湿った髪
シンちゃんが泣いてる。
そう思ったのは、一緒に育ってきた従兄弟だからだろうか。
執務室から戻ってきた黒髪の従兄弟 ― 今は兄弟だが ― は、いつになく表情が暗かった。
ちょうどグンマも研究室から小休憩にリビングに戻ってきたところだったが、無言で戻ってきたシンタローが気になった。
「どーしたの?シンちゃん」
声をかけると、シンタローはまるで初めてグンマがリビングにいたことに気づいたように、驚いて顔をあげた。
「ああ、グンマ・・・。もう仕事終わりか?」
ぼーっとしていたのが恥ずかしかったのか、シンタローは力なく笑った。
「うんと・・・。お夜食もらおうと思って戻ってきたの。今夜はもう少し。シンちゃんは?」
「今日はオレは終わり。部屋行く」
と言って、シンタローは自室へ戻ろうとした。
「シンちゃん、夕飯は・・・?」
「今日は腹減ってないからいい」
そう言って、振り返ることなくリビングを出て行ってしまった。
シンちゃん、どうしたのかな?
やっぱり気になって、夜食を2つ持ってシンタローの自室へ向かった。
「シンちゃん?」
ドア越しに話しかけても、案の上返事はなかった。
指紋認証を使うドアは、本人でなければ外から開けることができない。
「シンちゃん、リゾット持ってきたんだけど、一緒に食べない?リゾットなら入るでしょ?」
お盆の上には、湯気の立つきのこのチーズリゾットが載っている。
少しの間があって、内側からロックを解除する電子音がした。
「ありがと」
いつもは明るい彼が表情の暗いのを見ると、こちらまで気持ちが沈むような気がしたが、努めて明るく言って部屋に入る。
シンタローは総帥服の上着だけ脱いで、どうやらベッドに横になっていたようだった。
いつもハウスキーパーによって完璧に整えられるベッドの上に、人の寝た跡がついている。
テーブルの上にお盆を載せると、一緒に持ってきたミネラルウォーターをコップに注いだ。
「シンちゃんはビールの方が良かったかな?」
笑いながら言うと、シンタローもつられたように少しだけ笑った。
けれど、すぐ目を伏せてしまう。
「どうしたの?シンちゃん」
シンタローの座る側のソファに行くと、グンマはシンタローの髪を撫でた。
顔にかかった髪を耳の後ろへかけようとして、その髪が湿っているのに気づく。
やっぱりシンちゃん、泣いてたんだ。
おそらくベッドに横になりながら泣いていたのだ。
伏目がちにしていたからよく見えなかったが、おそらく目は赤くなっているだろう。
黒いまつげは水分を含んでいた。
問いかけてはみたものの、シンタローは黙ったままだった。
気丈な彼が、泣くなんて珍しいと他の者なら思うかもしれない。
しかし、小さい頃から2人だけで遊んでいた自分なら、従兄弟が泣いているところを何度も目撃したことがあったし、実際2人でよく泣いていた。
たいていは自分が先に泣いて、シンタローはぐっと我慢していることが多かったが。
それでも最後にはこらえきれず泣いてしまったことが多かった。
シンちゃんどうしたの?
その問いかけには、きっと、答えなんかもらえない。
シンタローには、きっと、つらいことが多すぎる。
あの島のこと。シンタロー自身のこと。コタローのこと。マジックのこと。キンタローのこと。仕事のこと。
・・・おそらくグンマのことだって。
グンマは、背の高いシンタローの肩をそっと抱いた。
彼にしては珍しく素直に、グンマに体重を預けてくるのが嬉しかった。
彼のがっしりとした体に腕を回し、そっと力を込める。
キンちゃんが帰ってくるまでは、今日はボクがなぐさめてあげる。
グンマは、新たに落ちてきた涙をそっと舌で舐めとった。
end
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