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ss



団内に放送が流れると、手の空いている団員はもちろんのこと、忙しそうに動き回っていた団員も手を止めて、目を輝かせて一斉に外へ出て整列した。
長期遠征に行っていた、総帥のお帰りである。
黒いコートを靡かせて颯爽と歩く様子に、何人かの団員の口から密やかなため息がもれた。
仕事がきつくても、外部から色々言われようと、ここに居て良かったと思う瞬間だった。
総帥は団員の視線を一身に集めながら補佐官を後に従え、館内に入っていく。
その後姿を見送って、次に姿を拝見できる日を楽しみに、整列は次第にばらばらになっていった。

「「お帰りなさーい」」
飛びついて来る父と従兄弟を避けながら、「ただいま」と二人は答える。
「抱きつくなって」
何度言っても、似たもの親子はどこ吹く風だ。「だっていつも避けるんだもん」と頬を膨らまして逆に文句を言われる。同い年の割りに幼く見える従兄弟の方はまだ許せるが、五十を超えた父親にやられると妙に力が抜けていった。
いつもいつも、遠征から帰宅すると家族が出迎えてくれる。
最初は照れたが、さすがにもう慣れた。
彼は従兄弟の頭をくしゃりと撫で、父を足蹴にし、至って回りくどい感謝の気持ちを伝えた。
「夕食は?一緒に食べれる?」
「書類残ってるから、先食っとけ。キンタローも」
えーシンちゃんも一緒に食べようよーと抗議の声を上げた父と従兄弟を無視して、彼は補佐官に顔を向ける。
「良いのか?手伝うぞ」
「良いって。あんくらいの量なら一人で十分だ。ゆっくり飯でも食ってくれ」
「お前も休め。疲れてるんだろう」
「これが終ったらちゃんと休むって。明日は久しぶりの休暇だしな。もうちょっとくらい大丈夫だ」
まだ何か言いたげな家族を残して、彼は執務室に向かった。

すぐ終ると思っていたのに当てが外れたらしい。いつの間にか時計は零時を回っている。
夕飯も食べ損ねてしまって、いい加減何か腹に入れなければと、彼は部屋を出た。
そのまま自室のキッチンに向かう予定だったが、それを変更して彼はエレベーターに乗り最上階のボタンを押す。
帰ってからまだ、最愛の弟の顔を見ていなかったためだ。
彼の弟は長い間眠り続けている。目が覚める気配は残念ながら無い。
先ほど処理した留守の間に溜まっていた書類にも、そのことは記されてあった。
書類を書いたドクターを恨んでも仕方ないが、彼の気分は重くなる。
音を立ててエレベーターのドアが開く。
弟の部屋の扉を開けると、そこには意外にも先客がいた。

「何してんだ。こんな時間に」
小声で尋ねる彼を従兄弟が笑顔で出迎えた。その笑顔が父親や弟のものと少し似ていて、やっぱり親子だな頭の隅で再確認する。
「絶対来ると思って。待ってたんだ」
「あれからずっと?」
「ううん。みんなで夕飯食べてからだから、四時間かそのくらいかな」
それでも結構な時間だ。従兄弟の横には論文らしき紙の束が置いてある。それを読みながら待っていたのだろうか。
「何か用なら総帥室に来れば良かったのに」
「用は無いんだけどね。キンちゃんが行くって言うから僕もついでに。ここの所忙しくってコタローちゃんの顔見れなかったし」
彼の家族は皆それなりに忙しい。本部に居ても従兄弟は研究があるし、父もどこかに呼ばれて出かけることがある。弟が目覚めたときに、誰も居なかったらどうしようとたまに不安になるが、それでもずっと付っきりと言うわけにはいかなかった。
「で、四時間も?」
「シンちゃんの顔も見たかったし」
あまりにあっさりと言うので、彼はどんな顔をすれば良いのかわからず、とりあえず無言で椅子を引いて、従兄弟の横に座った。
弟は静かに眠っている。またいくらか背が伸びたようだ。目は固く閉じられていて微動だにしない。
「夢ってみてんのかな」
「うーん、どうかな。こんなに長い間眠ってると、みる夢も無くなっちゃうような気がする」
彼はそれが気がかりだった。夢は多かれ少なかれ現実を反映する。夢は脳の情報整理の副産物だと言う説もあるらしい。
弟の産まれてからの六年間は幸せなものだったとは言えない。悪夢や、閉じ込められていた頃の夢などみて欲しくない。夢の中では幸せでいて欲しい。祈るしかない自分が歯痒かった。
「大丈夫だよ。コタローちゃんは絶対起きる。高松もついてるんだし」
沈んだ表情の彼を見て、慰めるように従兄弟は言った。
「高松はちょっと変だけど、お医者さんとしても科学者としてもすごいからね。きっと起こし方を見つけてくれるよ」
「ちょっとじゃねぇし」
育ての親への信頼を滲ませた言葉にいくらか救われながらも、それを気付かれたくない彼はわざとぶっきらぼうに答えた。それでも従兄弟には気付かれるだろうと思いながら。
照れ隠しに彼は弟の髪を撫で、ついでに少しずれていた布団を掛け直す。
「注目すべきはそこじゃないのにー」
「はいはい。俺もう行くぞ。腹減ってんだ」
「どーせシンちゃんのことだから、仕事に没頭しすぎてご飯食べ損なったんでしょ。おとー様が夜食作ってくれてるから、キッチンに寄ってね。お茶淹れてあげるから」
「…そりゃどーも。用意の良いことで」
「お見通しなんだからねー」
「はいはい」
二人は言葉を交わしながら立ち上がり、部屋を出て行った。

彼らの弟は穏やかな表情で眠っている。


(2005.10.08)

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吹き荒ぶ風の音で目覚めた。

室内はまだ昏い。
傍らには子供の規則正しい寝息とぬくもり。
寝起きのぼんやりとした頭でまだ夜なのだとシンタローは理解した。
珍しい。
否この島に来てから何も無いのに夜中に目覚めるのは初めてかもしれない。
日中はそれこそ、この子供に付き合って休む暇の無いほど働いているから、
一日が終わればクタクタで、普段は一度寝入れば朝まで殆ど目覚めるような事は無い。
偶に寝込みを襲いにやってくるナマモノやら刺客やらも
最近は半分寝てる状態で条件反射で吹っ飛ばしているらしい。
らしいと他人事のように思うのは覚えてないからだ。
朝、天井に開いた穴を見て、また来たのかと呆れて終わり。
さっさと忘れて、一日の糧を得るために出掛ける。
それがこの島での日常だ。
寝汚い。
自分を叩き起こした早寝早起きの子供にはかつてそう言われた。
確かによく寝てる。
ガンマ団にいた頃とは比べ物にならないくらいに。
だけど、そうでないとこの島では生活は出来ない。
食料を手に入れるのだって結構命がけなのだ。
気力・体力を養うためにも睡眠は必要不可欠だろう。
思いながらも、逆に心の奥の冷たい部分が問い掛けてくる。
本当にそれだけなのか?と。

目を閉じる。
浮かぶのは父親の顔、弟の顔。
断崖の上に聳え立つ鉄の城郭。

血と硝煙の匂いのこびり付いたそこが自分の家だった。
仮令、殺し屋の集団の本拠地でも、何も知らない頃はそれでも安らげる場所だった。
…壊れてしまったのはいつからだろう。
弟と引き離されてから?
否その前から時折自分は不安を感じていた。
父親が弟を見詰めるその瞳の冷たさに。
…僅かな歪みや傷や亀裂は元からあったのだ。
気付かないフリをしながらも、少しづつ、少しづつ
胸の底に澱のように降り積もっていたものがあの日形になってしまっただけだ。

それでも、何処かで自分は信じていたかったのだ。
…父の事を。
他人から見ればどんなに酷い人間でも、それでもあの人は自分にとっては父親で
一族の中で異端であった己を愛してくれた肉親で。
だから、自分へと向けられる行き過ぎな愛情を厭いながらも
心のどこかで安堵していたのだ。
残酷な覇王だと言われる人でもその手は暖かいのだと。
それは錯覚だったのだろうか?
何故父は弟を愛してくれなかったのだろう。
ただ、普通の親のように。
それだけで自分は父親を信じていられたのに。
(アンタと同じように人を殺して、その血に手を染めても
 アンタの事を信じていられたら…それでも俺は構わなかったんだ。)
手を伸ばす。
薄闇の中へ。
あの時、届かなかった無力な腕を。
「コタロー」
ひそやかな呟きは夜の闇に溶けて消える。
答える声も無いままに。
当たり前だ。自分の傍らに居る子供は弟ではない。
苦い笑みを口元に刷いて、そっと身を起こした。
恐る恐る隣を伺えば、安らいだ寝息を立てて子供は眠っている。
その穏やかな寝顔に安堵の息を吐いて、
起こさぬよう、音を忍ばせて布団から抜け出す。
擦り抜けるように扉から外へ出た。
途端、吹き付ける風。
屋外へ出れば風の音は一層強かった。
いつにも増して湿った空気。生温い風が吹き荒れている。
煽られるように己の黒髪が舞う。
黒い髪・黒い瞳の異端の自分。
金髪に蒼い瞳の一族の特徴を備えた弟。
全く似たところの無い自分達はそれでも確かに兄弟で。
あの人は俺たちの父親だったはずなのに。
幼かった弟は自分の目の前で父の部下に引き摺られる様にして連れ去られた。

「お兄ちゃん!!」

泣きながら自分を呼んだ弟の悲痛な声は未だに耳に残っている。
行方の分からなくなった弟。
自分達を引き裂く命を下したのは父親。
そうして、どんなに訴えても、叫んでも、罵っても。
父は決して弟の居場所を教えてはくれなかった。
『コタローのことは忘れろ』
『私の息子はお前だけだ…お前さえいればいいんだ』
『お前は一族の後継者だ』
そんな言葉など要らなかった。
「なぁ、父さん…アンタにとって俺たちはなんなんだ?」
生死のほどすら分からなくなった弟。
眠れずに今日の夜を過ごし、それでも訪れてしまう明日に、
明けゆく空を絶望的な気持ちで見詰めたのは、遠い過去の日ではない。
抑えきれない苛立ちを抱えて戦闘に出ては無茶をする自分を父親は諌めたが
その言葉も何処か虚しく己の上を通り過ぎただけだった。

そうして一年が過ぎようと云う頃。弟の所在はある日突然知れた。
『日本支部はあまり知られたくないようだからね』
医務室で偶然ドクターが漏らした言葉
そこに不審を抱いて、日本支部の情報を辿り、弟の居場所は漸く分かった。
最重要機密に分類されたそのデータ。
羅列されていく情報の数々。だが何よりも…
『いるんだ…弟は日本にいるんだ』
生きて…。
凍っていたものを溶かすように頬を伝って涙は勝手に零れた。
弟は生きている。父は弟を殺したりはしていなかった。
取り戻せるかもしれない。まだ、今ならば。
思ったから、自分はあそこを飛び出した。
秘石を持ち出したのは父親への意趣返しのつもりだった。
家族よりも青の一族の長の立場を選んだ父。
だから、一族の象徴であるあの石を持って逃げた。
壊れてしまった家族。
せめて、弟と自分だけでも家族に戻って、暮らしたかった。
(なら何故あの石を持ち出した?)
(追っ手がかかれば弟の奪還も難しくなる)
(弟を取り戻すだけなら、他に方法があったんじゃないのか?)
俺は本当は何を取り戻したかった?
「          」
呟いた言葉を攫うように風が轟々と吹き抜けていく。
どうせなら、この胸の中に澱んだモノも持ち去って行ってくれればいい…
思いながら、風の行く先を見詰める。
そうすれば自分は叶わぬ望みを抱えて立ち尽くすことも無い。
見上げれば雲が勢いよく空を流れている。
髪が靡く。背に風がぶつかっていく。
押されるように一歩踏み出した。
丁度その瞬間。

「シンタロー」

名前を呼ばれた。
ハッとして、とっさに振り向けば眠っていたはずの子供が立っていた。
「こんな夜中にナニをやってるんだお前」
何処か咎める調子の抑揚の無い声。
不機嫌そうな子供が自分を見上げている。
「わりぃ…起こしたか?」
謝りながら、子供の視線に合わせてしゃがみ込む。
真っ直ぐな子供の視線。
自分は今うまく表情を作れているだろうか。
己を覆っている昏い感情を目の前の子供には知られたくなかった。
楽園の子供には今は、まだ。
「オマエ、育ち盛りの子供の睡眠時間を何だと思ってる」
揺れるこちらの心の内など全く気付いていないかのように
子供はいつものように偉そうな口調で断じた。
だから、いつものように、自分も答える。
「しょうがねーだろ、風の音が気になったんだから」
言えば、肩をすくめて子供はわざとらしい溜息をついて見せた。
「全くメーワクなヤツだナ」
「あーはいはい、ワタクシが悪う御座いました」
「誠意の全く感じられん返事をすな!」
子供が此方の頭にひょいと飛び乗ってくる。
いつものように。
その事に酷く安堵する。
「風が吹いてるのは嵐が来るんだ。」
頭上で呟かれた言葉は風に流される事なく自分に届いた。
こういう風が吹くときは、じきに荒れるんだ。だから。
言って子供はぴっとパプワハウスを指さした。
「帰るぞ、シンタロー」
当たり前のように子供が告げたその言葉と体温に何故だか酷く泣きたくなった。
本当に帰る場所は他にあるのに。
子供の言葉に何かが慰められた気がしている。
『トモダチだ』といった子供の言葉に救われた時のように。
『帰りたい』と言う自分の言葉が淋しい。
自分が帰りたかった場所はもう無いと分かってしまったのに何処に帰りたいというのか。
それでも、このままここに居るわけにもいかない事は分かっている。
この子供もこの島も当たり前のように自分を受け入れてくれているけれど

いつかは、帰らなければいけない。
少なくとも、まだ弟は自分を待っていてくれているはずなのだから。
壊れてしまっていても、家族がいる場所があるのだから。

あぁ、けれども
今は、まだ。
自分の中には荒れ狂う、憎しみとも思慕ともつかぬ感情が吹き荒れているから。
もう少しだけここに居ることを許して欲しい。

願いながら、自分は子供と共に『家』へと帰る。
扉を開けて、穏やかなその場所に滑り込む。

せめて
この嵐が通り過ぎるまで。

sks
この従兄弟は器用だが不器用だ

ついさっき俺にタイの結び方を教えたのはこの目の前に居る従兄弟だ。
なのに今その従兄弟は自分のタイを結べずに首をかしげている。
俺はしげしげと従兄弟を見詰める。
他人のタイは結べるのに、自分のタイは結べないというのもおかしな話だ。
「っかしーな…」
ぶつぶつと呟きながらシンタローはネクタイを弄っている。
普段、シンタローはネクタイを結ぶ事は無い。
真紅の総帥服のシャツは胸元が開いていてネクタイを結ぶような形にはなっていないし、
シンタローは私服にかなりラフなものを好んで着ているからだ。
そして総帥服を着用出来ないような公式の席は大概において正装が必要な夜会やパーティで、
その場合は当然タキシードを着用する事になる。
考えてみれば、シンタローがスーツを着る機会はそうそう無いのだ。
だから、結び慣れていないといってしまえばそれまでなのかもしれない。
だが、シンタローは先程実に器用に俺のネクタイを結んで見せたのだ。
どうして自分のタイだと結べないのか。
不思議でならない。
俺はシンタローのタイに手を伸ばした。
シンタローの襟元の歪な形になった結び目に指を差し入れて手前に引くと
結び目はいとも簡単に緩んだ。
ほどけたネクタイにシンタローが眉を寄せる。
「貸してみろ」
俺が言うとほんの少し不本意そうな顔を見せたものの
シンタローは諦めたように大人しく、タイから手を離した。
他人のタイを結ぶのは初めてだが、
シンタローが先程俺のタイを結んだ手順を思い出す。
上質の絹で誂われたタイは布地同士が触れ合うたびにシュッと小気味のいい音を立てた。
「こうか?」
多少ぎこちなくではあるが結ぶ事が出来た。
シンタローが襟元を見る。
多少緩みがあるが、形はきちんと出来ている。
シンタローは感心したように瞬いた。
「初めてにしちゃ上出来だ」
言って俺の肩を軽く叩く。
「お前ホンッとーに器用だな」
苦笑しつつシンタローは俺の結んだタイをしめる。
軽く襟元を調節すれば、全く問題がなく形が整う。
俺はシンタローが先程結んだ自分のタイを解いて、もう一度今度は自分で結びなおす。
自分のタイを結ぶ分には絞める加減もわかって他人のものを結ぶよりやはり容易い。
「自分のものを結ぶ方が簡単に思えるんだが」
お前は器用なのか不器用なのか分からないな
思ったまま口にすれば
俺の言葉にシンタローはわざとらしくしかめっ面をして見せる。

「手の掛かる身内が多いからな」

答えになっているような、なっていないような
そんなシンタローの呟きに俺は軽く肩をすくめた。
sgg
シンちゃんはキンちゃんに甘い。

それはシンちゃんが24年間、本当ならキンちゃんの物になるはずだった身体を
占領してたと云う負い目からくるものも多少はあるとは思うんだけど。

実際の所は面倒を見れる相手が居るのが嬉しいんじゃないかと僕は思う。
あの島で主夫していたのも、コタローちゃんを可愛がっていたのも、
キンちゃんの世話を焼いてるのも。
結局の所、根っこにある部分は一緒なんじゃないかな。
そう僕は見ている。
シンちゃんは一部特定の人間意外には基本的に面倒見がいい。
そして、一部特定の人間には絶対的に甘い。
現在全く面倒を見てもらえない側の一部特定の人間筆頭は僕の隣に居る「お父様」で
絶対的に甘やかされている一部特定の人間筆頭がキンちゃんだ。
実際、実社会との関わりにおいてはキンちゃんは子供みたいなもんだから、
仕方ないって云えばそうなんだけど。
僕はチラリと二人を見る。

今もシンちゃんはキンちゃんに対してネクタイを直してやったりなんかしてる。
「あぁ憧れの新婚さんシチュエーション…」
ちょっとアレな発言をしながらハンカチ噛んでお父様は羨ましがってるけど、
僕は「あーあ」とか溜息をついてしまう。
分かってないよねぇ。
キンちゃんも多分未だ気付いてないから、あぁやってシンちゃんに
面倒をみてもらってるんだろうけど。
僕は二人の従兄弟のやりとりを眺める。
感情表現が未だ不完全な従兄弟は口ではどうこう言いつつも
シンタローが自分を構うのが嬉しいんだろう。
その表情は普段より柔らかい。
まぁ確かに家族としてなら、あの状況も嬉しいんだろうけど。
でも対等に見てもらいたい身としては……
だいぶ前途多難だよ、キンちゃん。
ホットミルクをかき混ぜながら僕は内心で一人ごちる。
だってシンちゃんが甘いのって相手が庇護対象って事だもん。
言うなればあれは母の愛のような物で。
…やっぱり、それはちょっと嬉しくないんじゃないかなぁ。
いくら、男の初恋は母親似が多いと言っても。

自分も最近だいぶ甘やかされている事には目をつぶって、
僕はシンちゃんの作ってくれた甘い甘いホットミルクを飲み干した。

sg

バタバタと慌ただしい足音を響かせながら
入り組んだ長い通路を抜けて、僕は研究室棟から本部へ向かう。
こうやって僕が飛び出してくのは初めてじゃないので
研究員達も慣れた風に解析の続きを請け負ってくれる。
本部の広大な建物の更にその向こうにある飛空艦の滑空路へは
僕の足では遠過ぎるほどに遠いから、車を出してもらう。
遠征に出ると最低でも一ヶ月は帰ってこない従兄弟達。
一刻も早く会いたくて、出来るだけ急いでもらったんだけど、
僕が着いたときには滑空路には既に旗艦が着陸していた。
整然と並んだ団員達が敬礼を掲げている。
その中を僕の二人の従兄弟が悠然と歩いてくる。
威風堂々としたその姿。
この組織の最高位に立つ黒髪の総帥とその優秀な補佐官。
けど二人のその毅然とした表情は僕を認めて、緩んだ。
シンちゃんは悪戯そうな笑みを浮かべ、キンちゃんは目元を和ませて僕を見る。
シンちゃんが軽く片手を上げて僕を招く。
僕の従兄弟達が帰ってきた。
僕は二人に駆け寄る。
「シンちゃん、キンちゃん」
「うわっ!」
僕よりも一回り体格のいい黒髪の従兄弟に勢いのままに飛びつくと
僕の行動は予想外だったのか流石のシンちゃんもほんの少しよろけた。
「何しやがる!グンマ」
すぐさま、邪険な声が降ってくる。
でも本気で怒ったり、昔みたいにやたらにぶったりはしてこないって知っているから
べったり張り付いたまま僕はえへへと笑う。
「おかえり~シンちゃん、キンちゃん」
久しぶりに会えたから嬉しいんだと満面に笑みを浮かべて、全身で表現して見せれば。
ほら、ため息ひとつでシンちゃんは表情を緩める。
しょうがないなって顔で僕を甘やかす。
シンちゃんはスキンシップに対しておおらかになったと思う。
あの島でパプワ君達と一緒に暮らしてた間に
無意識に他人に対して鎧っていたものが剥がれ落ちたのか。
昔は手を伸ばしても触れるのが躊躇われるような感じだったけど、
今は安心して触れられる。
伸ばした手を受け入れてくれるって分かるから。
まぁ、相変わらずお父様に対しては邪険を通り越して非道なくらい冷たいけど。
それは多分セクハラまがいのことをするお父様が全面的に悪いんだろう。
僕は抱きつけるだけでも充分満足。
シンちゃんが僕の髪を乱暴にかき回す。
「・・・ったく、飛びつくならキンタローの方にしろよ」
ぶつぶつ言うけどそれが照れ隠しだって事はもう知ってる。
言うと怒り出すから言わないけどね。
僕はシンちゃんに見えないように笑みを深めた。
そんな僕をキンちゃんが横合いから覗き込んで、呟く。
「楽しそうだな・・・グンマ」
「うん、楽しいよ。」
僕が言い切れば
「そうなのか・・・」
キンちゃんは不思議そうな顔をする。
数字とか化学式とか戦術戦略にはめきめき強くなったキンちゃんは
その分はっきりと目に見えないもの
・・・特に人の感情については学習が遅れてしまっている。
傍にいるシンちゃんとは互いに言葉でなくとも通じてしまうことが多いので、
余計に他を理解する機会が乏しいらしい。
シンちゃんがキンちゃんの感情に敏くて、
すぐにフォローを入れちゃうこともそれに拍車をかけてる。
おかげで、キンちゃんは相変わらず感情表現が下手なままだ。
今も、多分傍目には不機嫌そうな仏頂面にしか見えてないだろう。
『よく分からない』って表情なのは近くで目を見てれば分かるんだけどね。
だから、僕はにっこりと笑って唆す。
「キンちゃんもやってみれば?」
「…確かに自分で経験してみなければわからん類の事もあるしな」
ふむと頷くキンちゃんにシンちゃんが慌てる。
「おい、こら。待て天然。」
「なんだ、シンタロー何か問題でもあるのか」
「大有りだろ。お前に飛び掛られたら、いくら俺でも潰れるっつーの」
体格考えろ。ったく。
グンマや親父は常識規格外だから真似すんな。
シンちゃんはため息交じりにキンちゃんを諭す。
そうかなぁ。
キンちゃんはもう少し何も考えずに行動したっていいと僕は思うんだけどなぁ。
って。ちょっと待ってよ。
「お父様と僕を一緒にしないでよー」
「異議を唱えるとこはソコかよ」
僕の抗議の声にシンちゃんが呆れる。
「だって僕は鼻血たらさないし人形縫わないしセクハラしないし
ストーカー行為もしないし着替え中を隠し撮りしたりもしないよー」
僕は確かにシンちゃんのことは大好きだけど
お父様みたいに四六時中変質的に好きなわけじゃない。
シンちゃんがお風呂に入る時に何処から洗うかなんて
そんな事、僕は別に知ってても自慢にはならないと思うし。
訴えかける僕の言葉にシンちゃんとキンちゃんがピシリと固まる。
「グンマ…後半部分に関しては後でちょーっと聞きたいことあるがいいか?」
「う…うん」
引き攣りまくった笑顔で言うシンちゃんの妙な迫力に僕はよく分からないけど頷いた。
「シンタロー…今度、警備部にもっと高度なセキュリティーキーを導入させよう」
キンちゃんが真剣な顔で言ったのに、シンちゃんも薄ら寒い笑顔で提案する。
「ついでに無理に不正な方法で解除しようとしたらレーザーで真っ二つてのはどうだ?」
「…悪くない。」
ボソリと据わった目つきでキンちゃんが呟いた。
お父様…いくら親の愛が深くても
やっぱりこの歳になっても成長記録を克明に撮られるのはシンちゃん嫌みたいだよ。
ついでに、キンちゃんも嫌がってるみたい。
なんかやっぱり今でも二人には繋がってるものがあるのかなー。
双子みたいに。
暢気に思いながら、僕は二人を見上げる。
キンちゃんはシンちゃんを最初殺そうとするぐらいに憎んでたなんて
今では冗談みたいに思えてしまう。
二人は本当に仲良くなった。
時々は喧嘩もしてるみたいだけど。
シンちゃんもキンちゃんも、お互いがそばにいるのが当たり前のように一緒にいる。
家族のように。ううん、従兄弟なんだから、家族なんだよね。
「…何笑ってるんだよ、グンマ」
シンちゃんが不思議そうに僕を見て聞いてくる。
「うん、家族って幸せなものなんだなぁって思って」
僕の言葉にシンちゃんが呆れたように笑う。
「ばーか。あったりまえだろ」
言いながら、僕の額を軽く小突く。
キンちゃんが小首を傾げた。
「そうなのか?」
マジック伯父貴とお前の関係も幸せなものなのか?
キンちゃんの他意の無い素朴な疑問にシンちゃんが遠い目をする。
「あーまぁアレはな・・・」
「シンタロー、答えになっていないぞ」
「頼む、その件に関しては俺をそっとしといてくれ」
そのやり取りに僕は吹き出す。
冗談とかも時々真に受けちゃうキンちゃん相手にウッカリとした事は言えないもんねー。
なにせ、シンちゃんがアラシヤマ君の事、例の如く邪険にして
「いらねー、あんな奴」と言ったら、キンちゃん本気で「秘密裏に消すか?」と聞いてたし
本当は普段、口で言うほどシンちゃんはお父様の事嫌いじゃないんだよね。
本気で嫌いだったら、シンちゃんはそう云う相手はバッサリ切って捨てて相手にもしない。
寧ろ、あれだけムキになってシンちゃんが反応返す相手って
お父様くらいだったりするんだよね。
でも家族としてお父様の事も大事だなんて言うには
シンちゃんも意地っ張りだし、お父様も変態すぎだから。
…うん。愛情表現って複雑なんだよ・キンちゃん。
僕はちょっとお兄さんな気分で心底不思議そうな表情のまま
それでもシンちゃんに言われて取り敢えず頷いているキンちゃんを微笑ましく見詰めた。
「…そう言えば、親父はどーしたんだ?」
シンちゃんがふと気付いたかのように聞いてくる。
いつもなら、シンちゃんの帰還には真っ先に現れるお父様は今日に限ってここにいない。
それに気付いて、ちょっと落ち着かなさげなシンちゃんに僕は苦笑する。
「此処で出迎えるとシンちゃんに眼魔砲くらってお仕舞いになるから
 コタローちゃんの部屋で待ち伏せするって言ってたよ」
内緒にしてね。と言われてたけどアッサリばらす。
シンちゃんは軽く目を見張った後、物凄く嫌そうな表情で
「クソ親父…」
と呟いた。そして、バサリとコートを翻して歩き出す。
ズカズカと怒り任せな歩き方で先を行く従兄弟を追いかけて歩きながら
僕とキンちゃんは顔を見合わせて笑う。
「まぁ確かにあそこなら確実にシンタローに会えるし
 眼魔砲を撃たれる心配はないだろうしな」
「お父様も姑息だよね」
「姑息にならざるを得ないとも言うな」
「って言うか二人とももうちょっと大人になればいいのにね」
お父様は過剰に愛情をぶつけるし、シンちゃんは意地っ張りすぎる。
お互いに一歩も退かないから、会うと全面対決の様を呈する親子関係と云うのは問題だろう。
「まぁシンタローは伯父貴相手に退いたら、身の危険があるだろうが」
「やだなぁ、キンちゃん。笑えないし、それ冗談になってないよ」
「俺は冗談は言っていない。冷静な状況分析の結果だ。因みに確率は…」
「~~後ろでヤな会話してるな!!」
流石に無視できなくなったらしいシンちゃんが真っ赤になってが怒る。
「オラ!!さっさと行くぞ!!」
怒鳴って、さっさと迎えの車に乗り込んだシンちゃんに慌てて僕らも車に乗り込む。
「医療棟の方にまわせ」
いつもは直接向かわないのに、今日はそう指示を出すシンちゃんに僕はコッソリ笑う。

なんだかんだ言っても、シンちゃんはお父様の顔を見ないと落ち着かないんだろうなぁ。
本人に会ったら「俺はコタローに会いに来たんだ」とか言うんだろうけど

あぁ、でもこの感じだと久しぶりの家族の団欒はどうやら夕食時から繰り上がって、
コタローちゃんの部屋で出来そうだ。
皆で過ごす家族の時間。
それが少しでも増えるのが嬉しくて僕は本当にちょっとだけお父様に感謝した。
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