月の雫
『僕はねぇ、高松とか、お父様みたいな立派な科学者になるの』
『弱虫のお前にはぴったりだな』
『ひどーい!それならシンちゃんは何になるのさ?』
『俺は―――』
内線が鳴る音で眼が覚めた。
机に突っ伏しながら眠ってしまっていたから、体が少しだるい。
目を擦りながら立ち上がると、躊躇い無く受話器を取った。
『グンマ様。食事のほうはどうなされますか?』
「う~ん、もう少ししたら食べる」
『もう、お休みになられてましたか?』
心配そうなその声に、朗らかに笑った。
「大丈夫、少しうたた寝をしてただけだから」
『グンマ様はお体が弱いのですから、きちんとお布団でお休みになられないと…』
「もう、高松は心配性だなぁ。僕、今日はエビフライがいいな」
『解りました、用意しておきますね。お待ちしております』
プツりと切られた内線に、暫く受話器を見つめていたが、机に戻ると広げられていた椅子に座ってペンを握る。
広げられたままの日記は今日の日付と2、3行書かれているだけ。
今日はガンマ団内でのトーナメントがあり、シンタローとグンマは決勝まで勝ち進んでいった。
グンマのガンボットは、準決勝にてぼろぼろになってしまい、仕方が無く予備に用意していたロボットで立ち向かっていった。
「ガンボットだったら勝てたのに…」
最新のニューロコンピュータを搭載したガンボットならば、その直前のデータまでを元にかなり動けるようになっていた。
そして、予備に用意していたロボットにそのデータを読み込ませるほどの時間は無く、またそこまでの容量を積んでいなかった。
全く白紙のままのロボットなのでグンマが操縦をしたのだが、そっちのセンスに恵まれなかったグンマはあっさりと負けてしまった。
そのことを思い出して、ペンに力が入る。
毎日欠かさず日記をつけるようになってから早十数年。
いつまで、一緒に遊んでいたかとか、一族の屋敷から離れて研究室にい移り住んだのはいつからかとか。
総て日記に記してある。
そして、書かれていることの大半がシンタローで埋まっている。
一族の屋敷に住んでいた時には遊び相手が互いにしかいなかった。
もちろんそうは言っても、マジックが家にいるときにはシンタローは父親と遊んでいたし、グンマもある程度大きくなるまで高松と一緒に暮らしていた。
それでも、シンタローが士官学校に、グンマが科学者として正式に研究室に配属されるまで二人は一緒に過してきた。
そのときからだ。グンマがシンタローに対して尊敬以外の感情を持つようになったのは。
「…シンちゃんなんて、負けちゃえばいいんだ」
それは、一度もシンタローが負けたところを見たことが無い、彼の本心だった。
日記を書き終え、自分に与えられた部屋を出る。
高松はいつも通り、自分の研究室にいるはずだ。
現金なもので、先程は全く空いていなかったというのに、早くご飯を食べたくっていつもならば通らない通路を通る。
一族専用の通路やエレベータを使えば、誰にも出会わずにきっと高松のいる部屋までいけただろう。
しかし、そのルートを通るとなると遠回りになる。
急いでいるあまりグンマはいつもならば通らない、一般兵も使う通路を通ってしまった。
とはいえ、そういった通路を使うことは良くある。
例えば、今のように急いでいるときやシンタローに会うためなどだ。
シンタローは、総帥の息子ではあるものの、今は一兵士として扱われている。ゆえにシンタローに会うためにこちらの通路を使うこともある。
だから、その話が耳に入った瞬間、思わず近くにシンタローがいないかを確認してしまった。
「ったくよ、いくら総帥の息子だからって優勝できるもんかね」
2~3人の男達の話し声だった。丁度T字路を曲がったところにたむろしているらしく、グンマの姿は見えないらしい。
「確かにな。しかもほら、何だっけ従兄弟の…」
「あのロボットのか?丁度良く準決勝で壊されたよな」
声からすると、グンマやシンタローたちよりも少し年上のようだ。
グンマは気配の消し方なぞ知らないが、それでも息を殺して耳を欹てた。
「八百長なんじゃねぇの?」
「あ?」
「だからよ、対戦相手を弄って強そうなのはロボットに戦わせておいて―」
「なるほどね。それで決勝でそのロボットを倒せば―」
「そういうこと。大体、あのロボット、スペアの動きがおかしかっただろ?」
「確かになー」
「おいおい、そういう話は他でしろよな。誰かに聞かれたらやばいぜ」
そこまで聞いて、グンマはわざと足音を立てて走った。
慌てる三人をちらりと見やり、そのまますれ違う。
「お、おい」
声をかけられても無視する。
今の自分ではきっと何も言えない。
その瞬間、次のロボットのアイディアがなぜか浮かんだ。
まるで下卑た笑いを吹き飛ばすかのように。
「次こそ、勝つんだから」
<後書>
暫く日記のほうで書いていたもののリメイク。
まだまだ、結末のほうは書いておりませんでしたので、どうなることやら。
お暇な方はどうぞお付き合いくださいませ。
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きっと、届かない
遠くから、波の音が聞こえる。
本人の希望もあり、彼がここに移り住んでからもう何年が経つだろう。
それ以来、青年も頻繁にとはいかないが、よく訪ねるようになった。
一見普通の病院に見えるが、ここ彼一人のために建てられたものだ。
故にセキュリティは勿論、スタッフも一流で固められている。
そんな中、青年が歩いているのだが、誰にも見咎められることも無く目的地へと進んでいった。
否、全く誰とも出会わないのだ。
彼が過度な警備を嫌ったということもあるが、青年が巡回パターンと、各扉ごとのパスワードを把握しているからだ。
ランダムに代わるそれらを随時知ることが出来、またほんの一握りの者しか知らない通路を使えば、人に会わずにすむなど造作も無い。
そして、難なくその部屋の前へと辿り着く。
どこからどう見ても普通のドア。
けれども、ここには世界を動かしてきた彼がいる。
しかし、青年はためらうことなく、何時も通りパスワードを入力し、ドアを開いた。
白で統一された部屋の中、彼はベットの上で寝ていた。
ドアを開けた瞬間、人工のものではない風を感じた。
よく見ると、窓が大きく開いている。
いくらこの建物のセキュリティが高いとはいえ、海の音が聞こえるほどの距離だというのに、無用心としかいいようが無い。。
さらに踏み込もうとしたとき、一段と強い風が吹き、彼の手元から紙がぱらぱらと飛んでいった。
あわてて拾い集めると、そこに書かれている眉根を寄せた。
最後の一枚を拾い上げた後、ベッドの横にあったサイドボードの上に置いた。
「…兄、さん?」
囁く様な声に振り返ると、彼が眼を覚ましていた。
「悪ぃ、起こしたか?」
「いえ、少しうたた寝をしてしまいました」
くすりと笑い、そしてふと青年の横のサイドボードに視線を転じた。
いささか罰の悪い顔をし少し迷ったが、体を起こして手に持っていた資料を同じくサイドボードに置いた。
「もう少し、休んだほうがいいじゃないのか?」
「大丈夫ですよ、これ位」
もし、他人がいれば不思議に思っただろう。
青年は兄さんと呼ばれていたが、ともすれば孫ほどの年齢差があるだろう。
けれども、二人にとってはそれが当たり前のことだった。
近くにあった椅子を引き寄せ、青年はそこに座った。
「もう、引退したんだからゆっくりしろよ」
「ええ、わかってるんですけど…」
ちらり、と彼がサイドボードを見た。
引退してすぐに、彼はここに移った。
それまでそんな素振りを見せていなかったのだが、体を壊したからだ。
年齢からすれば当然だといわれてきた彼は、以前から引退したらここで暮らすつもりだった。
ここの設計にあたったのは、彼の兄と従兄弟。
妙に感の良かった兄が、彼にこの場所をプレゼントしてくれたのだ。
今では珍しいくらい、美しい海の見える場所。
その兄達は、ずっと前に他界してしまったのだけれども。
眼を閉じればすぐに思い出すことが出来る。
若くして総帥になった彼をサポートしてくれたのは青年と、兄達。
就任してからしばらくの間は、前総帥と比べられ侮られていた。
前就任が団の方針を変え、漸く世界に認知されるようになったときの交代劇だからこそ、内も外も混乱を極めたといってもいい。
それでも何とか崩壊することなく、なんとかここまでやってこれた。
引退してからは出来るだけ口を出さないようにしているが、どうしても気になってしまい定期的に資料を送らせている。
自分のしてきたことが、いつか答えの出るものではないとはわかっていても、欲している自分がいる以上やめることは出来ない。
それを知っているからこそ、青年も止めることが出来ないのだ。
「今日はよく晴れているな」
その言葉に、はっと青年の姿を探すと、いつの間にか窓際に移動して空を見ていた。
「ええ、そうですね」
微かではあるが波の音が聞こえ、そして澄み切った青空が広がっている。
それがここにいる理由だった。
流石に構造上海を眺めることは出来ないが、それでもこの空がある。
ゆっくりと、しかし確実に公害に蝕まれていく中、この場所は比較的その被害が少なかった。
けれども二人とも知っている。
本当の青天を、輝く海を。
あの、照りつけるような太陽を。
「最近」
唐突に切り出された一言に、青年は体ごと彼のほうを向いた。
彼は困ったように少し笑って、言葉を紡ぐ。
「最近、あの島のことをよく思い出すんです」
眼は窓の外を、否、更にその向こうへと向けられていた。
「今まで、片時も忘れたことなんて無いですよ。だけれど…」
青年は何も言わない。
何も、言えない。
何故なら。
「あの島が、呼んでいるような気がするんです」
そんなこと、とっくに気がついていた。
そして彼もまた、薄々青年が気がついていることを知っていた。
この言葉を口にすることを散々躊躇っていたのだが、たとえ青年を傷つけることになっても言わなくてはならない。
「私はあの島のことを、一度も忘れたことはありません」
それは、青年も同じで。
「でも今は」
「帰りたいと、思うんです」
感傷ではない、帰郷の念。
例え、それが青年を置いてってしまうとしても、その思いが消えることは無い。
青年は、何も言わない。
彼は少し躊躇ったが、ゆっくりとベッドから降りようとした。
慌てて手を貸そうと窓から離れようとした青年に、首を振ることで辞退する。
以外にもしっかりした足取りで青年の横に並んで窓の外を見た。
青い空、そして波の音。
そよ風が心地よく、思わず眼を閉じた。
「あの島は、私達が生まれた場所だから」
その数週間後、ガンマ団の前総帥の訃報が流れた。
本人の遺志もあり、葬式は密やかに行われた。
しかし、その手腕は確かなものであり、団員達に限らず多くの人にその死を悼まれた。
そして。
彼の死後、一枚の紙切れが発見された。
おそらくは亡くなる数日前に書かれたのだろうと推測される。
それは誰かに宛てて書かれたものであるのだが、宛先人がわからず、ついに届くことは無かった。
ある事象との因果関係
物音ひとつしないその部屋では、時間の感覚が狂ってしまいそうだった。
誰の指示かは知らないが、気を散らさないようにと時計はおろか空調の音すら完璧までに締め出されていた。
お陰で机にかじりついてから数時間、どうもシンタローは調子がおかしいくなってしまう。
最近、形式ばった業務しかこなしていなかったことを考えれば、それも当然である。
遅々としか進まない仕事に、莫大なデータ。
溜息と共に参考資料に目を通そうとしたのだが、そこで手が止まってしまった。
ある資料が手元にないのだ。
データはディスクに収められたものと、紙に綴じられたものとそれぞれ渡されたのだが、どちらの山にも見当たらない。
軽く舌打ちしたが、それで目の前に現れるわけではない。
今まで気がつかなかったのも間抜けだが、兎にも角にもそれがなければ進められないという事実。
内線で連絡すれば向こうも忙しいらしく、暫くしてから応答があった。
手早く事情を説明すると、確認するため折り返すとのことだった。
次の連絡が来る前にもう一度、探してみたが影も形も見当たらない。
やきもきして待っていると、軽やかなコール音が部屋に鳴り響いた。
シンタローがこの部屋に入ってから鳴った、初めての電子音だが、それによってもたらされた情報は芳しいものではなかった。
資料自体は見つかったそうだが、ある部分から大幅に間違っているため、現在製作中であり、30分ほどかかるらしい。
とりあえず、現在の進行状況を手短に話すと、休むようにと強く言われてしまった。
言われて気がついたが、思った以上の時間が経っていた。
資料を届けるまでの間、約1時間程の休憩を言い渡されたが、どうしたものかと考え込む。
パソコンから目を離したものの、他にすることもなくぐるりと部屋の中を見回す。
当然何かあるわけでなく、大きく伸びをして体の凝りをほぐす。
何度か改装を繰り返された部屋はその回数分、セキュリティと強固を増していった。
内装も落ち着いた色で統一され、シンタローの好みにより出来るだけシンプルなものになっている。
また、仮眠室、小さなキッチン、バスルームも用意されており、ここで生活できるくらいの設備は整っていた。
その中の一室、キッチンにシンタローは足を踏み入れたが、別段腹が空いているわけではない。
ケトルに水を注ぐと、コンロに火をつけている間にポットとカップを取り出す。
茶葉は缶に入ったままのものがあったのでそれを手に取り、もう片方の手にティースプーンを持つ。
まだ沸く気配のないケトルを見ていると、ふと聞き覚えのある音が耳に届いた。
それは無意識のうちに手に持っていた缶にスプーンを打ち付けていた音であり、それが誰の癖であるかは明快であった。
久方ぶりに大勢の来訪者に些か辟易してしまう。
しかもそれが、仕事に関係しているものではないということがさらに拍車を掛ける原因だ。
「お前ら、ここがどこだかわかってねーみてぇだな」
「だって、久し振りにシンちゃんが帰ってきたから会いに来たんだもん」
キンタローが学会のついでに買ってきたという土産を眺めつつ答えるグンマは、シンタローとは正反対に朗らかに笑っていた。
グンマ自身が学会に行くことがなくなったせいか、キンタローにお土産リストなるものを作って渡しているのだが、それを律儀にも買ってくるキンタローもキンタローである。
最近では自ら土産を選んで買ってくるのだが、グンマがそれを見て喜ぶものだから得意げに色々買ってくるようになっている。
そんな騒ぎを横目で見つつ、しかしちゃっかり欲しいものを手に入れているコタローは確かにシンタローに同情しているようだが、それがさらに情けなく感じてしまうのだ。
「大体、土産の配分なんぞよそでやれよ」
もっともな意見なのに、なぜかコタローも含め、全員の目が痛い。
「ここのところ、向こうに帰ってこないのは誰だ」
「そーだよ、遠征から戻ってきたばかりなのにさ」
「お父さんを連れてこなかっただけましだと思って欲しいよ」
三者三様、見事なまでの攻撃が胸に突き刺さる。
言葉の内容よりもその息の合ったコンビネーションが、疎外感を一層強くさせられた気がする。
「って、まだ学校は休みじゃないだろ?」
コタローがいるということですっかり舞い上がっていたが、考えてみれば今の時期は宿舎のほうで暮らしているはずである。
士官学校に通ってからここ――総帥室――に来ることがめっきり減ったこともあり、舞い上がっていたが、おかしな話だ。
「テスト休みだって」
「お父様が作ったやつだね。シンちゃんに会いたいがために作ったやつ」
思わず全力でなくしてしまいたかったが、流そんなことしてしまえば色々と不満が上がるだろうし、何よりコタローと会える機会が増えたのだ。
文句は言うまい。
嬉々としてお土産を分けているが、大半がお菓子であるためグンマの手に渡ってしまうことは明白だ。
いつの間にかキンタローが書類の仕分けをしていた。
「お前だけは止めてくれると思ってたんだがな」
ぼそぼそと向こうに聞こえないような声で言ったのだが、小さな溜息が返ってきた。
「あのグンマとコタローを止められると思うのか?」
キンタローにしてみればいい迷惑である。
帰ってきて早々、グンマに手を引かれ、コタローに急かされてここに来たのだ。
この後、秘書達に何を言われるかと思うと気が重くなるばかりだ。
けれども、この話を持ちかけてきたグンマの言い分もわかるつもりだし、何より最終的には自分の意思で来たのだから仕方がない。
諦めて彼らの作戦に乗るだけだ。
「あ、じゃあこれはここで食べちゃおうか?」
配分も佳境に差し掛かったところで、意見が分かれたらしく、グンマのそんな声が聞こえた。
その声に顔を見合わせ、同時に振り向けば、そこにはコタローがテーブルの上にお菓子を広げているところだった。
滅多に使わない応接用のテーブルの上にはいつの間にか皿が用意されていて、焼き菓子とチョコレートが並べられていた。
そして、キッチンからもシンタローたちのところまで物音が響いてきた。
「くぉら!グンマ!」
シンタローが乗り込んでみれば、予想通りの光景。
ケトルが火に掛けられ、その横にはティポットが二つ。
そして、不快にならないくらいの小さな金属音が断続的に鳴っている。
その音はグンマから、正確にはグンマの手から聞こえていた。
壁にもたれながら、スプーンと金属製の容器を打ち合わせていたのだ。
「お前な、何してんだよ!」
「お湯って、中々沸かないよね」
特に4人分となれば、ケトルに相当の量の水が必要になるだろう。
沸かすための時間もその分長くなっている。
ここでよく、シンタローの意思とは裏腹に茶を入れることがあるが、この4人が集まるのは初めてかもしれない。
しかし、グンマの答えはシンタローの求めていたものとは違う。
こん、こんとスプーンをたたき続けることを止めぬまま、グンマは言葉を続けた。
「皆、心配してたんだからね」
なんでもないかのような口調が、返って心に響く。
思わず反論も出来ず、黙っているとケトルから湯気が立ち上り始めた。
「あ、いっけな~い!」
慌てて容器のふたを開け、手早くポットに葉を入れる。
同時にケトルも大量の湯気を放ち、沸騰したことを知らせていた。
すぐにティポットにケトルからお湯を注ぎ、ティコージを掛けたところで、グンマはほっと溜息をついた。
「手際悪いな」
「違うもん、シンちゃんが話しかけてきたからだよ」
らしいといえばらしい、グンマの手際に笑ったがグンマにも言い分はある。
「何言ってんだよ。俺が来たときにはスプーンで遊んでただけじゃねぇかよ」
「だって、お湯が沸くのはもっと先だと思ったんだもん」
そんな言い合いをしている間に、今度は正確に時間を計っていたグンマがトレイを持ち上げ、運ぼうとする。
結構な重さになるそれをしっかりと持つが、動こうとはせず、シンタローの顔を覗き込んだ。
「僕達がいること、忘れないでね」
そのときの笑顔を、いまでも忘れることはない。
諭すわけでもなく、軽やかな笑み。
信じろとは言わず、その後もただお茶を楽しんでいた。
一人分の湯はすぐに沸いて。
ケトルから洩れるシュンシュン、という蒸気の音が聞こえても。
手を止めることは出来なくて。
あの部屋での風景が、こんなにも簡単に思い出された。
<後書き>
久々に書いた、シンタローさん不死話です。
なんでもないことで昔の思い出を思い出したりする、というのがテーマだったんですけど、なんか底が知れている感じが全体的に漂ってますね(笑)
最近、キンシンよりもグンシンのほうが気になるお年頃…
こういうのも浮気って言うのかな?
そして彼は笑った
「髪、切ってよ」
いつものように笑顔で、手に持った鋏を渡した。
そのまま傍にあった椅子を引き寄せ、彼に背を向けて座る。
長い髪を持ち上げて、手早く大きな布の端を首の周りに巻きつけて準備を整えると、もう一度彼のほうを向いた。
「ばっさりお願いね」
時間を見てシンタローは溜息をついた。
夕飯は一緒に食べると嬉々として連絡してきた本人がいないからだ。
総帥となってからまだ数日しか経っておらず、まだ要人達と顔合わせが残っているのだが、調整のために時間を持て余すことが多い。
本当ならば、さっさと業務に取り掛かりたいのだが、どんなに馬鹿馬鹿しくとも形式を無視すれば後々火種となる可能性がある。
出鼻をくじかれたような形になってしまったが、未だにあの島にいた頃の習性を少しずつ修正するために、のんびりすることにした。
そうなると、屋敷にいることも多くなり、今日みたいに何人かで食事を取ることも増えてきた。
残してしまうことは(これもあの島の影響だが)もったいないと思ってしまうために、あらかじめ連絡をするように言うのだが、研究に熱中しているグンマはもとより、それについて回るキンタローも約束を忘れることが多々ある。
今日は珍しく別行動だったキンタローはもう席についている。
問題は、グンマだ。
「ったく、先に食っちまうか」
昼間とは打って変わって無表情のキンタローに声を掛けると、さっさと茶碗にご飯をよそる。
綺麗に髪を切られたその姿は、先日初めて見た叔父の姿にそっくりだった。
どうして髪を切ったのかはわからなかったが、彼の口から発せられた言葉に、なぜかほっとしてしまった。
その言葉は物騒なものではあったが、キンタローであるとわかったからだ。
その後、暫く睨み続けていたが、不意に視線をはずすとまた鏡を見つめながら、手を握ったり開いたりしていた。
自分を模索している最中なのだろう、感情を持て余し、戸惑っている。
今はグンマが帰ってこないことが心細いように受け取れる。
時計を気にしているが帰ってこないものは仕方がない。
と、汁物をよそったときにいきなりドアが開いた。
「ごめ~ん」
まるで女の子のような謝り方で聞きなれた声が耳に入ってきた。
「ったく、おせーぞ!」
お玉を持ったまま、くるりと振り返り。
「ぐ、グンマ…」
見ればキンタローも驚いて思わず立ち上がっている。
「あ、キンちゃんとおそろいにしちゃった」
いつものようにのほほんとした顔で、にこやかに笑っていた。
ここ数年、整えるほどしか鋏を入れていなかった髪はばっさりと切られ、その言葉の通りキンタローと同じ長さくらいになっていた。
しかし髪質のせいか、全く違う髪型に見える。
「もしかして、似合わない?」
そのまま、椅子に座ろうとしたグンマだが二人の困惑した表情に、顔を曇らせた。
「すっごく軽くなってすっきりしたんだけどな~」
「いや、別にどうってことないけどな…」
なんといっていいか言葉が見つからず、とりあえずグンマの分のご飯と汁物をよそってやりながら、何とか言葉を探した。
キンタローも何とか椅子に座りなおしたが、こちらも言葉が何も出ず、ただグンマを見続けた。
「何で切ったんだよ」
「ん~、なんとなく?」
おいしそうに煮物を頬張りながらの言葉に、しかし、シンタローの中の感情に火をつけてしまった。
「てめぇ!帰ってこないと思ったら、驚かせた挙句、どういうことだ!!」
「え~!何で怒るの~!」
箸を突きつけられ、びっくりしたグンマは頬を膨らませた。
「だって、キンちゃんが髪の毛切ったのみて、僕も切ろうと思っただけだもん」
「そんなら、ミヤギが切ったときにそう思えよ!」
返答が気に入らないのか、それとも口答えされたことがむかついたのか、シンタローは怒ったままだ。
「あの島にいたときはそれどこじゃなかったし、そんな暇なかったもん」
そのまま睨み合いが続いたが、これまで何も言わなかったキンタローが口を開いた。
「もう伸ばさないのか?」
その言葉に、なぜか目を輝かせながら、キンタローのほうを向いたグンマは声まで弾ませていた。
「うん、すっきりして気持ち的にも楽になるからこのままにしようかな、て思ったんだけど、前の髪形も好きだし、迷ってるの」
「…おい」
「ほら、昔僕も髪の毛短かったこともあるし。あ、どっちが似合うと思う?」
そのまま、シンタローを無視するがごとく、椅子の向きを変え、キンタローに矢継ぎ早に質問するが、そもそも答える、ということに慣れていないキンタローはただ聞いているだけ。
「くぉら!キンタローが困ってんじゃねぇか。しかも、俺と話してる最中だろうが!」
「シンちゃん怒ってばかりだから嫌ーい。キンちゃんはちゃんと話してくれるもんねー」
聞こえない、とばかりに耳をふさぐグンマを、がしっと椅子ごと向きを正させると、頭をひとつたたいた。
「ったく、あんま世話かかすんじゃねぇよ。飯作ってやらねーぞ」
「シンちゃんのおーぼー」
「…それは使い方が間違ってないのか」
漸くグンマから開放されたキンタローの一言だが、あっけなく無視されてしまった。
「…どれくらいですか」
彼の強引なその態度に髪を整えながら、確認をする。
「そうだね、キンちゃんくらい?」
正面を向いたまま、彼の声は朗らかだった。
しかし、高松は眉根に皺を寄せてしまった。
「どうしたのですか?この数年、切ったことなどなかったではないですか」
「…キンちゃんの髪を切ったのは、高松だよね」
変わらない、柔らかい声。
しかし、こちらからの問いに答えることもなく、断言をされた言葉がとても深い意味を持つような気がして、髪を梳いていた手を止めてしまった。
「キンちゃんが、切って欲しいって言ったの?」
「…いいえ」
「なんで?」
傍からみれば、ただの世間話のようにしか聞こえないほど。
しかし、どうしても高松にはそうは聞こえなかった。
「叔父様に、似せたかったの?」
「そう、ですね。ですが…」
「高松」
言葉を切られ、おとなしく引き下がる。
口調は変わることもなく、柔らかい。
威圧感もないというのに、黙らなければならないような、何かがあった。
「キンちゃんは、キンちゃんだよ」
「…ええ、そうですね」
その返答をグンマがどう受け取ったのかはわからない。
ただ、彼は振り返り、ただ笑った。
「早く切ってね。シンちゃん達を待たせているから」
<後書き>
相変わらず、タイトルセンスがありません。
GF祭り(各地で起きてますよね?)に乗り遅れた感じで仕上げてみました。
GF見る前は、グンマさんが切って、それを見たキンタローさんが真似して切った、みたいに考えてたんですけどね。
(このあたりのやり取りはほのぼのしてると思うのですが)
なんか、私の中の高松はことあるごとにグンマさんを畏れます。
で、グンマさんは間違いなくキンタローさんの親代わり(?)にとって代わろうとしてます(笑)
面倒見は悪いほうでないと思うんですけどね。
…でも、どうやったら紳士に育てられるんだろう。
反面教師?
紫色の花達
チ、チ、チ
携帯片手に時計を睨む。
あと少しで今日が終わる。
あちらではもう日付が変わっていることは調べてある。
だから、あとはこっちの時刻。
そして。
カチッ
今日が終わり、グンマは手に持っていた携帯を机の上に乱暴に置いた。
わかりきったことだけれども、やはり悲しい。
5月13日。時刻は0時。
いろんな人から祝ってもらったけれども、二人ばかり足りない。
一人は多分忘れていて、もう一人は覚えていても祝ってくれないのだろう。
少し緊張していたのだろう。
大きなあくびをひとつすると、携帯を充電器に立てかけ、眠るためにベットへと向かった。
部屋に戻ってまず確認するのは、携帯の着信履歴。
電気をつけ、仕事用に持っていた携帯を充電させる間に片手で操作をする。
以前は携帯は一台しかもっていなかったが、仕事に差し支えるということで二つ持つようにしているのだ。
「うわ、何回鳴らしたんだよ、親父…」
着信拒否をすればその度に新しい番号で鳴らす傍迷惑な父親に、このままではいたちごっこだと思い、最近ではそのままにしてある。
一応、留守録を聞くが大抵の場合どうでもいいものなのではじめの一秒を聞いて消去する。
そんなことが幾度と続き、いい加減めんどくさくなり、総て消してしまおうかと思ったとき。
『お兄ちゃん?僕だけど…』
「コタロ~~~!」
今までと一変し、一語たりとも聞き漏らさぬようにしっかりと携帯を耳に当てる。
しかし、コタローの声はどこか冷ややかだった。
『まさかと思うけど、今日が何日だか忘れてないよね?』
その言葉に、何かあったかと疲れている頭を総動員して考える。
まず、なにかコタローと約束していたかという問いには否。
コタローはあれが欲しい、これが欲しいと我侭は言うが仕事の妨げにならないようにと気を使っているらしく、あまり約束をしようとしてくれない。
それが兄としては悲しいのだが、大人になろうとしているのだと思うと頬の筋肉が緩まる――と同時に、鼻から生暖かい液体が流れ出る。
他には、今日のスケジュールやここ最近の戦況を思い出すがどれもコタローに呆れられることはないはずだ。
今日だって、泣く泣くコタローと別れて某国との協議に赴いたのであり、それが長引いてしまったがために何日も地上に降り、飛行艇に戻ってくるのが遅くなってしまったのだから。
『…こっちはお兄ちゃんがふて腐れて大変なんだから、せめて日付が変わる前に電話してあげてね』
ぷつ、と薄情な音を立ててメッセージが終わった。
愛しい弟の声が聞こえなくなったことに、非常に落胆したが、引っかかることを言われて、もう一度考える。
彼の言う兄は、3人いる。
自分と、従兄弟の二人。
一人は確か、どこぞの学会に出ていてもう一人は屋敷にいるはずだ。
そして、コタローはというと同じく屋敷にいる。
となると、この場合の兄は屋敷にいるグンマ。
そこで、ようやく気がついた。
コタローの言う今日、つまりはもう日付が変わってしまったところから昨日は、グンマの誕生日であるということに。
同じくコタローからメッセージを受け取ったキンタローは首をかしげた。
無論、彼はグンマの誕生日を忘れたわけではない。
忘れたくとも、彼らの親代わりである高松が一ヶ月ほど前からことあるごとに鼻血を流しながら、その日のことをのたまっていたからだ。
去年は確か、屋敷にいたので誕生日祝いを上げたのだが、今年はつい忙しくて旅立つ前に渡すことが出来なかったのだ。
グンマの性格は知っているからこそ、用意こそしていたが、まさかここまでごねるとは思っておらず、暫し思考が止まった。
電話をかけた方が良いかと、メモリを呼び出したがあちらとの時差を考えて、すぐにやめる。
代わりにもう一人、多分こちらは今日の今日まで忘れていたのではないかと思われる従兄弟に電話をした。
メールが二件。
見当がついてしまい、思わず不機嫌になる。
朝は弱いほうだからぼーとしながら、メールを開くと予想通り。
ふて腐れてしまうのは、簡単に裏が見えてしまったから。
多分、昨日ぽろりと零した言葉が原因なのだろう。
弟であると知って、早数年。
しかし、話をするようになったのは最近というややこしい関係だが、そこそこうまくやっていけていると思う。
これなら従兄弟が入れ込むのはわかると、思わず納得してしまうくらい可愛いのだ。
それなのに、ついぽろりと本音を言ってしまい、何とか誤魔化したがきっと気持ちを読まれてしまったのだろう。
「別に、祝って欲しかったわけじゃないもん」
昨日と裏腹のことを言ったが、それはある意味事実で。
別に、言葉が欲しかったわけではない。
ただ――
はふぅ。
大きく溜息をつくと、せめて気を使わせてしまった弟に感謝しないとと、気持ちを切り替えた。
「はい」
渡されたものに、面食らいながらも、せっかくいただいたものだからありがたく受け取っておく。
「ありがとう」
「どういたしまして」
いつものようにやわらかい笑顔に、笑顔で返すが、どうしてもわからない。
小さかった頃には気がつかなかったが、兄弟だとわかったせいか、なんとなく似ている気がする。
二人とも父親と比べるとどこか色素が薄い気がするが、なんとなく足したらあの色になるんじゃないかなといい加減なことを思ったことがある。
温和(なように見える)兄と、高飛車な自分。
子供のように駄々をこねる兄と、ちょっと生意気な自分。
正反対に見えるのに、結構波長が合うのは、もしかしたら、この兄が合わせてくれているんじゃないかなと思うようになったのは結構前からだった。
それは自分だけでなく、総ての人に対してだと見当つけたのもその頃。
気をつっているわけではなく、なんと言うか、溶け込んでしまうかのような、そんな感じ。
けれども、このプレゼントがなんなのか、全く見当がつかない。
多分、お菓子なのだろうとは思うが、いったい何のお礼なのか思いつかずに手に持っていると、くすり、と笑われた。
「シンちゃんたちから、メールが来てたんだ」
その言葉に、失敗したな、と思いつつもわかりやすい反応をした兄達が悪いと、責任転嫁をする。
「僕、何もしてないよ?」
それでもとぼけてみるが、あいにくこの兄に通用しないことはわかっていた。
グンマも、コタローが誤魔化しているのがわかっているから、ぺろり、と舌を出して肩をすくめる。
子供がいたずらに成功したみたいに。
「コタローちゃんが、二人に教えたんでしょ?」
正解。
そういってやるのが悔しくって、頬を膨らませる。
「…なら、これはいらないよ」
コタローもプレゼントは用意したが、たいした物をあげられたわけではない。
有名店のプリンを取り寄せて、それをそのまま渡しただけ。
いくら仲がよいとはいえ、何をあげていいか迷ったために、そんなものしかあげられなかったのだ。
それなのに、次の日にこんなものまで貰ったら悪い。
「ん、でも欲しいもがもらえたからいいよ」
にこ、とそのまま押し切られた。
多分気が疲れているんだろうなと、天井を仰ぎ見る。
せめて、この兄が喜ぶことをしたいと思い、二人の携帯にメッセージを残した。
同時に腹ただしくなったのも事実。
自分の時には盛大に祝ったというのに、連絡ひとつよこそうとしない兄達。
(全く…)
本当は、満足なんてしていないはずだ。
けれどもいったい何が欲しかったのかわからないコタローはとりあえず、もう一度礼を言って、貰った包みをどうするか考えた。
そしてそれから一週間近くたち、二人の誕生日が近づいた。
結局誕生日プレゼントということで、シンタローからはケーキを、キンタローからはネクタイとクッキーの詰め合わせを貰った。
しかし、それで喜べるかというとそうではなく、ニコニコ笑いながら受け取ったが、内心では沈む一方だった。
些細なことだと自覚している分、誰にも言うことが出来ず、もやもやが晴れることは無い。
とりあえず、目の前にある学会に提出する論文と、誕生日プレゼントを考える。
やはりいつものとおり、自分らしいものにしようかと考えている。
たとえばガンボットシリーズとか、動き自体は凄いが大して役に立ちそうも無いロボットとか。
そういったストックはいくつもある。
外装を変えてやればいくらでも作れるのであまり急ぐ必要は無い。
それとも、意表をついて普通の、たとえば時計とか――
きこきこと椅子を揺らしながら考え込んでみたが、決定的なものが浮かばず、溜息をつく。
どうせなら、この前の意趣返しに嫌がらせになるものにしようか。
けれどもそれで捨てられてしまったらもったいない。
その境界線を見極めるのに毎回苦労しているのだが、成功したときの達成感を考えると、手を抜くことが出来ない。
いつの間にやら研究を離れ、一見落書きにしか見えない誕生日プレゼントの設計図を何枚にもわたって描いていた。
久し振りに本部に帰ってきて、総帥室に閉じ込められたかのように身動きの出来ないシンタローは心底辟易していた。
無論、朝から晩まで閉じこもっているというのもあるが、いやなこと続きなのだ。
たとえば、誕生日が近いせいか、浮かれてねじが何本か外れてしまったような親父が毎日騒いでいる。
グンマの誕生日以降、なぜかコタローがつれない。
話しかけても大抵無視されて、流石に堪える。
しかも、たまに返事をしてくれるのはグンマが取り持ってくれたときという、なんとも物悲しい状況なのだ。
そんなわけで仕事が手につかないとか言ってみたいがそういうわけにも行かず、日に日にやつれていく。
「…俺、何かしたか?」
幸い、今日は話し相手がいる。
思い切って聞いたが、書類をまとめている従兄弟はそっけなかった。
「それは俺も同じ気持ちだ」
キンタローも、シンタローと同じような境遇だった。
しかし、キンタローにしてみればきちんとプレゼントを用意しておいて、渡し損ねたというだけで同じ仕打ちを受けているのだ。
それで平常通りいろというほうが無理である。
「溜息をつくな、こちらまで気分が重くなる」
うっとうしそうに、種類ごとに纏められた書類をシンタローに渡し、代わりに決済済みのものを受け取った。
紙媒体の書類というものは廃止されているものが多いのだが、廃止するべきではないと判断されたこれらは、たとえ文字に気分が影響されて乱暴になっていようとその重要さが失われるわけではない。
電子を介して製作される様なものは、どこにいても処理することが出来るが、こうした書類はたとえまだ決裁されてなくとも紛失は許されぬため、総帥が帰ってくるまでそのまま溜められている。
戻ってきたときに一斉にその書類に判を押されるのだが、大抵の場合はその前に指示が出ているし、ここにあるのはつまり総てが終わった後で処理されるというおかしな形をとったものばかり。
こまめに帰っていればここまでたまることは無いのだが、そうも言ってられない状況のため、時間が空いていればここ、総帥室に閉じ込められるのだ。
「…やっぱり、気にしてんのか?」
それは、目の前にいる人間に対して言っているわけではない。
いわば独り言のようなものだが、キンタローも同じことを考えていたため、黙ってうなずく。
時刻は一般世間で言うところのティタイム。
彼らの従兄弟がやってくる時間。
なのに、シンタローが帰ってきてからやってこない。
そのくせ偶然会ったりするといつものように笑っていたりするからたちが悪い。
「けどよ、どうしろって言うんだよ」
弟からの冷ややかな態度に、態度は完璧だがどこかよそよそしい従兄弟。
精神的なダメージを着実に受けている今、どうにかしてこの状態を抜け出したいのだが、打開策が思いつかない。
げっそりとしているシンタローに対し、同じ被害を蒙っているキンタローは大きく溜息をついた。
「ひとつだけ言っておくが、俺のほうがひどいぞ」
苦虫をかんだような顔をしながら、チェックを終えた書類を纏める。
「高松に会うたびに、早く謝ったほうがいいといわれるんだからな」
それで、こちらに非難してきたというわけだ。
「俺達、謝りはしたよな」
「お前はともかく、俺はちゃんと覚えていたんだけどな」
盛大な溜息を吹き飛ばすかのように、ドアが開いた。
「やっぱり、お兄ちゃん達ってばだめだね」
甲高い子供特有の声。
今朝と違って機嫌が良いらしく、ニコニコと笑っている。
「こ、コタ…!」
「僕、お菓子食べたいな♪」
鼻血を撒き散らしながら突進してきた兄をかわして、座り心地の良いソファを占領する。
そこでようやく、二人は弟が心から笑っていないことに気がついた。
「…たいした物は無いぞ」
弟の絶対零度の笑みに固まってしまったシンタローを尻目に、飲み物とお菓子を出してやる。
「仕事、忙しいそうだね」
勿論、嫌味である。
あからさまな言葉に、最早シンタローは灰になる寸前だ。
多分暫くの間は仕事が手につかないだろう。
いくら、忙しくないからといってこれは大打撃につながるだろう。
「で、コタローはどうしてこっちに来たんだ?」
兄と同様、時間があったらここに居座るはずなのに最近は全く来ていなかった。
理由は多分、グンマの誕生日が絡んでくるのだろうが、だからこそ、突破の道があるのではないかとキンタローも必死になる。
「別に?あ、でもお兄ちゃん達が誕生日はどうするんだろうと思って」
ここにきてもまだ、誕生日らしい。
しかし、そんな主だった予定は立てていない。
当然だが、しょっちゅういるわけでもないシンタロー。
高松が開こうと躍起になっても、興味深い学会等があったらそちらを優先するキンタロー。
そんな二人が何かを考えているわけではない。
「ふ~ん、まあいいけどね」
部屋の温度が下がったことを二人とも気がついた。
そ知らぬ顔でお茶を飲んでいるコタローだが、その顔にはもう笑顔すらない。
「コタローが来てくれるなら、お兄ちゃんやっちゃおうかな?」
「僕、が?」
冷ややかな視線を受け、間違ったことに気がついたシンタローはそのまま撃沈。
「来ないのか?」
それに乗っかって、追撃をかけるが、それも鼻で笑われ、失敗。
「二人とも、最低」
出されたお菓子を総て平らげ、口元を拭くと勢い良く立ち上がった。
もう用はないといわんばかりに、ドアに向かって歩いていく。
「…誘わなきゃいけないのは、他にいるでしょ?」
ドアが閉まる間際、正真正銘の笑顔と共に残された言葉。
その笑顔によって何とか復活を遂げたシンタローだが、ようやくコタローの言いたいことに気がつき溜息をつく。
「つまり――」
「そういうことらしいな」
それで解決するかはわからないが、試すしか道の残されていない二人は顔を見合わせて、ついでこれからのスケジュールにどう折り合いをつけるかを頭をつき合わせて考えた。
そして、5月24日。
二人の従兄弟の行動を不審に思っていたグンマだが、この日、もっとも困惑させたのは弟の行動だった。
「お兄ちゃん、絶対におうちに帰ってきちゃだめだから」
嬉々として宣言され、家から追い立てられたのが始まり。
入れ違いのように総帥である従兄弟が家に戻ったと聞いたのは研究室についてから。
連日、家に戻ってこないで総帥室から出てこなかったのに、今日は一日屋敷にいるらしい。
さらに驚かせたのは、同じく鬼気迫る表情で研究室に篭っていたキンタローも同じく休みであるということ。
ラボが分かれているため、顔を合わせることはあまり無かったが、顔色がよろしくなかったので、こちらに関してはなんともいえない。
「…高松?」
そんなわけで、何かを知っていそうな人を訪ねたのだが、どこかすねているように見える。
「ねえ、もしかして高松も疲れているの?」
「いえ、そういうわけではないのですが。やはり堪えるみたいです…」
何かを知っているみたいだったが、口を割ることはしないらしい。
「高松なんかきらーい」
「ああ、ぐ、グンマ様…」
役に立たないとわかった以上、鼻血を盛大にまき散らかしているのを放っておいて、仕方がなくラボへと戻った。
誕生日プレゼントの準備をしたかったのだが仕方が無い。
とりあえず、用意しておいたものを別の形で使うことにして、ようやく仕事に取り掛かった。
総ての準備が終わり、ようやく溜息をついた。
「…これで本当に大丈夫かよ?」
「駄目でも仕方が無いだろう。それより、デザートは大丈夫なのか?」
「任せろ、ちゃんと固まっている」
大きな体を寄せ合いながらぼそぼそと会話を交わすと、携帯を取り出し、弟に電話をする。
『あ、もう出来たの?』
「完璧だ。コタローの大好きなアップルパイもあるぞー」
「ありがと。じゃあ、グンマお兄ちゃんを呼んでくるね』
プツ
無常な音に、あからさまに落ち込んでいるが、そこに乱入してきたものがいた。
「シンちゃんのいけず!ちゃんとパパが用意するって言うのになんで、自分達で作っちゃうの?さらには、キンちゃんと一緒に作るな…」
「うるせぇ!ガンマ砲!」
精度抜群、威力最大限だが被害は最小限のガンマ砲は狙いたがわずマジックのみを吹き飛ばした。
それでも気になるのかキンタローは出来た料理の見栄えを確認する。
「別に吹き飛ばすなとはいわんが、埃が立つ」
影響が見られなかったことにほっとしつつ、飲み物の準備に移る。
「まだ大丈夫だろ?」
「だが、帰ってきてから準備をするのもあわただしく見えるだろう」
「グンマが帰ってきてから何が飲みたいか聞いたほうがいいんじゃねえか?」
ちなみに、飲みやすい白ワインからスパークリングワイン、ジュースを各種用意してある。
自分達用に酒も何種類か揃えてあるが、メインはあくまでグンマなので酔っ払うつもりは無い。
もっとも、多少飲んだところで酔っ払いはしないだろうが。
「なら、後やることは…」
「あれの処理だろ?」
シンタローの指差すほうには、吹き飛ばされたときのままのマジックがいた。
同じ頃。
「せっかくたくさん用意したのにな~」
ぶちぶちいいながらも、何とか形にしようと躍起になっているグンマ。
本来ならば、入り口から従兄弟達の部屋までを花で飾ろうと用意していたのだが、その準備をするまもなく家を追い出されたため、あまった花をバスケットに詰め込んでいた。
真ん中には勿論、ガンボット。
卓上クリーナになっていて、自動的に汚いところを掃除してくれる優れものだ。
「余った分どうしよう?」
無理やり詰め込んだのだが、当然それ位では処理しきれずに、大量の花が余っている。
「お兄ちゃん」
そんなタイミングで、コタローがノックもせずにドアを開けた。
朝と同じく、いやそれ以上に楽しそうだ。
「うわ、凄い花だね~」
部屋を埋め尽くさんばかりの色とりどりの花に歓声を上げながら、グンマのところまで危なげなくやってきた。
いつもならば整頓されているこの部屋も、従兄弟のために用意した花によって歩くスペースも限られていたのだ。
「どうしたの、これ?」
「シンちゃん達のプレゼント。せっかく二人を驚かそうと考えてたのに、コタローちゃんのせいで台無しだよ」
当然の問いに、ちょっと怒りながらもきちんと答えた。
「え~、でもこれをどうするつもりだったの?」
確かに大量の花が贈られたら、びっくりするかもしれない。
いや、その前に怒り出す人がいる。
そんなことを考えているコタローをよそに、あっけらかんと答えを出してくれた。
「あのね、家の中を華やかにしてみようかなって」
「――え?」
「だからね、敷き詰めたらびっくりするでしょ」
あまりにも得意そうに言われて、もしかしてやはり怒っていたのではないかと勘ぐってしまうのは仕方が無いことだろう。
「まあ、それも出来なかったし、仕方が無いからこれで我慢したよ」
ひょい、とコタローの前に二つの花籠を掲げる。
センスについては良くも悪くも無い、しかし、命いっぱいに詰め込まれているのが可哀想かもしれない。
真ん中にはいつものとおり、ガンボットがいてようやく、兄らしいと笑えた。
「とりあえず、お兄ちゃんも準備OKということで、行こっか?」
とりあえず、次の日からきっちりとお茶の時間になると総帥室に向かう仲の良い兄弟の姿があったとか。
<あとがき>
というわけで、兄弟ズの誕生日話。
ごちゃごちゃしていてすみません。
とりあえず、もっと書きたかったのはマジックと高松のいじけっぷりですかね。
当然、一緒にご飯は食べられませんから(笑)
きっとご飯を食べた後は、4人一緒にごろごろしながら、同じ部屋で寝たりするんですよ。(その様を書けよ、いいから)
やっぱり、従兄弟ズラブです!