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昏い海原を月光が照らしている。
浪は規則正しく打ち寄せて、防波堤を洗っていた。青よりも黒に近い海の色は、淀んだようなもったりとした質感で、あの島の海とは似ても似つかない。
頬を撫でる湿気た生暖かい潮風も、からっとしていた南国の風とは違っていて、記憶を呼び起こすまでも無いはずなのに、ただ海の先にはあの子供達がいるのだろうかと思うと、いつも何となく自然に足が向いた。


交渉先に用意された豪奢な部屋で彼がネクタイを緩めてから隣の部屋を訪れると、予想通りそこにいるはずの従兄弟の姿は無かった。
乱雑にベッドに投げ出されたコートを拾うと、まだぬくもりが感じられた。窓辺に設置された丸テーブルのグラスの底にはわずかにアルコールが残っている。横のボトルは封を開けたばかりらしく、三分の一も減ってない。
つい先ほどまで部屋にいた気配は濃厚に残っているのに、従兄弟はどこに消えたのか。考えるまでもなく行き先の見当をつけた彼は、しばらく迷った後、コートを半分に折りソファの背にかけて長い溜息を吐いてから従兄弟の後を追った。
遠征中に時間が空くとふらっと出かけることは多々ある。
市民の生活をこの目で見たいと言うのが主な理由で、それはとても大切なことだと彼も分かっていたが、もう少し自分の立場を考えて自重して欲しかった。偵察ならば部下が十分に行っているのに、何事も自分でしなければ気がすまない従兄弟らしいといえば従兄弟らしいが、いくら護衛など必要の無い力の持ち主だとは言え、どこで命を狙われているかわからない身の上でそう軽々しく外出するのは補佐官として止めたいところだった。
せめて一言告げてからくれ、と苦言を呈した結果、彼には行き先を告げてから出かけるようになった。心配をかけていると言う自覚はあるらしい。治安が悪い国ならば意地でも阻止するし、そうでもない国ならば渋々送り出す。彼も時間が合えば一緒に出かけ、それはそれで新たな発見があり有意義なものだった。
だが今回のように沿岸の国を訪れた時は話が別だ。従兄弟は彼に行き先を告げることもせず、むしろばれないように慎重に夜更けに外出する。
最初不意にいなくなった従兄弟を探して海辺で発見した時、浜辺に佇む従兄弟を見て身体が固まってしまい、結局彼は声をかけることなくその場を去った。懐かしい目をしながら海を見つめる従兄弟は、何者をも拒んでいるように思えて、一番近しいはずの自分をも立ち入れない部分があると思い知らされ、彼は嫉妬のような敗北感のような感情を味わった。
その感情はやがて焦りに変わり、海で懐かしむ様子を目にするたびに、あの島を忘れられない従兄弟とそれを許せない自分自身に怒りが湧いた。
あの島の生活で従兄弟がどんなに救われたのか、それは彼が一番良く知っているはずだった。島で味わった喜びも悲しみも、従兄弟の感情の機微はその体内で、まさに手に取るように感じられていた。だからこそ、別々の肉体を得た現在、従兄弟が何をどう感じているか見通せないことが歯痒く、海を見つめながら何を考えているか分からないからこそ余計不安になる。

「冷えるぞ」
案の定海辺にぼんやりと立っていた従兄弟は、彼の声にびっくりしたように振りかえり、ばつの悪そうな表情を浮かべた。生ぬるい潮風は冷えるどころかむしろ汗ばむほどで、彼が迷った末に発した言葉は場違いなものだった。
「ばれたか」
従兄弟は苦笑いをしながら、再び海に目をやった。つられて彼も海を見る。
お世辞にも綺麗とは言えない色をした海は、木片や海草が漂っていて、数センチ先も見通せないくらい透明度が低い。共通点は凪いだように穏やかに響く波の音だけで、白い砂の代わりに護岸工事を施されコンクリートで固められた海岸は、彼の目からも酷く窮屈そうに思えた。
「お前の行く先くらい見当はつく」
こんな海にまであの島を重ねるほど、従兄弟は帰りたいのだろうか。
そんなことを考えながら、彼は従兄弟の横に立った。夜の海岸は月の光だけが頼りで、白い光は従兄弟の横顔を浮かび上がらせるには少々心もとない。
「悪ぃ」
しばらく無言で海を見ていると、潮騒にかき消されるほどの小さな声で突然従兄弟がぽつりと言った。この謝罪は、黙って出かけたことに対してだろうか、それとも海辺に向かわずにはいられない自らが抱え持つ郷愁に対してだろうか。
恐らくは後者だ。黙って出かけたのはむしろ自分に対する気遣いだと、彼は分かっている。従兄弟は彼の内心の不安にとうに気付いており、彼も従兄弟に不安を悟られていると気付いていた。
「謝るな。別に悪いことじゃない」
特に誰が悪いと言う事柄ではない。
どちらかに非があるようなことならば、早々に決着は着いていたはずだろう。島を懐かしむ従兄弟の想いも、従兄弟をこちら側に引き止めておきたい一族の人間の想いも、どちらも打算や思惑とは異なる自然な感情だった。
だからこそ、この問題を解決する方法が見つからない。
罪悪感を滲ませながらそれでも尚、海を見つめる従兄弟の横で、やり場の無い感情を抱えながら彼は足元の小石を蹴る。
ぽちゃんと音を立てて落ちた石の刺激で黒い海面に夜光虫の青い光が浮かび上がり、やがて消えていった。

(2006.6.20)

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