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ランナーズハイ
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ひたすら走った。
走る、走る走る――――。
乱立した木々の間をすり抜けるのに、かなり神経を使って、
日陰のぬかるんだ地面を行くのに、思いのほか体力が奪われて、
とっくに動きの限度を超えた手足は、ひどく反応が鈍くて、
ひゅーひゅーと必死で酸素を取り込もうとする音が大きくて、煩い。
大量の汗が額を流れて目に沁みた。
痛ぇな、ちくしょう。
状況も状態も、いいところなんて一つもない。
酸欠で頭はがんがん痛いし、
全身は熱いし、
息が出来ない。
空気……酸素を――――。
「かっ、ごほっ、かはっ……」
ゆっくり止まって、深く息を吸い込むと、急激に入ってきた濃い酸素に噎せた。
やばいって、息できねぇってコレ。
死ぬっつーの。
大きく上下する肩をそのままにして、近くの木にもたれかかる。
「……きっつー……」
マジで限界だ。
本当に、どうにかなりそうだ。
いっそこのまま倒れた方が楽なのに……。
ちらりとよぎったそんな考えを振り払う。
だめだ。とにかく今は走らないと――――。
重い身体を叱咤して、眩暈がするのを振り払うように立ち上がる。
早く逃げなければ。
追いつかれたらそれまでだ。
集中しろ。
神経を尖らせて、油断が命取りになる。
草木が風に揺れる音。
動物の声、虫の声。
――――足音。
視界の端に動くものが見えて、無理だと分かっているのにスピードを上げた。
走る走る。
気配は遅れることなく、ついてくる。
酸素を取り込む音が煩い。
走る走る。
だんだん苦しさが消えて、視界が明るくなって、音が聞こえなくなって――――。
何か……俺今時間とか超えられるかも。
走る走る。
足元に木の根を見たのと、体が傾くのはほぼ同時だった。
走って、躓いて、
あっと思った次の瞬間には、派手な音を立てて転んでいた。
顔を上げたときにはもう遅い。
逆光になった影が、上から落ちてくる。
――――もう、逃げられない。
「おら、タッチ」
言葉と同時に、軽く額を小突かれる。
ああ、捕まった。
「……少しくらい、待って、くださいよ……」
転倒した相手に対して容赦ないです……。
「んなこと知るか」
勝手に転んだのはお前だろうがと付け足される。
それはそうっすけど。
あんなに走ったってのに相手はすぐ息を整えて……正直悔しい。
「早く起きろよ」
うつ伏せの状態から転がって見上げると、黒髪の奥に同じ色の目がのぞいていた。
走っても走っても、この人から逃げられない。
――――というか、捕まりたかったのかもしれない。
……馬鹿か俺。
でも手なんか抜いてない。本気で走って逃げたのは事実だ。
「じゃ、昼までに捕まらなきゃ今日のメシ当番お前な」
にやりと子供のように笑って、走り出す準備なのか大きく伸びをする。
この人の本気って、どこまでのもんなんだろう。
考えたら少しゾクリとした。
見てみたいかもしれない。
「絶対捕まえますから」
逃げられないなら、追えばいい。
今も、これからも。
「できるもんならな」
ほら、今度は俺が追う番。
走る走る。
END
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後書き
走る、逃げる、追う、捕まえる。本気を見たい。
「あははー待てよー」 「うふふー捕まえてごらんなさーい」
という感じです。嘘です。運動しつつ、罰ゲーム。
以前日記に載せた小話をベースに、全部リキッド脳内なのでただの妄想です。(断言)
色んな意味で本気で相手をして欲しいのだと。
シンタローさんに向かって突っ走っております。止まれよ少しは。
2005(October)
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