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ks


君が待つ時間


オモテサンドウの喧騒の中でも、アイツの姿はすぐわかった。
駅を出てすぐのところにあるビルの1階に、こじんまりとした花屋がある。
その脇の壁に、もたれかかるようにして、手にした文庫本を読んでいるアイツを見つけた。
花屋には季節の色とりどりの花が、誇らしげに咲いている。
その中でも清楚な白いカサブランカがの隣に、キンタローはいたのだ。

金色の髪が、時折花を揺らすそよ風に揺らぎ、午後の日差しを、やわらかくはじいている。
皮のカバーをかけた本に視線を落とした顔は水面のように静かで、まるでそこだけ別世界のようだった。

(1人の時はあんな顔してるんだな)

その様子を少し遠くから眺めていたシンタローだったが、なんだか声をかけるのがためらわれた。
早く声をかけたい、という気持ちもあったが、なぜだろう、まだ少し離れたところからその一枚の絵のような姿を眺めていたいとも思った。

まだパプワ島から戻ってきた頃は凶暴で、手の付けられないような男だったが、徐々に落ち着き、その後必死で世界と向き合おうとしているその姿に感銘を受けた。
しかし、不幸にも青の秘石によって24年もの間シンタローに閉じ込められていた青年は、まるで子どものようで、シンタローは気になって仕方がなかった。
危なっかしいというか、なんというか・・・。
元々子ども好きなシンタローが、世話を焼きたくなるのも仕方がなかったかもしれない。
そんなキンタローがきちんと時間通りに約束の場所にいたことに、えも言われぬうれしさを感じるのは、親ばかみたいなもんだろうか。

今日は2人でグンマへのプレゼントを買いに来たのだった。
シンタローは髪を切る予定があったので、ついでに待ち合わせをしようと提案した。
まだ待ち合わせの時間には少しだけあったので、大人びたその姿を遠慮なく眺めていようかと思ったその時、どうやら先ほどから2人組でキンタローを遠巻きに見ていた女性が、「Excuse me...」と声をかけている。

(お、逆ナンパ?)

これは面白い展開になった、とシンタローは思わず駅の壁にそっと身を隠した。
さすがはオレの従兄弟、と思っていると、その10代後半から20代前半の女性二人は、なにやら一生懸命拙い英語で話しかけているらしい。
キンタローはふと顔を上げ、無表情だが、よく見ると幾分いぶかしげな顔をした。

(何言ってるんだ?)

残念ながら女性たちの声は途切れ途切れにしか聞こえなかったが、どう見てもあれはナンパだろう。
気配をなるべく消しながら慎重に近づくと、耳をそばだてる。
どうやら、英語でクラブに行こうと誘っているらしい。

「悪いが」
ずっと黙って聞いていたキンタローは突然口を開いた。
短いながらも、流暢で固い日本語が白人男性から飛び出したことに、女性たちはいささか驚いたようだ。
「今日は従兄弟と待ち合わせしている。他をあたってくれ」
無表情な青年は、とりつくしまがなかったが、それを聞いた瞬間シンタローはキンタローが自分を待っているのだということに改めて気がついて、妙な動悸が胸に湧き上がるのを感じた。
その動悸の正体がつかめず混乱する。
アイツはこの瞬間も、他でもない、自分を待っている。
そう思うと、何故か胸が切なくなった。

女性たちは残念そうにキンタローから離れ、シンタローのいる方向へ向かって歩いてきた。
「なんだ、日本語ペラペラじゃん」
「がっかり」
そう口々に言って雑踏の中に紛れていった。
女性たちの口ぶりに、あっけにとられて、人ごみの中に消えていくのを見ていると、
「いつまでそうしているつもりだ」
と、背後から声をかけられた。
「え゛」
バツの悪そうにシンタローが振り帰ると、いつの間にか近づいてきたのか、キンタローが腰に手をあてて立っていた。
少しあきれているような表情で、文庫本をカバンにしまっている。

「いやあ・・・。キンタローったらモテモテじゃんv」
こっそり見ていたのが恥ずかしくてごまかすように言うと、キンタローがふん、と鼻を鳴らした。
「知らない女に声をかけられてもうれしくない。・・・それより」
と、キンタローはシンタローのおろした黒髪の一房を手に取った。
「きれいになったな」
と、その髪を自分の顔に近づけ、口付けた。

その様子を見て、シンタローは真っ赤になった。
まずい。
身長190cm超の男2人が、屋外でこういう親密な空気を作っているのは、まずい。

我が家では馬鹿親父が異常なほど馴れ馴れしく、スキンシップ過剰なためか、キンタローもどうやら影響を受けてしまったらしい。
かと言って、親父にするみたいに邪険に払うとキンタローがしかられた犬みたいになるのは目に見えている。
どうも、コイツには弱い。
とりあえず、シンタローは平静を装うことにした。
キンタローがようやく髪を離すと、とりあえず目的の店まで歩こうとしてキンタローを促して歩き出す。

「どうしてすぐ声をかけなかったんだ?」
道々、キンタローは当然の疑問を呈した。
「いや、別に・・・」
キンタローの姿が見ていたかっただけ、とは恥ずかしくて口が裂けても言えなかった。


end


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