月の雫
コタローが幽閉されてから、早くも数日が過ぎた。
グンマは日に日にやつれてゆく。
高松はそのことが自分のせいであるとわかっているから胸が痛い。
『ねえ、高松ならなにか知っているんでしょう?』
皮肉なものだった。
まさか、幽閉されたその日にグンマがシンタローと、そしてマジックに会うことになるとは…
釘をきちんと刺しておくべきたっだと思うも、いつかはわかってしまうことだったのだからと諦めにも似た感情があった。
夕飯の時間になっても連絡がこないことに不審に思った高松が、グンマの研究室に行くとドアは硬くロックされたまま。
屋敷のほうに戻ったのかと思ったが、その形跡は無い。
しかし、代わりに数時間前に司令塔へと向かったことがわかった。
その時間は奇しくも、マジックがシンタローを呼び出したときだった。
もしかしたら、いつものように研究に没頭しているのかもしれない。ガンボットの研究がようやくできるようになったのだからと高松は自分を納得させようとした。
だが、昨日まで苦手分野の研究に取り組んでいたグンマが、いくら自分の好きな研究だからといってすぐに取り掛かるだろうか?
一抹の不安を抱きながらも、高松は翌日になっからもう一度グンマの研究室を訪れた。
すると、うんともすんとも言わなかったドアが開いた。
そのまま中に入ると、涙によって目を腫らしたグンマが椅子に座ったままこちらを見ていた。
そして言われた台詞が核心を突いたもので、思わず高松は黙ってしまった。
しかし、グンマはそれ以上何も言わない。
ただ、そのまま高松から視線を外して一言呟いただけだった。
『もう、僕には何も残ってないや』
高松がその計画を聞いたのは、ずいぶん前のことだった。
「コタローを幽閉する」
極秘に呼び出された高松は、マジックが苦渋に満ちた顔でそう切り出されても、ただ頷いただけだった。
ただ、喜劇が目の前で起きていることだけはわかった。
実の息子より、偽者の息子を取るという、その行動にただ笑ってしまった。
その任務は誰にも知られないように、高松が日本支部に向かったときに直接指示を出して、行われた。
出来上がるまで、いや、完成してからもコタローがその部屋に幽閉されるまで誰もその部屋を何に使うかを知らなかった。
シンタローがk-3地区に向かったと聞き、高松は計画が遂行されると思った。
しかし、その報せは一向に来ない。
不審に思って、直接問いかけたところ一冊の書類を渡された。
そこには具体的の指示が記されており、これさえあれば今すぐにでも決行できるだろう。
「未だに迷っているんですか?」
平常よりも深い皺を刻んだ眉間が、表情を更に険しくさせている。
「シンタロー様に嫌われることが嫌なのですか」
覇王とも謳われてるマジックに歯に衣を着せぬ物言いが出来るものはそうそういない。
しかし、それぐらい出なければ若くしてガンマ団の幹部にはなれなかったであろう。たとえ、ルーザーの秘蔵っ子であったとしても。
「……計画はシンタローが帰ってきてから行う」
あまりの言葉に、一瞬高松は言葉を失う。
それは、つまり。
「目の前で、引き離されるのですか」
いまさらながらに、自分の認識が甘かったのかと心の中で舌打ちをする。
あれほど溺愛していた息子よりも、ガンマ団を取るとは予想できない事態だ。
一度、そのような行動を取るのならば今後も同じような事態が起こると考えられる。
一番安全な場所に避難させたと思ったのだが、それは間違いだったのだろうか?
しかし、次の一言でその考えは打ち消された。
「あの子を私は失うつもりは無い」
声に淀みは無く、淡々と語られる。
「コタローが両目とも秘石眼だと知ったとしたならば、シンタローは絶対に離れようとしないだろう。それこそ自分は傷ついても構わないと」
しかし、その眼はこれから失うであろう家族の、シンタローとの絆に対する想いが浮かんでいた。
「シンタロー様に恨まれても、ですか」
それを知っても、高松は傷を抉るかのように質問を投げかける。
高松にとって大切なのは、ただひとつだけ。
「――ああ」
満足のいく回答をもらい、高松は頷いた。
「なら私は構いませんよ。途中で命令を変更されては困りますから」
相変わらず、人を食ったような答えであったが、マジックは何も言わず退出を促した。
それから高松は、コタローの幽閉をうまく進めるために微調整を行い、そのときを待った。
ことは順調に進んだ。
実の息子だと信じていたものに恨まれ、本当の息子を幽閉する。なんと愚かな行いなのだろう。
その事実だけで、高松の心を愉悦に浸らせるには十分だった。
ただひとつ、いやふたつばかり気になることがあった。
それは、そのことによって傷つくものの存在。
どちらも高松にとっては大切なもの。
しかし、今さら引くことは出来ない。
総てが完了し、あっという間に一年が過ぎた。
初めこそ、何をするでなくぼんやりとしていたグンマだがここ数ヶ月、ガンボットの研究をしていた。
マジックもグンマを気にかけ、多少のことには眼を瞑りそれ程、他の研究を押し付けることは無くなった。
そして、シンタローは。
「ガンマ団日本支部で大爆発があってね」
止まったままの時間が、動き出せばいい。
大切な、者達の…
<後書>
高松がでずっぱり…
月の雫はグンマさんメインなお話のはずなのですがねぇ。
この頃の高松は、シンタローさんもグンマと同じくらい好きなはずだと思い、書いてみました。
日記にも書いたのですが、高松はシンタローさんには実験まがいの事をしたということが漫画には書いてなかったので…
嘘予告はもうやめます、すみません…(パプワ君を出したかったよ…)
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月の雫
昨日まで研究室に篭っていたのが嘘のように、グンマはk-3地区の情報を残らず入手した。
大きな遠征であったためか、あちらの様子は逐一とは行かないものの、結構な量の情報が流れてきていた。
日に増えてゆく、負傷者と死亡者の数。
その名前のリストを丹念に調べてゆくうち、グンは何度も吐き気に襲われた。
リストと共に、戦況についても遡っていった。それまで聞いていた情報は大まかなものであり、グンマも詳しくはし知らなかった。
そして、今までどれだけ自分が無関心であったのかを知った。
高々、そう、高々一回分の戦況を活字で追っただけだというのに、動悸を止めることが出来なかった。
ここまでの、犠牲を払っても手に入れたいもの。
そんなものにグンマは興味は無い。
今まであの地域で何人の人が死んだと聞いても、まるで他の次元の話だと思っていた。
なのに、知ってしまった今では、この世界を手に入れようと、多大な犠牲を払って平然としているマジックに恐怖を感じていた。
そして今日、グンマは一冊のファイルを抱え、総帥室に向かっていた。
昨日に一緒に届けようと思っていた、次の研究についての書類。この書類は提出期限は無いのだが、自分があれ程やりたがっていたガンボットの研究を行うためにも一日でも早く渡さなければならない。
しかし、腕に力を入れていなければ震えてしまいそうだった。
顔も自然にこわばり、朝に会った高松に心配されてしまった。
それでも何とか、重い足を引きずってここまで――総帥室へと向かうためのエレベータ前まで――やってきた。
降りてくるエレベータを待ちながら、俯いた。
今は何も見たくなかったから。
いつもならば聞いているだけで嬉しくなる、重々しい機械音も心を晴らしてはくれない。
重々しい音が止まり、扉が開く。
顔を上げ、エレベータに乗ろうとしたが、そこである人物と鉢合わせになった。
呼び出しを食らった。
周りはどよめくものの、呼び出されたのが誰であるかを知り、すぐに興味を失った。
その空気を掴み、苦い顔になったがそれも一瞬で消し去り、部隊長に敬礼をするとその場から立ち去った。
向かう先は総帥室。
コタローに一刻も会いたいという気持ちがあるが、一兵士であるシンタローが総帥命令に逆らえるはずが無い。
ティラミスに案内されて、総帥室へと案内される。
これも、指示に含まれていた。
シンタローはここまでの道のりを知っているし、必要な鍵など総て持っている。
それなのに案内をされるということは、身内として呼び出したわけではないのだろう。
些か緊張した面持ちで、無機質な廊下を黙々と歩いてゆく。前を歩くティラミスと自分の靴音のみがただ、冷たく反響する。
ようやく総帥室の前にたどり着いたときに、シンタローは重く息を吐いた。
ただ、呼び出されたというだけで、重圧を感じた。今までのように、何人もの人を介して下された命令を、じかに受けるというただそれだけなのに、呼吸がうまく出来ないでいた。
「連れてまいりました」
いつの間にか開いていた扉からティラミスが先に入り、シンタローの入室を促す。
気合を入れために、一度目を閉じて深く息を吸う。
大きく、一歩踏み出した。
「ただ今、帰還しました」
「久し振り~」
それまでの陰気な気分が一気に吹き飛んでしまった。
その姿を見ただけなのに。
グンマはそんな自分が現金だと思いながらも、下りてきたばかりのシンタローに駆け寄った。
しかしいつものように邪険に扱われると思っていたのに、シンタローは顔を上げることも無く、ただ俯いて歩き始めた。
「シンちゃん?」
暫く止まっていたエレベータは扉が閉まり、上へと登ってゆく。
それに乗るはずだったが、そんなことよりも明らかに様子のおかしいシンタローのほうがグンマにとっては大切だった。
正面に回りこみ、腕を掴んでその顔を見上げる。
自分よりも高い位置にある顔を見るためには見上げるしかない。
それでも、俯いているために眼を見ることは出来ない。
「……叔父様に、なにか言われたの?」
グンマの頭の中でアラームがなった。
聞いてはならないと、どこからか声が聞こえた気がする。
それでも、高松の言葉を信じた。シンタローは大丈夫だといった、その言葉を。
「……コタローが、幽閉された」
その声は弱弱しく、グンマの知っているシンタローの声ではなかった。
シンタローもたった一言、絞り出すことが精一杯で、驚いて眼を丸くしているグンマを振りほどくと、そのまま去っていった。
黙ってシンタローが去っていくのを見送ったグンマがわれに返ったのは、それから暫く経ってからだ。
慌ててエレベータを呼ぶが、その顔は先程以上に緊張していた。
日を改めて提出すればいいのに、なぜかその時はそんなことを考えられなかった。
思考が、麻痺していたのだろう。
ただ、届けなければならないという義務感があった。
総帥室の前に、ティラミス達を通し、部屋に入れてもらう。
あけてもらうまで時間が、とても長く感じた。
「グンマ様が参られました」
声から緊張しているのがわかった。
コワイ、ニゲタイ
なのに、グンマの足は勝手に部屋の中に進んでゆく。
「――お久し振りです。おじ様」
蚊の鳴くような小さな声で挨拶をする。
視線は合わせることが出来ず、俯いたまま。
「シンちゃんに、先程会いました」
「そうか」
おじ様も、会ったのでしょう、とは怖くて聞けなかった。
手に持っていたファイルを渡す際に、マジックの顔が眼に入った。
常ならば、優しそうな表情が浮かんでいるというのに、苦渋に満ちた顔をしていた。
こんな顔を見るのはグンマは初めてだった。
マジックの機嫌が悪いときには、それとなく高松がグンマを近づけないようにしていたし、なによりマジックも優しく振舞っていた。
しかし、今はそんなことを演じることすら出来ないほど、マジックの感情は高ぶっていた。
「グンちゃんは…」
「…何でしょう?」
唐突に話しかけられ、身を硬くする。
互いに視線を合わせようとしない。
「シンちゃんに、なにか聞いたのかい?」
「―――ハイ」
一瞬嘘をついてしまおうかと思ったが、そのようなことをして何になるのかと思い、きちんと答えた。
声は、先程よりもますます小さくなっていたけれども。
喉がからからに渇いていて、このままでは死んでしまいそうだ。
「―――――――――ぅ」
時計の音が大きく響く中、それでもその呟きは発した本人が思った以上に、部屋に響いた。
「なにか言いたいことがあるならいいなさい」
強い重圧を感じて、がたがたと体が震え、瞳からは涙が零れた。
秘石の力が宿っていない、蒼い瞳から。
じっと、ただ見ている―それだけに恐ろしい―そんな重圧に耐えられず、ようやく口を開いた。
「きっと、シンちゃんはもう笑わないと思う」
唐突に、衝撃がグンマの横を走った。
声にならない悲鳴と、爆音。
「下がりなさい。コントロールをするのが難しいみたいだからね」
グンマが振り向くと、そこには貫通こそしなかったものの、深くえ抉れた穴が壁に開いていた。
自分には無い力を眼のあたりにし、こくこくと頷くと力の入らない体をどうにか引きずるようにして部屋を後にした。
グンマが部屋から退出した後、マジックは自分があけてしまった穴の前に立った。
特注で作らせた壁は、どうにか暴走した力を凌ぐことが出来たらしい。
「全く、傷つけずにすんでよかった」
いくら力が暴走したとはいえ、自分の甥を傷つけるつもりなどマジックには無い。
放たれた力事態それほど大きなものではなかったが、直撃すればただでは済まないだろう。
ほっとするものの、どこか釈然としないものが残った。
あの時、間違いなく力の本流はグンマへと向かっていった。しかし、秘石の力はグンマの横を通り過ぎ、後ろの壁に大きな穴を開けたのみ。
それも力の暴走だと片付けてしまってよいものだろうか?
しばしの間、悩んだが結局結論が出るわけでもなく、マジックは再び仕事を開始した。
エレベータに乗り込んだところで、なんとか涙が止まった。
そしてエレベータの扉が開くやいなや、駆け出した。
一刻も早くこの建物から離れたかった。
もう、どんな通路を走ったかなど憶えていない。ただ、早く自分の居場所に戻りたかった。
自分の部屋に戻ると、鍵を掛け、椅子に座った。
「日記…」
引き出しを開け、日記を取り出す。
そして、新しいページを開くと、日付を書こうとペンを握った。
「書かなきゃ」
今までだって、つらいことがあっても日記を書かなかった日は無い。
シンタローに負けた日も、叔母が亡くなった時も。
その日に何があったかを忘れないように。いつか、そんなこともあったと言えるようにと。
それなのにペン先は震え、おかしな曲線を日記に描いてゆく。
不意に、視界がぼやけた。大粒の水がぽたりと日記を濡らす。
「間に、合わなかった」
声が潤んでいるのを、どこか他人事のように聞いていた。
弟が出来たと喜んでいた顔を見てに安心していた。
守るものが出来たシンタローならばきっと大丈夫だとだと思っていた自分がいた。
守りたかったモノは彼のプライド。
たとえ負けたとしても、立ち上がっていけるという希望。
何も出来ずにぼろぼろに引き裂かれてしまった。
彼らの、想いが。
<後書>
ようやく、一区切りついた気がします。
グンマさんがなぜシンタローさんに勝つことをこだわったかを書きたかったのですがいかがなものか。
次は、ようやく彼らの物語の始ったところが書けたらと(といいつつ、お子様は出なさそうですが…)
月の雫
飲みきったティーカップの底を穴が開く位、見つめていた。
その時、信じることしか出来なかった。
信じたかった、その言葉を。
高松のラボの扉が開くと同時にグンマが入り込んできた。
そして、なにかを言おうと大きく口を開けた瞬間。
「シンタローさんなら、明日帰って来るそうですよ」
いきなり自分の知りたかったことであるひとつを言われ、グンマは口を大きく開けたまま、眼を丸くした。
先程聞いた話が本当であるか、なぜ黙っていたのか、そして無事なのか…
怒鳴りながら、そのことを詰問しようとしていたのに、いきなり出鼻を挫かれて、グンマはふてくされた顔をする。
「お茶を入れますね」
そして、反論の隙を与えずに隣の部屋へと移動した高松の背を何も言えずに見送ったグンマは近くにある椅子に座る。
人差し指で机の上をリズムを取るように叩き、もう一度、頭の中で何を聞くべきかを考える。思考の切り替えはスムーズに行われ、何をするべきなのかを直に考えると実行に移すため、大きく深呼吸をした。
沢山の植物に囲まれ、あれほど見たがっていた緑だというのに、その眼には映ってはいない。ただ、じっとタイミングを計っていた。
水が沸騰した音はとっくに止んでいる。
「何で黙っていたのさ」
そして、高松がこちらへ戻ってくるタイミングにあわせて、質問をぶつけた。
また、高松のペースに乗せられない為には、先手を取らなければならない。
それでも高松は慌てた様子を見せることなく、にっこりと笑いながらグンマの前に紅茶を置いた。
「グンマ様の気を散らさないためですよ」
「散らないよ、それくらいじゃ」
今までもシンタローが遠征に向かったことなど、何度もあった。
嫌なことだが慣れてしまっているといってもいい。
それに、シンタローはいつでも帰ってきた。
だからグンマも初めのうちならともかく、最近では麻痺してしまったかのように動じなくなっていた。
心配をしないというと嘘になるだろう。
高松はその理由がわかっていた。
「今まで彼が行っていたような戦場ではないのですよ」
その言葉に含まれる、真剣さにグンマはびくりと体を震わせた。
「でも、そんな場所におじ様が送るわけ…」
「あの方は確かにシンタローさんに甘いですが、総帥でもあります。おそらくはその辺りのことが絡んでいるのでしょう」
シンタローの実力は同期で敵うものはいない。
それこそ、今まで今回のような激戦区に連れて行かれなかったのが不思議なくらいの力は備わっていた。
不満という形で、その声が大きくなっていることをキャッチしたマジックが、今回のような処置をしたのだろう。
とっくにグンマのティーカップは空になっている。
高松がお代わりを注ぎたくとも、グンマがカップを手に持ったまま底を食い入るように見つめているため、それも敵わない。
暫く、高松が紅茶を飲む音だけが部屋に響く。
「シンちゃんは、無事なの?」
散々躊躇って言葉を紡ぐ。
急に、今までのように安心感がなくなってしまった。
どこかで、シンタローは怪我ひとつせずに帰ってくるものだと心の中で思っていた。それが奇妙な安堵感を生んでいたのだ。
縋るような眼に、内心ほっとしつつも高松は答えた。
「多少の傷はあるそうですが、元気だそうですよ」
きつく握り締められていた、ティーカップの持ち手から、力が抜ける。
そのまま、グンマは椅子の背もたれに寄りかかると、ほっとて笑顔を見せる。
「そっかぁ。あ、じゃあ、明日お帰りって言いに行くね」
「それは駄目です」
軽い気持ちで言ったのに、厳しく止められ、グンマは眼を見張る。
「どーして?…もしかして、本当は大怪我をしてるの」
急に不安そうな眼をして、高松の袖を掴む。
とっさのことで大声を出してしまったことに、慌てるもののいつものように優しく語りかける。
「シンタローさんは帰ったばかりで疲れているでしょうし、コタローさんに付きっ切りになっていますよ、きっと」
その言葉に思い当たることがあるのか、グンマも掴んでいた袖を離す。
シンタローのブラコン振りは父であるマジックと同じくらい凄いものがある。
以前にグンマがコタローを泣かせて以来、近くに寄らせようとしないくらいだ。
「せっかくシンちゃんがいないなら、コタローちゃんに会いに行けばよかったな」
同じ敷地にいるというのに、年に数度しか会うことの出来ない従兄弟。
自分よりも年下に会うことが稀であるため、グンマはコタローに会いたがっていた。
しかし、それは高松にとっては望むところではない。
そして、グンマに今回のシンタローの遠征の本当の目的について悟られずにすみ、ようやく緊張を解いた。
その瞬間だった。
「本当に、それだけだよね?」
グンマが聡いと知っているものは少ない。
簡単に騙されるようであれば、高松もここまで緊張はしなかった。
例えば、これがシンタローであればこちらのペースに簡単に乗るだろう。
しかし、グンマは違う。
これは高松の感でしかないのだが、グンマはこうして話しながらどこかで全体像を平行して作っているのだ。
そして、すぐにピースが足りないことに気が付く。
高松は眼を細めると気が付かれないように細く息を吐いた。
「ええ、本当ですよ」
平常心で答えるようにと、心を落ち着かせる。
「そっかぁ」
「なにか、気になったことでもあるのですか?」
なにか自分がミスを犯したのかと思いながら尋ねる。
「ううん。ただね、ティラミスの様子がおかしかったから」
その言葉に高松はほっとしながら、今度こそ本当に笑いかけた。
「マジック様のお客様がきっと重要な方だったからですよ、きっと」
「そうだよね。シンちゃんになにかあったら叔父様が大暴れしているよね」
ようやく納得したグンマは、山のように盛られたお菓子に手をつけることができた。
そして、高松に止められはしたものの、シンちゃんに挨拶くらいはしてもいいよね、と考えながら…
<後書き>
久し振りに出した、グンマ様天才説。
ふ~、今回はそれだけで満足。(おい)
なんとなく、皆様わかってらっしゃると思いますが次回はあれです。
マジック総帥出番なるか?
月の雫
大した怪我を負うことも無く、帰還できることにほっとする。
自分以外に実戦経験の少ない兵士は、他にいない。
それでも、自分以上に戦果を上げたものはいない。
誰もが自分を認める、シンタローは高揚感に包まれながら、飛行艇の揺れに体を任せ浅い眠りに着いた。
その話を聞いたのは、結構前からだった。
K地区自体、元々対立の激しい部隊が存在していることで有名であり、ついには特戦部隊が出動するのではないかと噂されていた。
日を増すごとに戦況は激化していく。
そんなある日、シンタローは部隊長に呼び出しを受けた。
たった一人だけの呼び出しに不審を抱きながらも指定された部屋に向かうとそこには部隊長の他に、数名の仕官が待っていた。
「これが、君に与えられる次の任務だ」
言葉と共に一枚の書類を渡され、内容を確認する。
「これは、お前の実力を買われての任務だ」
その声が遠く聞こえる。
今までも何度も前線に送り込まれたことがあった。
しかし、今回の任務では今までのように同期と組んでチームとして動くのではなく、先鋭といわれる、いずれもベテラン達の中に紛れて行われる。
少しでも実力が無ければ容赦なく置いてゆかれるだろう。
「拝命しました」
それでも何とか敬礼をして部屋を後にしたことに気が付いたのは、自分の部屋に戻ってからだった。
瞬く間に、準備は進んだ。
今の部隊には、今後戻ることは無いという。
成果があろうが無かろうか、シンタローは総帥直属の部下に昇進する。
今後は、自らが部隊を率いることになる。
しかし、シンタローは単純に地位が上がることを喜んでいるわけではない。
昔から、強くなることが目標だった。
勝つこと、それが手段。
「絶対に強くなってみせる」
理由は思い出せないのだけれども。
コタローが生まれたから、マジックの様子がおかしいことにシンタローは気付いていた。
特に、シンタローがコタローの傍にいるときに険しい顔をしている。
加えてコタローの周りでは、不可思議なことが良く起こった。
例えば、気が付くとコタローの周りの物が良く壊れていたりするのだ。
誰かに害をなすことが無いので、それ程危険視はしていないのだが、任務に就く時にはやはり不安になる。
「いいか、危険な場所には近づくんじゃないぞ」
「うん」
出立前の朝にシンタローはコタローの頭を撫でながら、話しかける。
この時期の子供は、一ヶ月もあれば驚くほどの成長を見せる。それを見ることが出来ないのが残念でならない。
だからこそ、こうしてどこかに行くときはしっかりとその顔を忘れないように、忘れられないように目線を合わせて、いってきますの挨拶をする。
いつものように天使のようなその笑顔に、頬が緩むのを抑えることが出来ない。
「帰ってきたら、いっぱい遊んでやるからな」
自分がコタローくらいの時には、その言葉に喜んでいたことを憶えている。
案の定、嬉しそうな顔をするコタローに鼻血が出そうになったその時、視線を感じた。
冷たい、視線だった。
コタローに気が付かれるように、そちらに目線をやるとマジックがこちらを見ていた。
「どうかしたの?」
不安を感じたコタローがシンタローの袖を引っ張ると、慌ててシンタローはコタローを抱き上げた。
「なんでもないから」
そして、そのまま抱きしめる。
一度も抱きしめたことの無い、父親の分まで。
機体が揺れる。
すぐさま目を開けると、他の者達が立ち上がっていた。
シンタローもそれに続いて立ち上がると、出口へと向かう。
本部へ、帰還したのだ。
写真ではなく、本物の笑顔を見ることが出来ることにシンタローは知らず知らずのうちに顔が綻んでいた。
惨劇を、予期することが出来ずに。
<後書>
なにか、クッションばかり入れている気がします…
この次のお話は、またグンマさんに戻る予定。
本当に、気長にお待ちいただけるとありがたいです…
月の雫
壁に取り付けられているコルクボードには何枚もの写真が貼られている。
もう、一年前になるシンタローとの戦いの時にとった写真も飾ってある。
「元気かなぁ?」
暫く会っていない従兄弟のことを思いながら、パソコンに向ってデータ処理が順調に行われているかを確認する。
思いのほかガンボットの出来が良く、叔父であるマジックにほめてもらったのも束の間、今度は大嫌いなシステムの構築の仕事を任された。
暗号化のプログラムの組み換えと、ハッキング防止のセキュリティ対策。
専門外であるものの、断ればきっとこれから先ガンボットの研究が出来なくなる。
仕方が無く、一時中断してこちらに取り掛かって早数ヶ月。ようやく満足のゆくものが出来た。
こうしたものは苦手であるものの、きちんとしたものが作れるのがグンマであり、どれだけ馬鹿にされていようとも、天才であることは周知である。
そして、今しがた仮想空間にて動かしたデータと共に報告書をまとめる。
これで暫くは自分の研究に取り掛かれるはずだ。
グンマはうきうきしながら、書類を届けるために部屋を後にした。
本来ならば総帥に手渡しするはずだったのだが、生憎、重大な仕事をしている最中ということだったので側近であるティラミスに渡した。
そして、その足で高松のいるラボへと向かう。
久し振りに緑を見たくなったのもあるし、終わったことを伝えたかった。
開放感から浮かれすぎていて、つい近道をしようとして一般通路を通ってしまった。
去年のことがあってから、グンマは一族専用の通路を使うようにしていたのだ。
そして気が付いたのは、大勢の声がしたから。
慌てて戻ろうとしたが、幸か不幸か誰とも出会わずに、ずいぶん長い距離を進んでしまったところまで来てしまっていて、グンマはどうするべきか迷い辺りを見回す。
「――で、シンタローさんはいつ戻ってくっべ?」
「話によっと、来週らしいっちゃ」
方言が一際激しい会話だが、話されている内容に思わず耳を澄ました。
「どこに飛ばはれとったんでしたっけ?」
「オメ、そういう言い方しか出来んのか?」
「だから友達が少ないだわや」
漫才のようなやり取りに、グンマは気が付かれないようにと注意しながら、会話を良く聞こうと集中した。
「なに言ってますん。ほんとの事でっしゃろ?K-3地区なんて誰も行きたがりまへん」
「だからシンタローさんが行ったんだべ。実力さ買われたんだ」
「いい加減、嫉妬するのはやめたほうがいいっちゃ」
最近篭っていて全く情報が入ってきていなかったせいか、シンタローがそんなところにいっていたなど知らなかったグンマは眼を丸くする。
K-3地区については、激戦区に指定されたというのを篭る前に聞いた。
それ以降、どうなったかは興味が無かったため知ろうもしなかった。
そんなところにシンタローが行ったとなれば、毎日のように会いに来ていた高松が知らないはずが無い。
幸い、彼らとはぶつからずにすむ。
グンマは急ぎ足で高松の元へと向かった。
覚悟を決め、高松は研究室でグンマが来るのを待った。
意図的に隠されていた情報に、きっとグンマは怒るのだろう。
昨日、明日には終わると告げた、満面の笑みを思い出す。
一族のものの特徴である金髪は太陽の光のような色で、瞳は澄み切った空のように明るい青。
系統としては、サービスのような色合いなのに、冷たさを感じさせないためか、全く別のものようだ。
そう、他の誰の色でもない、金髪碧眼。
父親であるルーザーのものとも、実の父親であるマジックのものとも違うその色に安堵したものだ。
しかし、それでも赤子たちに罪の証を見つけたとき、愕然とした。
シンタローが黒髪であったときよりも、驚きを隠せなかった。
なぜ、それまで気が付かなかったのかわからない。
髪と瞳の色を見ただけで安心したからかもしれない。
ふと、泣いているときに瞳が光っていないことに気が付いた。それが始り。
本来、秘石眼は感情が高ぶったときに蒼く光るという。
そして、その感情の高まりが強ければ強いほどその力は増し、ついには衝撃波が繰り出される。
しかし赤子の時にはただ瞳が輝くだけ。
成長するにつれ、力の存在を感じることによってコントロールすることが出来るのだという。
――コントロールするには個人の力の大きさ等で格差が生じるらしいが…
それはさておき、グンマが秘石眼ではないかもしれないという疑念を持った高松は、直ちにマジックに報告をした。
そして、グンマの体には確かに一族の血が流れていることは確認できたのだが、秘石眼を持っているかはついに分からずじまいとなった。
かたや黒髪で容姿からして一族の血を引いていないように見えるシンタロー。かたや金髪碧眼だが、秘石眼を持たないグンマ。
まるで自分達の罪を具現化したような姿に、高松はそこで自分達のしでかしたことに対する後悔の念が生まれた。
加えて、グンマは生まれつき体が弱く、寝込むことがしばしばあった。
看病をしながら、その小さな体に何度も心の中で謝罪をした。
誓いを立てたのは、そのときだった。
必ず、立派に育てると。
ドアが電子音を立てる。
インターフォンも鳴らさずに開けようとする者はただ一人。
愛しい、忠誠を誓ったかの人だけ。
<後書>
いろいろ、手を加えているため、いろんな人が出てきます。
いろんなサイトで高松がグンマを育てるにあたってどう思ったのかとかをいろいろ見て回って、自分の中でも考えてみました。
でも、あの性格なのに罪の意識なんて持つかなぁ、と思ってしまったのも事実(笑)
それでも彼のグンマに対する愛情は本物だと思うので、その事だけは曲げたくないです。
…例によって方言はいい加減です。物を知らなくってごめんなさい…