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k








Lullaby

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 とろりとした眠気が身体を包み込む。
 南向きの窓。
 レースのカーテンに触れ差し込む日差しは、夏の光にしては柔らかくふりそそいでいた。
 不思議に思いつつ眠気ばかりを誘う書類から目を離し、空を見上げれば、薄墨のような雲が珍しく太陽にかかっていた。
「昼寝日和だよな」
 こんな日は、木漏れ日の差し込む樹木の下で、寝転がるのが気持ちいい。
 まぶしさも薄れ、暑さも和らいでいて、日陰では、丁度心地よい状態となっているのだ。
 南国のあの場所でも、こんな日は、早々にやるべきことを片付けて、惰眠を貪っていのを思い出す。
「ふわぁ…」
 あくびが一つ、口から零れ落ちた。
 とろとろと眠気がどこからともなくあふれ出すような感じがする。うっかり、それに包まれそうになるのをどうにか気力で振り払った。
「まずいな」
 それでも重みを増した瞼を無理やりこじ開けるように指先で瞼を押す。
 そうしなければ、目を閉じたら最後、眠りについてしまいそうなのである。
 昨日、一昨日と仕事がつまっていたせいで、極端に睡眠時間が少なかったのが悪かったのだろう。
 だが、ここで眠るわけにはいかなかった。
 まだ、仕事はたっぷりと残っているのである。目の前の書類の山がいい証拠。少なくてもこれを片付けないことには、安眠はありえなかった。
 あの頃の自分とは違うのだ。
 多くの柵(しがらみ)と重荷を背負った自分には、あんな風に眠りを貪れる時間はない。
「けど、やるって決めたことだしな」
 総帥になることを選んだのは自分だ。
 この道を歩み、そして新たな道を作ることを望んだのは自分だ。
 だから、途中で挫折したり投げ出すわけにはいかなかった。
 こんなところで、優雅に昼寝をしている場合じゃない。
 無理やり自分を叱咤しつつ書類に眼を向ける。
(やんねぇとな)
「無理をするな」
 ビクリ。
 身体が震えた。
「えっ? ………あっ」
 唐突に聞こえてきた声に慌てて振り返れば、そこには見慣れた人物が立っていた。
「キンタロー……いつのまに」
 そう呟けば、相手は眉間に大きなシワをいくつか作って見せた。
「気づかなかったのか?」  
 そう言われれば、シンタローはばつが悪げに顔をゆがめさせた。
「うっ………ちょっとうとうとしてたからだよ」
 油断すれば引きずり込まれそうな眠気に逆らおうと葛藤していたら、キンタローの気配に気づかなかったのである。
 だが、キンタローの登場に驚いたおかげで、少しは眠気が吹き飛んでくれた。
 これでまた仕事が再開できると、いつのまにか落としていたペンを手に持ち、書類に視線を向けたが、その視界が行き成り真っ暗になった。
「なっ!」
 驚いて暴れると、何かに後頭部が触れ、そうして耳元で、低くささやかれた。
「一時休憩してろ」
「何言って………その手をどけろよ」
 視界を暗くふさいでいるのは、シンタローの背中に回ったキンタローの手だった。
 それが、後ろから抱き込むようにして手を伸ばし、シンタローの両目をふさいでいた。
「眠れ」
 命令口調なのにそこに柔らさも含まれているから、反発するよりも先に、押し黙ってしまう。
 他の者ならば、すぐに否定し拒絶してしまう言葉でも、なのにキンタローに言われれば、自分は奇妙なほどに素直にきいてしまうのだ。
「……仕事が残ってるんだ」
 それでも、抵抗を少しはしてみる。
 本当に素直に聞けるほど、自分は無垢な人間ではないから、目をふさがれている状態のまま、かすかに動く頭で首を横へと揺らす。
「やらないといけないから、寝てられない」
 キンタローの言葉どおりに従うのが正しいとは思う。
 眠い頭で能率の悪い仕事をするよりも、少しばかり休憩をとってから、仕事に取り掛かったほうが、自分のためにもいいとは思うけれど、それを怠惰だと思ってしまう自分がいるから、だから無駄に足掻いてみせる。
「代わってやる」
「無理だって」
 すぐに返って来た返事に、シンタローは少し苦笑を浮かべた。
 ここに来ている書類の大半は、自分の指示が必要なものなのだ。
 総帥ではないキンタローが出来る仕事ではない。
「平気だ。お前の考えることは、俺にはわかっているからな」
 ぱさりと紙の音が聞こえる。
 どうやら、机の上に積まれた書類をいくつか覗いてみているらしい。
「それでも心配なら、後で俺がやった仕事を見返せばいい。それでいいだろう?」 いいのだろうか?
 自分のやるべきことをキンタローに任せてもいいのだろうか。
 確かに、キンタローは自分のことを誰よりもわかってくれる。
 それは当然だろう。彼は24年間ずっと自分の中にいて、自分の全てを見続けてきたのだから。
 シンタローの思考回路を読み取ることなど動作もないことのはずだった。
 それでも、この仕事は自分がやるべきことなのである。
 他人に任せていい仕事ではない。
 決心がつかず躊躇っていれば、キンタローの手が、さらりとシンタローの髪を梳く。まるで、昔、母に眠る間際にしてもらった優しい愛撫のように。懐かしさと気持ちよさに、くらりと身体が揺れる。
「眠れ」
 もう一度告げられる声。
 暖かで安心できる声。
 抱き込まれるような状態で、温もりが身体をめぐる。
 ふわりと再び眠気が舞い戻ってきた。
 とろとろとろとろと沁み込む眠気に身体が重くなる。
 暗い視界は、目を閉じているのか閉じていないのか分かりにくくて、どちらでも同じならばと目を完全に閉じた。
 それで完全に完敗だった。
 もう眠気には勝てない。
「ん………頼む」
 それでも眠りに落ちる最後に、自分を眠らせてくれたキンタローに全てを託す。
「ああ」
 力強く告げられるその声を耳に、シンタローは今度こそ眠りの淵に飛び込んだ。




「ようやく寝たか」
 頑固な従兄弟に、口の端を持ち上げ苦笑いを浮かべたキンタローは、ようやくシンタローの視界をふさいでいた手をどけた。
 良く眠っている。
 それを確認したキンタローは、先ほど触れていた髪を一房手にとった。
「おやすみ、シンタロー」
 その髪に口付けを落としたキンタローは、眠りについたシンタローの傍らで、書類を一枚手に仕事に取り掛かった。
 














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ガ キ

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「お前、ガキっぽいって言われてるぞ」
 唐突に背後から投げかけられた言葉に、シンタローは、眉間のシワを一つ増やして振り返った。
「あん?」
 その先にいたのは、キンタローだった。ガンマ団本部の廊下を歩いていたところを声をかけられたのだ。
「誰が、んなこと言ってんだよ」
 総帥である自分をガキなどと称す不届き者は、激戦区へ左遷だ、と冗談にもならないことを考えているシンタローに、けれど、キンタローは相変わらず表情の乏しい顔で正直に言い放った。
「知らん。通りすがりの人間だ」
「通りすがりだぁ?」
「見覚えのない人間だったな。さっき廊下を歩いていたら耳にしたんだ。『あの人は、ガキっぽいところがある人だ』とな」
(なんだって?)
 キンタローの言葉に、シンタローは、いまだに寄せていた眉間のシワをもう一本追加した。
「それ、本当に俺のこと言ってたのか?」
 状況から言うと、その可能性は、なにやら低そうである。
 自分の名前をその会話中に言っていれば確かにそうかもしれないが、今の時点ではそうは思えない。
 キンタローが、どういうのかと思っていれば、相手は、あっさりと頷いて見せた。
「知らん。ただ、ガキっぽいと言ってたから、お前だろうと判断した」
「判断するなっ!」 
 即効に否定してやる。 
 失礼極まりない言葉である。
「お前、俺のことをそんな風に思っていたのか? つーか、ガキっていうなら、グンマの方だろうが」
 ガキと聞いて、シンタローがすぐに思いついたのは、グンマである。
 色々あって、現在マジック元総帥の長男としているグンマは、シンタローの目から見れば、十分幼稚な人間なのだ。
 が、どうやらキンタローの見解は違うようだった。
「グンマは、あれで結構しっかりしてるぞ。最近は、とくに落ち着いてきたしな」
 昔のグンマならいざしらず。確かに、最近は前のような女々しさは消え、大人の落ち着きを備えてきだした。それは、シンタローも認めている。
「まあ、そうかもしれないが……でも、な」
 だからといって、総帥の自分が『ガキっぽい』と認識されても困る。
 キンタローは、そう言う目で自分を見ていたのか、とむっとしたように少しばかり、唇をとがらせてみれば、すぐにそれを指摘された。
「そう言う風にすぐむくれたり怒ったりするのが、ガキっぽいっていうんだ」
(うっ…!)
 即座に言い放たれて、ばつの悪そうに、シンタローは、キンタローから顔を背ける。
「うるさい。だいたい、お前よりも俺の方が、大人なはずだろうが。経験値からいって」
 24年間自分の中にいた彼は、当然ながら経験したことになると乏しい。
 元来の正確なのか、わだかまりが消えた後は、大人しい様子を見せているが、中身は決して大人ではない―――とシンタローは、思っている。
「そんなお前が、俺を『ガキ』だというのはおかしいだろがっ!」
 絶対に自分が『ガキ』だとは認めない。
 頑として言い放ったシンタローに、だが、相手は柔らかな笑みを浮かべて頷いた。
「そうだな。おかしいかもしれないな」
 あっさりと肯定される。だからと言って素直に喜べない。
 なぜか、言いように宥められているような気がするのだ。
 子供の意地の張り合いに、大人が寛容に受け止めているような―――そんな気分になる。
「――――なんかむかつく」
「どうかしたのか?」
「やっぱ俺って、ガキっぽいのか?」
 キンタローのように、さらりと会話を流せないところが、自分でやってるくせに、癪に障る。
 それが性分なのだといえば、それまでだが、だからといって、『ガキ』の自分を放置しているわけにはいかない。
 大人に憧れていた。
 立派な大人になりたいと思っていた。
 なのに、いまだに自分の中には『ガキ』が存在するのだ。
 それを自覚するたびに、矛盾していると思うけれど、ガキっぽく、唇を尖らせる
「かっこわりぃ」
 大人ぶっていても、所詮は『ガキ』なのだと思い知らされる。
 全然成長してない。
「そうか? 俺は、別にいいと思っているがな」
「ああ?」
「お前のガキっぽいところは、好きだぞ」
 行き成り真面目な顔で告げられたその言葉に、シンタローは、思わず顔を赤く染めた。
「お、お前はなんでそんなに恥ずかしいことをさらって言うんだよ」
 自分と同じ年でしかも男に、好きだと言われても、戸惑ってしまう。
 だが、
「大人だからかな」
 眉一つ動かすことのなくそう言った『大人』なキンタローに、顔を真っ赤にさせたままのシンタローは、恥ずかしくて、ふいっと横をむいた。
「っ! ………お前なんか、嫌いだ」
 我ながら、ずいぶんと子供っぽい言動である。
 そう思いつつも、ついついやってしまったそれに、相手の反応はどうかと盗み見してみれば、動じぬままに、シンタローに視線を向け、そうしてくるりとそのまま踵を返した。
「わかった」
 それだけ言うと、あっさりとシンタローから離れて行く。
 それに、慌てて、シンタローは声をあげた。
「ちょっとまてっ」
 呼び止めてしまってから、しまったと思うがもう遅い。相手は、止めていた足を動かし、自分の前まで、やってきた。
「なんだ?」
 気まずい思いが漂うものの、シンタローは、躊躇いがちに口を開いた。
「う、嘘だからな……さっきの言葉」
 嫌いだというのは、ただの言葉のあやだ。
 つい出てきてしまった言葉である。
 真に受けられては困るのである。
 どう、困るのかと問い返されれば答えにこまるシンタローだが、それでもそう言えば、相手は、笑いをこらえるように口元を押さえて頷いた。  
「ああ。知ってる。――――俺は、ガキの言葉を真に受けてはいない」
 その言葉に、再び顔の温度があがり、赤くなる。
「うがぁ! やっぱり、てめぇなんて、嫌いだ、大っ嫌いだっ!!」
 目の前のキンタローに蹴りをいれようとしたが、あっさりとそれはかわされた。
 その代わりに、隙をつかれて頭に触られたその手が、くしゃくしゃとシンタローの髪をかきみだした。
「ああ。俺は好きだからいいぞ」
「くっ………」
 べしっと即座にそれをはたき落としたものの、撫でられてしまったという行為はなくなりはしない。
 すっかり子供扱いされたシンタローは、思いっきりむくれた顔をして、キンタローに向かって「べー」と舌をだしてやった。
「ガキ」
「うるせぇ!」
 しっかりと開き直ってしまった総帥は、そのままドカドカと廊下を歩いていってしまう。
 その後をくつくつと笑いをこぼしつつキンタローは、ついていく。
「好きだな、やはり」
 ―――あいつをからかうのは。
 さて、どちらがガキなのか。
 本心を知れば、怒り狂うこと間違い無しのことを思いつつ、キンタローは、ゆっくりとその後を追いかけていった。

















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それは漠々とした

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「眠れないのか?」
「キンタロー……」
 ベッドの上に腰掛けていたシンタローだが、顔を上げるとそこには従兄のキンタローの姿があった。心配げに眉をしかめているのが薄暗い明かりしか灯されてない部屋の中で見受けられる。
 許可なく自室に入ってきた相手だが、それを咎めることはしなかった。それよりも、その表情を見たとたん、申し訳ない思いにかられた。
 キンタローに、そんな顔をさせたくはないのだ。だが、いつも自分はそんな顔をさせている気がしていた。
 それは、自分が弱いせいだ。
 それが情けなくて、くしゃりと髪をかきあげると、ポンと頭に手を置かれた。
「明日出発だ。その前にゆっくり休息をとれと言ったのは、お前だろう。そのお前がいつまでも起きているのでは、部下に示しがつかないだろうが」
「んなの、分かるわけねぇだろ」
 少しばかり強がってそう言えば、口の端で苦笑を作られた。
 目の隈を隠すことぐらい、ガンマ団総帥になってから覚えてしまった。相手に、自分の体調の変化を気取られないようにする術などいくつも知っている。
 一睡せずとも、足取りさえしっかりさせておけば、自分が徹夜していることなど、気付かれることはないだろう。ただ一人を除いて――――。
 その相手も、こちらが不利になるようなことは絶対にしないという確信があるから、たとえバレたとしても気にすることはない。
 ただ、黙って体調を崩すようなことを、させる人間でもなかった。
「ああ、分からないかもしれないがな、それでも寝不足で頭の回転が鈍った状態で出られてもこちらが困る。いいから寝ろ」
「………眠れねぇんだよ」
 強い口調で、諭されるが、それで、「おやすみなさい」と寝れれば、いつまでもここで目を開けている必要などなかった。
 眠れねぇとつげて、顔をあげれば、薄闇の中の僅かな明かりを吸収して、清浄さを感じさせる柔らかな青い光を揺らすキンタローの瞳にぶつかった。
「どうしてだ?」
 疑問の言葉を口にしつつ、しょうがないな、という表情を浮かべたキンタローの身体がそのまま傾いてくる。ふわりと彼の髪が頬に触れる感触と同時に、その身体を抱きしめられた。包み込むように回されたその腕に、その暖かさにほっと息をつく。
 部屋でずっと一人、思い悩んでいたことをほんの少しだけ、忘れることができた。 
「明日の出発が、怖いのか?」
 そう尋ねられた言葉に、かすかに目を見張った。
 何も事情を知らないはずなのに、的確に告げられた言葉に、シンタローは、自分の全体重を相手に預けた。甘えるように、その額を相手の肩に擦り付ける。
 他の者ならば、こんな風にできなかった。
 プライドが邪魔をして、無防備としかいえないこんな行動をとることは出来ない。けれど、キンタローは別格だった。
 自分の全てを―――24年間を知っている彼に、今更取り繕うことは何もない。だから、こうして遠慮なく甘えて見せれば、相手は、鷹揚にそれを抱きとめてくれた。
「違う……いや、そうかもしれない……でも、やっぱりそうじゃなくて……」
 本当のところ、どうなのかわからなかった。
 怖いという気持ちがあるのは、確かである。それを考えると、時折手が震えることもある。
 だけど、それだけではないのだ。
 あの島にいけるのだと判った途端に自分の中にわけの判らないもやもやが生まれ、それがなんなのか、わからずにいた。
「なにを恐れてるんだ?」
 恐れている―――。
 そうなのかもしれない。
 怖いというよりは恐れが近いのかもしれない。不安と心配もないまぜになったそれに、自分は怯えているのだ。
「シンタロー、言え。言えば少しは楽になる」
 促すその声に、シンタローは、口を開けた。けれどそこから声は出てこなかった。言葉にすることが、まだ躊躇われるのだ。
 喘ぐように空気を吸い込めば、ぽんぽんとそれを宥めるように背中を叩かれた。
 その行動に、かぁと頬に熱と赤味が灯る
 それは、前に自分が、キンタロー自身にしてあげたことだった。こちらに戻ってから、やはり24年間の空白は、ストレスをためたようで、しばらく不安定になっていたキンタローをよく自分がこうやって宥めていたのだ。
 それが、今日は立場が逆になっていた。
「シンタロー、大丈夫だから」
 そうしっかりとした口調で告げられて、ようやくすぅっと息を綺麗に吸い込むことができた。そのまま勢いに載せるように声を発する。
 自分の内に秘めたままだった思いを形にした。
「―――キンタロー、俺はまだあの島に別れを告げていないんだ」
 明日、自分はここを旅立つ。その目的地は、かつて自分が暮らしていたパプワ島だった。以前のパプワ島とは違うみたいだが、それでも、彼がいる場所は、いつだってそう呼ばれる場所なのである。
 そこに、明日自分は向かうのだ。
 『さよなら』を告げそこねた島に。
「けど次は? 次にあの島へと戻った時、俺はどうするんだ?」
 …………それが分からなかった。
 分からなくて、答えが見えなくて、だから苦しかった。
 答えが見つかるのが怖くて、答えが出ることを恐れていて、だから怯えていた。
 キンタローの胸に額を押し付け、苦しげに言葉を吐く。
 あの島へ再び行くことを夢見ていたのは、自分だ。
 なのに、現実になると尻込みしそうになっている自分が信じられなかった。
 まだ、なのだ。
 まだ、何も見つけてない。
 まだ、何も掴んでいない。
 あの島へ行く時には、完璧な大人になって、堂々と胸を張って、おとずれるつもりだった。
 それなのに、中途半端なままで、自分は再びあの島を踏むことになるのである。 
「だが、コタローを取り戻すんだろう」
「ああ……そうだ」
 そう。あの島へ行くのは、コタローがいる。
 目覚めたコタローを連れ戻すために、自分は、そこに向かわなければいけなかった。
 大切な弟だ。眠っている間、目覚めた時には、ずっと一緒にいると、何度も誓ったのに、いざそうなった時には、自分の傍には、弟はいない。
 だからこそ、会いにいかなければいけなかった。自分自身が、大事な弟を連れ戻しにいかなければいかないのである。
 そのはずなのに――――。
「コタローは大事だ。コタローに、会いたい。けど、それと同じくらいに、俺は、パプワ達に、会いたいんだっ!」
 それが悪いことであるはずがない。
 あの島へ行くのだ。
 ついでだからと、パプワ達に挨拶するぐらい、なんでもない。
「でも………俺は、わずかな間だったとはいえ、あの島の住民だった。あの島が、俺の家だった」
「そうだったな」
 シンタローを抱きしめたまま、キンタローは遠くに思いをはせるように目を閉じた。
 シンタローの目を通して見たパプワ島。そして、シンタローの身体を奪った後におとずれたパプワ島。
 その中で、目の前の彼は、今まで見たことのないぐらい、様々な表情と感情を外に出し、ぶつけていた。ずっと中に押し殺していた感情も、そこでは、浄化されたように消え、あるいは躊躇いなく表に露にさせていた。
 彼にとっては、特別で大切な島である、そしてそこに住む少年が、シンタローにとって、弟のコタローとは別の重みをもった存在だった。
「キンタロー………俺は、後悔してない。総帥に………ガンマ団総帥になることを」
 それは自分の意思だった。
 マジックに言われたからでも、周りの人間に後押しされたからでもない。
 自分が決めて、自分が選んだ道だ。
「だから、俺はもう、あの島で暮らすことは二度とできない」
 ガンマ団総帥である限り、パプワ島の住民になれはしない。ならばもう、自分は二度とそこで「ただいま」という言葉を口にすることなどできないだろう。
 そして、再びその地を離れる時は、今度こそ言わなければいけないのだ。あの言葉を。
 『さよなら』ってあいつに告げなければいけないんだ。
 それが、怖かった。
 そうすることで、全てにおいて決別してしまう気がするのだ。けれど、自分はそんなことはちっとも望んでいないのである。
 理性と感情は別物だというが、その通りだ。分かっていても、受け入れられない感情があった。
 そのジレンマに、身体がバラバラに崩されていきそうな感覚を覚える。
(どうすればいい?)
 そう尋ねることが愚問でしかなくて、だからこそ、その言葉を必死に飲み込んでいたシンタローに、キンタローが告げた。
「お前が、それが嫌だというのならば、俺は、反対はしないからな」
「キンタロー?」
 顔を上げれば、穏やかな目をしたキンタローがそこにいた。自分の弱さを諌めるわけでもなく、自分の愚かさを嘲るわけでもなく、ただ、自分を見守るような視線がそこにあった。
「ガンマ団総帥という地位にこだわるな。途中で投げ出すことを薦めているわけではない。だがな、無理やりお前に総帥をやらせるような者は、誰もいないだろう。俺もそうだ。俺は、お前の望むことに手を貸す。お前が決めたことをすればいい」
 耳朶を打つその言葉に、シンタローは、何度も頷いた。
「ああ、ああ、そうだよな」
 まずは決めなければいけないんだな。
 自分がどんな未来を選択するか、まずそれが先だ。でなければ、前に進むこともできない。 
「わかったよ」
「そうか。では、気がすんだな。もう寝ろ」
「そうするよ」
 自分が望む未来を選べるように、道を誤ることのない様に、まずはしっかりと休息をとるべきである。
 こちらが納得すれば、あっさりとその身体を解放された。そのままシンタローはベッドの上に横たわった。いまだにその場にキンタローの姿がある。たぶん寝付くまでそこにいるつもりだろう。そうして欲しかったから、何も言わずにただ、眠ろうと考えたが、それでも、これだけは口にしたかった。
「ありがとう、な」
「どういたしまして。―――おやすみ、シンタロー」
 返された言葉の暖かさに安堵するように長い息を吐いて、シンタローはようやく目を閉じられた。

















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星の光も弱まる程の月明かりが眩しい夜に俺とキンタローは公園へと訪れた。仕事で訪れた知らない地で見つけた綺麗な桜の木。後で見に来ようと思ってチェックだけに留めた昼間とは違い、月の光に照らされた桜は何とも言えずに幻想的だった。舞い散る花びらが更に現実ではないような錯覚にさせ…暫くの間お互いが沈黙しながら桜の木を見上げていた。
 「綺麗なものだな」
 やがて聞こえた感嘆の声、口元に笑みを浮かべながら桜から従兄弟へと視線を移す。枝と花の間をすり抜ける月光に目を細めて見上げる表情は一見、何時もの無愛想だけど何処か嬉しそうに見えた。
 「ああ…咲き始めや満開も良いケド、桜は散り際が一番映える。もの悲しいけどな」
 「散った際の花弁は片付けるのは大事だぞ」
 ガクッ…
 こんな綺麗な景色をそんな一言で台無しにする阿呆がまさか身内にいようとは思わなかったぜ。眼魔砲を撃ちたい気持ちを抑えて取りあえず反論を試みる。
 「…情緒溢れる日本人の心を理解する努力くらいしてみせろよ」
 「生憎と、俺は英国人でな」
 「血筋はどうであろうと育ったのは日本だっつー事、綺麗に流してんなよ」
 チッ、生意気にも言い返してきやがった。しかも俺の触れたくないワードまでキッチリ出しやがって…このタイミングじゃワザとって訳でもなさそうだから怒るに怒れやしねェ。
 血筋…今の所そう呼べる者は俺と同じ顔をしたチンだけだ。それすらも怪しいものだし凄く認めたくもないが事実は事実。

 ちょっと切ない…

 いやいや、落ち着け俺。気持ちを落ち着かせようと何度か大きく呼吸をした後に再び見上げた桜…本当に綺麗だな。何か異次元へ誘われてる感じがする。あー、神隠しにあう時ってこんな気持ちなのかな…と無意味に考えてみた。
 「人間の養分を吸収して妖艶に咲き誇る花…か。こんな見事な咲き方をすりゃ、そんな記述があったって納得出来るよな」
 「…それはただの迷信ではないのか?」
 「そうとは限らねぇぜ?人だけにゃ限定しねーケド、屍には養分が沢山詰まってっから植物にはまたとないご馳走だろーし。一説には、伸ばした枝で獲物を捕らえて生きたまま養分を吸収するって言われてンな」
 敢えてキンタローの方を見る事無く他愛の無い話をする。話が逸れるなら内容なんてどうでも良かった。幾分怪談めいた言葉を出して横目で相手の様子を見ようとしたその時に、いきなり強い風が通り抜けた。その風は舞い散る薄いピンクの花弁と俺の長い黒髪を舞い上げて抜け去った。多分キンタローも花弁まみれだろう。
 …おい、風がいきなり吹き荒れるってのはアリか?おかげで俺の髪に桜の花弁が巻き込まれちまった。コレはコレで情緒があるが、どうせならコタローみたいな可愛い子でこういう姿を見たかったぜ。俺やキンタローじゃ、花まみれでも様になんねーっての。
 「シンタロー…ッ!!」
 「ン?」
 名を呼ばれて何事かと思ったが視線は桜へと向けたままで、間髪入れずに背後から伸びてきたキンタローの腕が俺を捕らえた。緩い力で抱きしめられるのに驚きはしたが拒絶するのもなんだと思って、そのままの状態で問いかける。
 「…ンだよ、どうかしたかよ?」
 返事の変わりに抱きしめてくる腕に力がこもった気がする。その腕に手を添えて、落ち着かせる為に2度程叩いてやるも返事は無くて。
 「おい、キンタロー。お前、いい加減………ッ!?」
 待ってみても返事が無い事に焦れて振り返った矢先に重ねられた唇…重ねるだけのそれでも力強いキスに反応が遅れた。そして気が付いたら俺の背中は桜の木に押し付けられていて、急な出来事についてうまく働かない思考は再び重ねられた唇を受け入れた。
 「…っ…ん……っ!は…っ、いい加減にしやがれ!」
 「……シンタロー…」
 何度もされたキスの所為か乱れる息の中どうにかキンタローの肩に手を置いて、腕を伸ばして少しの距離を取って叫んでみた。純粋に乱れる思考と呼吸を整えたい無意識な欲求からの行動だったんだが、俺に拒否されたとでも思ったのか伏せた瞳に戸惑いの色が浮かんでいた。もう一度近づいたキンタローの顔に身構えたが今度は軽く触れるかどうかのキスをするだけで、強張る身体を正面から優しく抱きしめられていた。
 「…ばーか、またしょうもねェ事でも考えてンだろ」

 キンタローは何かの拍子によく不安げになる。しっかりして来たようでもまだ、何処か不安定な所があって…まあ『キンタロー』として生きた時間はまだ少ないの言葉じゃ済まない程に短いんだからしょうがねェとかは思うケド…その度に俺が消えそうだとか感じるってのはどうかと思うんだよな。今回も間違いなくその類だよな、ったく…ホントにしょうがねー奴。

 「…キンタロー、前に俺が言った事を覚えているか?」
 「……?」
 再びの沈黙…コイツ、覚えていないのか?ヒントも与えずに悟れというのは酷いとは思うが、ピンとも来ない目の前の男が腹立だしくて…離れようと身体を捩らせたが力で抑え付けられた。
 チクショー、俺とキンタローの力はほぼ互角。なら今の体勢は多いに不利だ。
 「シンタロー…頼む、俺から離れるな」
 何処か縋るようなその言葉に逃れようと動かした身体を止めて、自由にならない腕をどうにか動かして背中を擦ってやる。それでも切なげな空気も俺を捕らえる腕の力も緩む気配が無くて…
 「…俺は居なくならない。不安ならしっかり捕まえておけって言っただろーが!」
思わずぽろりと漏らした回答。口に出した瞬間に恥ずかしくなって、視線を合わさないように俯く。何で俺がこんな事言わないといけないんだよッ!駄目だ…頬が火照って来た…
 「だが俺はまだ、お前を捕まえる事が出来ないでいる…」

 …は?何言ってンだ、コイツ。
 一年以上も俺の傍らに居たお前が本当に気付いてないのか?大体好きでもねェ奴に、幾ら強引にとはいえキスなんかさせっかよ!させたとしても即眼魔砲決定だっつーの。
 …俺はお前の事が…

 そこでふと気が付いた。
 ………そういやキンタローが俺を好きだと言ってくれる時はあっても俺がそうと言った事は無かったような気がする…
 「シンタロー?」
 一気に脱力した俺に心配げに聞いてきたキンタローに何でも無いと首を横に振る。
 あー…だから捕まえきれてないだなんて思うのか?にしたって、少し位は態度で察しやがれ。
 言いたい事は山ほどある気もするが苛立ちと焦れったい気持ちでうまく纏まらねェ。でも代わりに…
 「…ッ、シンタロー!?」
 ほんの一瞬の隙をついて俺を拘束していた腕を振り払って、その場を離れるでもなく伸ばした腕を首に絡めて唇を奪う。驚いているキンタローに何も言わずに離れるとすぐさま背を向ける。
 触れるか触れないかの軽いキス、それでもかなりの勇気が要った…って、俺はどこぞの乙女か。
 「シン…」
 「あー…五月蝿ェよ!人の名前を安売りバーゲンセールの商品みたく連呼してンじゃねーヨ!」
 火照った頬を誤魔化すように両頬をペチペチと叩く、痛い位に叩くのは今は気持ちが良い気がする。なのにキンタローはその手を遮り俺の頬に触れてきた、背中から伸びた掌を振り払い損ねて、そっと頬を滑る指先の感触に更に加速して熱を帯びた。
 「…すまない、別にそんなつもりは無かったんだが…それとシンタロー、さっきのはどういう…」
 「…ちったぁ自分で考えやがれ」
 気持ちの良いキンタローの指を振り払い振り返ると挑戦的に笑ってみせた。少なくとも俺的にはであって成功したかどうかの自信はねェ。
 また吹き抜ける風、でも今度は髪を揺らす程度の強さだった。キンタローはその風に浮いた髪の一束に指を絡めて、それにキスをした。直接された訳でもないのに髪の一筋一筋に神経が通ったみたいにくすぐったくて、恥ずかしかった…
 「…少なくとも、今は俺がお前を捕まえていても良いと言うことか?」
 「さあな…」
 視線を逸らし曖昧に答える。俺は狡い…
 「シンタロー…」
 「…ンだよ」
 「俺はお前が好きだ」
 「知ってる」
 「そしてお前は俺が好きだ、間違っているか?」
 「一々確認するな、今更だろーが!」
 「そうだとは思ったんだが確信が無かったんだ」
 「………何時、気付いた?」
 「お前が総帥になってすぐ位…か?」
 「俺に聞くな。それと自意識過剰だ、阿呆。そん時は従兄弟としてしか見てなかったっつーの」
 …鋭い…あながち嘘じゃねぇケド、解ってて解らない振りをしてたのが悔しくて誤魔化した。
 「今はどうなんだ?」
 「………」
 「お前の口から聞きたい」
 …言えと言われて言うとその言葉が軽く思えて嫌だ。
 「お前が自発的に言う男なら俺だって今、此処で無理に聞きはしない。いいか、そもそもお前が心に留めず言っていれば俺もあんな無理強いしたキスなど…」
 「だーッ!二度も言わんでよし、勝手に人の心を読むな!そんで思い出させんな!」
 「俺は思い出してほしかったんだがな」
 …おい、さっきまでの不安げなお前は何処に消えたよ。確証を得ただけでなんでそんなに強気なんだ、ゲンキンな奴。
 黙ったまま俺の言葉を待つキンタロー。視線を逸らしても尚感じる気配に深々と溜息を吐いた。
 「…あー、もう!滅多に言わねぇからよーく聞いとけよ!俺は…」
 頭をガシガシと掻き乱すと意を決してキンタローの首に腕を回して耳元へと囁く。小さく、それでも確実に相手に届くように告げた俺の本心…これが恋だか愛だかは解らないけれど、大事だと思うのは真実だから…
言った直後にまた抱きしめられた。力強く包み込みような抱擁に静かに目を閉じて、俺もそっと抱き返した。
 「シンタロー、俺はお前が安心して頼れる男になる。必ずお前を護る…ずっとお前の側に居るさ」
 付け足された言葉に俺は頷いて心の中で思った…俺もお前を護るから、お前だけは俺の側に居ろ…
 暫くの間、時間を忘れてお互いを抱きしめていた。
 時折舞い散る桜の花弁が綺麗だと思った…

 

kk
-ふいに倒れる身体 いきなり引かれる腕-

 気が付けば抱かかえられるように己の頭は従兄弟の腕中にあった。頬に触れる胸からは定期的なリズムで心地良い音が響く。
 何事かと顔を上げ様とするものの、相手の腕にこもる力がそれを許さない。
 こんな態度を取るのは大抵が照れ隠しであって、今回も間違いないだろう。
 「シンタロー…?」
 このままではラチがあきそうにない。仕方が無いので俺から問うと意外な言葉が返ってきた。
 「…お前、さっき泣きそうだっただろう…?」
 「なっ…」
 本当に驚いた…図星だったから…

 舞い散る花びらの中に佇むシンタロー。
 赤い服に映える長い黒髪を流して…そして掌に収まる薄ピンクの花びら…
 その情景が余りにも綺麗で…綺麗過ぎて…

 そのままアイツが消えるかと思った。その瞬間心が痛くて、泣きそうだと思った。

 -そして今に至る-

 「…なんでお前がそんな哀しそうに俺を見たのかは知らねーケド…俺の胸位は貸してやっから、一人で泣くんじゃねーよ」
 「…シンタ……」
 その一言に、また泣きそうになる。
 お前は狡い。お前は頼んでも弱みを見せる事など無い癖に…
 そう言葉にしたいのを唇を噛み締めて飲み込む。その様子が解ったのだろうか、シンタローは深々と息を吐いた。
 「俺が甘えさせるのはお前とコタローだけ。俺が甘えるのはお前とサービス叔父さんだけなんだよ」
 「え?」
 小さくてもはっきりと聞こえた言葉に疑問で応え、腕が緩んだのを感じると顔を上げて従兄弟を見る。
 俺を放した手で乱暴に髪を掻き上げて、照れた様子でそっぽを向いていた。
 「あー…うん、何だ。そういう事だ、そんでさっきの言葉は忘れろ」
 「シンタロー…」
 「……ンだよ」
 「お前はマジック叔父貴には十分甘えているし、俺には甘えて無いと思うんだが…?」
 素直な感想を投げかけた瞬間に照れていた表情が固まり、次いで顔を俺に向けて睨みだした。
 …俺は言葉を選び損ねたかのか…?何を怒っているんだ?
 シンタローの痛い程の視線を浴びて、ただ訳の解らないままに見つめ返すしかなかった。
 「…キンタロー」
 長い沈黙の後、ようやく口を開いた。それが嬉しくて一歩踏み寄った瞬間、渾身の力で頭上から殴られた。
 「シ…シンタロー…ッ!?」
 反射的に殴り返す事はしなかったが、反動で無様にも地へと突っ伏した。その際、先程幻想的に見せた花びらがふわりと舞った。
 ずくずくと痛む頭上に手を置きながら、上半身を起こすとシンタローを見上げる。相手も見下ろすように俺を見ていて、合った視線はまたすぐに逸らされてしまった。俺は一体何をしたんだろうか…?
 「親父に甘えてるように見えるンなら、一回眼科に行って来いよ。良い医者を紹介してやる」
 きぱりと断言するとくるりと踵を返して向けられた背に視線を送る。
 良い医者なら高松が居る…という言葉を飲み込んで相手の言葉の続きを待つ、程なくして聞こえた声。
 「…それに俺はとっくに頼りきって甘えてるんだよ、お前に。少しは自覚しろよな」
 余りに小さな声、それでもその言葉は耳に届いた。きっと真っ赤になっているであろう表情のシンタローを思い浮かべれば自然と笑みが零れる。その所為か不機嫌な声で、柄にでも無い事をするんじゃなかったとかもう二度としないとかブツブツと言っている。それがまた微笑ましかった。
 「…お前が消えそうだと思った。俺の側から居なくなるんじゃないかと不安だった…」
 己の唐突な自白にシンタローが振り返る。その動きに合わせて流れる結わえられていない髪に付く花びら。シンタローによく映える…
 すくっと立ち上がりズボンの泥を払うとそのままシンタローをそっと抱きしめる。戸惑いながらも抵抗はしなかった…それがまた嬉しかった。
 「でもお前は俺の心に気付いた…お前は居なくならないよな?」
 我ながらおかしな事を聞いていると自覚はあったが、聞かずには居られなかった。伸びてきたシンタローの手が俺の髪をくしゃりと撫でると、俺の胸を押して離れる。離したくは無かったが逆らう事無く腕から開放する。シンタローは可笑しそうに笑いだして。
 「バーカ、居なくなって欲しくなかったら、俺をしっかりと捕まえとけヨ」
 「シンタロー、それはどういう…」
 「あ、そろそろ休憩も終わりだな。時間が経つのが早いってのもなんだよなー」
 腕時計を確認してみるとまだ終わりには時間がある。確信犯的に誤魔化したのが解るからそれ以上は何も聞けず、代わりに苦笑いを浮かべた。
 「…そうだな、少々早い気もするが行くか」
 促すように歩き出すと話を逸らせる事に成功した所為か、満足げに頷いたシンタローが横に並んで歩き始める。
 先程の温もり、安心出来る音、声…

 -何時かは俺だけのものになるのだろうか…-
 

 

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