ、俺とお前って『心友』なわけ?」
「な、な、なななな何をいまさらなことを言うておりますの、シンタローはんッ!」
何気なく言い放った言葉を、この世の終わりかのように蒼白な顔してこちらに詰め寄るのは、自称―――以外何ものでもない、俺の心友(らしい)―――アラシヤマだ。
珍しくヒマだったこともあり、幹部連中に与えている個室の仕事場の、アラシヤマの部屋に足を運んで、だらだらとしていたシンタローだったが、先ほどの言葉は、退屈しのぎにもらした言葉だった。
入れてもらったお茶と用意されたお菓子両手に、ソファーの上に寝そべっていた状態でくつろいでいたのだが、鼻と鼻がくっつくぐらいに詰め寄られたおかげで、半分ほど残っていたお茶をこぼさぬように注意しつつ、その場から逃げ出さなければいけなくなった。
「シンタローはんッ! わてを捨てる気どすか」
いや、どうしたらそうなるんだか―――というか、捨てられるものならとっくに捨てています。
そう突っ込みたいものの、逃げる最中に豆大福を口に放り込んだために、口は塞がれたままである。とりあえず、お菓子を処分し、残りのお茶も流し込んで、一段落ついたところで、再びにじり寄ってきた相手を制するように手をあげた。
「捨ててねぇから、仕事に戻れ、アラシヤマ」
大体、どうやったら捨てられるのか、一回本気で相手に問いただしてやろうか、と思ったことは、実のところ一度や二度ではない。というか、今、聞きたい。だが、そうなると余計ややこしくなるため、シンタローは、賢明にも、その質問は飲み込んだ。
「シンタローはん……」
それで納得してくれたのかどうか、恨みがましげにじとりと見つめられるが、それを鷹揚に受け止めたフリをして、そっと流した。
「わかったなら、仕事してくれ、な? アラシヤマ」
こちらが、だらだらできるのは、あちらが、今日までの仕事にかかりっきになっているお陰である。でなければ、こんなところにヒマをつぶしにはこない。美味しいお茶とお菓子目当てできているだけなのだ。
まだ、テーブルの上には、豆大福が残っているし、お茶も代わりのものを入れて欲しい。だからこそ、シンタローは、アラシヤマを宥めるように、仕事に戻るように、手をふって追い立てる。その仕草が、野良犬を追い出すような動作とまったく一緒なのだが、このさい、どうでもいいことである。
しかし、相手はやはりしつこかった。
「わて……わてとあんさんは、あのパプワ島で、熱い友情を確かめあった仲やあらしまへんか」
「………そうだっけ?」
「シンタローはんッ!!!」
「いや、ああ……まあ、うん……そんなこともあったかなぁ」
だが、宙を睨む眼差しは胡乱なものを孕んでいる。
あの頃の記憶は、鮮明なのだが、どうもアラシヤマと友情を確かめたうんぬんの記憶は、曖昧というか、おぼろげというか……ぶっちゃけない。
あちらの勝手な妄想かもしれない、という疑いもあるが、こちらの思い出したくない過去に入ってしまっている可能性もなきにしもあらずである。
「あの時、わてとシンタローはんの友情パワーで、敵を倒せたんどすえ!」
「そうかそうか。よかったなぁ」
やはり、さっぱり覚えていない。
アラシヤマの迸る友情パワーとやらの片鱗が、向けられる瞳からうかがえるが、こちらとしては身に覚えのないものである。それにしても、相変わらずの特異体質である。もうちょっと煽ってみれば、炎を噴出しそうである。しかし、暑苦しい。というか、すでに部屋の温度は上昇している気がする。
そろそろ、自室にもどろうかな、という気にさせてくれた。
「それじゃあ、そう言うことで、俺は、もう失礼させてもらうわ」
どういうことか、言ってる自分でもわからないが、思い立ったら吉日。シンタローは、ドアの前へと向かった。面倒なことになるまえに、さっさと退散である。
「ええっ! なしてどすか!」
その後から、追いすがるような声が聞こえてくるが、部屋が暑すぎる上に、お前が鬱陶しいから、というのは、一応黙っておくことにした。これ以上喚かれて、炎を出されでもしたら、こっちの身が危険である。
しかし、もう手遅れのようだった。
「シンタローはん、わてとあんさんは、心友でっしゃろ」
「いーや」
「シンタローはんッ!?」
きっぱりとそう言い放てば、全身から炎を噴出し、そのまますがり付こうとしている相手から、慌ててするりと逃げた。上手い具合に入り口の方へとより近づける。後一歩で、この部屋ともさようならの距離。
仕事があるから、アラシヤマはこの部屋から出て行かないことはわかっている。なんだかんだいっても、自分が命じた仕事だ。きちんとこなしてくれる。
だから、そのまま出て行ってもよかったのだが、シンタローは立ち止まった。
「なあ、アラシヤマ」
「へえ」
振り返って、アラシヤマの方へにっこり笑って見せた。
「俺にとっては、心友に向けるのはあくまで友情なんだよ。―――ちなみに、俺とお前の関係は?」
問いかける言葉に、一瞬にして、まとっていた炎が消えた。
「……………」
色のない顔が面白い。
「だから俺は、別にお前を心友だとは思ってねぇよ」
それは、嘘偽りのない言葉だ。アラシヤマと友情を交わした覚えは、やはり一度もない。
ただ、友情以外の思いならば―――また、別だ。
ごちそうさん、という言葉ひとつ落とし、手のひらをひらひら振って、シンタローは部屋を後にした。
その後、アラシヤマの部屋が火事騒ぎを起こして、罰も兼ねて二ヶ月以上の長期遠征に出動したのは、次の日のことだった。
どこぞのガキ大将が、自分の都合のいい時ばかり使う一方的な言葉として印象があったそれ。
本気の思いで――もっとも、一方的なのは代わりないが――実際に自分に使われるとは思ってもみなかった。
「なあ、俺とお前って『心友』なわけ?」
「な、な、なななな何をいまさらなことを言うておりますの、シンタローはんッ!」
何気なく言い放った言葉を、この世の終わりかのように蒼白な顔してこちらに詰め寄るのは、自称―――以外何ものでもない、俺の心友(らしい)―――アラシヤマだ。
珍しくヒマだったこともあり、幹部連中に与えている個室の仕事場の、アラシヤマの部屋に足を運んで、だらだらとしていたシンタローだったが、先ほどの言葉は、退屈しのぎにもらした言葉だった。
入れてもらったお茶と用意されたお菓子両手に、ソファーの上に寝そべっていた状態でくつろいでいたのだが、鼻と鼻がくっつくぐらいに詰め寄られたおかげで、半分ほど残っていたお茶をこぼさぬように注意しつつ、その場から逃げ出さなければいけなくなった。
「シンタローはんッ! わてを捨てる気どすか」
いや、どうしたらそうなるんだか―――というか、捨てられるものならとっくに捨てています。
そう突っ込みたいものの、逃げる最中に豆大福を口に放り込んだために、口は塞がれたままである。とりあえず、お菓子を処分し、残りのお茶も流し込んで、一段落ついたところで、再びにじり寄ってきた相手を制するように手をあげた。
「捨ててねぇから、仕事に戻れ、アラシヤマ」
大体、どうやったら捨てられるのか、一回本気で相手に問いただしてやろうか、と思ったことは、実のところ一度や二度ではない。というか、今、聞きたい。だが、そうなると余計ややこしくなるため、シンタローは、賢明にも、その質問は飲み込んだ。
「シンタローはん……」
それで納得してくれたのかどうか、恨みがましげにじとりと見つめられるが、それを鷹揚に受け止めたフリをして、そっと流した。
「わかったなら、仕事してくれ、な? アラシヤマ」
こちらが、だらだらできるのは、あちらが、今日までの仕事にかかりっきになっているお陰である。でなければ、こんなところにヒマをつぶしにはこない。美味しいお茶とお菓子目当てできているだけなのだ。
まだ、テーブルの上には、豆大福が残っているし、お茶も代わりのものを入れて欲しい。だからこそ、シンタローは、アラシヤマを宥めるように、仕事に戻るように、手をふって追い立てる。その仕草が、野良犬を追い出すような動作とまったく一緒なのだが、このさい、どうでもいいことである。
しかし、相手はやはりしつこかった。
「わて……わてとあんさんは、あのパプワ島で、熱い友情を確かめあった仲やあらしまへんか」
「………そうだっけ?」
「シンタローはんッ!!!」
「いや、ああ……まあ、うん……そんなこともあったかなぁ」
だが、宙を睨む眼差しは胡乱なものを孕んでいる。
あの頃の記憶は、鮮明なのだが、どうもアラシヤマと友情を確かめたうんぬんの記憶は、曖昧というか、おぼろげというか……ぶっちゃけない。
あちらの勝手な妄想かもしれない、という疑いもあるが、こちらの思い出したくない過去に入ってしまっている可能性もなきにしもあらずである。
「あの時、わてとシンタローはんの友情パワーで、敵を倒せたんどすえ!」
「そうかそうか。よかったなぁ」
やはり、さっぱり覚えていない。
アラシヤマの迸る友情パワーとやらの片鱗が、向けられる瞳からうかがえるが、こちらとしては身に覚えのないものである。それにしても、相変わらずの特異体質である。もうちょっと煽ってみれば、炎を噴出しそうである。しかし、暑苦しい。というか、すでに部屋の温度は上昇している気がする。
そろそろ、自室にもどろうかな、という気にさせてくれた。
「それじゃあ、そう言うことで、俺は、もう失礼させてもらうわ」
どういうことか、言ってる自分でもわからないが、思い立ったら吉日。シンタローは、ドアの前へと向かった。面倒なことになるまえに、さっさと退散である。
「ええっ! なしてどすか!」
その後から、追いすがるような声が聞こえてくるが、部屋が暑すぎる上に、お前が鬱陶しいから、というのは、一応黙っておくことにした。これ以上喚かれて、炎を出されでもしたら、こっちの身が危険である。
しかし、もう手遅れのようだった。
「シンタローはん、わてとあんさんは、心友でっしゃろ」
「いーや」
「シンタローはんッ!?」
きっぱりとそう言い放てば、全身から炎を噴出し、そのまますがり付こうとしている相手から、慌ててするりと逃げた。上手い具合に入り口の方へとより近づける。後一歩で、この部屋ともさようならの距離。
仕事があるから、アラシヤマはこの部屋から出て行かないことはわかっている。なんだかんだいっても、自分が命じた仕事だ。きちんとこなしてくれる。
だから、そのまま出て行ってもよかったのだが、シンタローは立ち止まった。
「なあ、アラシヤマ」
「へえ」
振り返って、アラシヤマの方へにっこり笑って見せた。
「俺にとっては、心友に向けるのはあくまで友情なんだよ。―――ちなみに、俺とお前の関係は?」
問いかける言葉に、一瞬にして、まとっていた炎が消えた。
「……………」
色のない顔が面白い。
「だから俺は、別にお前を心友だとは思ってねぇよ」
それは、嘘偽りのない言葉だ。アラシヤマと友情を交わした覚えは、やはり一度もない。
ただ、友情以外の思いならば―――また、別だ。
ごちそうさん、という言葉ひとつ落とし、手のひらをひらひら振って、シンタローは部屋を後にした。
その後、アラシヤマの部屋が火事騒ぎを起こして、罰も兼ねて二ヶ月以上の長期遠征に出動したのは、次の日のことだった。
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