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k]

産声


一枚の、薄っぺらい紙。
それがこの世界に存在する証。


彼のために製作された書類はとてもファイル一冊では済まされないだろう。
しかし、彼が生きていたという証明である書類だ。重要であり、なおかつ本来ならばそれ以上の量でなければならないはずだ。
何故、そのようなことになってしまったのか。

彼は帰ってきてからというものの、何もすることが出来ずにいた。
理由は二つある。
ひとつは、彼は自分がしたいことというものがわからずにいた。
彼にとって日常というものは不慣れなものであり、まったくの無縁のものだった。
今まで自ら行動することがなかった分、いざ好きなことをしてもいいといわれてもただ混乱するだけで、何をしようと考えているうちに日が暮れてしまう。
そして、第二に彼の存在がガンマ団にとって馴染みが薄いものであるからだ。
彼は存在こそ有名になったが、今まで何をしていたか知っているものはいない。
また、本当のことを公表しても誰も納得するものではない。
そのため事実を知る者たちが彼の過去を改竄するべく、躍起になっている。
だからそれまでの間、キンタローは人の目にさらされることがないようにと出歩くことを止められていた。


居間にあるソファに何をするでなく、ぼんやりと日が過ぎるのを待つ。
そんな自分にとても違和感を持ちながらも、何をしてよいのかわからず、困惑していた。
昔から憧れていた世界。
もう自分の意思で動くことができるというのに、なにをしていいのかさっぱり見当がつかない。
また、当分の間は人前に出るなと言われたため、外に出ることも出来ずにいる。
ほかの誰かに言われたならばともかく、保護者でもある高松に言われたならば仕方がないと思ってしまう。
現在休養中の高松の怪我は順調に回復に向かっているものの、まだまだ退院できるものではない。
そんな人間の頼みを断れるほど、今のキンタローを動かせるものはない。

けれども、ほっとしているのも事実。


唐突にドアが開く。

「いたのか?」
「――ああ」


彼も同じように暇を持て余しているはずだった。
突然、彼の父であるマジックが引退を宣言し、その後について何も語らなかったのはつい最近。
そして、一部の地域を除いてすべての団員を本部に帰還させた。
ガンマ団は上から下まで大騒ぎだ。
後継者についても語られてはいるが、それを公の場で発するものはいない。


彼は未だに辞退している。
総帥となることを。
キンタローにしてみれば、あれほど望んでいたものを拒む理由がわからない。
けれども、あの島にいたときのシンタローはあまりガンマ団にこだわっていなかったことも覚えている。
だからといって、知っていても何かをいうつもりもないし、なんといっていいかわからない。
そんなキンタローの思惑をよそに、シンタローもまた暇を持て余していた。
外に出れば、視線が今まで以上に痛い。
この一年ほどにどこにいたのかを知るものはいない。
否、もし知ったとしてもそれを事実と納得できるものはいないだろう。
父は言った。
公表する準備は出来ていると。
それは何もシンタローのことだけではない。
グンマのこと、キンタローのこと。
お前も息子だよ、と笑ってくれたが今のままでは進めずにいた。

戸惑いは消えず、頭上の光への足がかりが掴めずにいた。


ここにきたのは暇つぶしのつもりだった。
部屋にいても気が滅入るだけだし、習性なのか午後のこの時間には台所につかなければ落ち着かない。
そしてお茶を点てるか、もしくはお菓子を焼いてグンマの元へと向かう。
以前と同じように研究室に篭り、何かを作っているその姿を見るのは久し振りだ。
グンマもシンタローと同じくらい、いやな視線を受けているだろうに、楽しそうに笑っていた。
だから迷う。


居間から巨大な庭が見えた。
日当たりのよい窓からは、どの季節でも美しい華が咲き誇る様が見えるよう手入れされた庭園が望める。
そして庭園の終わりには広場。
そこでよくグンマと遊んだものだ。
果ての見えることがないと昔は思ったものだが、実際団に設けられているトレーニングルーム並みの広さは誇っている。


入ってきたときに一度だけこちらを見た奇妙な関係の男に声をかけた。
「暇ならちょっと付き合ってくれよ」


あの島以来、体を動かす機会に恵まれることはなかった。
互いの強さは理解している。
不利があるとすればシンタローのほう。
戦うときの癖もタイミングも、キンタローは知っている。
しかし、それを応用するほど実践慣れしていないのも確か。
直線的な攻撃は読むまでもなくシンタローは避ける。
反対によけた反動で仕掛ければ、キンタローが防ぐ。
決着はつくことがなく、日が翳るころにどちらからともなく構えを解いた。
そのまま立ち去ろうとする背に、タオルが投げつけられた。
「ちゃんと汗拭けよ」
久し振りの運動に満足したのか、笑いながら首もとの汗を拭きながらシンタローは横に並ぶ。
言われるがまま、シンタローと同じようにタオルを首に押し当てる。
汗が吸い取られる感触が気持ちいい。
同じように汗を吸い取らせていれば、こちらを見る視線を睨み付ける。
「…頭出せ」
ついでにタオルも、といわれるが早いが引き寄せられる。
口を挟むまもなく頭をごしごしと拭かれた。
「そんなんじゃ風邪引くじゃねえかよ」
夕暮れに吹く風は火照った体に優しいが、いつまでもあたっていれば体を壊す。
もっともこれほど鍛えられた体で風邪を引こうとなると並大抵のことではおきそうもないが、用心に越したことはない。
「そうなのか」
だからいつも汗を拭いていたのかとは、流石に言わずにただ納得しておく。
されるがままのその様子に不気味に思いつつも、拭き終わった頭をぽん、と叩く。
「終わったぞ」
そして先に進む彼の顔をキンタローは見ることが出来なかった。


それから二人はその広場でよく組み手をしていた。
時々何が楽しいのかグンマがついて来る。
あからさまに何かを言いたげにしているが、シンタローは取り合うこともなく、キンタローは聞くことに慣れていない。
それはまるでモラトリアム。
考えることを放棄できる時間。
誰もが感知しているからこそ、グンマはここに来る。
いつものように笑うこともなく、ただ見ていた。

グンマの目には、ここだけが違う世界のように映っていた。
自分がここでは異端であると気がつくのは十分すぎるほどで、だからこそあえていつものようにいることを止めた。
口の挟めることではないから、ただじっと見ていた。
いつか彼らが気がつけるように。


息の上がる時間が短くなった。
一度二度休憩を挟むようになってからどれくらいになるだろう。
キンタローの攻撃にフェイクが混じるようになった。
シンタローは彼の癖を察知できるようになった。
呼吸をわざとずらしても対処され、動きを制限される。
ただの組み手に少しずつ真剣味を帯びるようになってきた。


それで、気がついた。


タオルが渡される。
少しだけ早く切り上げられたのは、もしかしたらシンタローもわかっていたからかもしれない。
否、決断を下したのかもしれない。


「俺は、俺の道を進む」
「ん」
目を合わせることもなく、屋敷への道を辿る。
同じ空間で、同じことをするのはこれが最後。

「どうするんだ」
「まだ決めていない」
それでも、宣言しなくてはならなかった。


気がついてしまった。
今と昔と変わらないということに。
ずるずると一緒にいるだけでは、彼の中にいたときと変わらないということに。


そして、組み手を続ければ続けるほど、わかってきた。
自分と彼が違うものだということに。


はっきりとした認識は、急速にベクトルを別へと導いた。

「お前は、どうするんだ?」
彼の道はたとえ自分がどの道をとろうと思ってもかぶらないことを知っているがあえて聞いた。
「…さーな」
まだ高い位置にいる日を手で遮りながら答える。
肩にかかったタオルは大量の汗を吸ってその重さを主張している。
隣にいる彼にとって、汗を拭くという行動はどのように映っていたのだろう。
火照った体に風が心地よいなんて、体を分かつまで知らなかっただろう彼のことをとっさに見ることが出来ずにいたあのとき。
自分に何かを思う資格などないと心に蓋をした。
それは、グンマにも同じで。
彼が継ぐべきガンマ団を告ぐことに躊躇をしていた。
継いだとしても、自分の手に余ってしまうのではないかと危ぶんでいた。


そう、ただ逃げていた。


けれども、日に日に少しずつ変化する彼を見て、そして何も言わずにこちらを見ている従兄弟の視線を受けて。
変わらぬ自分を知った。







居間からは変わらず庭と、その先にある広場が見渡せる。
書き記されてはいないけれども、彼が確かに生まれた場所は確かにそこにあった。




















<後書き>
甘くもないけど、痛くもない。
なんか淡々とした話で申し訳ないです。
きちんとした決別みたいのが書きたかったのですよ。


たまにはもう少しいちゃついたのを書いてみたい…


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kd

残されたもの

やるべき事は山積みだった。
本部へと連絡を取り、指示を出す。
一日連絡を取らなかっただけで大量の仕事が溜まっていた。
本来ならば総帥自らが連絡を行うのに、今回に限ってキンタローが連絡をしてきたことに驚きを隠せない本部のオペレータが困惑の色を浮かべていた。
いつものように無表情で、シンタローは今コタローと一緒にいて手が離せないと伝えると、ようやく合点がいったのかあっさりと仕事を送ってきた。
今、キンタローたちがいる地点から本部はまだ遠い。
よっぽどの機密事項で無い限り、ハッキングを恐れてこちらに送ってこなければそれだけで総てが麻痺してしまうだろう。
一度、支部に寄れば機密事項だろうがなんだろうがガンマ団独自のネットワークを介して何の心配も無く送ることが出来るのだがそうも言ってられない。
ごく限られたもの以外、総帥が行方不明だという事実を知られてはならない。
これがガンマの作った船の中にいる幹部によって決まった意見だった。
もしこのことが外部に漏れたならば、ようやく安定してきた新生ガンマ団の存在が危ぶまれる。
暫くの間は、キンタロー、マジックの二人で総帥の仕事をこなしてゆくという結論に達し、またハーレムも現場復帰が決まった。
これで、暫くは大丈夫のはずだった。
組織としては。



後、2日ほどで本部に着くだろう。
キンタローはすっかり冷めてしまった紅茶を流し込み、送られてきたデータの検証を始めた。
本部より送られてきた“総帥の”仕事は思ったよりも速く片付いた。
二人で処理しているというのもあるが、急ぎの用件以外は対して難しいものではなかったことが要因であろう。
そこで、キンタローは自分の造った飛行艇の改良をするため、残ったデータをかき集め分析を始めた。
机の上には、先程置いたティーカップと片付け終わった仕事、そして一台のパソコン。
脱出してきた際に残っていた自分の私物をグンマがキンタローの為に用意した部屋(ちなみに部屋はこの場にいないシンタローのものまであった)に移ってきた。
しかし、元々たいした荷物を持ってきていないキンタローは着替えをクローゼットに入れると、今端末に繋いでいるパソコン以外の荷物は無かった。
そのせいか、大きな部屋が殊更大きく見えた。
本当に、ありえない事態だったのだろうか?
なにかに打ち込んでなければ、そんな考えに陥ってしまう。
心戦組だけでなく、ガンマ団の敵となりうる存在の動向に眼を配るよう、指示を出してあった。
しかし、少し前に局長自ら小部隊にて出動したという報告以来、何の音沙汰も無かった。
その時は、小船にての出動とのことであり特に気も留めてはいなかったものの、今回のような戦艦で出てきたとなればもっと前になにかわかっていたのではないかと考えてしまう。
思考の迷路に迷い込み、思わず手が止まる。
そして、最後に行き着くのはあの映像。
豊かな黒髪が、風に舞う。
紅い服が、彼の笑顔がやけに印象的だった。
あの時、もし先に行かなければ、助けることが出来たかもしれない。
爆音がして、思わず振り返った。
考えるより先に、体が動いていた。
二人しかいない空間を見た瞬間から、記憶が飛んでいる。
そして次の記憶は、攻撃によって空いた穴の淵から落ちていくあの笑顔を見たところに唐突に繋がっていた。


なのに、どこかで安堵している自分がいる。
いや、安堵というのはおかしいかもしれない。


――帰ってきた――


安らぎを感じた。
そして、そのことがなぜかシンタローの無事を確信させた。
大丈夫だと伝えても、なお不安そうな顔のグンマの頭を軽く撫ぜ、次々と指示を出した。
――らしい。
ほっとした後の記憶が、曖昧になっている。
いくら順序良く、並べようとしてもどこか抜けているか、まるで実態感の無い夢のようだった。
そして、気が付いた。



初めて、離れたのだと。



今度いつ逢えるのか解らない。
生きていると確信できるものは何もない。
今まで度々、離れて行動していたときとは違う、なにかがあった。



「…生きていてくれ…」





ようやく、シンタローの心情が覗くことが出来た気がした。










<後書>
今書かなきゃ以下略第二弾。
キンタローさんが、初めてシンタローさんと自分達の意志以外で離れたのではないかなと。
体が分かれてからも、互いに互いを意識していたわけですし、その後はサポートだ何だと一緒にいたわけで。
なにかで数週間離れたとしても、なにかしらの手段で連絡を取っていたと考えると、今回のことをどう思っているのかなと。
グンマさんとかコタローさんは前のガンマ団のときに、シンタローさんがどこかに行くたびにそんな思いをしてたと思うのですが、キンタローさんは初体験だったのでは?
キンタローさんは鈍くは無いと思うのですが、やはりまだ生まれてから4年ですし、身を持って体験することは沢山あるだろうということで。


kd
冷蔵庫の怪


上着を乱暴に脱ぐとそのままソファーに寝転ぶ姿に溜息をつく。
自分も疲れているのにな、と思いつつもキンタローはネクタイを緩めながら冷蔵庫へと向かう。
開けて中身を確認するが、大した物は入っていない。
「夕食はどうする?」
いまだ寝転がったままの相手に声をかけるがあ~、とかう~としか返って来ない。
仕方なく、ソファーの方へと行き、もう一度声をかける。
「おい、聞こえているならきちんと答えろ」
「ん~~、適当に作っとくから風呂でも入ってろよ」
「大した物は入ってないぞ」
「何とかなる、何とかなる」
パタパタと手を振ってまったく取り合わないその姿に諦め、シンタローの言葉にしたがって風呂に入ることにした。


たっぷりと風呂に入り、戻ってみると何やら香ばしい匂いがした。
「おお出たか」
そこに用意されているのは大盛りの野菜炒めと味噌汁、豆腐のハンバーグ。
「な、何とかなったろ」
満面の笑顔で笑うシンタローにキンタローはいささか呆れ顔になる。
「お前、本当に総帥にしておくのは惜しいな」
「おい、それはどう言う意味だよ」
「そのままの意味だ。あまり深読みしても意味は無いぞ」
たったあれだけしかなかった冷蔵庫の中身、このおいしそうな匂い。
「立派な主夫だな」
「まあ、日常茶飯事だったからな」
ほれ、とご飯をよそった茶碗を手渡すと自分の分もよそった。
『いただきます』
声を合わせてそう言うと箸をつけ始める。
話は今日の取引先との会議、戦場からの報告、高松が開発したバイオ植物について…
話題は尽きることは無い。
一緒に世界を飛び回ることもあれば、今日みたいにたまたま帰り際に会って食事をしながら話すこともある。
キンタローはグンマと高松と食事をすることもあるが、自ら誘うことは無い。
あの二人の間には入ることが出来ないからだ。24年という年月がそう思わせるのであろう。
どこかなじめなかった。
また、マジックと食べることもあるが、こちらはもっと気まずい。
シンタローが一緒にいる時は和らぐがどうもこちらもなじめないでいた。
結局、シンタローと食べるか一人で食べるかのどちらかになる。
その話を以前シンタローに話すと、そういうこと言ってると高松が泣くぞ、と笑われた。
キンタロー、グンマ、高松達は科学者としてはまともな生活を送っているほうである。
なのでこうして午前様ぎりぎりのシンタローと鉢合わせするケースは多く、そのたびにこうして食事を共にするのだ。
一人で食べていないと言うことで譲歩したのか高松は引き下がっているが、シンタローに向けている視線は今にも呪い殺しそうなものがある。
「そうそう、今度親父が俺らと一緒に食事がしたいと駄々をこねているぜ」
「マジック叔父貴がか?なんでまたそんなことを」
「さあ?俺らの仲が良いのがくやしいんじゃなねぇの?」
馬鹿だから、そう続けるシンタローに溜息をつく。
「もうすぐ俺もグンマも学会があるから忙しいぞ」
「こっちも膠着状態に陥ってる場所に遠征に行くぜ」
互いに顔を見合わせると同じタイミングで溜息をつく。
「荒れるな」
「ま、しーねーだろ」
苦笑いするタイミングも同じで。



たまにある、こんな日常
それだけで暖かい






<後書き>
日常っぽいひとこま。
恋人と言うより夫婦。
お風呂が先?それともご飯?(激しく違います)
今回はただほのぼのっぽいのを書きたかったのですが…
出来てます?
ks

そらの色



願わくば、あなたが幸せであれば良い
あなたが笑っていれば良い
言葉で表せばただそれだけ
けれど、なんて儚い願い


空から降ってきたのは赤い上着。
その上着を許されている者はガンマ団ではただ一人。
見上げると黒い髪を押さえながらこちらを伺う彼の人。
ここ、実験棟の屋上にあるバイオ植物園と司令塔の屋上とは10階ほどの差があるが、彼の人が誰であるか理解できた。
彼の人が手招きをしているのを見て、降ってきた上着と彼の人とを交互に見比べる。
 持って来い
そう言うことなのだろうと思い、ため息をつく。
ここから彼の人の元へ行こうとするならば一旦実験棟から出て、司令塔を上らなければならないのだ。しかし、躊躇の色を見せずに階段を降りていった。

「わりぃ」
頭をさげる彼の人―シンタロー―にキンタローは無言で上着を返す。
その上着は総帥のみが纏う事を許された色、深紅色の上着。以前までは畏怖の対象となっていたものだ。
「助かったぜ、これ無くしたらどやされるところだ」
しかし、今着ている者からは恐ろしいという気持ちは沸いてこない。
威圧感は感じることはあれど、息苦しさは感じない。
しかも、いまの彼の人はその威圧感すら感じさせない人懐っこい笑みを浮かべていた。
「何をしていたんだ?」
上着を受け取った後もそこに佇むシンタローに呼びかける。
「んー、きゅーけー」
くるり、とこちらに背を向けるとフェンス代わりの手摺にひじを突く。
そこからは先程キンタローがいた植物園がある。
上着を脱ぎ、ズボンとタンクトップ姿の彼の人の姿はいつかの南国を思い出される。
「髪」
「あ?」
「縛らないのか?」
風は強く、長い髪はばさばさと靡いている。それがなんとなく痛々しく感じられた。
ただそう思っての発言だったのだがその言葉に彼の人は表情を無くした。
「…ああ」
そこで触れてはいけないことだったと思い至る。
彼の人の心の奥底の光。
消して触ることのできない、その光はあまりにも強すぎて…
時々、目に浮かぶ澄み切った青空。
穏やかな風は潮の香りを連れてくる。
それは全てが彼の人からの視線であり、その思いも知っている。
灰色の空に切りつけるような風は彼の人には似合わない。
そう思った瞬間、キンタローはシンタローの肩を掴んでいた。
「あんだよ?」
「戻るぞ」
その淡々とした言葉にキンタローのほうを向いたシンタローはむっとする。
「別に良いだろ、少しくらい休んだってよ」
「ここは、お前に似合わない」
「はい?」
あっけにとられているシンタローの腕を掴むと強引に歩き始めた。
「お、おい」
シンタローが呼びかけるものの、キンタローは自分の言葉を反芻していた。
では、どこが似合うのだろう、と。
南国のあの島だろうか、それとも総帥室であろうか?
無論後者だと思っているのだが、心のどこかでそれを否定する声が上がる。
彼の人が望んでいるのは後者。欲しているのは前者…
キンタローはおぼろげながら気がついていた。いや、知っている。
彼の人の気持ちを、24年間見てきたのだから。
しかし、きっとそのまま伝えても彼の人は聞き入れない。それどころか怒り出すだろう。
そしてキンタローは経験が少ないせいか直接的な物言いしかできない。
このまま何も言わなければ彼の人は不機嫌になるのも知っている。
だから、ひとこと
「あそこには、色が無い」
と、ただ一言。


あなたに似合うのは空色で
あなたが望んでいるのも空色
それは同じモノではなくって

でも灰色のそらは決して似合わない








<後書き>
“真夏の残像”のキンタローバージョンみたいになってしまいました。
南国~が終わった時くらいの時間帯くらい。キンタローさんが丸っこくなってた感じだったのを見ると、シンタローさんとの関係はそれほど軋轢はなかったのかな~と思っています。シンタローさんはそのあたりあまり気にしてなさそうだし。
で、ここ最近のPAPUWAではキンタローさんの世話の焼きっぷりが凄くってこんな感じに…
あ、このときのキンタローさんはまだ人との話し方に不慣れです。ということに勝手にしました(笑)
だって、南国~とPAPUWAだと雰囲気が二転三転しているように見えてしまうんですもの。
絶対ここ数年間でいろいろ器用になっていかれたと勝手に妄想しています。



ks


昏い海原を月光が照らしている。
浪は規則正しく打ち寄せて、防波堤を洗っていた。青よりも黒に近い海の色は、淀んだようなもったりとした質感で、あの島の海とは似ても似つかない。
頬を撫でる湿気た生暖かい潮風も、からっとしていた南国の風とは違っていて、記憶を呼び起こすまでも無いはずなのに、ただ海の先にはあの子供達がいるのだろうかと思うと、いつも何となく自然に足が向いた。


交渉先に用意された豪奢な部屋で彼がネクタイを緩めてから隣の部屋を訪れると、予想通りそこにいるはずの従兄弟の姿は無かった。
乱雑にベッドに投げ出されたコートを拾うと、まだぬくもりが感じられた。窓辺に設置された丸テーブルのグラスの底にはわずかにアルコールが残っている。横のボトルは封を開けたばかりらしく、三分の一も減ってない。
つい先ほどまで部屋にいた気配は濃厚に残っているのに、従兄弟はどこに消えたのか。考えるまでもなく行き先の見当をつけた彼は、しばらく迷った後、コートを半分に折りソファの背にかけて長い溜息を吐いてから従兄弟の後を追った。
遠征中に時間が空くとふらっと出かけることは多々ある。
市民の生活をこの目で見たいと言うのが主な理由で、それはとても大切なことだと彼も分かっていたが、もう少し自分の立場を考えて自重して欲しかった。偵察ならば部下が十分に行っているのに、何事も自分でしなければ気がすまない従兄弟らしいといえば従兄弟らしいが、いくら護衛など必要の無い力の持ち主だとは言え、どこで命を狙われているかわからない身の上でそう軽々しく外出するのは補佐官として止めたいところだった。
せめて一言告げてからくれ、と苦言を呈した結果、彼には行き先を告げてから出かけるようになった。心配をかけていると言う自覚はあるらしい。治安が悪い国ならば意地でも阻止するし、そうでもない国ならば渋々送り出す。彼も時間が合えば一緒に出かけ、それはそれで新たな発見があり有意義なものだった。
だが今回のように沿岸の国を訪れた時は話が別だ。従兄弟は彼に行き先を告げることもせず、むしろばれないように慎重に夜更けに外出する。
最初不意にいなくなった従兄弟を探して海辺で発見した時、浜辺に佇む従兄弟を見て身体が固まってしまい、結局彼は声をかけることなくその場を去った。懐かしい目をしながら海を見つめる従兄弟は、何者をも拒んでいるように思えて、一番近しいはずの自分をも立ち入れない部分があると思い知らされ、彼は嫉妬のような敗北感のような感情を味わった。
その感情はやがて焦りに変わり、海で懐かしむ様子を目にするたびに、あの島を忘れられない従兄弟とそれを許せない自分自身に怒りが湧いた。
あの島の生活で従兄弟がどんなに救われたのか、それは彼が一番良く知っているはずだった。島で味わった喜びも悲しみも、従兄弟の感情の機微はその体内で、まさに手に取るように感じられていた。だからこそ、別々の肉体を得た現在、従兄弟が何をどう感じているか見通せないことが歯痒く、海を見つめながら何を考えているか分からないからこそ余計不安になる。

「冷えるぞ」
案の定海辺にぼんやりと立っていた従兄弟は、彼の声にびっくりしたように振りかえり、ばつの悪そうな表情を浮かべた。生ぬるい潮風は冷えるどころかむしろ汗ばむほどで、彼が迷った末に発した言葉は場違いなものだった。
「ばれたか」
従兄弟は苦笑いをしながら、再び海に目をやった。つられて彼も海を見る。
お世辞にも綺麗とは言えない色をした海は、木片や海草が漂っていて、数センチ先も見通せないくらい透明度が低い。共通点は凪いだように穏やかに響く波の音だけで、白い砂の代わりに護岸工事を施されコンクリートで固められた海岸は、彼の目からも酷く窮屈そうに思えた。
「お前の行く先くらい見当はつく」
こんな海にまであの島を重ねるほど、従兄弟は帰りたいのだろうか。
そんなことを考えながら、彼は従兄弟の横に立った。夜の海岸は月の光だけが頼りで、白い光は従兄弟の横顔を浮かび上がらせるには少々心もとない。
「悪ぃ」
しばらく無言で海を見ていると、潮騒にかき消されるほどの小さな声で突然従兄弟がぽつりと言った。この謝罪は、黙って出かけたことに対してだろうか、それとも海辺に向かわずにはいられない自らが抱え持つ郷愁に対してだろうか。
恐らくは後者だ。黙って出かけたのはむしろ自分に対する気遣いだと、彼は分かっている。従兄弟は彼の内心の不安にとうに気付いており、彼も従兄弟に不安を悟られていると気付いていた。
「謝るな。別に悪いことじゃない」
特に誰が悪いと言う事柄ではない。
どちらかに非があるようなことならば、早々に決着は着いていたはずだろう。島を懐かしむ従兄弟の想いも、従兄弟をこちら側に引き止めておきたい一族の人間の想いも、どちらも打算や思惑とは異なる自然な感情だった。
だからこそ、この問題を解決する方法が見つからない。
罪悪感を滲ませながらそれでも尚、海を見つめる従兄弟の横で、やり場の無い感情を抱えながら彼は足元の小石を蹴る。
ぽちゃんと音を立てて落ちた石の刺激で黒い海面に夜光虫の青い光が浮かび上がり、やがて消えていった。

(2006.6.20)

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