(お題「嘘つき」のグンマ視点)
この従兄弟は判り難いようで、判り易い。
総帥と言う立場からかポーカーフェイスはお手の物なんだろうけど、親しい人にしか分からない程度にどこかに綻びがある。元々感情の起伏が激しいほうだとは思うので、ちょっと気を付けて見てみると、意外なほど簡単に感情を読み取ることが出来る。
そんな従兄弟が、日夜世界中を飛び回って、恐らく数段も老獪な偉い人達を相手に交渉しているかと想像すると、時々大丈夫なのかと心配になる時もある。
この従兄弟は、嘘の吐けない人だと思う。
「何かあったの?」
総帥室に入るなり、血色の悪い憔悴しきった表情で迎えられ、思わずその顔を覗きこんだ。
「何でもねぇよ」
返ってきたのはそっけない返事だったけれど、今回の遠征先で何かあったんだとすぐ分かった。人を殺さない、と言う目標を掲げているとは言え、従兄弟の行く先は戦場で、敵も味方も一般市民も死者を出さないと言うのは、とても難しいことだと思う。ある程度は仕方ない、で片付けることの出来ない性分の従兄弟は、その度に酷く落ち込む。その癖、絶対に弱音を吐いたり愚痴を言わない。これも生まれ持った性分だ。
感情を言葉になおして誰かに話す。それによって立ち直ると言う方法もあるのに、いつまでも抱え込んで自分を責めている。
「またそうやってシンちゃんは…」
全部自分で背負おうとする。
そう言おうとして言葉を切った。どうせ言っても天邪鬼だから否定するに決まってる。本当に、たまには頼ってくれても良いと思う。もう一人の従兄弟と違って一緒に戦場に出ることはないけれど、それだからこそ話せる内容もあるはずだ。
非難を込めた目つきで睨んでいると、くすりと笑われてしまった。睨んでも効果のない頼りない外見は自覚しているけれど、心配しているのに笑われてはさすがにちょっと面白くない。それでも笑顔を浮かべてくれたことに安心した。
「何だよ」
「何でもない」
むくれていると、苦笑混じりに訊かれたので、さっきのお返しと言わんばかりに返事を返した。
そこで本来の目的を思い出したので、手にした研究報告書を渡す。専門用語や数値の多い報告書は、専門外の人には分かり難いので、いつ質問されても良いように、読み終わるまで部屋で待機する。大体いつも来客用のソファに座って時間をつぶすのだけれど、今回は思うところがあったので、従兄弟の背後に回った。
従兄弟は訝しげにちらっと視線を寄越したけれど、すぐに書類に目を通し始めた。後ろから眺める従兄弟の背中は広いけれど、どこか緊張していて強張っている。見ていられない。報告書に集中している隙をついて、従兄弟に腕を回して抱き締めた。
「ホント何なんだよお前…」
案の定、呆れたような声が耳のすぐ横から聞こえてきた。
「何でもないよ」
そう答えながら回した腕に力を込める。軽く腕を叩かれ放すように促されたが、「良いの」と流す。
「だって今は僕の方がお兄ちゃんだもん、甘やかさせてよ」
誕生日を向かえたのはつい先日で、従兄弟の誕生日までの数日間は、一応こちらの方がひとつ歳上と言うことになる。理由がないと甘やかさせてくれない従兄弟には、苦しいけれどわりと良い言い訳だと思った。
「どういう理屈だよ、そりゃ」
「お兄ちゃんって呼んでくれたら放してあげる」
「ぜってーやだ」
軽口を叩きながら、従兄弟を抱き締める。もしも、もっと歳上だったら、色々話してくれただろうか。いや、この従兄弟のことだから、やっぱり何もかも自分の胸の内に溜めてしまうだろう。吐き出せるのはあの子の前くらいかも知れない。
「ねぇシンちゃん…」
この場で言わないといけないような気がして、肩に顔を埋めながら出来るだけさりげなく伝えるために口を開いた。柄にもなく少し緊張する。
「だから何だって」
「僕はずっとここにいるからね」
だからここにいて、とは言わない。
純粋に本心から出た言葉でさえも、本来は生きて行きたい場所があったはずの従兄弟は、それに縛られてしまう。だからその言葉は飲み込んで、胸に仕舞って秘密にしておく。
「ばーか。知ってるよ」
耳に聞こえたのはやさしい声で、抱き締めた背中の緊張がほぐれるのが分かった。
本当に、この従兄弟はほっとけない。
(2006.5.23)
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