月の雫
『僕はねぇ、高松とか、お父様みたいな立派な科学者になるの』
『弱虫のお前にはぴったりだな』
『ひどーい!それならシンちゃんは何になるのさ?』
『俺は―――』
内線が鳴る音で眼が覚めた。
机に突っ伏しながら眠ってしまっていたから、体が少しだるい。
目を擦りながら立ち上がると、躊躇い無く受話器を取った。
『グンマ様。食事のほうはどうなされますか?』
「う~ん、もう少ししたら食べる」
『もう、お休みになられてましたか?』
心配そうなその声に、朗らかに笑った。
「大丈夫、少しうたた寝をしてただけだから」
『グンマ様はお体が弱いのですから、きちんとお布団でお休みになられないと…』
「もう、高松は心配性だなぁ。僕、今日はエビフライがいいな」
『解りました、用意しておきますね。お待ちしております』
プツりと切られた内線に、暫く受話器を見つめていたが、机に戻ると広げられていた椅子に座ってペンを握る。
広げられたままの日記は今日の日付と2、3行書かれているだけ。
今日はガンマ団内でのトーナメントがあり、シンタローとグンマは決勝まで勝ち進んでいった。
グンマのガンボットは、準決勝にてぼろぼろになってしまい、仕方が無く予備に用意していたロボットで立ち向かっていった。
「ガンボットだったら勝てたのに…」
最新のニューロコンピュータを搭載したガンボットならば、その直前のデータまでを元にかなり動けるようになっていた。
そして、予備に用意していたロボットにそのデータを読み込ませるほどの時間は無く、またそこまでの容量を積んでいなかった。
全く白紙のままのロボットなのでグンマが操縦をしたのだが、そっちのセンスに恵まれなかったグンマはあっさりと負けてしまった。
そのことを思い出して、ペンに力が入る。
毎日欠かさず日記をつけるようになってから早十数年。
いつまで、一緒に遊んでいたかとか、一族の屋敷から離れて研究室にい移り住んだのはいつからかとか。
総て日記に記してある。
そして、書かれていることの大半がシンタローで埋まっている。
一族の屋敷に住んでいた時には遊び相手が互いにしかいなかった。
もちろんそうは言っても、マジックが家にいるときにはシンタローは父親と遊んでいたし、グンマもある程度大きくなるまで高松と一緒に暮らしていた。
それでも、シンタローが士官学校に、グンマが科学者として正式に研究室に配属されるまで二人は一緒に過してきた。
そのときからだ。グンマがシンタローに対して尊敬以外の感情を持つようになったのは。
「…シンちゃんなんて、負けちゃえばいいんだ」
それは、一度もシンタローが負けたところを見たことが無い、彼の本心だった。
日記を書き終え、自分に与えられた部屋を出る。
高松はいつも通り、自分の研究室にいるはずだ。
現金なもので、先程は全く空いていなかったというのに、早くご飯を食べたくっていつもならば通らない通路を通る。
一族専用の通路やエレベータを使えば、誰にも出会わずにきっと高松のいる部屋までいけただろう。
しかし、そのルートを通るとなると遠回りになる。
急いでいるあまりグンマはいつもならば通らない、一般兵も使う通路を通ってしまった。
とはいえ、そういった通路を使うことは良くある。
例えば、今のように急いでいるときやシンタローに会うためなどだ。
シンタローは、総帥の息子ではあるものの、今は一兵士として扱われている。ゆえにシンタローに会うためにこちらの通路を使うこともある。
だから、その話が耳に入った瞬間、思わず近くにシンタローがいないかを確認してしまった。
「ったくよ、いくら総帥の息子だからって優勝できるもんかね」
2~3人の男達の話し声だった。丁度T字路を曲がったところにたむろしているらしく、グンマの姿は見えないらしい。
「確かにな。しかもほら、何だっけ従兄弟の…」
「あのロボットのか?丁度良く準決勝で壊されたよな」
声からすると、グンマやシンタローたちよりも少し年上のようだ。
グンマは気配の消し方なぞ知らないが、それでも息を殺して耳を欹てた。
「八百長なんじゃねぇの?」
「あ?」
「だからよ、対戦相手を弄って強そうなのはロボットに戦わせておいて―」
「なるほどね。それで決勝でそのロボットを倒せば―」
「そういうこと。大体、あのロボット、スペアの動きがおかしかっただろ?」
「確かになー」
「おいおい、そういう話は他でしろよな。誰かに聞かれたらやばいぜ」
そこまで聞いて、グンマはわざと足音を立てて走った。
慌てる三人をちらりと見やり、そのまますれ違う。
「お、おい」
声をかけられても無視する。
今の自分ではきっと何も言えない。
その瞬間、次のロボットのアイディアがなぜか浮かんだ。
まるで下卑た笑いを吹き飛ばすかのように。
「次こそ、勝つんだから」
<後書>
暫く日記のほうで書いていたもののリメイク。
まだまだ、結末のほうは書いておりませんでしたので、どうなることやら。
お暇な方はどうぞお付き合いくださいませ。
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