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ゆるやかな夕べ
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目の前では何が起こっているのか、眉間に皺が寄るのが自分で分かった。
「何って、料理ですけど?」
それはわかっている。
問題としているのはそういうことではない。
「……ああ、これっすか」
返事を返した人物が、先程からその手で懸命に製作にとりかかっているのは、誕生日ケーキ。
折角だからと言って、一昨昨日の礼も込めてと作りはじめていたもののはずだが、少し散歩にと目を離した間に、異常な事態を迎えていた。
ハート型に形どられたそれは、随分と可愛らしいデコレーションが施され、完成も間近というところ。
それだけでも十分頭の痛いところだが、そのふざけた外見を大目に見て尚、呆れて言葉が出ないのは、他の何より突出したそれ自体のサイズのせいだ。
作っている彼自身の腕を広げても、まだ余るほどの巨大さに、見ているだけで胸焼けがしてくる。
「可愛いでしょう?」
ここまでの大きさを持ったものを、可愛いかと問われても、そうは頷けない。
そもそも可愛くする必要も、大きくする必要もなかっただろうに。
乙女なのか、豪快なのか、どちらかにしてほしい。
いや、要素としてはどちらもいらない。
「折角だから島のみんなに食べて貰おうと思って……さすがにこれだけ大きいと作りがいがありますよ」
いったい何のギネスに挑戦しているのかとまで考えはじめたが、どうやら違ったらしい。
島の住人達に配るとなれば、それでも少ないくらいだろうか。
そういうことならと、珍しく手伝う気がおきたのだが、飾りつけの苺に手を伸ばしたところで、制止をかけられた。
「いいっすよ。俺やりますから。主役はいつもみたいに休んでてください」
いつもみたいにはなくてもいいだろう。
余計な一言を言うそれに拳を落とし、他にやることもないのにどうしたものかと卓袱台の横に腰を下ろす。
小声で拗ねた声がしたが、聞こえないふりをする。
構えば調子づかせてしまうだけだろう。
わざわざ餌を与える必要はない。
言われた通りというのは癪だが、ゆっくり休ませてもらうとしよう。
見渡せば、自分の座り込んだ反対側で、子供と犬が珍しく外にも行かず室内で遊んでいる。
二人ダウトという何ともシュールな遊び方に苦笑し、卓袱台の上に肘をつきながら見物を決め込むことにした。
これだけの時間、いつもは眠ってしまうことが多いが、何故だか今日はそれがひどく勿体無い。
この時間を、空気を見ていたい。
子供と犬が何か言うのに笑って返し、奥のほうで未だ拗ねているのにも一応声をかけてやり、そうやってゆっくりと時間が流れていく。
嬉しいような、くすぐったいような、あたたかな気分。
満たされる時間。
満たされる空気。
このまま埋もれてしまわぬようにと思いながらも、どうしてもときどき忘れてしまいそうになる。
帰るべきところを。
自分を待つ、もう一つの確かなあたたかい場所。
帰らなくては帰らなくては。
でなければこの欲深い人間は、選ぶことなどできなくなる。
『シンタローさん』
身動き取れないなどごめんだ。
絶対に。
「シンタローさん。できましたよー!」
暢気な声に引き戻され、そちらを見れば、巨大なハート型ケーキがすっかり出来上がって、さらには蝋燭までたっている。
どう見ても異常な光景だ。
「……どうかしました?」
覗き込んでくる顔をおしのけて、眠くなったのだと言っておく。
嬉しくて、同時に悲しいと思う。
二割ほど目の前に居る馬鹿のせいだ。
悟られたくはない。
吹き消した蝋燭とともに、それまでの思考も消した。
何回だって結果は変わらない。
「じゃ、ケーキ入刀ということで……」
任されたケーキナイフを持つ方とは逆の手で、手刀を入れる。
結局馬鹿は馬鹿だった。
とりあえず、まずはこのふざけた形を真っ二つにしておこう。
END
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シンタローさんおめでとう記念!(はしゃぎすぎ)
ふとした瞬間、一番幸せだと思う瞬間に、思い出してしまうこと。
文中の「選ぶ」は「進む道」のことではなく…。(それはもう自分で決めているので)
なんでもないときなら平気な顔で「両方」と言い切ってください。
2006(May)
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