バタバタと慌ただしい足音を響かせながら
入り組んだ長い通路を抜けて、僕は研究室棟から本部へ向かう。
こうやって僕が飛び出してくのは初めてじゃないので
研究員達も慣れた風に解析の続きを請け負ってくれる。
本部の広大な建物の更にその向こうにある飛空艦の滑空路へは
僕の足では遠過ぎるほどに遠いから、車を出してもらう。
遠征に出ると最低でも一ヶ月は帰ってこない従兄弟達。
一刻も早く会いたくて、出来るだけ急いでもらったんだけど、
僕が着いたときには滑空路には既に旗艦が着陸していた。
整然と並んだ団員達が敬礼を掲げている。
その中を僕の二人の従兄弟が悠然と歩いてくる。
威風堂々としたその姿。
この組織の最高位に立つ黒髪の総帥とその優秀な補佐官。
けど二人のその毅然とした表情は僕を認めて、緩んだ。
シンちゃんは悪戯そうな笑みを浮かべ、キンちゃんは目元を和ませて僕を見る。
シンちゃんが軽く片手を上げて僕を招く。
僕の従兄弟達が帰ってきた。
僕は二人に駆け寄る。
「シンちゃん、キンちゃん」
「うわっ!」
僕よりも一回り体格のいい黒髪の従兄弟に勢いのままに飛びつくと
僕の行動は予想外だったのか流石のシンちゃんもほんの少しよろけた。
「何しやがる!グンマ」
すぐさま、邪険な声が降ってくる。
でも本気で怒ったり、昔みたいにやたらにぶったりはしてこないって知っているから
べったり張り付いたまま僕はえへへと笑う。
「おかえり~シンちゃん、キンちゃん」
久しぶりに会えたから嬉しいんだと満面に笑みを浮かべて、全身で表現して見せれば。
ほら、ため息ひとつでシンちゃんは表情を緩める。
しょうがないなって顔で僕を甘やかす。
シンちゃんはスキンシップに対しておおらかになったと思う。
あの島でパプワ君達と一緒に暮らしてた間に
無意識に他人に対して鎧っていたものが剥がれ落ちたのか。
昔は手を伸ばしても触れるのが躊躇われるような感じだったけど、
今は安心して触れられる。
伸ばした手を受け入れてくれるって分かるから。
まぁ、相変わらずお父様に対しては邪険を通り越して非道なくらい冷たいけど。
それは多分セクハラまがいのことをするお父様が全面的に悪いんだろう。
僕は抱きつけるだけでも充分満足。
シンちゃんが僕の髪を乱暴にかき回す。
「・・・ったく、飛びつくならキンタローの方にしろよ」
ぶつぶつ言うけどそれが照れ隠しだって事はもう知ってる。
言うと怒り出すから言わないけどね。
僕はシンちゃんに見えないように笑みを深めた。
そんな僕をキンちゃんが横合いから覗き込んで、呟く。
「楽しそうだな・・・グンマ」
「うん、楽しいよ。」
僕が言い切れば
「そうなのか・・・」
キンちゃんは不思議そうな顔をする。
数字とか化学式とか戦術戦略にはめきめき強くなったキンちゃんは
その分はっきりと目に見えないもの
・・・特に人の感情については学習が遅れてしまっている。
傍にいるシンちゃんとは互いに言葉でなくとも通じてしまうことが多いので、
余計に他を理解する機会が乏しいらしい。
シンちゃんがキンちゃんの感情に敏くて、
すぐにフォローを入れちゃうこともそれに拍車をかけてる。
おかげで、キンちゃんは相変わらず感情表現が下手なままだ。
今も、多分傍目には不機嫌そうな仏頂面にしか見えてないだろう。
『よく分からない』って表情なのは近くで目を見てれば分かるんだけどね。
だから、僕はにっこりと笑って唆す。
「キンちゃんもやってみれば?」
「…確かに自分で経験してみなければわからん類の事もあるしな」
ふむと頷くキンちゃんにシンちゃんが慌てる。
「おい、こら。待て天然。」
「なんだ、シンタロー何か問題でもあるのか」
「大有りだろ。お前に飛び掛られたら、いくら俺でも潰れるっつーの」
体格考えろ。ったく。
グンマや親父は常識規格外だから真似すんな。
シンちゃんはため息交じりにキンちゃんを諭す。
そうかなぁ。
キンちゃんはもう少し何も考えずに行動したっていいと僕は思うんだけどなぁ。
って。ちょっと待ってよ。
「お父様と僕を一緒にしないでよー」
「異議を唱えるとこはソコかよ」
僕の抗議の声にシンちゃんが呆れる。
「だって僕は鼻血たらさないし人形縫わないしセクハラしないし
ストーカー行為もしないし着替え中を隠し撮りしたりもしないよー」
僕は確かにシンちゃんのことは大好きだけど
お父様みたいに四六時中変質的に好きなわけじゃない。
シンちゃんがお風呂に入る時に何処から洗うかなんて
そんな事、僕は別に知ってても自慢にはならないと思うし。
訴えかける僕の言葉にシンちゃんとキンちゃんがピシリと固まる。
「グンマ…後半部分に関しては後でちょーっと聞きたいことあるがいいか?」
「う…うん」
引き攣りまくった笑顔で言うシンちゃんの妙な迫力に僕はよく分からないけど頷いた。
「シンタロー…今度、警備部にもっと高度なセキュリティーキーを導入させよう」
キンちゃんが真剣な顔で言ったのに、シンちゃんも薄ら寒い笑顔で提案する。
「ついでに無理に不正な方法で解除しようとしたらレーザーで真っ二つてのはどうだ?」
「…悪くない。」
ボソリと据わった目つきでキンちゃんが呟いた。
お父様…いくら親の愛が深くても
やっぱりこの歳になっても成長記録を克明に撮られるのはシンちゃん嫌みたいだよ。
ついでに、キンちゃんも嫌がってるみたい。
なんかやっぱり今でも二人には繋がってるものがあるのかなー。
双子みたいに。
暢気に思いながら、僕は二人を見上げる。
キンちゃんはシンちゃんを最初殺そうとするぐらいに憎んでたなんて
今では冗談みたいに思えてしまう。
二人は本当に仲良くなった。
時々は喧嘩もしてるみたいだけど。
シンちゃんもキンちゃんも、お互いがそばにいるのが当たり前のように一緒にいる。
家族のように。ううん、従兄弟なんだから、家族なんだよね。
「…何笑ってるんだよ、グンマ」
シンちゃんが不思議そうに僕を見て聞いてくる。
「うん、家族って幸せなものなんだなぁって思って」
僕の言葉にシンちゃんが呆れたように笑う。
「ばーか。あったりまえだろ」
言いながら、僕の額を軽く小突く。
キンちゃんが小首を傾げた。
「そうなのか?」
マジック伯父貴とお前の関係も幸せなものなのか?
キンちゃんの他意の無い素朴な疑問にシンちゃんが遠い目をする。
「あーまぁアレはな・・・」
「シンタロー、答えになっていないぞ」
「頼む、その件に関しては俺をそっとしといてくれ」
そのやり取りに僕は吹き出す。
冗談とかも時々真に受けちゃうキンちゃん相手にウッカリとした事は言えないもんねー。
なにせ、シンちゃんがアラシヤマ君の事、例の如く邪険にして
「いらねー、あんな奴」と言ったら、キンちゃん本気で「秘密裏に消すか?」と聞いてたし
本当は普段、口で言うほどシンちゃんはお父様の事嫌いじゃないんだよね。
本気で嫌いだったら、シンちゃんはそう云う相手はバッサリ切って捨てて相手にもしない。
寧ろ、あれだけムキになってシンちゃんが反応返す相手って
お父様くらいだったりするんだよね。
でも家族としてお父様の事も大事だなんて言うには
シンちゃんも意地っ張りだし、お父様も変態すぎだから。
…うん。愛情表現って複雑なんだよ・キンちゃん。
僕はちょっとお兄さんな気分で心底不思議そうな表情のまま
それでもシンちゃんに言われて取り敢えず頷いているキンちゃんを微笑ましく見詰めた。
「…そう言えば、親父はどーしたんだ?」
シンちゃんがふと気付いたかのように聞いてくる。
いつもなら、シンちゃんの帰還には真っ先に現れるお父様は今日に限ってここにいない。
それに気付いて、ちょっと落ち着かなさげなシンちゃんに僕は苦笑する。
「此処で出迎えるとシンちゃんに眼魔砲くらってお仕舞いになるから
コタローちゃんの部屋で待ち伏せするって言ってたよ」
内緒にしてね。と言われてたけどアッサリばらす。
シンちゃんは軽く目を見張った後、物凄く嫌そうな表情で
「クソ親父…」
と呟いた。そして、バサリとコートを翻して歩き出す。
ズカズカと怒り任せな歩き方で先を行く従兄弟を追いかけて歩きながら
僕とキンちゃんは顔を見合わせて笑う。
「まぁ確かにあそこなら確実にシンタローに会えるし
眼魔砲を撃たれる心配はないだろうしな」
「お父様も姑息だよね」
「姑息にならざるを得ないとも言うな」
「って言うか二人とももうちょっと大人になればいいのにね」
お父様は過剰に愛情をぶつけるし、シンちゃんは意地っ張りすぎる。
お互いに一歩も退かないから、会うと全面対決の様を呈する親子関係と云うのは問題だろう。
「まぁシンタローは伯父貴相手に退いたら、身の危険があるだろうが」
「やだなぁ、キンちゃん。笑えないし、それ冗談になってないよ」
「俺は冗談は言っていない。冷静な状況分析の結果だ。因みに確率は…」
「~~後ろでヤな会話してるな!!」
流石に無視できなくなったらしいシンちゃんが真っ赤になってが怒る。
「オラ!!さっさと行くぞ!!」
怒鳴って、さっさと迎えの車に乗り込んだシンちゃんに慌てて僕らも車に乗り込む。
「医療棟の方にまわせ」
いつもは直接向かわないのに、今日はそう指示を出すシンちゃんに僕はコッソリ笑う。
なんだかんだ言っても、シンちゃんはお父様の顔を見ないと落ち着かないんだろうなぁ。
本人に会ったら「俺はコタローに会いに来たんだ」とか言うんだろうけど
あぁ、でもこの感じだと久しぶりの家族の団欒はどうやら夕食時から繰り上がって、
コタローちゃんの部屋で出来そうだ。
皆で過ごす家族の時間。
それが少しでも増えるのが嬉しくて僕は本当にちょっとだけお父様に感謝した。
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