花の幸せ
知恵を得たことが罪だなんて昔の人はうまいこと言ったもんだと思う。
知る、とういうことを、知りたいということを知らないままであれば人間はもっと幸せであったろうに。
「昔々、でもそんなに昔じゃないころ。ある家の大きな庭に青い花が咲いてました。
そんな青い花の中に一厘だけ赤い花が咲いてました。
赤い花はそれをとても哀しく思っていましたが青い花たちは皆赤い花が好きでした。
ある日赤い花はひょんな拍子に庭の外を見てしまいました。
そこには赤い花と同じ真っ赤でとても美しい花が一面に咲いていました。
そのとき赤い花ははじめて自分が野に咲く花だったことを知りました。
でも可哀想なことに赤い花は自分では動くことができません。
赤い花は青い花に囲まれながら大きな庭で赤い花の咲く外を想い続けました。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・なんてね」
グンマはどさり、と日記を手にしたままベッドに倒れこむ。
現実には赤い花はこの庭から出て行くことができるのだ。
「可哀想な青い花。赤い花を知ることがなければどんなに幸せだったろうに」
「可哀想なシンちゃん」
「・・・なんだ突然」
いぶかげに眉をひそめる青年の瞳は黒。けれども時折その瞳に赤を見る。
「野に咲く花と庭に咲く花どっちが幸せだと思う?」
「質問に質問を返すなよ」
「何も知らないままなら幸せだったろうにね」
「グンマ~?俺をおいてくな~」
置いていくのは貴方でしょう?
そんな笑みが一瞬だけグンマに浮かぶ。
「あの島を知ってしまったのにこっちにいなきゃいけないなんてさ」
「あん?」
分かってはいる。青年のあるべき場所はいまどこにいるか分からない。
けれどもいつまでも青い空を愛しそうに見上げる青年を見ていたくはないだけなのだ。
自分が、見ていたくないだけなのだ。
「あの島へ還りたいでしょう?」
「?表現間違ってねぇか?俺が帰るのはここだろう?」
「でもシンちゃんの生まれた場所はあの島でしょう?」
「それを言ったら青の一族だって似たようなもんだろ」
「僕らはそんな帰省本能うすれちゃってるもん」
「ていうか何が言いたいお前は」
「パプワ島を知らなかったらシンちゃんは幸せだったろうね、って話」
「・・・ああ、そういうことかあの質問は」
野に咲く花と庭に咲く花。
「それってどっちも幸せなんだろ?野に咲く花は野に咲く花しか知らないし。
庭に咲く花は庭に咲く花しか知らないから。禅問答みたいな奴だろ?」
「でももし野に咲く花が庭に咲く花を知り庭に咲く花が野に咲く花を知ったら?」
南の人は北の人を知らなければきっと幸せだったろう。
北の人は南の人を知らなければきっと幸せだったろう。
西の人は東の人を知らなければきっと幸せだったろう。
東の人は西の人を知らなければきっと幸せだったろう。
「・・・知っても、結局生まれた場所が幸せだったって気づくんじゃないのか?」
「・・・だろうね」
だから、貴方はあの島へ還るのでしょう?
グンマはいつものように微笑んで青年を見上げる。
そんなグンマの頭に青年は手を置く。
「だから俺はここにいるんだろ?」
「・・・シンちゃん」
「それになぁ」
グンマの頭を乱暴になでくりまわすと青年は照れくさそうに笑った。
「俺あっちにいってこっちのこといっぱい思い出したよ」
「・・・コタローちゃんのこと?」
「お前のこと」
グンマは驚きに目を見開いた。
「パプワと遊んでたら子供の頃のこといっぱい思い出した。お前と遊んだことを思い出した。
だからやっぱり俺はここで生まれてここで育ったんだよ。マジックの息子シンタローとして。
パプワ島は懐かしいけど、楽しいし好きだけど・・思い出すしまた行きたいと思うけど・・・ただいまを、言える場所だけど・・」
そこで青年はグンマを見据え言い切った。
「ここが俺の帰る場所だ」
「・・シンちゃん」
青年はグンマににっと笑った。グンマもつられるように本当の笑みを見せた。
「シンちゃん!」
「なんだ?」
「おかえりなさい!」
満面の笑みで言われてシンタローは一瞬驚いたがすぐに笑った。
「おう!ただいま!」
グンマは夜、日記を開く。
「赤い花はある日種になって風と共に外へ出ました。
そして赤い花たちの中に降りるとそこで花を咲かせました。
赤い花はそのときやっと気がつきました。
赤い花と青い花は色が違うだけであとは同じでした。
赤い花は庭の花たちを思い出してほんの少し涙を流しました。
家族と言ってくれた青い花を思いだして少し涙を流しました。
そして次の年、赤い花は種となって再び庭へと戻りました。
赤い花たちはみな微笑んで「いってらっしゃい」と送り出してくれました。
またここへおいで。遊びにおいで。そのときは「おかえり」と迎えてあげるから。
赤い花は種の姿でまた涙を流しました。
赤い花の種は庭に戻り花を咲かせました。そうして小さな声で「ただいま」といいました。
赤い花が小さな声でそう言うと青い花は何一つ変わりなく微笑みました。
そうして皆で声をそろえて赤い花に「おかえり」を言いました。
と」
グンマはそこまで書くと日記を閉じた。
続きはまた今度。赤い花が赤い花達に「ただいま」を言いに行ったら。
「ハッピーエンドになればいいけどどうだろうなぁ」
ああお願いだよ。
どうか僕らも「いってらっしゃい」と送り出すから。
どうか「おかえり」を言わせてほしい。
ここが自分の場所だと言ってくれたその言葉を信じさせてほしい。
「シンちゃん。僕も知らないままなら幸せだったよ」
貴方がいる幸せを。貴方のうれしい言葉の数々を。
それでもそれらを知らないままでいたいなんて思えないんだ。
野に咲く幸せを知っても庭に咲く幸せを捨てられない。
庭に咲く幸せを知っても野に咲く幸せを捨てられない。
「さてと」
グンマは日記をとじてベッドに横になった。
思い浮かべるのは一輪の赤い花。
「・・おやすみなさいシンちゃん」
そうささやくと目を閉じた。
END
知恵を得たことが罪だなんて昔の人はうまいこと言ったもんだと思う。
知る、とういうことを、知りたいということを知らないままであれば人間はもっと幸せであったろうに。
「昔々、でもそんなに昔じゃないころ。ある家の大きな庭に青い花が咲いてました。
そんな青い花の中に一厘だけ赤い花が咲いてました。
赤い花はそれをとても哀しく思っていましたが青い花たちは皆赤い花が好きでした。
ある日赤い花はひょんな拍子に庭の外を見てしまいました。
そこには赤い花と同じ真っ赤でとても美しい花が一面に咲いていました。
そのとき赤い花ははじめて自分が野に咲く花だったことを知りました。
でも可哀想なことに赤い花は自分では動くことができません。
赤い花は青い花に囲まれながら大きな庭で赤い花の咲く外を想い続けました。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・なんてね」
グンマはどさり、と日記を手にしたままベッドに倒れこむ。
現実には赤い花はこの庭から出て行くことができるのだ。
「可哀想な青い花。赤い花を知ることがなければどんなに幸せだったろうに」
「可哀想なシンちゃん」
「・・・なんだ突然」
いぶかげに眉をひそめる青年の瞳は黒。けれども時折その瞳に赤を見る。
「野に咲く花と庭に咲く花どっちが幸せだと思う?」
「質問に質問を返すなよ」
「何も知らないままなら幸せだったろうにね」
「グンマ~?俺をおいてくな~」
置いていくのは貴方でしょう?
そんな笑みが一瞬だけグンマに浮かぶ。
「あの島を知ってしまったのにこっちにいなきゃいけないなんてさ」
「あん?」
分かってはいる。青年のあるべき場所はいまどこにいるか分からない。
けれどもいつまでも青い空を愛しそうに見上げる青年を見ていたくはないだけなのだ。
自分が、見ていたくないだけなのだ。
「あの島へ還りたいでしょう?」
「?表現間違ってねぇか?俺が帰るのはここだろう?」
「でもシンちゃんの生まれた場所はあの島でしょう?」
「それを言ったら青の一族だって似たようなもんだろ」
「僕らはそんな帰省本能うすれちゃってるもん」
「ていうか何が言いたいお前は」
「パプワ島を知らなかったらシンちゃんは幸せだったろうね、って話」
「・・・ああ、そういうことかあの質問は」
野に咲く花と庭に咲く花。
「それってどっちも幸せなんだろ?野に咲く花は野に咲く花しか知らないし。
庭に咲く花は庭に咲く花しか知らないから。禅問答みたいな奴だろ?」
「でももし野に咲く花が庭に咲く花を知り庭に咲く花が野に咲く花を知ったら?」
南の人は北の人を知らなければきっと幸せだったろう。
北の人は南の人を知らなければきっと幸せだったろう。
西の人は東の人を知らなければきっと幸せだったろう。
東の人は西の人を知らなければきっと幸せだったろう。
「・・・知っても、結局生まれた場所が幸せだったって気づくんじゃないのか?」
「・・・だろうね」
だから、貴方はあの島へ還るのでしょう?
グンマはいつものように微笑んで青年を見上げる。
そんなグンマの頭に青年は手を置く。
「だから俺はここにいるんだろ?」
「・・・シンちゃん」
「それになぁ」
グンマの頭を乱暴になでくりまわすと青年は照れくさそうに笑った。
「俺あっちにいってこっちのこといっぱい思い出したよ」
「・・・コタローちゃんのこと?」
「お前のこと」
グンマは驚きに目を見開いた。
「パプワと遊んでたら子供の頃のこといっぱい思い出した。お前と遊んだことを思い出した。
だからやっぱり俺はここで生まれてここで育ったんだよ。マジックの息子シンタローとして。
パプワ島は懐かしいけど、楽しいし好きだけど・・思い出すしまた行きたいと思うけど・・・ただいまを、言える場所だけど・・」
そこで青年はグンマを見据え言い切った。
「ここが俺の帰る場所だ」
「・・シンちゃん」
青年はグンマににっと笑った。グンマもつられるように本当の笑みを見せた。
「シンちゃん!」
「なんだ?」
「おかえりなさい!」
満面の笑みで言われてシンタローは一瞬驚いたがすぐに笑った。
「おう!ただいま!」
グンマは夜、日記を開く。
「赤い花はある日種になって風と共に外へ出ました。
そして赤い花たちの中に降りるとそこで花を咲かせました。
赤い花はそのときやっと気がつきました。
赤い花と青い花は色が違うだけであとは同じでした。
赤い花は庭の花たちを思い出してほんの少し涙を流しました。
家族と言ってくれた青い花を思いだして少し涙を流しました。
そして次の年、赤い花は種となって再び庭へと戻りました。
赤い花たちはみな微笑んで「いってらっしゃい」と送り出してくれました。
またここへおいで。遊びにおいで。そのときは「おかえり」と迎えてあげるから。
赤い花は種の姿でまた涙を流しました。
赤い花の種は庭に戻り花を咲かせました。そうして小さな声で「ただいま」といいました。
赤い花が小さな声でそう言うと青い花は何一つ変わりなく微笑みました。
そうして皆で声をそろえて赤い花に「おかえり」を言いました。
と」
グンマはそこまで書くと日記を閉じた。
続きはまた今度。赤い花が赤い花達に「ただいま」を言いに行ったら。
「ハッピーエンドになればいいけどどうだろうなぁ」
ああお願いだよ。
どうか僕らも「いってらっしゃい」と送り出すから。
どうか「おかえり」を言わせてほしい。
ここが自分の場所だと言ってくれたその言葉を信じさせてほしい。
「シンちゃん。僕も知らないままなら幸せだったよ」
貴方がいる幸せを。貴方のうれしい言葉の数々を。
それでもそれらを知らないままでいたいなんて思えないんだ。
野に咲く幸せを知っても庭に咲く幸せを捨てられない。
庭に咲く幸せを知っても野に咲く幸せを捨てられない。
「さてと」
グンマは日記をとじてベッドに横になった。
思い浮かべるのは一輪の赤い花。
「・・おやすみなさいシンちゃん」
そうささやくと目を閉じた。
END
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