外の空気を吸いに、久し振りにお散歩なんてものをしてみた。
当ても無くただ気ままにぶらぶらと歩いていく。
でも一つだけ後悔した。
白衣、脱いでくるんだったよ…。
5月も半ばになると、太陽が出ている時間は夏の気配を感じる熱が空気の中に充満していて暑い。
ここで脱いで簡単に畳んで手に持てばいいかな…なんて思いながら進める足は止めずに散歩を続けていたら、
広大なグラウンドが見えた。
ガンマ団員の運動場……だったっけ?
ボクは使用した事ないけど、確かそう聞いた事あるような気がする。
結構遠くまでお散歩してたみたい。
そろそろ戻ろうかなぁって思ったけど、グラウンドで誰かが居るのに気付いて顔をそっちに向けた。
ランニングシャツに紺色の短パン、それからランニングシューズ姿でストレッチをしている。
小走りで彼の傍に近付いた。
「何してるの?シンちゃん」
「グンマ?珍しいな。オマエがここら辺にくるなんてよ」
「ちょっと散歩してたの。それでシンちゃんは何してるの?」
汗一つ全くかいてないから、過去形じゃなくて未来系で問いかけた方が良かったかも。
「今度の第七十七回・ガンマ団全員長期リレーの為の特訓しようと思ってさ」
七十七回って言うけど、実際そんなにやってるのかなぁ?
少なくともボクは一度も参加した事がないよ?
やりたくないからもあるけど、リレーって士官学校時代―――ボクとシンちゃんが学部が違ったけど。
シンちゃんは戦闘部隊系でボクは研究・開発部系―――は、体作りの時間………一般の学校でいうところの体育ってのかな?
……の時何度かやらされたけど、最高で1200メートルリレーだった。
今回のは、青の一族主催の元行われる大規模なもので、上位入賞者へのご褒美も凄いらしいけど、走る距離も凄いみたい。
50キロ………って聞いたのは気の所為にしたいよ…。
ボクの記憶だと、青の一族主催のリレー大会は今回が初めてだと思う。
「今年からシンちゃんの意向で全員強制参加になったよね。ボク、走るの苦手なのに~…」
「少しは日を浴びて健康的な事をしろって。いっつも開発部に篭もってたら苔生えてくるぞ苔!」
「こ、苔はないよぉ~!」
言い方ちょっと酷いョシンちゃん~!
「だったら文句言わねえで意欲的に参加しやがれ!コタローだって参加するんだぞ!!」
う…、怒鳴らなくてもいいでしょお~…。
ちょっぴり涙目になりつつ、話しながらストレッチを終えたらしいシンちゃんと、近くに置いてあるアイスボックスやタオルの山とか、
多分リレーの特訓に必要なものが幾つか置かれているのをちらりと見る。
想像するに何時間も特訓する気みたい。
「それにしてもシンちゃんやる気満々だね。シンちゃんなら特に練習しなくても上位に入れると思うけど…」
ボクと違って、昔からシンちゃんは運動神経抜群だから。
総帥に就いてからは昔ほど体を動かす事はなくなったけど、時々キンちゃんやジャンさんと組み手をしてるみたいだし、
総帥自らが戦地に赴いたりもするからそんなに身体が鈍ってもいないと思う。
「一位にならなきゃ意味ねえんだよ」
「それって…、総帥としての威厳をかけて?」
シンちゃんの瞳の色が余りに強くて、ボクは少なからず不安で哀しくなった。
けどそれは殆ど杞憂だったみたい。
「も、あるけど、キンタローと賭けしてるんだよ」
「賭け?」
まさか……、シンちゃんまでハーレム叔父様みたいに賭け事好きになったのかな。
親戚二人が賭け事に夢中になった果てに破産、なんて未来は嫌だよぉ~…。
「一位になった方が負けた方のいう事1つ聞くっていう賭け」
なんだ、金品絡みじゃないんだ。ちょっとほっとした。
「で、二人とも何をお願いするかもう決めてるの?」
「多分ナ」
「多分?」
「オレはもう決めてるけどよ、キンタローのは聞いてねえしオレも自分のを話してない」
「ふーん。当日ゴールした後のお楽しみって事だね」
まァな、とシンちゃんは笑ってつま先で地面を軽く蹴った。
「んじゃ、ちょっくら走ってくるぜ!」
シンちゃん凄いワクワクしてる。
自分が一位になるって信じて疑ってないんだ。
その自信が凄く羨ましくて、眩しい。
信じていてでも自信に溺れる事無く努力も決して怠らない従兄弟を、ボクが密かに誇りに思ってるんだよ、知ってる?
……でも、シンちゃんとキンちゃんの賭けって…………
「意味あるのかなぁ…」
「は?」
走り出そうとするシンちゃんに背を向けての小さな呟きが聞こえたのか、聞き取れなかったのか、
シンちゃんが素っ頓狂な声を出して振り向いた。
ボクも一度だけ振り向いて、「無理しちゃ駄目よ」って声を掛けて、それっきりでその場を後にした。
二人の賭けは無意味じゃないのかな。
だってボクには、シンちゃんとキンちゃんがお互いに何をお願いするのか、分かっちゃてるもん。
言うとシンちゃんきっと怒るから言わないけど、賭けにはならないよ。
どっちが勝っても結果は同じ賭けなんてさ。
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悪い事は立て続けに続くと聞くが、迷信だと疑わない。
例えば昨夜の後、シンタローと些細な事で小競り合いになり、シンタローを怒らせたまま睡魔に負けてそのまま寝てしまったのだが、
朝起床してから昼過ぎの今まで特別支障はなかった。
だから…………油断していたのだと思う。
昨夜喧嘩したまま寝別れてしまった為か、総帥室に訪れた際のヤツの態度は傍目からも分かるほどオレに距離感を置いていた。
ただ、どうにもおかしいのだ。
怒っているというよりも、例えるなら何か悪い事でもして何時親にばれるかビクビクしている子ども、又は、
何か伝えたい事があって伝えられないもどかしさを抱えている………そんな風に見えた。
どちらにせよ、シンタローはオレに何かを隠している事だけは確信した。
だが今はまだ問い詰める時期では無いのかもしれない。
昨夜も小さな事で小競り合いになったんだ。
真相を確かめるのは今夜まで待ってみてもいいのかもしれない。
そう一人で結論をつけた時、シンタローに名前を呼ばれた。
「何だ?」
「あ、あの………よ……。あ………え~………と」
シンタローらしからぬ歯切れの悪い反応に眉を顰める。
大の男に使うべき表現ではないだろうが、顔を真っ赤にしてもじもじとしている。
視線はオレを見ず、逸らしてばかりいる。
「だから何だ?」
キツイ口調にならぬよう、出来るだけやんわりと聞いてやる。
シンタローは暫く、あーだとうーだの呻いていたが、やがて小さな声で話し始めた。
「あの……な。落ち着いて聞いて欲しいんだよ…」
「安心しろ。オレは十分落ち着いている」
寧ろお前の方が十分落ち着いていない。
「え………と……、その、ほら、オレ達付き合って…結構経つだろ?で、夜もやる事してるしさ…」
「そうだな。もう年数を数えるほどの付き合いになっているな」
しかしそれがどうしたと言うのだろうか?
今更付き合ってるだの夜はどうだの。
心の片隅で疑問を感じているオレに気付いているのかいないのかシンタローは搾り出すように本題へと近付いていった。
「だから……さ。オレ、………………出来ちゃった、みたいなんだよな」
「?」
ただ“出来た”だけでは分からないぞ。何が“出来た”んだ。
ぎゅむ…ッ
突然シンタローが抱き付いてきた。
一体何なんだ?
「シンタr「子ども」
オレの言葉はシンタローの一言に上書きされてしまった。
…………………………子ども?
子どもがどうしたと…?
「子どもが出来ちまったみたいなんだよ。オマエと、オレの」
「――――――――」
世界が、固まった。
シンタローを身体から離し、肩を掴んで視線を合わせた。
「ちょっと待て、シンタロー。子どもと言うのはその、オレとオマエの…?」
「だからさっきそう言ったじゃねえか」
いや、だが子どもが出来ると言うのは女性の身体のみ行える奇跡の生成で、シンタローは男だ。
確かに夜に行っているソレは本来子孫繁栄の為のものだ。
だが男同士のオレ達には無関係だと思っていたというのに…、シンタローが身篭っただと…?
「産んじゃ、駄目か?」
シンタローの声のトーンが下がる。
瞳は不安の色に沈み、オレに拒否されたと落胆しているようだった。
「確かに男が………しかもガンマ団の長が身篭るなんて世界に知れ渡ったらどれだけ団にマイナスを与えるか知れない。
けど、オレは……」
「シンタロー」
「!?」
もう一度再び、今度はオレから抱き締めた。
「産め。…………いや、産んで欲しい」
「………マジ、で?」
「ああ、オレもそれを望んでいる」
ほっと安堵した溜息が胸の辺りから漏れた。確かにこれからオレ達に起こる障害は山積となるだろう。
だが、それでも守ってみせる。シンタローと、未だ見ぬオレ達の子を。
「という訳で、高松、妊婦……いや、妊夫と言うべきか…?……にシンタローがなったのだが、オレはどうするべきだろうか」
身篭ったシンタローは恐らく通常とは心も身体も変わってしまうのだろう。
しかしその方面の知識が今まで無かったオレが頼る先は、シンタローとキンタローの出産に立ち会った高松。
彼の腰を下ろす医務室にすぐさま駆け込んだ。
シンタローが身篭った話を一通り話し終えるオレに、高松が何故か冷や汗を流して苦笑していた。
「キンタロー様。そのシンタロー君から先程内線がありましてね……」
「シンタローから?高松にか?」
「はい…。あの………非常に質の悪いご冗談を、シンタロー君も思いついたみたいですね…」
何を言っているんだ?高松の言わんとする事が分からない。
「“キンタローに言っておけ。男が孕むか馬―鹿!”
……………以上がシンタロー君からの内線内容、です。喧嘩でもしたんですか?お二人共」
……………………………………………………………
…………………………………
……。
「シンタロォォォぉぉぉおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!!!!!!!!!」
コタローがおやすみなさいをしに来た。
この天使の笑顔(パジャマ姿で更に良し!)で「おやすみなさい」と言われる夜はぐっすり安眠出来るってもんだぜ。
何時もはその後直ぐに親父やグンマやキンタローのトコにも寝る前の挨拶をして回るんだが、
「絵本を一冊読んでやるよ」と誘ったら喜んで好きな絵本を抱えてオレの膝に飛び乗った。
その為絵本一冊分、他の連中に「おやすみなさい」をするのが遅れたが…。
コタローがふと質問をしてきたのは、絵本を読み終わって直ぐだった。
「ねえお兄ちゃん」
「なんだい?」
「グンマお兄ちゃんって、お酒いっぱい飲む人だっけ?」
「は?………あ、いや、アイツは酒に強くない筈だし好んで呑んだりするヤツじゃないぞ?……それがどうかしたのか?」
「うーん…」
オレの膝の上で足をぱたぱたさせながら子首を捻る。
「さっきね、ここに来る前にグンマお兄ちゃんと会ったの」
「どこで?」
「廊下で。お買い物しにお外に行ってたんだって」
へー、この時間に珍しい。
「いっぱい色んなお酒を持ってたよ。ビニール2袋に窮屈なくらい」
グンマが、酒を沢山……?
「他には何か買ってなかったか…?」
う~ん、と唸りながらコタローが数十分前の記憶を手繰り寄せると首を横に振った。
「お酒だけじゃなかったかなァ。お菓子とか無かったと思う。珍しいよね~、グンマお兄ちゃんがお酒あんなに買い込むなんてさ」
コタローを部屋まで送ったその足でグンマの部屋に走った。
嫌な予感が心臓を揺さぶる。
途中で多分自室に戻るところだろうキンタローと角で衝突しかけた。
短く謝って走り去ろうとしたが、手首を掴まれた。
「待て。どうしたんだ。何かあったのか?」
「離せってッ。グンマの様子がおかしいみてぇだから様子見に行くんだよッ」
「グンマが?」
どう変なのか問い詰められる。
説明するまでこの手は離してもらえそうに無いな。
仕方なくコタローから聞いた話をそのまま聞かせる。
伝え終わってまた走り出そうとするオレを、再びキンタローが引き止めた。
「オレも行こう」
「え、何で」
「オレも何かが引っ掛かる」
グンマの部屋に着くのに1分も掛からずに着くが、戸はビクともしない。
「鍵が掛かってやがる…ッツ!!!」
「夜は皆そうしてるだろう」
キンタローの言葉を無視して戸を乱暴に叩くが、中から反応はない。
ドンドンドン!!!!!
「グンマ開けろ!」
「中に居ないのか…?」
キンタローが不信がるが、グンマは絶対中に居る。
グンマがこの時間に行くとすれば自室か開発室くらいだが、コタローが見た大量の酒を開発室に持っていくとは考え難い。
酒を呑む誰かの使いってのも考えたが、グンマに酒を、しかも大量に頼むヤツはいないだろ。
ハーレムでも使いなら特戦部隊の誰かにやらせるだろうし、親父は酒の種類にかなり拘っていやがるから、
呑むのは特注ばかりでどこかの店で買ってくることはない。
まさかあの過保護ドクターがグンマに大量の酒を買わせるってのは間違いなく無い。
グンマは、この部屋に居るッ。
「ちっ…!面倒くせェ……………眼魔砲ッッツ!!!!!!」
至近距離から放ち、扉を吹き飛ばした。
目的は扉の破壊だけだから威力は微小だ。
キンタローの呆れたような溜息を無視して入るが、部屋には明かりが点いていない。
グンマは居た。
寝ていない起きている。
けど……
小さくパチンと音がして照明が点く。
キンタローが明かりを点けたのは振り返らなくても分かる。
明るくなった部屋。
ベットサイドのにグンマは座り込んでいた。
……………………………………大量の酒ビンに囲まれて。
「きゃはははははははは☆☆☆♪♪♪」
「ゲッ!?」
「グンマ…!?」
「シンちゃんキンちゃん今晩はぁ~!もー駄目だよぅ☆扉壊しちゃ!」
顔だけじゃなく体も真っ赤になって、グンマが壊れたようにケラケラ笑い続けていた。
空になっている酒ビンが数本。
オレやキンタローならともかく、グンマが飲みきれる量じゃない筈。けどここにはグンマしか居なかったなら……。
「グンマ…、まさかここに転がっている酒、全部オマエ1人で呑んだのか…!?」
「そうだよう!他に居ないでしょ?うふふふvvだってシンちゃんもキンちゃんもぉ~、ボクを放ったらかしにして遊んでくれないしぃ!
うぷぷ☆☆いーっぱい呑んで元気はつらつー!になろーっと思って!」
「あ…」
「…………」
キンタローと二人して声が詰まった。
そう言えばキンタローと恋人になってから、仕事でもプライベートでもグンマと距離が開いていたのに気付かなかった。
キンタローはオレの補佐になる前はグンマと高松の保護の下に科学の道を歩んでいたが、
俺のパートナーになってからは開発部に顔を出す機会は極減していた。
オレはキンタロー以上にグンマと話す機会が減っていた。
ガキの頃はよく一緒に遊んでいたのに…。
時々夜のお茶会にオレもキンタローも誘われるが、夜は恋人の時間を優先してしまい構ってやれなかった。
グンマはかなり寂しがり屋だ。
甘えん坊のように見えて、本当に寂しい時に寂しいと言わない。
「お酒呑んだらぁ!ぱーって楽しく可笑しくなれるってゆーから♪いーっぱい呑んでみましたぁ☆」
わーvと万歳してケラケラ笑い続ける。が、その身体が突然ぐらりと揺れる。
「おっと!!」
床に倒れる前に受け止めてやると、腕の中のグンマはもうさっきのようにケラケラ壊れたように笑ってはいなかった。
か細い声が声を紡ぐ。
「寂しかった……んだよぅ…」
迷子になった幼い子どものような声で、そのままズルズルと腕の中で崩れ落ちていく。
「シンちゃ……、キンちゃ……ん……。ボク、を……いてかな……………で……ぇっ」
そこまで言うとグンマは深い眠りについていた。
目元が赤いのは酒の所為だけじゃないのは、涙の跡を見れば分かる。
ふ、と息を吐き出す。
オレ自身への呆れ故に。
「…グンマに悪い事をしていたな」
キンタローも屈みこみ、グンマの寝顔を見つめながら頭を撫でた。
「ん…」
触れられた感覚でグンマの身体がぴくりと反応したが、それっきりで熟睡している。
まず起きはしないだろうが、起さないように慎重に身体をベッドに横たえて毛布を掛けてやる。
小さい電気だけを点けて、暫くグンマの傍に二人で居た。
「蔑ろにする気はなかったんだけどな…」
「だが、もしオレがグンマの立場だったなら……きっとオレも同じような事をしたかもしれない」
グンマとキンタローの立場が交換なんて普段なら有り得ないとおかしがるが、今はそんな気分になれない。
誘いを断る度に傷ついた目をしていたのを覚えている。
けど今までのオレは特に気にも留めなかった。
三時のおやつ時間にはコタローも交えて時々付き合ったが、それ程回数は無い。
今のオレにはキンタローというパートナーが居る。
けど、グンマには―――…。
「もっと、グンマの事もちゃんと見なくてはな」
キンタローがオレの肩を抱き寄せて呟くように言う。
「………そうだな。大切な家族だし、な」
キンタローの胸に頭を寄せる。
月が照らす部屋に大きな影が一つ。
オレとキンタローに包まれるようにグンマの影も重なっていた。
「………ん?アレ……?朝……?………~~~~~…ッッツ!!頭痛ぁ~…何でェ?ズキズキするよぉ~…ッツ」
聞き慣れた高い声に覚醒を迫られる。
目を閉じたままでも分かる白い光に、朝が来たのを理解した。
「…って、ええ!?何で!!!??何でシンちゃんとキンちゃんが一緒に寝てるの!?」
………左手が妙に温かいと思ったが、これはグンマの手か…。
「シンちゃんキンちゃん起きて起きて!!!」
「…………ん…」
オレの隣のグンマ……の更に隣から聞こえてくる小さな呻きは、グンマとは対照的な低い声音。
「………ああ、手を繋いで寝ていたのだったな…」
「だから何で!?――――――…!ってッ、頭痛いよぉ~!気持ち悪いよ~~~!!!」
ふえ~んと完全な二日酔いに泣き出すグンマを挟んで、オレもキンタローもやれやれと顔を見合わせて笑った。
賑やかな朝。
だるい。
苦しい。
熱い。
気分最悪。。。
食欲も無く、口にするのは水だけだ。
ピピピピ…
体温計を脇から出し、くらくらする視界で確認する。
「40度越えするかもな…」
見たら余計具合悪くなった気がする…。
風邪なんて久し振りにひいた。
ここ数年風邪知らずだったが、遠征先で貰ってきたのかもしれない。
先日まで抱え込んでいた仕事が一段落して保っていた気力が崩れたのかな…。
折角今日はオフデーにしようかと思ってたってのに、オレ専用の病室に閉じ込められてお流れだ。
せめて明日には簡単な作業をこなすくらいには回復してればいいが…。
明日の事に更に頭を痛めていると、控えめなノックが戸から聞こえてきた。
「どーぞー…」
自分でも情けなくなるくらいひ弱な声で入室を許す。
カチャリと金属音がして、ドクターがカルテらしきものを抱えて入ってきた。
グンマやキンタローの傍に居る時は鼻血噴出して変態入ってるが、こうして見ると医者の風格が色濃くなる。
「具合はどうですか?シンタロー様」
「さっき熱測ったら40度近かった……」
「高くなってますね。そろそろ薬を飲む時間ですが……………昼食、一口も口にしませんでしたね?」
1時間前に運ばれたお粥やらお吸い物やらヨーグルトやら林檎やらをトレイ一つに乗せた昼食が、全くの手付かずで置かれている。
「全く…。少しくらい口にしなくては薬も飲ませられませんよ?」
「食欲ねえんだよ…。食べたら吐きそうだ」
「我慢して少しは食べなさい。風邪をこじらせたいんですか?」
「う~~……」
「仕方がありませんね…。なら林檎は擦ってきますから………、それならなんとか食べられませんか?」
「頑張りマス…」
「全く。いい年した大人が手の掛かる…。ついでにコレ全部持っていきますよ。どうせ食べないんでしょ?」
力無く頷くと、ドクターはヤレヤレと肩を竦めて昼食の乗ったトレイを持って、一旦部屋を出て行った。
擦り林檎を何とか喉に流し込んで薬を飲む。
「ふぁ……。眠っ…」
薬の副作用の所為か日頃の疲れか高熱を発し過ぎな所為なのか睡魔に包まれ、逆らう理由も無くこの身を委ねた。
心地良く夢の中へと潜っていく。
次に目覚めるまで瞼は閉じられて開けられないだろう。
コンコン…………カチャリ…
もう半分以上夢の中に浸かっている最中にノックと僅かの間に戸の開く音が聞こえたが、
もう殆ど眠りに入っているオレは瞼を開ける事も声を掛ける事も出来なかった。
「シンタロー…?」
あー…、キンタローの声だ、コレ。
「寝ているのか……」
返事を返してやりたいが、身体は完全に眠りに入ったらしく、瞼すら開けない。
頭の隅っこギリギリでキンタローの声を拾うのが精一杯で、それももう睡魔に負けそうだった。
キンタローが来た事すら夢を見ているその一部で現実のものじゃない気もしてきた。
何かが額に触れる。
例えコレが夢だったとしても分かる。
この温かさはキンタローの手の平だ。
「かなり熱いな…」
閉じられた瞼に阻まれて顔は見えないが、深く眉に皺を寄せているんだろう。
額に乗せられた手は直ぐに離れ、直ぐ近くで水音がしたと思ったら、キンタローの手の平の代わりに冷たいものが置かれた。
ひんやりとした濡れタオルだな………冷たくて気持ちいい……。
「高松には風邪がうつるから来てはいけないと言われているから、見つかる前に帰るか…。シンタローも寝ているしな」
何だよ。もう帰るのかよ。
後一歩で完全に夢へと落ちる所を堪えてキンタローの声と気配を拾う。
まだ居て欲しい気持ちはあるが、オレももう完全に寝そうだし今度はキンタローに風邪がうるかもしれないしな…。
キンタローの気配が近付く。
…………?帰るんじゃないのか…?
耳元にキンタローの吐息が触れた。
「 」
一言そう言うと、気配は遠退き扉の向こうへ消えた。
それにしても………あの一言は効くなー…。
すげえ眠くて仕方が無いのに顔が緩みそうだぜ。
取り合えずもう眠りに全て委ねるとしますか。
キンタローが最後に残した言葉を思い出す。
大丈夫だ。絶対明日には何が何でも回復してやる。
絶対出来る自信がある。
キンタローの言葉で、オレは無敵になれる。
シンタローの髪に人工の…………けれどとても美しい花が咲いていた。
「シンタロー、それは何だ」
必須書類をオレの方で纏め、総帥であるシンタローに渡しに来て開けた総帥室の扉の向こうに、
日常的ではないものを見つけ、足が止まった。
見慣れた室内見慣れた男いつもの空気と……………………………………初見のオレンジ色の花。
それが花瓶に活けているのではなく、シンタローの髪に鎮座している。
振り絞った感のオレの問いに目線で気付いたのか、指でその花を軽く突っ突きながら話した。
「あー、これか。髪飾り。お袋の遺品だよ」
シンタローの話のよると、先日マジック叔父貴と一緒にコタローに母親の遺品を見せに行った時、見つけたものらしい。
他にも和装小物は多くあったがその中でマジックが一つ、シンタローに贈ったのが今コイツの頭に咲く人工の花。
白いファーに色彩抑え目のオレンジの花が二つ並べられ、花びらの中から真珠のような玉を並べた装飾がされている。
総帥服のシンちゃんに映えそうだから、とは叔父貴の談。
「それでオマエは叔父貴の言う通り付けている訳か…。意外だな」
意外と思うには二つある。
一つはマジックの趣味的な願いを嫌がりもせず引き受けた事。
もう一つは女物の飾りを嫌悪もせずつける事。
「一度は断ったさ。お袋の遺品だから大切に保管して置きてぇし、けど親父が煩くてさー。
じゃあ一度ならつけてもいいぜって言ったんだよ。別に女装してるって訳じゃねえし」
身に付ける事に嫌悪はないらしい。
……しかし……逆に楽しそうなのは何故なのか。
「眉間に皺寄せて………んなに変かぁ?」
「いや、似合うと思うが……」
「思うが?何だよ……」
ニヤニヤ笑いながらオレの様子を伺っている。
一体何だ…。
「男に花の髪飾りなど似合うものではないと思っていたが………そうでもないな」
グンマや子どものコタローもきっと似合うだろう。
サービス叔父貴も見た目の問題は全く無く、映えるだろうと思う。
「は~…」
シンタローが脱力したような盛大な溜息をディスクの上に吐く。
「どうした」
「つまんね~…」
は…?
「オレが期待してたのはそんなんじゃねーの!!」
期待…?もしかして……
「似合っている、シンタロー。可愛いぞ」
とでも言って欲しかったのか?
実際似合ってはいたし、可愛いと思ったのも本音だ。
「男相手に可愛いっつーのもなァ…。この場合キザかキモイだけだぜその台詞」
余計機嫌を損ねたのか…?
怒っていると言うよりは、期待外れと言った様子だ。
何が不満だと言うんだ。
「書類受け取ったからさっさと行きやがれ。仕事ちゃっちゃと片してこい」
シッシと追い払うように書類をパタパタさせて完全にそっぽを向いてしまった。
勝手に呆れられてるか怒られてるか、理由がはっきりしないので納得がいかず、オレまでイライラが蓄積していく。
「だから何なんだ。何かオレの言葉に失言でもあったのか」
口から出た声は少々怒気混じりだった。
もう一度深く長い溜息を吐いてシンタローが口を開く。
「ただ、オレはさ、オマエの驚く反応が見たかったんだよ」
あまりに小規模の願い。
たったそれだけで怒っているのかコイツは。
第一、最初目にした時驚いたと思うが。
「何時もは見せないお前の顔がもっと見れたら……って思って、こんなものつけて今日一日仕事してたってのに、
オマエは反応薄くてつけた意味なかった」
馬鹿馬鹿しかったと吐き捨てて髪飾りを外そうとするシンタローの腕を掴む。
「……なんだよ」
不機嫌さを隠さずにむっとした目を向けるシンタローの両手首を軽く掴んで、オレンジの花に口付けた。
「キンタロー…?」
「オレが常にオマエに対して強い興味を持つように、オマエもまたオレに対して同じなのだろう?」
ふっと微笑んで今度は瞼に口付けると、背中にシンタローの腕が回った。
「当然、ダロ?」
三度目のキスは熱情のキスへ……。
見せて欲しい 君の全てを
届けて欲しい 君の全てを
許して欲しい 求める自分を―――……