長閑なりしは櫻の下
打ち合わせていた場所に予定よりも早く着いた為か。
人の気配は周囲には無い。
待つしかない無いな。
軽い吐息を洩らし、側にあるベンチに座る。
造り付けのベンチらしく、辺りに点在しているそれら。けれど、やはり人影は無い。
この時期、日本はどこもかしこも花見で盛り上がるが、そういった風習の無い地域では当然の風景、なのだろう。
まして、一般人は立ち働いている時間帯、だ。
だが。
桜が咲いてるのに誰も居ないってのも不思議な感じだよな。
何処を見ても風が吹く度に、はらはら行き過る花弁の渦の直中にあるのは唯1人だけなのだ、としみじみ浸りつつ、見上げれば散っても尚美しい花の群れが在る。
音も無く、風に因って舞い落ちる花。
春特有の、柔らかな青空を背景に、終焉など無いような乱舞。
ずっと見ていると引き込まれそうな舞い。
不図、幽かな音に視線を下へと向ければ、地に落ちた花びらが風に押しやられている様が在る。
パラパラ。パラパラ。
降り落ちる際には音はしないのに。
風が引き摺っているのか。
雨音に似た音と、微温湯のような日差し。そして、心地よい風。
えも言えぬ安堵感がひたひたと胸に広がる。
そして、自然と瞼は落ちて…………
鈍い、重量のある物体が止まる独特の音が間近でしたのを機に、シンタローは目を開けた。
「シンタロー、待たせたな」
車体から身体を出しているのは従兄弟。
「こんな所でピックアップとは感心せんぞ」
単独行動は控えろ、と言っているだろうが。
顔を合わすなり説教めいた言葉が降ってきた。
別に俺が指示して此処にした訳ではない。
まぁ、ゾロゾロ周囲に人集りがあるのを厭ったのは確か、だが。
………何だって、こいつに迎えに来させるかな、アイツ等も。
父親の代からの、有能な秘書官二人の顔を思い出して数秒で自説を打ち消す。
「何事も無いとは思うが、それでも考えられる限りの事態を俺が予想して来てみればこれだ」
俺であればどんな自体だろうと対処出来るだろう、俺が来てやった………
何か一人で延々と喋っていそうな従兄弟を尻目に、ベンチから腰を上げ、車の助手席へ乗り込む。
「おい、お前は後ろだ」
険しい表情で言う相手を無視し、シートベルトを着装。
「………今回だけだぞ」
仕方が無い、とばかりに溜息を吐いて運転席に座ったキンタローからは、表情に反して柔らかい気配が漂っている。
穏やかな昼下がり。
口論をするには平和すぎる。
序に、どっか寄って行きたい位だな。
久し振りにブラつきたい。
そんな思いが表情に出ていたのか。
キンタローから向けられる視線を嫌に感じる。
「…………何だよ」
「いや」
珍しくも言葉を探す風に暫し黙り込み、
「まるで桜の精、みたいだな」
そうしていると。
やおら返されたのは、笑みと共に漏れた言葉。
言われて初めて髪や肩に手を遣れば、柔らかな感触が幾つもある。
男に対して、そんな表現ってのは考えものだ。
環境が環境だけに。
冷や汗を垂らして内心でブツブツ呟いているシンタローを知らず、キンタローは不思議そうに彼を見ているのだった。
嗚呼、長閑なりしは櫻の下。
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