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猫のような笑顔






澄んだ声ではない。僅かにかすれたハスキーボイスが耳に心地いい。
長い前髪のせいで顔の左半分が隠れてしまっているがなかなかの美人の歌い手だ。
まだ甥っ子と同じほどの年齢だろうにブルースを歌いこなしている。
「聞きほれるだろう?」
「そうだな」
なじみの店に久々に訪れてみればなじみのマスターは歌手を一人雇っていた。
前はピアノ弾きが一人いたがそれは辞めたのだという。
「あの子顔に火傷の痕があってね。メジャーになるのは難しいし歌いたいだけだからって」
「へぇ・・もったいねぇな」
「まぁ本物ならいつしかここから巣立つさ。あのピアノ弾きのようにね」
「なんだアイツプロになったのかと」
こんな古ぼけた酒場で弾いているのはもったいないと思うほどの腕前だったがなるほど。
「そりゃあよかった」
「わるかったね古ぼけた店で。その店に足しげく通ってくれるお客さんもいるんだよ?」
「俺みたいな物好きだな」
「お黙りなさいな獅子舞くん。もうツケなしにしてもいいんだよ?僕は」
「へん。今度まとめてはらってやらぁ」
「いつもそう言うけどね」
マスターは拭き終わったコップをおき俺の前に黙って新たな酒を置く。
店には俺のほかに10人ほど。皆彼女の歌声に聞きほれている。
そこに一人の客が入ってきた。職業病か。反射的に入ってくる人物を観察する。
長い黒髪に上質のコート。コートの下はいつもの紅い服ではなかったがやはり上質のスーツだった。
「・・シンタロー」
「あれお知り合い?彼もなじみだよ」
「んな暇人じゃねぇはずなんだがな」
「うん。まぁそう頻繁ではないけどね」
息抜きと、彼女が心配なんだと思う。
その言葉に思わず顔をしかめていた。
シンタローは店に入ってから彼女を熱心に見つめこちらに気づいてもいない。「どういうご関係で?」
「彼があの子を連れてきたんだ」
「ほぉ~お」
それはそれは。
歌が終わり彼女のステージは一旦終了。決まった時間とリクエストがあった以外はバーテンをしているらしい。
彼女はうれしそうにシンタローに駆け寄り何かしゃべっている。そしてそのまま二人こちらへきた。
「げ」
「なにが「げ」だ」
「何でこんなとこいるんだよナマハゲ」
「俺はここの常連なんだよ」
「どうせツケためてんだろ?やめろよいい年して」
「あぁ!?」
後ろと前で笑い声が起きた。マスターと彼女が笑っている。
緩やかに波打つアーバンホワイト。右目は黒だったが左は火傷のせいかブルーの瞳だった。
上等のペルシャ猫のような女だ。歌っていたときとは違ってどこか少女じみた幼さも残っている。
「ツケってことは・・シンタローさんがよく言う困ったおじさんってこの人?」
「そうだよ」
「ああ、じゃあアンタがよくしゃべってる生意気な甥っ子ってこの子か」
「そうだよ」
『つかなんだテメェひとのこと他人にベラベラしゃべってんじゃねぇよ!』
きれいにはもった台詞にまた笑い声が上がった。




シンタローはこのあとまだ仕事が残っているらしく軽めのキールを頼んだ。
俺は飲んでいた酒を追加注文する。猫が楽しそうに酒を置いて他の客の元へ行った。
「おいあのペルシャ猫」
「ペルシャ猫?」
「ああ目が左右違うし髪も白いし・・」
「ああ。火傷のせいだ。名前はナスリーン。野バラの意味がある」
「お詳しいことで」
「俺が拾って・・・名前をつけたからな」
「あぁ?」
思いがけない言葉に完全に声に嫌悪が混じった。やっぱり馬鹿だ。
シンタローは気にせず猫のことを話す。
「何も分からないんだ。ひどい火傷を負って・・体中傷だらけで目覚めたとき記憶がなかった。
ひどい目にあったんだと思う。髪ももっと淡い金髪だったのに・・。
何か覚えてることは?って聞いたら歌って言うから。ここならいいと思って」
「ふぅん・・そういう事情持ちにしちゃ楽しそうだがなあの猫」
「名前でよべよ」
「別にいいだろ」
「記憶がないナスリーンにとって存在を証明する唯一のものだなんだ。それくらい考えてやったっていいだろ」
俺たちが巻き込んだのかもしれないのに、と唇だけが動いた。
それにばかばかしい、と口の端を上げて笑う。
そんな風に同情してそんな大事な名前をつけてやったというのか。
そんなことは他の奴にやらせればいい。こんな団体のトップがやることではない。
ましてそれが人気集めというのであればまだしも純粋に心からの行為。
「お優しいこって」
「んだと!」
「妬いてるのぉ?」
「誰がっ――――――!」
目の前に猫が面白そうに笑っていた。口の端をきゅう、とあげて。猫のように。
「ふふふ。ごめんねハーレムさん。名前をつけてっていったのは私のわがままなの」
「謝ることねぇよナスリーン」
「そうだそうだ。関係ねぇのに首つっこむなよ猫」
「でも」
やっぱり言っておいたほうがよさそうだったから、と言う猫の頭に手を置く。
「そういうのをおせっかいって言うんだよ。だからこんな目にあうんだぜ?学習しろよバカ猫」
「おい!ナマハゲ!」
シンタローの抗議の声を無視してわしわしとフワフワの髪をかきまわすと猫はまたきゅう、とうれしそうに笑った。

ぐしゃぐしゃの髪で、醜い火傷の痕をさらしながら。口の端をあげて、猫のように。

「ふふ。素敵な人ねぇシンタローさん」
「どこが!」
「ダメだよシンタローさん。こんな素敵な人にせっかく妬いてもらってるんだから素直にならなきゃ」
「ナスリーン!?」
「いいからいいから。あ、あとここは安らいでもらえる場所なの。喧嘩する人はお外にだすわよ?」
「う」
うめいたシンタローはしぶしぶ引き下がる。それに猫は満足そうに笑う。
ああ、そうか。誰かに似てると思えばあの人だ。
「・・・そういう理由もあるのか」
「何か言った?ハーレムさん」
「いや・・おい猫」
「なぁに?」
猫と呼ばれることになんとも思っていないのか猫は素直に返事をする。
「何でも歌えるのか?」
「もちろん」
「じゃあリクエストを」
「ええ、なにを歌う?」
あの人が好きだった歌をリクエストすると猫はうれしそうに返事をして舞台へ向かった。
それをシンタローは見送ってから俺のほうを見る。
「なんだ?」
「・・・今の歌。たしか」
「猫見てたら思い出したんでな」
「・・・・ああ、そうか。そういうことか」
「あ?お前もしかして今気づいたのか?」
「そういえば似てるかもな。笑い顔」

母さんに。

最後の声はほとんど独り言に近いほどの声だった。
笑い顔以外に似ているものはない。
けれども、その笑顔はよく似ていた。




またリクエストしにきてね?と猫の笑顔で手をふる彼女に手を振り返す。
するとうれしそうにぶんぶん手を振ってきたので子供みたいだな、とつぶやくとシンタローが笑った。
「ま、いい歌手だな」
「・・・だろ?」
めずらしいハーレムのほめ言葉にシンタローは笑みを浮かべた。
ハーレムもうれしそうな顔に方眉を上げて口の端を上げる。
「またくっかなぁ」
「きてやれよ。俺はまた来れなくなるから」
「また遠征か?」
「日本のほうで仕事・・ああ、母さんとこ墓参り行ってくっかな」
なんか思い出したし。
シンタローは空を見上げてつぶやく。
ハーレムも空を見上げた。そこには街の明かりで星すら見えなかった。
だが彼女の眠る場所でならおそらくうつくしい星空が広がっているのだろう。
「姉貴かぁ」
「生きてて欲しかったなぁ」
「そうだな」
「そういえばアンタはまだしばらくこっちに?」
んな命令出してねぇけど。
「ああ。飛空艇のメンテナンスで帰ってきたんだよ。マーカーが報告書書いてたから明日あたり目にするんじゃねぇの」
「あのなぁ・・アンタがかけよ」
「俺は忙しい」
「ったく」
シンタローは呆れたように頭をかいて、ふと腕時計を目にして固まる。
「やっべ!じゃあなハーレム!俺は帰る!」
「お~」
「じゃあ――――おやすみ」
穏やかな声と、ガキの頃みたいな笑顔でシンタローは走っていった。
残されたハーレムは呆然と一人残された。そしてすぐに笑って空を見上げささやいた。
「・・・おやすみ」
シンタローに向けての言葉か、それとも空にいるといわれる彼女にか。
柄でもないと笑うと煙草をくわえ夜の街へ歩き出した。




FIN

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