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sgs


休憩所代わりにされた講堂は、いつにもまして賑やかで、缶ジュースやスナック菓子、発泡スチロールの薄いトレイに乗ったたこ焼きや焼きそばが、香ばしい匂いを振り撒きながら飛び交っている。
若者ばかりが集まった独特の熱気が渦を巻き、開け放しているとは言え外よりも空気のこもった室内は、外気より随分体感温度が高い。グラウンドからはノイズ混じの祭囃子が聞こえてきて、否応にも祭り気分を盛り上げていた。
仕官学校の生徒の中には訳ありの者も多く、夏季休暇に帰る場所のない生徒達のために、暇つぶしで催されたのが、この「夏祭り」の最初だと言う。広々としたグラウンドに夜店が並び、卒業生や現役の戦闘員達も顔を出す夏場のお祭りは、毎年中々繁盛していた。わざわざ浴衣に着替える洒落者や、いつもは無口なくせに慣れない酒を飲んで饒舌になっている者がいて、いつもの制服から解放された生徒達は、この時ばかりは無礼講とばかりに、そろいもそろって浮かれている。

教員も生徒も出払った構内は静まり返っていた。
いつもは気にしないはずの足音がやけに大きく廊下に響き、彼は何となく忍び足になった。グランドとは対象的に人気のない教室をいくつも通り過ぎながら、このしんとした感じは病院に似ていると、意味もなく考えていた。
「どーすっかな、これ」
彼は静寂に押しつぶされそうになったのか、わざと独り言を呟いた。目線の高さに持ち上げられた右手には、金魚の入ったビニール袋が提げられている。
「こんなもん、掬うんじゃなかったぜ…」
祭りの夜の高揚とした空気に感化されたのか、この団で生まれ育った彼もこの日ばかりは浮き足だって、色とりどりの屋台に目移りしつつ、同級生と夜店を冷やかして歩いていた。
屋台の焼きそばが不味いだの、ビールが高いだの、好き勝手な事を言いつつ、ひょいと覗きこんだ金魚掬いの屋台で、悪友のあまりの下手さにいらいらし、「かせっ」と掬い網を奪い取ったのが悪かった。
半分破れかけた紙で器用に金魚を一匹掬った彼に「おー」と後ろの観客歓声を上げたので、調子に乗って5匹掬ったところで完全に破けた。
一緒に回っていた同級生と戦利品の金魚を押し付け合ったが、「シンタローが掬ったんじゃろうが」「掬ったもんの物だべ」等と口々に言われて、結局彼が金魚の入った透明の袋を提げる羽目になった。
狭い寮でわざわざ飼うのも馬鹿らしく、中庭の池にでも放そうかと思ったが、生憎と皆考えることは同じらしい。いつから放置されているのか分からないくらい澱んだ水の池の中には、屋台の金魚が何匹も泳いでいた。先客の鯉だかフナだか分からない大きな魚に遠慮して、隅の方に固まる貧弱な金魚たちが何となく可哀想で、手にした金魚を持て余したまま構内に忍び込んで今に至る。
目的の生物室は三階の一番奥にあり、手にした鍵でドアを開けた。さらに奥の準備室に足を踏み入れると、メダカのような小さな魚が入った水槽が、隅で白い光を放っていた。これに混ぜてしまおうか、と一瞬考えたが、実験に使われる危険性があることに気付いて思い直す。
彼は水道の蛇口に金魚の入った袋を引っ掛けて、手ごろな空いた水槽がないか探し始めた。割れたビーカーやフラスコが乱雑に放り込まれた箱の隣に埃まみれの水槽を発見し、引っ張り出して綺麗に洗う。ついでに餌やエアポンプや塩素抜きの薬品も失敬し、それらをまとめて医務室に運んだ。

「で、何でここに持ってきたんですか?」
「実験には使うなよ、ドクター」
疑問にはあえて答えず、さらっと釘を刺した彼を、不機嫌そうに保険医が睨んだ。祭りの喧騒を逃れて医務室に避難していたらしい従兄弟に金魚の袋を押し付けて、彼はさっさと水槽の準備を開始する。
「へぇ、これシンちゃんが掬ったの?」
「おお」
呑気にわたあめをかじっている従兄弟は、金魚の目の高さまで持ち上げて物珍しげに観察していた。
「一、二、三…四五。五匹も凄いねー」
わたあめを片付けて、リンゴ飴に取りかかった甘党の従兄弟に胸やけを感じつつ、褒められたので得意げに「だろ」と返す。
「邪魔です」
「良いじゃん別に。屋台の金魚なんかどうせ長くは持たねーんだしさ」
「分かってるんなら、最初から金魚すくいなんてしなければ良いじゃないですか。私の手間を増やさないで下さい」
文句を言い募るドクターにうんざりして、彼は従兄弟に目で合図を送る。ぴんときたらしい従兄弟が、にっこり笑って「高松、僕からもお願い」と言うと、「グンマ様のお願いなら、仕方ありませんねぇ…」と鼻血をたらしながらあっさりと手のひらを返した。
ひとつ貸しね、と金魚の袋を返しながら耳元で囁いた従兄弟に、分かったってと了承の意味を込めてひらひらと手を上下させて、準備の整った水槽に金魚を放す。金魚達は突然の広い世界に途惑ったように右往左往していたが、すぐに優雅に泳ぎ始めた。
四匹の黄赤色の金魚に混じった一匹の黒い出目金が、やけに目立つ我が身を恥じているかのように、隅っこに移動する。
「俺と同じ奴がいるなー…」
後ろの二人に気付かれないよう小声で呟いて、彼はガラス越しに出目金をつついた。

(2006.9.2)

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sgs



寝起きは良いはずだと自負していたが、最近はそれに自信が無くなってきていた。
重たい瞼を持ち上げると、まず脇にあった時計を見て、その針が示す時刻を疑いながら、のろのろとベットから抜け出した。
厚いカーテンを開けると太陽はすでに真上にあり、時計が故障していないことを認めざるを得ないようだ。
今朝一度起きた記憶はぼんやりとある。目を覚ましてすぐに今日は休みだと言うことを思い出し、つい二度寝と言う誘惑に負けて再びシーツに埋没したところまでは、何となく覚えていた。
この現象はここ数ヶ月のことで、決して疲れているわけでは無いのだが、すっきりとした気分で起きられない。
どうしてだろうと首を捻りつつ、起き抜けのにぶい頭では原因追求も出来ないので、とりあえずコーヒーと朝食兼昼食を摂りにキッチンへ向かった。


彼がコーヒー片手に呑気に論文を読んでいると、寝ぼけ眼で従兄弟がやって来た。そんな従兄弟に目を丸くしつつ、彼は恐らくこの場合最適であろう挨拶を口にした。
「おはよーシンちゃん」
「おー…」
「何か眠そうだね」
従兄弟は彼の不思議そうな視線を無視して、無言でコーヒーをカップに注いで、何も入れないままそれを啜った。
「どうしたの?」
食事にうるさいはずの従兄弟が朝食も摂らずにコーヒーをブラックで飲むと言う珍事に、彼ははますます目を見張る。
「眠ぃ」
「今日お休みだっけ?」
彼の問いに、従兄弟はカップを両手で抱えたまま首を縦に振った。
「お前も?」
「うん。ここんところ研究室に泊まりっぱなしだったから、今日はお休みー」
研究者である彼は、しばらく自室に帰らずに研究室にこもって実験三昧の日々を過ごしたかと思うと、その反動のように休日をとってのんびり休む、という不規則な生活を送っていた。
彼の研究は基本的には一人で行っているものなので、要所要所を押さえておけば、いつ休もうと誰にも迷惑はかからない。根っからの研究者である彼にとっては、この不規則な生活も苦にならなかった。
「疲れてるんじゃない?」
小首をかしげつつ彼に訊かれた従兄弟は、ここ数日の起床時における妙な倦怠感について話し始めた。
彼は従兄弟の話を相槌を打ちながら聞いていたが、やがて何か思い当たったように一つ大きく肯くと、従兄弟のカップにコーヒーのお代わりとミルクを注ぎながら、確信めいた様子で口を開いた。
「きっとシンちゃんの体内時計がずれてるんだよ」
「体内時計?」
何だそれ、とまだどこか覚醒しきっていないような従兄弟のくもぐった口調に、彼は説明を付け加える。
「シンちゃんここのところ遠征とかデスクワークで、ろくにお日様の光を浴びてないでしょ。そのせいで体のリズムがおかしくなってるんじゃないかなぁ。専門じゃないから詳しくは分かんないけど、太陽浴びないと、時差ぼけみたいになっちゃうんだって」
従兄弟は彼の説明を聞きながら、目線を上に泳がせた。ここ数ヶ月の己の生活を振りかえっているのだろう。確かに総帥である従兄弟は彼の言う通り、遠征先では時差や時間帯に関係なく仕事をし、帰ってきてからはすぐに溜まっていた書類に取り掛かり、朝起きてから深夜寝るまで日光を浴びない生活をしてきた。
「どうしたら治るんだよ」
このままでは良くないと自覚したのか、些か危機感を持ったような口ぶりで、従兄弟が彼に尋ねた。
「簡単だよ。たしか起きた時に、まず日光を浴びれば良いの」
「それだけ?」
「うん、それだけ。ほら、特にシンちゃんは…」
「あんだよ」
珍しく言い淀んだ彼に、従兄弟が先を促す。彼は手元のカップを覗き込み、そのまま目を落としてしばし躊躇していたが、やがて諦めたかのように面を上げた。
「あの島では太陽が昇ると同時に起きて、沈むと同時に寝るような生活をしてたんでしょ。だから余計に体がついて行かないんじゃないかなぁ。僕なんかは慣れてるけど」
「あー…確かに」
あっさりと認めた従兄弟に、彼は内心複雑な気持ちになりながらも少し笑ってみせた。そのままなにやら対策を考えているらしい従兄弟をしばらく見つめていたが、やがて何か思いついたのか、彼は気を取り直したかのように顔を輝かせた。
「今日は丸一日お休み?」
「おぉ」
「じゃぁどこか出かけようよ」
「はぁ?」
「お日様浴びに、ピクニックとか。良いじゃないたまにはさー」
ね、と手を取ってねだられた従兄弟は少し困ったような顔をしていたが、尚も言い募る彼にやがて降参したかのようにカップを置いた。
「まぁ、どうせ暇だし」
「じゃ、決まりね。キンちゃんに連絡しようっと」
いそいそと携帯電話を取り出して、彼はもう一人の従兄弟のアドレスを呼び出す。電話は数回のコール音を繰り返して繋がった。突然だからどうかなと思いながらピクニックに誘うと、実験中のはずの従兄弟はすぐにそちらに向かうと言って、電話を切った。きっと本当に急いでこちらに来るのだろう。彼はその様子を思い浮かべ、嬉しそうに笑う。
久しぶりに三人揃っての休日だ。
「弁当は三人分で良いんだな」
「うん」
キッチンから聞こえてくる、呆れるような従兄弟の確認の声に、彼は元気良く返事を返した。


(2006.2.18)

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sjg


(C5規制。)


博士が使っていた研究室は、ほぼ私室のようなもので、こじんまりとした部屋に所狭しと博士の作品が置かれており、パソコンのスペースがどうにか確保されている程度の広さしかなかった。
それでもパーティションで区切っただけで共同研究室に押し込まれているのではなく、個人の部屋が与えられているのは、博士の能力の高さを表しており、ここに来て研究を始めたばかりの頃の男にとって、随分羨ましかったものだ。
ずっと昔に主を失った部屋は、代わりに別の研究者がはいることもなく、そのままの状態で保存されていた。専門分野で特化した頭脳を持っていた博士の部屋は、同じ分野を研究している者にとっては大事な資料の埋もれた部屋であり、希望すれば博士の遺した書きかけの論文や資料、機構図などを眺めることも許可されているらしい。
骨董品のようなパソコンは、電源を入れればまだ動くだろうが、そのパスワードを知っている者は、男を含めて二名しかいない。
時間が止まった部屋にありがちな澱んだ空気は仕方ないにしても、これほどモノが置かれた部屋にしては埃っぽさがなく、どちらかと言えば無機質な印象を受ける。定期的に掃除しているのかと考えて、男はもはや他人に対して嘲っているような皮肉しか口にしなくなった元旧友の、わずかに残る人間臭さを感じ取り、かすかに不愉快な気分になった。
男が求める設計図は、博士が使っていたラップトップパソコンの中に残されていた。年代物のパソコンのスイッチを入れると、ぶぅぅんと懐かしい音を立てて動き出し、ちかちかとディスプレイが光りだす。パスワードを打ち込んで、起動するまでの時間、男は所在なさげに狭い室内を見渡した。
ふざけた外見の発明品は、博士が半ば趣味で作ったモノだ。それなりに使い道はあるはずなのに、実用されなかったのは、その外見のせいだろう。もっと普通のデザインにしておけば、従兄弟達にも受け入れられたかも知れないのに、頑なに奇抜な装飾を施したのは、発明品を通しての従兄弟同士のスキンシップを博士が望んでいたせいかもしれない。
呆れ半分で博士の発明品を眺める従兄弟達と、嬉々として自身が生み出したモノについて説明を始める博士の光景を、男も何度か目にしていた。
逆に博士は専門のロボットに関しては、無骨なまでのシンプルな外見を好んだ。
いくらでも、人間に近づけることも出来ただろう。それなのにステンレスやアルミなどの素材を使い、シリコンや人工皮膚を使うことはしなかった。
パソコンの用意が整ったので、男はマウスを操り、目的の設計図を呼び出す。小脇に抱えていた自分の最新のパソコンに繋ぐと、急いでデータを移し始めた。
ディスプレイには、コピー中の文字と共に、残り時間が表示される。
デスクの横には、組み立て途中のロボットの腕が無造作に放置されていた。完成されることのない、むき出しの金属の骨格は、人間に近い形をしており、触れると体温が奪われるように冷たかった。
死んでいる、と男は思った。ロボットなのだから生死など元より範囲外にあるはずなのに、なぜか男は死んでいる腕だと思った。
不意に博士の声が蘇る。

――本気?

男性にしては甲高い声は、詰るでもなく問い詰めるでもなく、ただ確認するだけで、何の感情もこもっていない。

――別に僕はヒトの幸せ不幸せに口出し出来るほど高尚な人間じゃないけど。

博士はその子供っぽい風貌とは裏腹に、時に冷たいと感じるほどに突き放した物言いをしていた。家族以外には、と限定されてはいたが、子供のような話し方の陰に潜む容赦ない物言いは、育ての親に良く似ていた。男がこの設計を頼んだのは、博士も老齢に達していた頃のはずなのに、男の脳裏に蘇ったのはまだ二十代の、若々しい容貌と声だった。

――不老不死なんて、結局当人も周りの人間も、幸せになんてしないと思うよ。

これはどこで交わした会話だったか。
男は思い出そうと思考を巡らせ、やがて放棄した。親友や友人が彼の周りに当たり前のようにいた時期のことを思い出すことは、男にとって辛すぎる作業だった。
先に死ぬと言いながらも、自分を受け入れてくれた親友。
学生の頃と同じ、親しみのこもった毒舌を吐いていた友人。
親友の横にいることを、黙認してくれていた違う色の一族達。
大勢の人々が男の横をすり抜けて、遠い場所へ旅立って行った。残っているのは、ただ一人だけだ。

――生物とロボットの融合って、その発想は面白いと思うけどね。

パソコン越しに、博士は男に語りかける。

――でも僕は、機械のボディに人間の心を持ったモノなんて、見たくないし作りたくない。そんなの醜悪だよ。機械の心、って言うか知性と、人間の知性って別物だもの。機械を人間にしようとするのは、ヒトのエゴじゃないかな。

自律型のヒューマノイド開発を嫌っている様子を見せていた博士は、生涯操作型のロボットしか作らなかった。僕達は石ころのオモチャじゃない、と発言したのはどの場面だったか。男は記憶を弄る。
創造された存在だったからこそ、ロボットに心を与えることを嫌った博士は、男の語る研究内容にかすかに眉根を寄せてその話を聞いていた。その石ころに直接創り出された生き物である男が、どうして生命を作り出すことに興味を示したのか、それは本人にも解らない。創造主に対する、意趣返しだったのかもしれない。

――もしもジャンさんが作りたいんなら、僕が死んでからなら好きにして良いよ。止める権利なんかないし、死んでまでロボットの技術を使うことに文句なんて言わないからさ。でもその存在に対する責任はちゃんととってね。

そう、責任は取る。心配しなくても、ちゃんと自分の手で幕は引いてみせる。幕引きのためには、どうしても『その存在』が必要なのだ。
ごぼごぼと音を立てる培養器の中で、分裂し続ける細胞。それは徐々に人間の形に近づいていく。だがそれだけでは足りない。
男は、人間では幕を引くことが出来ないところまで来てしまった。
ディスプレイにコピー終了の文字が踊った。彼は久しぶりに表情らしい表情を顔に刻んで、パソコンの電源を落とす。起動するものはなにもなくなり、再び部屋には静寂が戻ったはずなのに、骨を引っ掻くような耳障りなノイズが残った。
ノイズは博士の声であり、ロボットの金属音であり、細胞が分裂し成長する音だ。
男は耳に残るノイズを消すために、わざと動作を大きくして首を振る。
「使える物は使わせて貰うよ、グンマ博士」
ラボに遺された多くのロボット達が、無言で彼を見つめていた。

幕を引くためには、幕を開けなければならない。


(2007.2.21)

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ss


ここに、一枚の写真がある。
私室らしきカーテンの揺れる窓辺の前で、4人の人物が並んでカメラに向かって微笑んでいる。黒髪の少年は嬉しさを隠しきれないような内側から溢れるような笑顔で、腕の中の赤子を愛おしそうに抱いている。金髪の少年はにっこりと慣れた笑顔で、隣の黒髪の少年の腕に軽く手を沿えて立っている。赤子は大きな青い目を開いて、きょとんとした表情で兄達と父親を見上げている。
子供達の横に並んで立つ父親の表情は、他の人物と比べて少々硬くぎこちないが、それでも緩やかな笑みを口元に浮かべている。
写真には、ひとつの家族が写っている。



彼がアルバムの整理をしている時に確認した写真群は、概ね自分の成長記録で、よくもまぁここまで写真ばかり撮っているものだと呆れる程の量だった。写真ばかりではなく、ビデオテープもいちいち年齢毎にラベルを張られてアルバムの隣の棚に保存されている。特別な行事の時はもちろん、泣いたり笑ったり怒ったり、些細な事でシャッターを切る父親の姿がアルバムをめくるたびに思い出され、子供としては少々その親馬鹿振りに閉口するが、こうしてささやかな思い出までもきちんと写真として残っているのはそう悪くない気分だった。
写真の中の子供時代の彼は、概ね幸せそうに笑っている。一人で映っている写真が大半だが、たまに同い年の従兄弟も混じって、二人で一緒に遊んでいる写真も綺麗に保存されていた。同じ写真を従兄弟の保護者が所有しているアルバムでも見たことがあるような気がして、自分達の身の上は特殊なものかもしれないが、馬鹿親二人に愛情をまぶされるようにして育った己たちは、決して不幸ではなかったと再確認できた。
子供の成長を写真として残したい、と言うのは親として当然のことかもしれないが、思えば彼の父親はそう言った記録を残しておくのが特に好きだった。自身の子供である彼の写真ばかりではなく、父の兄弟の写真も多く残されており、長男だからかも知れないが、幼少時に父親を亡くした父は、手元に残る形で思い出をとどめておくことに執着しているかのようにも彼には感じられた。
パタパタとアルバムをめくっていくと、誰かに頼んだのか、父親と彼と二人で映っている写真も数枚あった。彼を膝に乗せ総帥然と悠然としている写真や、親馬鹿丸出しで鼻血を垂らしている写真など、写真の撮り手によって父親の表情は様々だったが、そこに映っているのは確かに「父と子」だった。
――悪くねぇよな。
父親の前では決して言わないが、素直にそう思える写真がいくつもあった。
父親と二人で映っている写真をアルバムの中から一枚抜き出して、幸せそうに屈託なく笑う自分を彼は羨ましそうに指ではじく。しばらくその写真を手に考えていたが、彼はそっとそれをアルバムに戻した。
膨大な量に及ぶアルバム整理の本来の目的を思い出し、彼は自分の18歳以降のアルバムを抜き出した。いちいち懐かしがっていた先ほどまでとは違い、何かを確認するかのように事務的に、だが目は真剣に写真の貼られたページを追いながら、彼はアルバムをめくる。
――ない。
絶望とまでとは言わないが、重い失望感が浮かんできた。焦る指先でページをめくっていく。彼が探していたのは、父が撮った弟の写真、もしくは父と弟が一緒に写っている写真だった。

眠りの世界から出てこない、瞼を閉じたままの弟の写真は増えて行く一方で、それでも彼が撮った弟の写真は彼程とは言えないが手元に何冊も残っている。弟が生まれたときは嬉しくて、父親が自分の写真を撮っていた意味が分かったかのように、父のカメラを失敬しては、飽きることなく弟ばかり撮っていた。たまに従兄弟に頼んで、彼と弟の二人の写真を撮って貰ったこともある。逆に、従兄弟と弟の二人の写真を彼が撮ったこともあった。それらは弟専用のアルバムに大切に保存され、いつか弟が目覚めたとき見せてやろうと従兄弟達と計画している。それでも眠っているときの写真ばかりが増えていくのに彼は少々焦りを感じ、父が保存しているアルバムの中から弟の写真を探そうと思い立ち、そして、気が付いた。
南国の島での出来事を経た今でこそ、眠っている弟に対して一方的にならざるを得ないとは言え、父と弟は新たな関係を築いて行こうとしている。しかし弟が生まれた直後から弟の力に危機感を抱いていた父親は、決して彼のように溢れんばかりの愛情を弟に向けていたとは言えなかった。当時の彼はそれが自分がカメラを独占しているせいだと思っていたが、彼がカメラを返しても父親は弟に向けてシャッターを切ることは無かった。何かがおかしいと、弟を見る父の視線の根底にある冷たさに薄々感づいていたが、それを否定したかった彼に、それを決定的なこととして知らしめたのが弟の監禁だった。
それでも、それまでに父が弟を撮った写真、あるいは父と弟が写っている写真が一枚でもあるだろうと希望を抱いてアルバムをめくっていたが、彼の希望を嘲笑うかのように、それは一枚も見つからない。
いくらこれから、弟が目覚めてから取り戻せるかもしれないとは言え、過去の父親と弟の断絶がこんな小さな出来事にさえも表れているようで、彼は床一杯に広げられた写真達の群れの中で一人肩を落とした。
半ばやけになりながら、『シンタロー二十三歳』とラベルを貼られたアルバムをめくる。弟が監禁されたその年は、ほとんど家にも父の前にも姿を見せなかったせいか、空白ばかりが目立った。それでも律儀に一ページずつめくる指が、少し震えている事に彼は気が付かなかった。
そして、最後のページと背表紙の間に、有り余る余白に貼られることなく挟まっている写真を見つけた。

一体誰がシャッターを切ったのか、本来の形を予言するかのようなその写真の裏側には、確かに父親の筆跡で、日付に加えて『家族と』と書かれていた。


(2006.9.28)

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sac



見渡す限りの荒野に、金色に輝く二つの人影があった。
片方の少年が大地に膝をつき、辛そうに息を吐いている。その様子を恐ろしく綺麗な顔をした男が見つめていた。
「立ちなさい。まだ休憩時間じゃないよ」
ぴしゃりと言われて少年は歯を食いしばって立ちあがる。そして二人きりの特訓が再開された。


力のコントロールの仕方を教えて欲しいと、家に戻ってすぐ父親に懇願した。
父親は随分と渋っていたが、それでも必死で頼み込むと、仕方ないと叔父を連れて来た。
久しぶりに会った叔父はとても四十も後半とは思えないほど綺麗で、あの島に一緒に居た方の叔父とは双子のはずだったが、あまり似ていなかった。
どうやら、この叔父が自分の教育係のようだ。
呼ばれた叔父は、まず父に席を外すように頼んだ。
二人きりになって、どうすれば良いのか分からず、とりあえず父に頼んだようにコントロールの仕方を教えて欲しいと言おうとすると、それを遮って、叔父は話を始めた。
まず、自分が幽閉されたとき、それを止めようとしなかったこと。
次兄の死に関係して、自分の兄達を赤子の時に入れ替えたこと。
四年前、あの島で自分と敵対したこと。
淡々とそれら過去のことを話して、それでも私と二人、訓練に行くかと尋ねてきた。
叔父の罪を告白されて、正直途惑ったが、一刻も早く、兄や友達を助けたかった。
そうして叔父と二人、荒れ果てた大地がむき出しの場所で、過酷な修行をしている。
叔父は厳しかった。本人が言うように、決して自分を甘やかさなかった。
その厳しさが有難い。厳しければ厳しいほど、早くコントロールが身に付いて、兄のところへ行ける。
だから耐えた。それが自分に出来る精一杯のことだったから。

食事の準備も自分の役目だった。
二人分とは言え、慣れない調理は大変で、あの島でさんざん我侭を言った家政夫に少しだけ、ほんの少しだけ悪かったかも知れないと思った。
「だいぶ上手くなったな、コタロー」
ある日やっと叔父に褒められた。それでも兄の味や家政夫の味には到底及ばない。
「そうかな。お兄ちゃんほど、美味くないけど」
「あの子も最初は酷かったよ」
あの料理の上手な兄も、最初は自分のように、包丁を扱いかねた頃があったのだろうか。
「シンタローが作った初日の食事は本当に不味かった」
「本当に?」
驚いて目を見張ると、叔父はくつくつと笑いながら当時の事を語る。
こうやって、食事などの休憩時間に叔父が昔のことを語るのが、最近の日課になっていた。
自分が産まれる前のこと、閉じ込められていたときのこと、眠っていた間のこと。
叔父が見た、他の人から聞いた、家族のこと。
話は尽きなかった。
出来ることなら、ずっとそれを聞いていたいように思うけれど、休憩時間は短かい。
それでも、少しの短い話でも、自分の空白の時間が埋まるようで、嬉しかった。

その夜、どうしても寝付けずに寝返りを打った。
今日も厳しかったので、寝ないと明日もたないと解っているのだが、なぜか頭が冴えて眠れない。
何度目かの寝返りを打つと、隣で眠っているはずの叔父が、声を掛けてきた。
「眠れないのかい?」
「うん…。ねぇ、お話してもらっても良い?」
叔父も眠っていなかったようなので、思い切ってお願いする。
「良いよ。何が良い?」
「何でも良い。皆のこと、話して」
家族のことが知りたかった。兄以外、そう詳しいとは言えなかったから。
「そうだね…そう言えば、今日の昼間、ハーレムから電話があったよ」
「ハーレム叔父さんが?なんて?」
もう一方の叔父は戦場を走り回っているらしい。そう聞いていた。
「コタローは元気してるかって」
「そう」
気にかけて貰って嬉しいが、連絡があったのはその叔父だけだろうか。
皆忙しいのは知っている。
兄達は、見失ったあの島に行くために日夜研究にいそしんでいるらしい。
父も、そう父も、総帥代行で忙しいのだろう。
それでも思わず『お父さんからは?』と尋ねそうになってしまう。
父は、自分をどう思っているのだろうか。
四年前、暴れる自分を抱き締めてくれた。
そしてこの前、兄ではなく、自分の手を取って、抱き締めてくれた。
恐らくもう、嫌われていないのだろうけれど、どうしても不安になる。
自分はもう父を嫌っていないと思う。いざ父を目の前にすると、緊張して震えてしまうけれど。
「お父さんは…」
決死の覚悟で、そう口に出してみたけれど、それ以上言葉が続かなかった。
「兄さんはね、コタロー、必死なんだよ」
自分の断片的な問いに、察したように叔父が答える。何に必死なのだろう。
「シンタローを助けるためももちろんあるけど、それと同じくらいお前との接し方を今必死に模索してるんだ」
「お父さんが?」
信じられない。そんな声音だったのか、叔父が苦笑する気配が、闇を通して伝わってくる。
「兄さんは、あの通り冷静で、強大な力のコントロールも完璧で、覇王として君臨していただけあって何でもそつなくこなす。それが弟として辛かったこともあったよ」
「うん」
どう答えて良いか分からず、とりあえず相槌を打つ。
「私も最近になって分かるようになったんだけれど、そんな万能に見える兄さんでも、たまに迷うことがあるんだ。最も完璧で優秀な人間は、迷っても周りに相談することが出来ない。本心をさらせない。孤独だろうね。そして迷った挙句、間違ったことをしてしまう時もある。お前の場合もそうだったんだ」
私も人のことは言えないけどね、と自嘲混じりに言われては、相槌すら打てなかった。
「間違ってしまったから、今度こそ、間違わないようにお前と接したいんだよ。だから必死で今考えてるんだ。臆病になっているのかもね」
父が自分のことを考えてくれている。本当に?
「お前が眠っている間、兄さんは毎日見舞いを欠かさなかったよ。シンタローが言っていたから絶対だ」
「お兄ちゃんが…」
あの兄の言うことなら信じても良いと思えた。
「兄さんは、今度こそ、お前の本当の父親になりたいそうだ」
目の奥がつんとして、涙が溢れてきた。それを見られたくなくて、慌てて布団をかぶる。
「兄さんはしつこいから、お前が例え拒否しても、どんな手を使っても父親になろうとするだろうね」
涙が頬を濡らす。嬉しくて泣いたのは初めてかもしれない。
叔父は気付いているだろうが、見ない振りをしてくれた。
「じゃぁお休み、コタロー。…ああそうだ、本部に戻ったら、兄さんに夕飯にカレーをねだってごらん。あれだけはシンタローも敵わないから、食べておく価値があるよ」
「うん。おやすみなさい」
かすれた声は叔父に届いただろうか。
家に戻ったら、父と向き合ってみよう。正面から、父と話をしてみよう。
自分も父親も、互いのことを理解してない。だから不安になってしまう。
けれど理解したいという気持ちがあれば、きっと大丈夫だ。
今の自分は、閉じ込められていないし、眠ってもいない。だから、これから向き合う時間はたくさんある。
それにしても父の得意料理がカレーとは。
あの父親がエプロンをつけてキッチンに立つ姿を想像して、思わず笑った。
笑みと一緒に、新しい涙が溢れてきた。


(2005.10.26)

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