「桜…綺麗だな。アラシヤマ」
わずかな時間の合間、二人きりで花見に出掛けた。
団内には、桜が植えられている場所がいくつかある。一番有名なのは、東の通りに等間隔に植えられた桜である。そこは、春の訪れと共に、圧倒されるほど見事な並木通りを作っていた。
だが、そこは他の団員達も花見に来るため、人通りが多い。そのため、ひと目を避けるようにその場所を回避し、向かった先は、唯一古くから、人知れず植えられていた桜の木だった。樹齢八十年以上のそれは立った一本でも見応えあるものだった。
「風も気持ちいいし、来てよかったぜ」
おやつとして持って来た桜餅とお茶はすでに腹の中。いい感じに満たされた腹を軽く撫で、頭上を仰ぐと、シンタローは目を細めた。澄み切った青空が淡い紅色の合間から覗ける。心地よさに自然と浮かぶ笑み。
ご機嫌でいれば、隣にいる相手も珍しく笑っていた。
春風を思わせる柔らかな微笑。
心許した相手しか見ることしか出来ないことを知っているから、それが純粋に嬉しい。
そして、そんな相手を見ているうちに、ふっと浮かぶ悪戯心。
「アラシヤマ…目をつぶれ」
その言葉に、目を丸めて驚いた顔をしてくれる相手に向かって、にっこりと笑ってみせた。そうして、そっと囁くように告げてみせる。
「いいことしたいんだよ。…けど、恥ずかしいから目をつぶってくれ」
そう頼めば即座に、これでもかと言うぐらい、きつく目を閉じてくれた。それがおかしくて、笑いが込み上げるが一生懸命噛み締めた。静かにアラシヤマに近づく。吐息が触れるほどの距離まで傍に寄ると、アラシヤマに触れた。
「花びらが髪についてたぜ」
アラシヤマの髪に触れた指先を、目を見開いて硬直している相手にみせた。
そこには薄紅の柔らかな花びらがあった。
春風に運ばれた落し物。
「わざわざとってあげたんたぜ?優しいだろ。いいことはたまにはしないとな♪」
ニヤッと笑って、がっかりした様子のアラシヤマの目を覗き込む。してやったりだ。
「なんだよ。嘘は言ってないだろ。甘ぇよ♪」
悪戯成功。
巧くいったのが気持ちいい。
ついでとばかりに、すっと指先を額に持っていけば、でこピンをされるかと目をつぶる。その隙に、顔を寄せ、唇に触れた。口に広がる桜味。というか桜餅のアンコと塩漬けされた桜の葉っぱが重なった味。
三度目の見開かれた目が自分を移す。だが、さすがに三回目の視線は受けとめられなかった。ふいっとそれからそらす。
その先には満開の桜。
だからだろう―――自分の頬もまた桜色に染まっていた。
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