キンシン祭り!!
KILL LOVE 記念SS *10月11日にworks部屋に移動しました。
ボクの大好きな従兄弟たち 1
「えっ!ボクも一緒に行ってもいいの?」
グンマがあまりにも驚いた顔をするので、シンタローは返って驚いて呆れてしまった。
「なんで?グンマも温泉行きたいって言ってたじゃん」
帰宅したばかりで総帥服のままたったシンタローは、ポケットに手を突っ込んだまま少し首を傾げて不思議そうにしている。
シンタローはキンタローと昼間話していたときに、偶然温泉の話になった。
キンタローが日本の温泉宿に是非行ってみたいというので、3人でじゃあ行こうという話になり、帰宅してすぐグンマに提案したのであるが。
グンマはぽかーんと口まで開けて驚いている。
一緒に帰ってきたキンタローもグンマが驚いたことが意外だったようだが、黙って2人のやり取りを聞いていた。
「ううん。すっごく嬉しい!3人で温泉~!やった!」
しかしすぐにグンマは従兄弟同士3人で日本の景勝地にある温泉宿に行ける喜びが全身を支配したようだった。
わーいわーいと言って、まるで子供のようにぴょんぴょん飛び跳ねている。
「そこまで喜ぶことかよ・・・」
と、シンタローはわが従兄弟ながら子どもっぽい、と呆れ顔だ。
いつもは気難しそうな表情のキンタローも思わず笑みをこぼした。
***************
2週間後。
日本支部に寄る用事があったシンタローは、2人の従兄弟を伴って海辺に面した景勝地の高級温泉宿に休暇を過ごしに出かけた。
父親のマジックは別の用事で本部を離れるわけにはいかなかったので、若い従兄弟3人組だけの旅行となった。
と言っても運転手や側近は護衛のためついてきたが、部屋は部下と別々なのでプライベート旅行と言っても良いだろう。
「わあ、広ーい!」
女将に案内されて入った和室は、2間続きのかなり広い部屋だった。
窓の外には、なんと広大な美しい太平洋に向かって開放された露天風呂があった。
「うわ、ホントに開放的な風呂!気持ちよさそう~」グンマと共に一足先に入ったシンタローが、早速ベランダのように張り出した部屋つきの貸切露天風呂を見て興奮している。
2人のはしゃいだ様子に呆れつつも、部屋に入ろうとしてごち、と鴨居に頭をぶつけたキンタローは、自分と同じくらいの背丈のシンタローが無意識にかがんで入ったことを思い出して1人こっそり苦笑した。
さすがに女将が風呂や食事の時間などの説明をし始めると、2人とも露天風呂から戻ってきてきちんと話を聞いた。
「ありがとう。3日間よろしく」
シンタローが最高の笑顔で礼を言うと、長身の彼を見上げていた女将の頬がこころなしか赤くなった。
女将は最初に玄関まで迎えの挨拶に来た時、あまりにも見目の良すぎる3人組に見とれていたが、他の従業員の目が硬直したように3人に釘付けになっているのに気づき、すぐ気丈にも立ち直って賓客の案内をし始めたのだった。
(さすがシンちゃんだよね~。女将さんも目がハートになってる)
グンマはそんなかっこいい従兄弟たちが誇らしくて、内心うれしかった。
頬を染めた女将が部屋を去ると、「さっそく風呂入ろうかな~」と脱ぎ始めているシンタロー。
グンマはまだ着いたばかりなのにシンタローが本当に脱ごうとしているのに驚く。
「えっもう入るの??」
慌ててキンタローを見遣ると、彼もシャツのボタンを外しにかかっている。
「何回でも入る!夜は大浴場にも行く!」
シンタローは押入れから浴衣とタオルを取ると、キンタローにも渡した。
2人が入るなら自分も、と思いグンマもすぐ脱いだ。
正直言ってグンマは裸体を見られるのが恥ずかしかったが、2人は平然としている。
男同士だし、従兄弟同士だからだろうか。
外に出ると、秋口のため少しひんやりした。
思わず自分の体を抱きしめてしまう。
海から来る風が潮のにおいを運んでくる。
「うわー気持ちいい・・・」
シンタローが海に向かって伸びをしていた。
キンタローもやってくると、竹で出来たベンチに浴衣などを置いて先に湯に入った。
グンマも大の男3人、それもそのうち2人が190cm超だが余裕で入ることができる、部屋つきの風呂にしてはかなり大きな石の露天風呂に身を沈めると、その温かな湯に押し出されるようにふうーっと深いため息が出た。
シンタローは器用に長い髪をくるりとアップにすると海に近いほうに入り、へりに腕を上げて海を眺めていた。
太平洋は秋の陽の光を受けて穏やかな銀色に輝いていた。
空は秋らしくどこまでも高く、時折薄いうろこ状の雲が見えるくらいで、とても澄んでいた。
キンタローはシンタローの側に近づくと、海を見ながら温泉なんて不思議だな、と話しかけていた。
そうだよなー。すげえ気持ちいい。
シンタローも楽しそうに応えている。
確かに、潮騒を聞きながら掛け流しの源泉100%の風呂に入ることが出来るなんて、贅沢で気持ち良いことこの上がない。
シンタローとキンタローの広い背中を見ながら、グンマは2人についてきて本当に良かったと思う。
実はグンマは旅行を提案されたとき、温泉旅行なんてシンタローとキンタローの2人だけで行きたいのではないかと思ったので、自分を誘ってくれたことが意外で意外で仕方がなかった。
2人の従兄弟は、どうやらお互いに特別な感情を持っているらしかったから。
始めはあんなにキンタローがシンタローに噛み付いていたのに、徐々に競うように総帥と科学者として伸びていったからなのか、お互いをよきライバル、そしてお互いの能力を認め合い肩を預ける間柄になっていた。
また、2人がどこまで行っているかは不明だったが、非常に親密な関係になっていることにグンマも気づいていた。
2人はグンマには気づかれていないと思っているかもしれないが―。
しばらくすると、グンマは自分の白い肌がもうすっかり赤くなってしまっているのに気がついた。
普段湯船につかったりしないので、あまり長く入るのは得意ではないし、それに―。
「ボク、のぼせそうだから先に上がるね。少し涼みにお庭の散歩に行ってくる」
「おう」
シンタローもわずかに上気していたが、にっと笑ってグンマが部屋に入るのを見送った。
グンマは浴衣の帯を結びながら露天風呂に続く窓を振り返ると、相変わらず湯につかりながら海を眺めている2人がいた。
(こういうときは2人にしてあげたほうがいいよね)
羽織を纏い部屋を出ると、旅館を探検しながら、庭園を歩いた。
旅館は海の反対側には山が迫っており、頂上の方は赤く色づきはじめていた。
雲を頂いた雄大な美しい山々に囲まれ、海も眺めることができるこの旅館は最高の立地だった。
庭の池には無数の美しい錦鯉が優雅に泳いでおり、見たこともないような大きさの鯉もいた。
眺めていたら、着物をきた従業員の男性が鯉の餌をくれたので、礼を言って餌をまくと、黒い鯉がまっさきに飛んできてぱくりと大きな口で餌を食べた。
池のそばに茶屋風の和菓子を出してくれるところがあったので、しばらく座って抹茶と和菓子と鯉を楽しんだ。
キンシン祭り!!
KILL LOVE 記念SS *10月11日にはworks部屋に移動しました。
ボクの大好きな従兄弟たち 2
陽も傾いてきたので部屋に戻ると、もう少しすると夕食が運ばれてくるということだった。
2人とも湯上りにふさわしく浴衣と羽織姿で、シンタローは軽くアップにした黒髪の後れ毛が少し色っぽかった。
2人の様子をそれとなく伺うと、何も変わった様子はない。
ちょっとがっかりしたグンマは、ドアのノックの音に気を取り直した。
何人かの仲居が、次々と豪華な料理を運んできた。
大きなテーブルいっぱいに料理が置かれ、また中央には巨大な鯛の上に色とりどりの刺身が載った船盛が置かれる。
シンタローが皆の分ビールを注ぐと、「乾杯!」と言って杯を掲げた。
夕食はもう豪勢で素晴らしかった。
近海で獲れたという新鮮な海の幸や、山も近いこともあって豊富な山の幸が素材の味を殺すことなく調理され、美しく盛り付けられていた。
シンタローとキンタローは、一杯目のビールが終わると、すぐ冷酒の徳利を傾け始めた。
グンマは日本酒は得意ではなかったので、ビールをおかわりした。
「おいしいね~」
グンマは頬を真っ赤にしながら、にこにこと笑う。
シンタローとグンマが馬鹿話をしたり、キンタローをシンタローがからかってやり返されたり。
キンタローがグンマの発明をほめると、シンタローがデザインを笑ってグンマが怒る。
酒の勢いもあって笑いが止まらない。
グンマはだいぶ酔ってきて、なんだか自分が昼間2人に気を遣っていたのがばかばかしくなってきた。
こうしてグンマだけが気を遣っているのは不公平ではないか。
2人が関係をおおっぴらにしてくれれば、こちらだって態度のとり方を決めることが出来る。
2人を観察しているのも、疲れたし、もどかしい。
キンタローもシンタローも、だいぶ酒を飲んでいて特にシンタローは頬を朱に染めている。
キンタローはもともと酒が強いこともあって、あまり顔には表れないがそれでもいつもより饒舌だった。
皆酔ってるし、まあいいか、と意を決すると、「ねえ」と2人に声をかける。
「ん?」
と同時に振り返ったシンタローとキンタロー。
いつも息がぴったりだ。
「シンちゃんとキンちゃんってつきあってるの?」
できるだけ可愛らしく、聞いてみた。
「はあ!?」
あからさまに真っ赤になって、怒ったようにわめき出したのはシンタローだった。
キンタローはというと、頭が真っ白になったという感じで猪口を持ったまま硬直している。
「ん、なわけあるかっ!?なんでそうなるんだよっ!」
後れ毛を振り乱して、うなじまで真っ赤にして怒ったシンタローはグンマに手元にあったお絞りを投げつけた。
「ええっ違うの?だって仲良いから・・・」
お絞りが顔にもろにぶつかった。
グンマが意外そうに言うと、シンタローが膝立ちになってグンマをはたこうとしてきた。
「あーのーなあ!仕事で一緒にいるんだろうが!」
酔っているので手元が狂っているらしく、グンマでも簡単にその手を避けることができた。
まあまあ、とシンタローの猪口に酒を注ぎながら、グンマも微笑む。
「いいじゃん。ボクに隠さなくったってさー。ボク応援するよ?」
あくまでも聞き出そうと食い下がるグンマに、シンタローはぐいっと酒を飲んでから飛び掛った。
この、と技を掛けてこようとするシンタローに対し、きゃあきゃあとじゃれているようなグンマ。
まるで子どもの遊びだった。
しかし、今まで硬直していた男が、ここで立ち上がった。
「いや」
硬質で低音な声が静かに発せられると、ヘッドロックをかけていたシンタローとかけられていたグンマは声の主を振り返った。
ゆらりと、長身の金髪碧眼の男が近づいてくる。
ただならぬ雰囲気に2人が身を離すと、「どーしたんだ、キンタロー」と、シンタローが心配そうに見上げた。
キンタローがシンタローの話を否定した?
ということは、実は2人はつきあっている?
グンマの胸が高鳴る。
シンタローの側に立ち膝をしたキンタローが、何を言うのかと思ってグンマは固唾を呑んで見守った。
「オレはシンタローが好きだぞ」
「え・・・?」
シンタロー、グンマ、2人の声が重なる。
シンタローは信じられないといった放心した顔でキンタローを見上げている。
グンマは、驚きながらも、2人に気づかれないように少しづつ後ずさって距離をとった。
(そうか、まだ付き合ってはなかったんだな)
今まさにこの瞬間に立ち会ってしまったことに興奮を禁じえずにいると、キンタローがシンタローの頬に手を添えた。
そして。
キンシン祭り!!
KILL LOVE 記念SS *10月11日にはworks部屋に移動しました。
ボクの大好きな従兄弟たち 3
(わーっ!!キンちゃん!大胆過ぎ!!)
グンマは思わず顔を両手で覆うが、つい指の間から2人の様子を見てしまう。
「ん・・・っ!や・・・」
シンタローは驚いて逃れようとするが、キンタローは彼の後頭部に手を回し、またしっかりと抱きしめてしまって離さない。
「ぁ・・・ふ」
しばらくして、抵抗が弱まり、漏れる吐息が甘いものとなっていく。
(う・・・。シンちゃん、色っぽい・・・)
頬や少しはだけた浴衣の隙から見える胸元が桜色に染まっている。
小さい頃から見てきた従兄弟なのに、どきどきしてしまう。
(キンちゃん、キス上手いからなあ・・・)
なんでそんなこと知ってるかって?
ナイショ。
ようやくキンタローはシンタローを離すと、黒い前髪をかきあげてやった。
シンタローはすぐに恥ずかしそうにキンタローを非難するような目をした。
「お前はオレをどう思っている?」
キンタローには、グンマのことはおよそ眼中にないかもしれない。
真っ直ぐにその青い目でシンタローの黒い目を見つめるキンタロー。
生真面目な性格の彼が、冗談を言っているようには思えなかった。
「お前、酔ってんのか・・・?」
シンタローが半信半疑といった顔で困惑しながら尋ねる。
キンタローは青い目を少し見開くと、髪をかきあげて静かにため息をついた。
「酔っていないと言えば嘘になる。相当量の酒を飲んで少し頭もボーっとする。・・・でも前からお前が好きなのは本当だ。酒の力を借りていると思ってくれても構わない」
シンタローはその答えに、ようやく頭のてっぺんまで茹蛸のように真っ赤になった。
「オ、オレは・・」
シンタローは戸惑ったようにうつむく。
グンマからは表情は良く見えなかったが、心臓がどきどきしつつもグンマはなるべく気配を消した。
自分のせいでこの雰囲気をぶち壊したくはない。
「オレも、お前のこと、好きなんだと・・・思う。今わかった」
(やったね!!)
グンマは心の中でガッツポーズを作った。
キンタローは、ふわりと笑った。
「オレはお前の全てを支えて生きて行きたい。オレの一生は、これからもお前に捧げる」
「・・・」
見つめ合う2人の視界には、恐らくグンマは入っていない。
キンタローはさらに続けた。
「お前と分離してよかったと思ってる。こうして、抱きしめることができる」
腰が抜けたようになっているシンタローを、キンタローは力強く抱きしめた。
「おめでとうっ!!シンちゃん!キンちゃん!超お似合い~」
グンマはいよいよ自分はどうしようかと思っていたが、下手に気まずい思いをさせるのは嫌だったので、わざと明るく振舞った。
「乾杯しようっ!」
ビールの栓を開けて、2人にグラスを持たせるとなみなみと注いでやる。
嬉しくて仕方がなかった。
「グ、グンマ・・・」
恥ずかしい場面を見られてしまったとシンタローは青くなったが、キンタローはいたって平然としていた。
「はい、かんぱーい!」
グンマもキンタローもぐいっとビールを飲んだが、シンタローは固まっていた。
「もう、シンちゃん!いいじゃん。ボクだって、大好きなシンちゃんをどこの馬の骨とも知らない男になんかあげられないんだから。その点、キンちゃんだったら文句無く合格!お嫁に行って良いよ。って言っても家変わらないけどネ~」
「なんでオレが嫁なんだ・・・」
シンタローはがっくりとうなだれた。
そしてグンマはいそいそとフロントに内線電話をかけると、
「あ、すみませーん。ボクいびきがうるさいから他の部屋に寝たいんだけど、いいですか?はいお願いします」
と勝手にもう一部屋とってしまった。
「おいグン・・・」
シンタローが驚くが、グンマはシンタローの肩を叩いて笑う。
「いーの。ボクお邪魔虫になりたくないし。・・・それに」
「・・・それに?」
シンタローがきょとんと首をかしげた。
「ボク、キンちゃんとシンちゃんと一緒に旅行に来れただけですごいうれしいからいいの。だから、その、シンちゃん、キンちゃん、これからも時々は誘ってね。絶対邪魔しないから」
にこっと笑ったグンマに、シンタローは照れくさそうに笑った。
「・・・・おぅ」
「ああ」
キンタローも笑った。
「2人とも大好きだよ~。じゃ、ボクもう寝るからね」
従業員の男性が来たので、しばしのお別れと祝福の意味をこめて、グンマは1人ずつに抱きついてキスする。
そして荷物を持ってもらって部屋を去っていった。
シンタローは急に静かになった部屋で、ぽりぽりと頭を掻いた。
「あー・・・、オレたちももう寝るか・・・?」
隣の部屋にもう布団は3組敷いてあった。
「そうだな。これだけ酔っていると大浴場に行くのは危ない。明日にしよう」
キンタローは食事を下げるようにフロントに電話をすると、襖を開けた。
すぐに仲居らが来て、綺麗に後片付けがされた。
シンタローは自分が寝るかと言い出したにも関わらず、窓辺の椅子に座って暗い海を眺めていた。
背もたれの後ろに立つと、かがんで項にキスをした。
「う・・・。止めろ。ヘンな気になる」
「オレとしては歓迎だが?」
いつもの気難しそうな顔とも、また、さっきまでグンマといたときの顔とも違う、艶のある表情にどきりとする。
(オレってキンタローのこと好きだったんだ・・・)
結局おとなしく布団に入ったキンタローに妙な警戒心を抱きながらも、シンタローは自分の気持ちを再確認してまた赤くなった。
実は時々、キンタローに見とれていた。
キンタローは男の自分から見てもかなりの美形で男前だと思うし、いつも紳士的に振舞っているが、スーツの下に隠れた抑えた狂暴性がスリリングだった。
自分の気持ちを知って、戸惑う。
しかし、決して嫌な気持ちではなかった。
とりあえず一個あけて寝ろ、と言うと、3つあった布団の真ん中をおとなしくあけて寝てくれた。
それが残念なような、安心したような。
不思議で複雑な思いを抱えつつ、シンタローは今夜はよく眠れそうに無かった。
end
2へ
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KILL LOVE 記念SS *10月11日にworks部屋に移動しました。
ボクの大好きな従兄弟たち 1
「えっ!ボクも一緒に行ってもいいの?」
グンマがあまりにも驚いた顔をするので、シンタローは返って驚いて呆れてしまった。
「なんで?グンマも温泉行きたいって言ってたじゃん」
帰宅したばかりで総帥服のままたったシンタローは、ポケットに手を突っ込んだまま少し首を傾げて不思議そうにしている。
シンタローはキンタローと昼間話していたときに、偶然温泉の話になった。
キンタローが日本の温泉宿に是非行ってみたいというので、3人でじゃあ行こうという話になり、帰宅してすぐグンマに提案したのであるが。
グンマはぽかーんと口まで開けて驚いている。
一緒に帰ってきたキンタローもグンマが驚いたことが意外だったようだが、黙って2人のやり取りを聞いていた。
「ううん。すっごく嬉しい!3人で温泉~!やった!」
しかしすぐにグンマは従兄弟同士3人で日本の景勝地にある温泉宿に行ける喜びが全身を支配したようだった。
わーいわーいと言って、まるで子供のようにぴょんぴょん飛び跳ねている。
「そこまで喜ぶことかよ・・・」
と、シンタローはわが従兄弟ながら子どもっぽい、と呆れ顔だ。
いつもは気難しそうな表情のキンタローも思わず笑みをこぼした。
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2週間後。
日本支部に寄る用事があったシンタローは、2人の従兄弟を伴って海辺に面した景勝地の高級温泉宿に休暇を過ごしに出かけた。
父親のマジックは別の用事で本部を離れるわけにはいかなかったので、若い従兄弟3人組だけの旅行となった。
と言っても運転手や側近は護衛のためついてきたが、部屋は部下と別々なのでプライベート旅行と言っても良いだろう。
「わあ、広ーい!」
女将に案内されて入った和室は、2間続きのかなり広い部屋だった。
窓の外には、なんと広大な美しい太平洋に向かって開放された露天風呂があった。
「うわ、ホントに開放的な風呂!気持ちよさそう~」グンマと共に一足先に入ったシンタローが、早速ベランダのように張り出した部屋つきの貸切露天風呂を見て興奮している。
2人のはしゃいだ様子に呆れつつも、部屋に入ろうとしてごち、と鴨居に頭をぶつけたキンタローは、自分と同じくらいの背丈のシンタローが無意識にかがんで入ったことを思い出して1人こっそり苦笑した。
さすがに女将が風呂や食事の時間などの説明をし始めると、2人とも露天風呂から戻ってきてきちんと話を聞いた。
「ありがとう。3日間よろしく」
シンタローが最高の笑顔で礼を言うと、長身の彼を見上げていた女将の頬がこころなしか赤くなった。
女将は最初に玄関まで迎えの挨拶に来た時、あまりにも見目の良すぎる3人組に見とれていたが、他の従業員の目が硬直したように3人に釘付けになっているのに気づき、すぐ気丈にも立ち直って賓客の案内をし始めたのだった。
(さすがシンちゃんだよね~。女将さんも目がハートになってる)
グンマはそんなかっこいい従兄弟たちが誇らしくて、内心うれしかった。
頬を染めた女将が部屋を去ると、「さっそく風呂入ろうかな~」と脱ぎ始めているシンタロー。
グンマはまだ着いたばかりなのにシンタローが本当に脱ごうとしているのに驚く。
「えっもう入るの??」
慌ててキンタローを見遣ると、彼もシャツのボタンを外しにかかっている。
「何回でも入る!夜は大浴場にも行く!」
シンタローは押入れから浴衣とタオルを取ると、キンタローにも渡した。
2人が入るなら自分も、と思いグンマもすぐ脱いだ。
正直言ってグンマは裸体を見られるのが恥ずかしかったが、2人は平然としている。
男同士だし、従兄弟同士だからだろうか。
外に出ると、秋口のため少しひんやりした。
思わず自分の体を抱きしめてしまう。
海から来る風が潮のにおいを運んでくる。
「うわー気持ちいい・・・」
シンタローが海に向かって伸びをしていた。
キンタローもやってくると、竹で出来たベンチに浴衣などを置いて先に湯に入った。
グンマも大の男3人、それもそのうち2人が190cm超だが余裕で入ることができる、部屋つきの風呂にしてはかなり大きな石の露天風呂に身を沈めると、その温かな湯に押し出されるようにふうーっと深いため息が出た。
シンタローは器用に長い髪をくるりとアップにすると海に近いほうに入り、へりに腕を上げて海を眺めていた。
太平洋は秋の陽の光を受けて穏やかな銀色に輝いていた。
空は秋らしくどこまでも高く、時折薄いうろこ状の雲が見えるくらいで、とても澄んでいた。
キンタローはシンタローの側に近づくと、海を見ながら温泉なんて不思議だな、と話しかけていた。
そうだよなー。すげえ気持ちいい。
シンタローも楽しそうに応えている。
確かに、潮騒を聞きながら掛け流しの源泉100%の風呂に入ることが出来るなんて、贅沢で気持ち良いことこの上がない。
シンタローとキンタローの広い背中を見ながら、グンマは2人についてきて本当に良かったと思う。
実はグンマは旅行を提案されたとき、温泉旅行なんてシンタローとキンタローの2人だけで行きたいのではないかと思ったので、自分を誘ってくれたことが意外で意外で仕方がなかった。
2人の従兄弟は、どうやらお互いに特別な感情を持っているらしかったから。
始めはあんなにキンタローがシンタローに噛み付いていたのに、徐々に競うように総帥と科学者として伸びていったからなのか、お互いをよきライバル、そしてお互いの能力を認め合い肩を預ける間柄になっていた。
また、2人がどこまで行っているかは不明だったが、非常に親密な関係になっていることにグンマも気づいていた。
2人はグンマには気づかれていないと思っているかもしれないが―。
しばらくすると、グンマは自分の白い肌がもうすっかり赤くなってしまっているのに気がついた。
普段湯船につかったりしないので、あまり長く入るのは得意ではないし、それに―。
「ボク、のぼせそうだから先に上がるね。少し涼みにお庭の散歩に行ってくる」
「おう」
シンタローもわずかに上気していたが、にっと笑ってグンマが部屋に入るのを見送った。
グンマは浴衣の帯を結びながら露天風呂に続く窓を振り返ると、相変わらず湯につかりながら海を眺めている2人がいた。
(こういうときは2人にしてあげたほうがいいよね)
羽織を纏い部屋を出ると、旅館を探検しながら、庭園を歩いた。
旅館は海の反対側には山が迫っており、頂上の方は赤く色づきはじめていた。
雲を頂いた雄大な美しい山々に囲まれ、海も眺めることができるこの旅館は最高の立地だった。
庭の池には無数の美しい錦鯉が優雅に泳いでおり、見たこともないような大きさの鯉もいた。
眺めていたら、着物をきた従業員の男性が鯉の餌をくれたので、礼を言って餌をまくと、黒い鯉がまっさきに飛んできてぱくりと大きな口で餌を食べた。
池のそばに茶屋風の和菓子を出してくれるところがあったので、しばらく座って抹茶と和菓子と鯉を楽しんだ。
キンシン祭り!!
KILL LOVE 記念SS *10月11日にはworks部屋に移動しました。
ボクの大好きな従兄弟たち 2
陽も傾いてきたので部屋に戻ると、もう少しすると夕食が運ばれてくるということだった。
2人とも湯上りにふさわしく浴衣と羽織姿で、シンタローは軽くアップにした黒髪の後れ毛が少し色っぽかった。
2人の様子をそれとなく伺うと、何も変わった様子はない。
ちょっとがっかりしたグンマは、ドアのノックの音に気を取り直した。
何人かの仲居が、次々と豪華な料理を運んできた。
大きなテーブルいっぱいに料理が置かれ、また中央には巨大な鯛の上に色とりどりの刺身が載った船盛が置かれる。
シンタローが皆の分ビールを注ぐと、「乾杯!」と言って杯を掲げた。
夕食はもう豪勢で素晴らしかった。
近海で獲れたという新鮮な海の幸や、山も近いこともあって豊富な山の幸が素材の味を殺すことなく調理され、美しく盛り付けられていた。
シンタローとキンタローは、一杯目のビールが終わると、すぐ冷酒の徳利を傾け始めた。
グンマは日本酒は得意ではなかったので、ビールをおかわりした。
「おいしいね~」
グンマは頬を真っ赤にしながら、にこにこと笑う。
シンタローとグンマが馬鹿話をしたり、キンタローをシンタローがからかってやり返されたり。
キンタローがグンマの発明をほめると、シンタローがデザインを笑ってグンマが怒る。
酒の勢いもあって笑いが止まらない。
グンマはだいぶ酔ってきて、なんだか自分が昼間2人に気を遣っていたのがばかばかしくなってきた。
こうしてグンマだけが気を遣っているのは不公平ではないか。
2人が関係をおおっぴらにしてくれれば、こちらだって態度のとり方を決めることが出来る。
2人を観察しているのも、疲れたし、もどかしい。
キンタローもシンタローも、だいぶ酒を飲んでいて特にシンタローは頬を朱に染めている。
キンタローはもともと酒が強いこともあって、あまり顔には表れないがそれでもいつもより饒舌だった。
皆酔ってるし、まあいいか、と意を決すると、「ねえ」と2人に声をかける。
「ん?」
と同時に振り返ったシンタローとキンタロー。
いつも息がぴったりだ。
「シンちゃんとキンちゃんってつきあってるの?」
できるだけ可愛らしく、聞いてみた。
「はあ!?」
あからさまに真っ赤になって、怒ったようにわめき出したのはシンタローだった。
キンタローはというと、頭が真っ白になったという感じで猪口を持ったまま硬直している。
「ん、なわけあるかっ!?なんでそうなるんだよっ!」
後れ毛を振り乱して、うなじまで真っ赤にして怒ったシンタローはグンマに手元にあったお絞りを投げつけた。
「ええっ違うの?だって仲良いから・・・」
お絞りが顔にもろにぶつかった。
グンマが意外そうに言うと、シンタローが膝立ちになってグンマをはたこうとしてきた。
「あーのーなあ!仕事で一緒にいるんだろうが!」
酔っているので手元が狂っているらしく、グンマでも簡単にその手を避けることができた。
まあまあ、とシンタローの猪口に酒を注ぎながら、グンマも微笑む。
「いいじゃん。ボクに隠さなくったってさー。ボク応援するよ?」
あくまでも聞き出そうと食い下がるグンマに、シンタローはぐいっと酒を飲んでから飛び掛った。
この、と技を掛けてこようとするシンタローに対し、きゃあきゃあとじゃれているようなグンマ。
まるで子どもの遊びだった。
しかし、今まで硬直していた男が、ここで立ち上がった。
「いや」
硬質で低音な声が静かに発せられると、ヘッドロックをかけていたシンタローとかけられていたグンマは声の主を振り返った。
ゆらりと、長身の金髪碧眼の男が近づいてくる。
ただならぬ雰囲気に2人が身を離すと、「どーしたんだ、キンタロー」と、シンタローが心配そうに見上げた。
キンタローがシンタローの話を否定した?
ということは、実は2人はつきあっている?
グンマの胸が高鳴る。
シンタローの側に立ち膝をしたキンタローが、何を言うのかと思ってグンマは固唾を呑んで見守った。
「オレはシンタローが好きだぞ」
「え・・・?」
シンタロー、グンマ、2人の声が重なる。
シンタローは信じられないといった放心した顔でキンタローを見上げている。
グンマは、驚きながらも、2人に気づかれないように少しづつ後ずさって距離をとった。
(そうか、まだ付き合ってはなかったんだな)
今まさにこの瞬間に立ち会ってしまったことに興奮を禁じえずにいると、キンタローがシンタローの頬に手を添えた。
そして。
キンシン祭り!!
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ボクの大好きな従兄弟たち 3
(わーっ!!キンちゃん!大胆過ぎ!!)
グンマは思わず顔を両手で覆うが、つい指の間から2人の様子を見てしまう。
「ん・・・っ!や・・・」
シンタローは驚いて逃れようとするが、キンタローは彼の後頭部に手を回し、またしっかりと抱きしめてしまって離さない。
「ぁ・・・ふ」
しばらくして、抵抗が弱まり、漏れる吐息が甘いものとなっていく。
(う・・・。シンちゃん、色っぽい・・・)
頬や少しはだけた浴衣の隙から見える胸元が桜色に染まっている。
小さい頃から見てきた従兄弟なのに、どきどきしてしまう。
(キンちゃん、キス上手いからなあ・・・)
なんでそんなこと知ってるかって?
ナイショ。
ようやくキンタローはシンタローを離すと、黒い前髪をかきあげてやった。
シンタローはすぐに恥ずかしそうにキンタローを非難するような目をした。
「お前はオレをどう思っている?」
キンタローには、グンマのことはおよそ眼中にないかもしれない。
真っ直ぐにその青い目でシンタローの黒い目を見つめるキンタロー。
生真面目な性格の彼が、冗談を言っているようには思えなかった。
「お前、酔ってんのか・・・?」
シンタローが半信半疑といった顔で困惑しながら尋ねる。
キンタローは青い目を少し見開くと、髪をかきあげて静かにため息をついた。
「酔っていないと言えば嘘になる。相当量の酒を飲んで少し頭もボーっとする。・・・でも前からお前が好きなのは本当だ。酒の力を借りていると思ってくれても構わない」
シンタローはその答えに、ようやく頭のてっぺんまで茹蛸のように真っ赤になった。
「オ、オレは・・」
シンタローは戸惑ったようにうつむく。
グンマからは表情は良く見えなかったが、心臓がどきどきしつつもグンマはなるべく気配を消した。
自分のせいでこの雰囲気をぶち壊したくはない。
「オレも、お前のこと、好きなんだと・・・思う。今わかった」
(やったね!!)
グンマは心の中でガッツポーズを作った。
キンタローは、ふわりと笑った。
「オレはお前の全てを支えて生きて行きたい。オレの一生は、これからもお前に捧げる」
「・・・」
見つめ合う2人の視界には、恐らくグンマは入っていない。
キンタローはさらに続けた。
「お前と分離してよかったと思ってる。こうして、抱きしめることができる」
腰が抜けたようになっているシンタローを、キンタローは力強く抱きしめた。
「おめでとうっ!!シンちゃん!キンちゃん!超お似合い~」
グンマはいよいよ自分はどうしようかと思っていたが、下手に気まずい思いをさせるのは嫌だったので、わざと明るく振舞った。
「乾杯しようっ!」
ビールの栓を開けて、2人にグラスを持たせるとなみなみと注いでやる。
嬉しくて仕方がなかった。
「グ、グンマ・・・」
恥ずかしい場面を見られてしまったとシンタローは青くなったが、キンタローはいたって平然としていた。
「はい、かんぱーい!」
グンマもキンタローもぐいっとビールを飲んだが、シンタローは固まっていた。
「もう、シンちゃん!いいじゃん。ボクだって、大好きなシンちゃんをどこの馬の骨とも知らない男になんかあげられないんだから。その点、キンちゃんだったら文句無く合格!お嫁に行って良いよ。って言っても家変わらないけどネ~」
「なんでオレが嫁なんだ・・・」
シンタローはがっくりとうなだれた。
そしてグンマはいそいそとフロントに内線電話をかけると、
「あ、すみませーん。ボクいびきがうるさいから他の部屋に寝たいんだけど、いいですか?はいお願いします」
と勝手にもう一部屋とってしまった。
「おいグン・・・」
シンタローが驚くが、グンマはシンタローの肩を叩いて笑う。
「いーの。ボクお邪魔虫になりたくないし。・・・それに」
「・・・それに?」
シンタローがきょとんと首をかしげた。
「ボク、キンちゃんとシンちゃんと一緒に旅行に来れただけですごいうれしいからいいの。だから、その、シンちゃん、キンちゃん、これからも時々は誘ってね。絶対邪魔しないから」
にこっと笑ったグンマに、シンタローは照れくさそうに笑った。
「・・・・おぅ」
「ああ」
キンタローも笑った。
「2人とも大好きだよ~。じゃ、ボクもう寝るからね」
従業員の男性が来たので、しばしのお別れと祝福の意味をこめて、グンマは1人ずつに抱きついてキスする。
そして荷物を持ってもらって部屋を去っていった。
シンタローは急に静かになった部屋で、ぽりぽりと頭を掻いた。
「あー・・・、オレたちももう寝るか・・・?」
隣の部屋にもう布団は3組敷いてあった。
「そうだな。これだけ酔っていると大浴場に行くのは危ない。明日にしよう」
キンタローは食事を下げるようにフロントに電話をすると、襖を開けた。
すぐに仲居らが来て、綺麗に後片付けがされた。
シンタローは自分が寝るかと言い出したにも関わらず、窓辺の椅子に座って暗い海を眺めていた。
背もたれの後ろに立つと、かがんで項にキスをした。
「う・・・。止めろ。ヘンな気になる」
「オレとしては歓迎だが?」
いつもの気難しそうな顔とも、また、さっきまでグンマといたときの顔とも違う、艶のある表情にどきりとする。
(オレってキンタローのこと好きだったんだ・・・)
結局おとなしく布団に入ったキンタローに妙な警戒心を抱きながらも、シンタローは自分の気持ちを再確認してまた赤くなった。
実は時々、キンタローに見とれていた。
キンタローは男の自分から見てもかなりの美形で男前だと思うし、いつも紳士的に振舞っているが、スーツの下に隠れた抑えた狂暴性がスリリングだった。
自分の気持ちを知って、戸惑う。
しかし、決して嫌な気持ちではなかった。
とりあえず一個あけて寝ろ、と言うと、3つあった布団の真ん中をおとなしくあけて寝てくれた。
それが残念なような、安心したような。
不思議で複雑な思いを抱えつつ、シンタローは今夜はよく眠れそうに無かった。
end
2へ
君が待つ時間
オモテサンドウの喧騒の中でも、アイツの姿はすぐわかった。
駅を出てすぐのところにあるビルの1階に、こじんまりとした花屋がある。
その脇の壁に、もたれかかるようにして、手にした文庫本を読んでいるアイツを見つけた。
花屋には季節の色とりどりの花が、誇らしげに咲いている。
その中でも清楚な白いカサブランカがの隣に、キンタローはいたのだ。
金色の髪が、時折花を揺らすそよ風に揺らぎ、午後の日差しを、やわらかくはじいている。
皮のカバーをかけた本に視線を落とした顔は水面のように静かで、まるでそこだけ別世界のようだった。
(1人の時はあんな顔してるんだな)
その様子を少し遠くから眺めていたシンタローだったが、なんだか声をかけるのがためらわれた。
早く声をかけたい、という気持ちもあったが、なぜだろう、まだ少し離れたところからその一枚の絵のような姿を眺めていたいとも思った。
まだパプワ島から戻ってきた頃は凶暴で、手の付けられないような男だったが、徐々に落ち着き、その後必死で世界と向き合おうとしているその姿に感銘を受けた。
しかし、不幸にも青の秘石によって24年もの間シンタローに閉じ込められていた青年は、まるで子どものようで、シンタローは気になって仕方がなかった。
危なっかしいというか、なんというか・・・。
元々子ども好きなシンタローが、世話を焼きたくなるのも仕方がなかったかもしれない。
そんなキンタローがきちんと時間通りに約束の場所にいたことに、えも言われぬうれしさを感じるのは、親ばかみたいなもんだろうか。
今日は2人でグンマへのプレゼントを買いに来たのだった。
シンタローは髪を切る予定があったので、ついでに待ち合わせをしようと提案した。
まだ待ち合わせの時間には少しだけあったので、大人びたその姿を遠慮なく眺めていようかと思ったその時、どうやら先ほどから2人組でキンタローを遠巻きに見ていた女性が、「Excuse me...」と声をかけている。
(お、逆ナンパ?)
これは面白い展開になった、とシンタローは思わず駅の壁にそっと身を隠した。
さすがはオレの従兄弟、と思っていると、その10代後半から20代前半の女性二人は、なにやら一生懸命拙い英語で話しかけているらしい。
キンタローはふと顔を上げ、無表情だが、よく見ると幾分いぶかしげな顔をした。
(何言ってるんだ?)
残念ながら女性たちの声は途切れ途切れにしか聞こえなかったが、どう見てもあれはナンパだろう。
気配をなるべく消しながら慎重に近づくと、耳をそばだてる。
どうやら、英語でクラブに行こうと誘っているらしい。
「悪いが」
ずっと黙って聞いていたキンタローは突然口を開いた。
短いながらも、流暢で固い日本語が白人男性から飛び出したことに、女性たちはいささか驚いたようだ。
「今日は従兄弟と待ち合わせしている。他をあたってくれ」
無表情な青年は、とりつくしまがなかったが、それを聞いた瞬間シンタローはキンタローが自分を待っているのだということに改めて気がついて、妙な動悸が胸に湧き上がるのを感じた。
その動悸の正体がつかめず混乱する。
アイツはこの瞬間も、他でもない、自分を待っている。
そう思うと、何故か胸が切なくなった。
女性たちは残念そうにキンタローから離れ、シンタローのいる方向へ向かって歩いてきた。
「なんだ、日本語ペラペラじゃん」
「がっかり」
そう口々に言って雑踏の中に紛れていった。
女性たちの口ぶりに、あっけにとられて、人ごみの中に消えていくのを見ていると、
「いつまでそうしているつもりだ」
と、背後から声をかけられた。
「え゛」
バツの悪そうにシンタローが振り帰ると、いつの間にか近づいてきたのか、キンタローが腰に手をあてて立っていた。
少しあきれているような表情で、文庫本をカバンにしまっている。
「いやあ・・・。キンタローったらモテモテじゃんv」
こっそり見ていたのが恥ずかしくてごまかすように言うと、キンタローがふん、と鼻を鳴らした。
「知らない女に声をかけられてもうれしくない。・・・それより」
と、キンタローはシンタローのおろした黒髪の一房を手に取った。
「きれいになったな」
と、その髪を自分の顔に近づけ、口付けた。
その様子を見て、シンタローは真っ赤になった。
まずい。
身長190cm超の男2人が、屋外でこういう親密な空気を作っているのは、まずい。
我が家では馬鹿親父が異常なほど馴れ馴れしく、スキンシップ過剰なためか、キンタローもどうやら影響を受けてしまったらしい。
かと言って、親父にするみたいに邪険に払うとキンタローがしかられた犬みたいになるのは目に見えている。
どうも、コイツには弱い。
とりあえず、シンタローは平静を装うことにした。
キンタローがようやく髪を離すと、とりあえず目的の店まで歩こうとしてキンタローを促して歩き出す。
「どうしてすぐ声をかけなかったんだ?」
道々、キンタローは当然の疑問を呈した。
「いや、別に・・・」
キンタローの姿が見ていたかっただけ、とは恥ずかしくて口が裂けても言えなかった。
end
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一人の彼ら
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もともと一つだった彼らは、二つに分かれた。
広々とした窓から入る月明かりだけが、今、この部屋唯一の光だった。
その薄い光りの中で、部屋の中央に置かれたやたら大きなデスクに凭れるようにして座り込んだ男は、その大きな手を額において、ただ黙り込んでいる。
疲れからか目の下には薄く隈が見え、顔色は良くない。
不意に目の端から落ちそうになったものを拭って、男は舌打ちした。
何を弱気になっているのだと。
「何をしている」
突如扉が開いて、廊下の人工的な光りが部屋に差し込む。
何の遠慮もなくかけられた声に、男は振り返りもせず、吐き捨てるように短く答えた。
「なんでもねぇよ」
「そうか」
声をかけた方の男は、室内に一歩だけ入ったところで、それ以上踏み入れようとはせずに立ち止まる。
数秒して、機械仕掛けの扉は閉まり、部屋にはまた、月明かりのみが残った。
「何か用かよ」
出て行こうとも、何かを言い出すでもない彼に苛立ちを覚え、口調を強くして言う。
目線は、決して合わせない。
「いや……」
「じゃあ、もう行けよ」
否定を受け取り、そのまま退室を促しながら男は立ち上がり、窓の方へと歩み寄る。
窓際の小さなスイッチを押すと、開閉式の窓がほんの少し開く。
落下防止のため全開にはならないのだ。
「そうもいくまい」
夜風を受けてたなびく相手の黒髪とコートを見つめながら、扉側の男はそれに首を振る。
「はぁ?」
「なんでもないのに大の男が泣いているのを、放っていけというのか」
「…………」
黒髪の男は言い訳はしなかった。
この男にそんなことを言っても無駄だと思ったのだ。
大概の事は素直に受け止める彼だが、妙なところで鋭い。
「シンタロー」
「…………」
男は……、シンタローは答えない。
ただ、風を体全体で受けるように窓に向かって立ち尽くす。
「呼ばれたら返事をしないか」
「……お前にそう呼ばれるべきじゃねぇよ。俺は」
本物は『彼』だから。
透けるような金の髪と、空と海の中間の青い目を持った彼こそが本物の『シンタロー』だ。
自分の生きた二十と余年は決して偽りではないのだけれど……。
けれど自分は『シンタロー』であり、『シンタロー』ではない。
少なくとも、彼にそう呼ばれるべきではない。
「ならばどう呼べばいい」
「好きなように呼べばいいさ」
どうせ向こうからは見えないのだからと自嘲する。
「俺にふさわしい名前は、お前が決めればいい」
わざわざ言わずとも良い事を口に出す。
自分の存在を否定されたいのだろうか、とシンタローは頭の隅で思った。
「それでは同じだろう」
しかし、聞きえたのは予想された答え。
その名以外でなど、呼べはしないと。
誰もがそう言う。
「もういいだろう? 出て行けよ、もう平気だ『シンタロー』」
途端、何故か裏切られた気分になって、彼に当たるようにその名で呼んだ。
他の誰もが、自分を『シンタロー』だと言うから……。
彼だけは、否定してくれる気がしたのだ。
それでどうなるかなんて考えずに。
「お前こそ……その名で俺を呼ぶな」
声は明らかに不機嫌そうだった。
近づいてくる気配がしたが、気付かない振りをする。
真後ろに立たれても尚、顔をあわせることなく、シンタローは窓の外を見つめ続けた。
「俺は『お前(シンタロー)』ではない」
「なら、何て呼ぶ?」
引くに引けずに、半ばやけになりながら言う。
自分でも何に苛ついているか分からずに。
「好きなように呼べばいい。あの男が呼んでいた名もあるだろう?」
自分の言葉をそっくりそのまま返されたのが気に入らなかったのか、 シンタローの方から小さく舌打ちが聞えた。
「ドクターか?」
あの名でいいのかと聞き返すと、もうあれで定着しているらしいからいい、と返ってきた。
名前は一生ものだと言うのに、無頓着なものである。
「『キンタロー』、分かったから出て行けよ」
いい加減、一人になりたい。
嗚咽がまた喉元まで込み上げてくる感覚にシンタローは眉をしかめた。
「『シンタロー』」
真後ろのキンタローに『名前』を呼ばれたかと思うと、彼の腕に思い切り手首を捻り上げられた。
「ってぇな!!」
「何を苛ついている」
「誰がッ……! 放せよ!!」
「どうして泣いていた」
「うるせぇッ」
「何があった」
矢継ぎ早に続く遠慮のない言葉に、シンタローは彼を敵意も剥き出しに睨みつけた。
「てめぇにゃ関係ねぇよ。放しやがれッ」
それは残酷な言葉だったのかもしれない。
けれど逃れたい一心で、考えるまもなく吐き出した。
「確かに、俺とお前に正式な血縁や特別と言える関係はない」
手首を掴まれたまま、空と海の中間が、しっかりと正面からシンタローを捕えて放さない。
逸らすこともできずに見つめ返したその中には、彼自身が映りこんでいた。
「――――ッ」
「しかし、俺はお前『だった』」
もともと一つだった彼らは、二つに分かれた。
「俺たちはもう『一人』じゃないが、共にあった」
互いに目の前の相手は、『自分だった』者。
かつての共有者。
「それでも、関係ないと言うのか?」
「…………悪ィ」
こんなことを言いたかったのではない。
こんな風に傷つけたいわけではない。
「……どうしたんだ」
手首を解放し、有無を言わせぬ口調で聞いてくる。
「…………」
「苦しいのか? シンタロー」
「……ああ」
重圧が、押しつぶしていく。
それでも耐えなければ、開けていかない。
これは自分で選んだことだ。
決して後悔ではない。
耐えればいいだけのことだから――――。
「苦しいのならば、俺が肩を貸す」
ふいに振ってきた声に、驚いて顔を上げる。
自分はおそらく彼にとって、許されない者だと思っていた。
しかしてキンタローの声は優しい。
「お前は『一人』しかいないが、お前は『一人』じゃない」
一人で耐える必要はない、と付け足される。
「……誰かに教えられたのか?」
聞いてしまうのは、嫌味ではなく確かめたいから。
「いや、俺がそう思った。……何か変か?」
彼だけは、自分を否定してくれるのを期待していたんだと思い込んだ。
本当は、彼に言って欲しかったのだ。
もう一人の自分にこそ、自分を認めて欲しかった。
なんて自分勝手な話だと心の中で笑う。
それでも言ってくれた彼に感謝しながら。
「いーや、貸してくれるんなら借りとく」
肩に顔をうずめると、まるで子供をあやすように、背中を優しく叩かれた。
「……オイ?」
「ああ。泣く子を安心させるにはこうしろと本に書いてあった」
「……泣いてねぇよ」
子供と言われたのが気に入らなかったのか、どんな本を読んでいるんだと呆れたのか、彼はそれだけ言って押し黙る。
背中の手は温かく、心地良くて、シンタローはゆっくりと目を閉じた。
一人きりだった彼らは、今はもう孤独ではない。
END
平凡な日常がとても愛しいと知った。
背後からオレを呼ぶ声がする。
全神経がざわめく。
「キンタロー!」
“シンタロー”と呼ばれる男が、機嫌良い顔で近付いてくる。
「その名で呼ぶな。“シンタロー”はオレの名だ」
本来の“シンタロー”と呼ばれるべきはオレなんだ。
「よく言うぜ。もうキンタローって呼ばれる事に大した抵抗感ねえくせに」
「何を根拠に……」
「高松やグンマにキンタローって呼ばれても、オレをシンタローって言ってても、特に嫌な顔しないって言ってたぜ?」
「グンマが、か…?」
「さァ?」
………くそッ。
誰にしろ余計な事を、寄りにもよってコイツに言ったものだ。
「キンタローも今日はフリーでいいんだろ?出掛けよーぜ!」
「…………何だと?」
出掛ける?
誰と?
………………コイツと…?
「……何故貴様と出掛けなければならない。オレは今でも、オマエを殺してやると思っている…」
本心だった。
あの島での戦は終わり、オレの居場所も家族も出来た。
けれど、“シンタロー”を殺す願望は消えない。
コイツと顔を合わせる度、傍に居ずともその存在を思い出す度、「殺してやる」と頭で思うよりも早く、口にしている事に気付いた。
「オレを殺そうと思うのは、何時でも出来るだろ」
本気と思っていないのか?
“シンタロー”はあっさりとオレの言葉を受け流すと、腕を掴み走り出した。
「何をする!?」
「何時でも出来る喧嘩より、今しか出来ない事に時間を当てよーぜ!」
腕を振りほどこうと思えば何時でも出来た。
なのに、オレは、ただシンタローに腕を引っ張られ共に走り出すだけだった。
シンタローが何をしようとするか、その先が知りたかったのかもしれない――――…。
ガンマ団を離れ、オレ達は客の殆ど居ない古い静かなバスへと乗り込んでいた。
時計を気にしなかった為どれだけの時間かは知らない。
オレの感覚では子一時間程度だったかバスで揺れると、シンタローに手を掴まれここで降りぞと引っ張られた。
怒鳴ってやりたかったが、降りて直ぐに視界全てに飛び込んできた青と言う色彩が、負の感情を忘れさせた。
「ここは……」
「ガンマ団から一番近くの海。まだ泳ぐには早ぇけど、こんな日は海がスゲー綺麗だからさ」
癒されるだろ?とシンタローは白い歯を出して笑った。
答えないオレに気にせず、シンタローが海辺へと進んでいく。
オレも黙って着いて行く。
砂場手前の低いコンクリート塀の上にシンタローが腰を下ろす。
無関心にオレは空と海の境界線を見つめていた。
それ以外、見るものがなかったからだが。
「今朝はちゃんと飯食ったか?」
無言が呼ぶ海の波音だけの音世界を、“シンタロー”の思い掛けない問いかけが打ち破る。
コイツは何を突然言うのだろう。
「………貴様には、関係ないだろう」
目を水平線から逸らさずに、“シンタロー”の好奇心を切り捨てるつもりだったが、コイツはなかなかにしつこい男だ。
「関係はあるだろ。赤の他人って訳じゃねえんだから。で?食ったのか?」
恐らく答えるまでくだらない疑問にしがみつく気だろう。
くだらないと思うものに苛々とするのも自分が馬鹿らしく思える。
だから素っ気無く「食べた」と答えたのだが、この男のくだらない質問はこの一つだけでは終わらなかった。
「で、何食ったよ?」
「だから何故答えなければならない」
不快な感情が渦巻き、横に座る男をキツく睨む。
「別にいいじゃねーか。朝飯は一日の基本だからな。ちゃんとしたモン食ってるか気になる訳」
「…………」
他の者ならば引け越しになるオレの睨みも全く気にしていないと言うように、コイツはただ笑っていた。
無邪気な笑顔とはきっとこの笑みの事をいうのだと、思った。
それからも、シンタローは明日の天気はどうだとか、最近面白いと思うテレビ番組がどうだとか、
マジック………叔父貴とまた大喧嘩してティラミスに怒られたとか、満月まであと何日だとか、
他愛もないお喋りを一方的に続け、オレは完結に聞かれた事だけを答える。
が、途中から、シンタローの片道通行の話題に、短くだか自分から話を繋げていた。
日も西に大分傾き、青の世界が紅に変わる頃、オレ達は帰路に着いた。
今日の一日は、最低限度の生活と“シンタロー”と海に言っての談話のみ。
勉学を学ぶ時間すら様々な要因が絡み合った疲労感から出来なくベッドに潜る羽目になった。
シンタローとの会話には、生きていく上で実になる話題は何一つ無かったと言うのに、
何故か心の奧で満たされる何かを眠りの淵で感じる。
千の知識を学び取るより大切な何か。
その正体とキッカケを認めたくはない。
勘違いも甚だしいと満ちる気持ちと否定の思いの間で、深い眠りにこの身を預けた。
そこは重圧に潰されそうな場所。
けれど空に一番近い場所でもあった。
積まれる書類を慎重にこなしていく。
一人きりではない。
秘書の二人が傍で総帥に渡す書類を確認したり、経費の計算と対策、方向性の論議を静かに交わしている。
シンタローの身体は休息を求めているが、知らぬ振りで仕事をこなし続ける。
時々、シンタローの体調を考慮して、秘書二人が休憩を提案するが、シンタローは「必要ない」と、首を縦に振ろうとはしなかった。
その度に小さく吐かれる溜息を、目先の事に手一杯のシンタローは気付けない。
ただ、目の前の“総帥の義務”に神経を集中する。
…………キンタローが入室してきた事にも、気付けないくらいただ真っ直ぐに。
「………はァ…」
「………………………あ……?キンタロー、来てたのかよ」
直ぐ傍まで近付いて一分、彼の一心不乱っぷりに呆れて溜息を小さく洩らすキンタローに、シンタローがようやく気付く。
来訪の用件を聞こうとする前に、キンタローが秘書二人に声を掛けた。
「二人共、仕事中に悪いが少し席を外して貰えるか」
「「え…」」
「はァ!?」
キンタローを除く三名が、どういう事かと目を丸くする。
構わずにキンタローは話を進めていく。
「時間はそれほど取らせないつもりだ。………シンタローが本当に利口な者ならな」
「な…ッ!?」
馬鹿にされたとしか思えないキンタローの言葉に、言葉が一瞬詰まる………が、火山のような速さで頭に血が上昇した。
「何が言いたいんだテメエ!!喧嘩売るなら後に……ッ」
「落ち着け」
詰め寄るシンタローの肩を抑えて、顎で秘書達を外へと促す。
彼らはキンタローの意図を素直に理解し、頼むように頷くと足早に部屋を後にした。
二人きりの部屋に漂う重苦しい空気。
早く終わらせなければと急いでいる仕事に水を差され、強い苛立ちが、シンタローの胸の中でぐるぐると渦を巻く。
ドッカリと椅子に座り、ガシガシと髪の毛をかき上げる。
キンタローの意図が、シンタローには分らない。
時々常人ならぬ天然な言動を取るキンタローだが、理由無くシンタローの仕事の邪魔をする男ではないのはシンタローも分ってはいる。
けれど、突然の来訪突然の小馬鹿とも取れる発言に突然の強制的仕事中断の理由が読めなかった。
沈黙を先に破ったのはキンタローの方から。
「いいか、シンタロー。オマエが休まなければアイツ等も休めないのだぞ。それを分っているか?」
「何でだよ!別にオレはアイツ等に休むなとは言ってないぞ!?前もって休める時には休んでおけとも言っている!!」
キンタローが一歩、一歩とシンタローに近付く。
遂には二人の距離は吐息が絡むほどの。
シンタローの髪の一房を掬い取り、口付けるようにキンタローは自分の唇に近付けた。
「だが、総帥のオマエが休憩も取らずにいて、アイツ等が休めると思うか?逆を考えろ、シンタロー」
「逆?」
「アイツ等が長時間仕事をしている。その時オマエは休息を取る事は出来るか?」
「…………っッ」
「出来る」と言い切るつもりだった。
けれど出来ないとも知った。
考えてみる。
一つの小さな会社があると仮定する。
自分はそこに勤務していて、会社と言ってもオフィス一つだけのこじんまりとしたスペース。
勤務の合間に皆で休憩を取る。
その時に誰か1人がまだ仕事を続けている。
自分が相手に「休みましょう」と声を掛けるも、その相手は「はい」と言うが休む気配はない。
一生懸命作業を続ける相手を残して、自分又は自分達だけはゆったりと休憩を取れるだろうか?
きっとその1人の為にゆっくりと出来ないだろう。
これは仮定世界の話だが、シンタローはこの話の「相手」に当たる。
自分に出来る限りの事を「相手」はしているつもりで、その他大勢又は他の1人かもしれないが、少なからず気を使わせてしまうのだ。
シンタローに情を持つ者なら余計に、自分もシンタローの義務に合わせようと努めようとするだろう。
では、今自分が一途に職務をこなそうと精一杯を尽くすのは、他のものに反する事なのか?
それは恐ろしい想像だった。
総帥として進んだこの月日を丸々否定されるも同然なのだから。
空気が重さを増していく。
苦しかった。
息が出来なくなると思うくらいに。
突然視界が真っ暗になる。
一瞬の戸惑いの後、キンタローに両手で目隠しをされたと理解した。
「今度は一体何の真似だよ!キンタロー!!」
キンタローの来訪からずっと主導権を握られているようで、シンタローの中でちりちりと苛立ちが火の粉のように飛んで散る。
「シンタロー、空は今、何色だ?」
「は?」
今日のキンタローは突然の連続だ。意図を知らせず疑問だけを正面からぶつける。
戸惑うシンタローを他所に、キンタローは彼に問う。
「今、空はどんな風だ?晴れか?雨か?曇りか?夕方か?快晴か?それとも夜か?答えろ、シンタロー」
「……意味分ッかんねえよ!くだらねえ遊びだったら離せ!!」
「空が今、どうなっているのか分からないのか?」
「んな事、ねえ……ケド…」
言葉とは裏腹に声は明らかに動揺に縮こまっているのが知れる。
「なら言ってみろ。そうしたら、解放してやる。約束だ」
「…………」
今日の空は何色だったか?雲は浮いていたか?
「………………………雲が……まばらにある、…晴れ……」
深い溜息が、シンタローの背後から聞こえてきた。シンタローの両目が視界を開放され、空を捉える。
「見てみろ」
「……………っ」
空は、泣きそうな子どもの様子を持った灰色の曇りで覆われていた。
「ガンマ団では、この部屋が空に一番近い場所だ。だが、オマエは空の色にも気付けなかった」
「だから何だってだよ!?空とオレの仕事と何か関係あるってのか!!」
デスクワークが主な最近は、天気が快晴だろうと台風だろうと職務に何も関わりなくいた。
キンタローの回りくどい言い方に腹部のそこがジクジク熱せられるのを感じた。
「近くにあるものに気付けないのはどうかと思っただけだ」
その熱を冷ます冷水のようなキンタローの言葉が、容赦無く核心に迫る。
「こんなにも近い空にも、傍に居た秘書にも、そしてこのオレにも気付けなかっただろう?」
「………それが本音か…」
「………………」
今度はキンタローが沈黙を作った。
「今全てに目を向けろとは言わない。だが、このオレにくらいは気付け。そして頼り切ればいい」
お互いの背に手を回し、身体を預けるような抱擁を交わす。
キンタローの背中越しに見える、近くに感じる錯覚を起す空。
灰色で重く、それはまるでこの部屋のようだったけれど、灰色の中に青の切れ目が走っているのに気付いた。
あの青い切れ目から、きっと青空が広がっていくだろう。
空は解放を称えるだろうか?
手を伸ばせば、空に届く気がした。