寝起きは良いはずだと自負していたが、最近はそれに自信が無くなってきていた。
重たい瞼を持ち上げると、まず脇にあった時計を見て、その針が示す時刻を疑いながら、のろのろとベットから抜け出した。
厚いカーテンを開けると太陽はすでに真上にあり、時計が故障していないことを認めざるを得ないようだ。
今朝一度起きた記憶はぼんやりとある。目を覚ましてすぐに今日は休みだと言うことを思い出し、つい二度寝と言う誘惑に負けて再びシーツに埋没したところまでは、何となく覚えていた。
この現象はここ数ヶ月のことで、決して疲れているわけでは無いのだが、すっきりとした気分で起きられない。
どうしてだろうと首を捻りつつ、起き抜けのにぶい頭では原因追求も出来ないので、とりあえずコーヒーと朝食兼昼食を摂りにキッチンへ向かった。
彼がコーヒー片手に呑気に論文を読んでいると、寝ぼけ眼で従兄弟がやって来た。そんな従兄弟に目を丸くしつつ、彼は恐らくこの場合最適であろう挨拶を口にした。
「おはよーシンちゃん」
「おー…」
「何か眠そうだね」
従兄弟は彼の不思議そうな視線を無視して、無言でコーヒーをカップに注いで、何も入れないままそれを啜った。
「どうしたの?」
食事にうるさいはずの従兄弟が朝食も摂らずにコーヒーをブラックで飲むと言う珍事に、彼ははますます目を見張る。
「眠ぃ」
「今日お休みだっけ?」
彼の問いに、従兄弟はカップを両手で抱えたまま首を縦に振った。
「お前も?」
「うん。ここんところ研究室に泊まりっぱなしだったから、今日はお休みー」
研究者である彼は、しばらく自室に帰らずに研究室にこもって実験三昧の日々を過ごしたかと思うと、その反動のように休日をとってのんびり休む、という不規則な生活を送っていた。
彼の研究は基本的には一人で行っているものなので、要所要所を押さえておけば、いつ休もうと誰にも迷惑はかからない。根っからの研究者である彼にとっては、この不規則な生活も苦にならなかった。
「疲れてるんじゃない?」
小首をかしげつつ彼に訊かれた従兄弟は、ここ数日の起床時における妙な倦怠感について話し始めた。
彼は従兄弟の話を相槌を打ちながら聞いていたが、やがて何か思い当たったように一つ大きく肯くと、従兄弟のカップにコーヒーのお代わりとミルクを注ぎながら、確信めいた様子で口を開いた。
「きっとシンちゃんの体内時計がずれてるんだよ」
「体内時計?」
何だそれ、とまだどこか覚醒しきっていないような従兄弟のくもぐった口調に、彼は説明を付け加える。
「シンちゃんここのところ遠征とかデスクワークで、ろくにお日様の光を浴びてないでしょ。そのせいで体のリズムがおかしくなってるんじゃないかなぁ。専門じゃないから詳しくは分かんないけど、太陽浴びないと、時差ぼけみたいになっちゃうんだって」
従兄弟は彼の説明を聞きながら、目線を上に泳がせた。ここ数ヶ月の己の生活を振りかえっているのだろう。確かに総帥である従兄弟は彼の言う通り、遠征先では時差や時間帯に関係なく仕事をし、帰ってきてからはすぐに溜まっていた書類に取り掛かり、朝起きてから深夜寝るまで日光を浴びない生活をしてきた。
「どうしたら治るんだよ」
このままでは良くないと自覚したのか、些か危機感を持ったような口ぶりで、従兄弟が彼に尋ねた。
「簡単だよ。たしか起きた時に、まず日光を浴びれば良いの」
「それだけ?」
「うん、それだけ。ほら、特にシンちゃんは…」
「あんだよ」
珍しく言い淀んだ彼に、従兄弟が先を促す。彼は手元のカップを覗き込み、そのまま目を落としてしばし躊躇していたが、やがて諦めたかのように面を上げた。
「あの島では太陽が昇ると同時に起きて、沈むと同時に寝るような生活をしてたんでしょ。だから余計に体がついて行かないんじゃないかなぁ。僕なんかは慣れてるけど」
「あー…確かに」
あっさりと認めた従兄弟に、彼は内心複雑な気持ちになりながらも少し笑ってみせた。そのままなにやら対策を考えているらしい従兄弟をしばらく見つめていたが、やがて何か思いついたのか、彼は気を取り直したかのように顔を輝かせた。
「今日は丸一日お休み?」
「おぉ」
「じゃぁどこか出かけようよ」
「はぁ?」
「お日様浴びに、ピクニックとか。良いじゃないたまにはさー」
ね、と手を取ってねだられた従兄弟は少し困ったような顔をしていたが、尚も言い募る彼にやがて降参したかのようにカップを置いた。
「まぁ、どうせ暇だし」
「じゃ、決まりね。キンちゃんに連絡しようっと」
いそいそと携帯電話を取り出して、彼はもう一人の従兄弟のアドレスを呼び出す。電話は数回のコール音を繰り返して繋がった。突然だからどうかなと思いながらピクニックに誘うと、実験中のはずの従兄弟はすぐにそちらに向かうと言って、電話を切った。きっと本当に急いでこちらに来るのだろう。彼はその様子を思い浮かべ、嬉しそうに笑う。
久しぶりに三人揃っての休日だ。
「弁当は三人分で良いんだな」
「うん」
キッチンから聞こえてくる、呆れるような従兄弟の確認の声に、彼は元気良く返事を返した。
(2006.2.18)
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